迎え火~一年半後~

あの長い様で短かった夏の日に別れを告げて1年余りが経った。
時折あの頃に戻った錯覚を起こすけど、概ねアタシ達は新しい生活と新しい関係を受け入れている。
まだ戸惑う事も多いのは、それはそれで仕方ない事。
夢か現実か、天国か地獄か、生か死か、創造か破壊か、どう喩えたら良いのかは判らないけど。
そして、サードインパクトを乗り越え戻って来た人々が口にした事は一致している。
その最中の内容を正確に覚えていると言う人は、誰一人居ないと言う事。
第3新東京市付近に居た人の証言に限れば、もっと特殊な状況だったと判った。
至る所に破壊された戦闘の形跡があるのに、何事も無かった様に無傷で倒れていたらしい。
ネルフ本部内にしても、戦自と量産機の攻撃により酷い有様だったみたい。
アタシ達はホテルで何事も無くライフラインを使っていたから、それを管理するMAGIが無事なのは知っていた。
次々と皆が意識を取り戻す中、それに逸早く気付いたのがネルフ側だったのが幸いしたのだと思う。
指揮系統が混乱し、戦意を失いつつある戦自に先手を打てたのも、全てMAGIのお陰だから。

だけど、アタシ達にとっては全く蚊帳の外の出来事だった。
何故ならその頃アタシ達は二人共、ジオフロントの奥深くに居たから。
全てが始まった立ち入り禁止地区に。
アタシはそこであった事に関して全くと言っていい程知らない。
奥へ奥へと進むシンジの背を追っただけに過ぎない。
シンジが何を考えていたのか、アタシは知りたいと思わなかったし、聞きもしなかった。
整理が付いたらきっと、アタシには打ち明けてくれると思っていたから。
立ち入り禁止の扉の向こうに入る事は適わなかったけど、そこに行く事自体がシンジにとって大きな意味があったのだと思う。
扉の前で佇んで居るシンジの背中を、アタシは少し下がった位置から眺めてた。
初めて会った頃はアタシが前を歩き、シンジがアタシの背中を追っていたと思っていたのに。
少しだけアタシを追い越した背、心持広くなった背中……逆になったのは何時からだろうと、ずっと考えながら。
アタシを振り返った時の顔は何だか憑き物が落ちた様だけど、浮かべた笑みは穏やかだったと思う。
その後地上に戻ろうとした途中、LCLに融けた人達が戻り、ネルフ側が戦自を巻き返している現場に遭遇する。
始めは夢じゃないかと二人共混乱した。
アタシ達がジオフロントに足を踏み入れた時は、間違いなく誰も居なかった。
あちこちに残る戦闘の傷跡を目の当たりにし、LCL溜まりと脱ぎ散らかされた服の隙間を縫って奥に進んだのだから。
それが夢でも幻でもないと確信出来たのは、アタシ達が無事だった事をみんなが祝福してくれた時。
アタシ達は心の奥底に抱えていた物が少しだけ軽くなった気がした。
今にして振り返れば、これが全て動き出した始まりだったのだと思う。

 

その直後、アタシ達は二人纏めて医療部に引き渡され、延々と精密検査を受ける羽目になる。
結果は日常生活に関しては今の所は問題無いと知らされた。
その代わり今迄の精神的な負荷が予想以上に大きく、どういう影響が出るのか気に掛かるが、と付け加えられたけど。
結局、それ以外の事は何も判らなかった。
栄養失調気味で体力も落ち、軽い衰弱を起こしていた事もあって、検査が終わっても暫くの間は入院生活が続いた。
地上は戦闘で新市街地が丸々吹き飛んだ事もあり、復旧には時間が掛かるかも知れないと人伝えに聞いた。
LCLに融けた人もまだ全員戻って来た訳じゃないみたいで、ミサトの行方は全く攫めなかった。
人材も資材も足りない中、アタシ達の入院生活を穏やかな物にしてくれたのは、意外な事に司令だったらしい。
ジオフロントの最深部で発見されてから、寝食を惜しみ身を削りながら、日本政府と戦自との折衝に動いてる。
それもあってかシンジとは病室が別だったけれど、眠る時と検査と診察以外はほぼずっと一緒に過ごす日々。
副司令はまだ行方が判らないらしい。
それがどういう影響を及ぼすのか、アタシ達には全く解らない。
ただ、今のアタシ達は無力な子供として保護されているのだけは判った。
直接知っている職員で、行方が判らないのはミサトと副司令と日向さんとマヤ。
リツコは司令と一緒に発見されたよと、小まめに様子を見に来てくれる青葉さんが教えてくれた。
毎日少しずつだけどLCLから戻って来た人が増えているそうだ。
どれだけ時間がかかるか判らないけど、世界中に人々が戻り以前の様に活気付くのも夢じゃない。
レイの事は誰も触れようとはしなかった。
彼女がどうなったのか憶えてはいなくても、薄々感じているのだと思う。
アタシ達は知っているけど口にする事は無かった。
彼女もそれを望んでいないと思ったし、それで良いんだと思う事にした。
彼女の想いはアタシ達が確かに受け取ったから。

アタシ達以外の周りが急激に変化していく。
以前はそれに付いていけずに、アタシもシンジも流されるまま心を壊していった。
自分以外の他人を傷つける事しか出来なかったアタシ。
自分以外の他人への恐怖に心を閉ざしていくしかなかったシンジ。
でも、もう大丈夫。
他人と向き合う事によって、自分を認める事が出来る。
あやふやで確かな物ではないけれど、アタシ達はお互いを認め、手を取り合い共に歩む事が出来る事を知ったから。
そんな中、日本政府と戦自との折衝が落ち着いた後、極僅かの内輪にだけ知らせる形で司令とリツコが入籍したという報せ。
勿論、アタシは素直に祝福する事が出来た。
二人に対して蟠りもあるけれど、結婚は純粋に喜ばしい事だもの。
シンジにとっては少々複雑な思いもあったけど、祝福する事は出来たみたい。
だからなのか退院後の司令とリツコの同居の申し出を保留し、アタシとの同居を選んだのも自然な流れかも知れない。
そして、アタシはドイツには戻らなかった。
ドイツ支部がサードインパクト直前の戦闘で敵対していた事もあったけど、アタシの両親の無事を確認出来なかったから。

復興途中の第3新東京市で、アタシ達は新しい世界の扉を開く。
退院後二人での生活を始めようとした頃、ようやくドイツに居る両親の無事が確認された。
アタシはちょっとだけ、ぎくしゃくしていた両親との関係を改善する事が出来た。
シンジもちょっとだけ、司令と話す時間が増えた。
表面上は殆ど変わらないかも知れないけど、アタシ達にとっては大きな意味があったと思う。
その証拠に新しい住居は司令とリツコの新居の隣。
絶たれていた縁を結び直す切欠になったのだから。
避難先から戻って来た人々。
新しく移住して来た人々。
復興後、再開された学校でのクラスメートとの再会と新しいクラスメートとの出会い。
LCLから戻って来た人々との再会。
小さな輪が少しずつ、大きな輪になり、世界が広がるのを感じる。
二人だけの輪が大きくなっていく。
以前は拒否したかも知れないけど、今のアタシ達なら受け入れられる。
他人と触れ合う事の恐怖を乗り越える事が出来たから。
二人でなら大丈夫、きっと。

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最終更新:2007年09月26日 11:32
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