迎え火~一年半後~4

このまま時が止まってしまえば良いのに。
ずっと、ずっと、二人だけで居たい。
でも、それは決して望んではいけない事。
シンジがLCLの中で選択した事を無にしてしまうから。
そして、ミサトの回復を望まない事に繋がってしまうから。
それでもそう思ってしまう程、時折心細くなる。
「ね、シンジ…来年のクリスマスも一緒に居られるかな?」
「急にどうしたの?」
「時々ね、不安になるの」
「あ…えっと…僕、何か拙い事しちゃった?」
「シンジの所為じゃないわ。 ただ、人の気持ちって移ろい易いって言うじゃない。アタシ達もそうなってしまうのかなって…」
「それは人それぞれじゃないかな…」
「でも、気持ちが変わってしまうかも知れないって考えたら、このまま時間が止まれば良いって思ってしまうのが嫌になるの」
「どうして?」
「止まっちゃったら…ミサトは目覚めないままになるわ。副司令みたいに戻ってきていない人だってそのままになる。
 何だか自分の幸せだけ考えてるみたいで、折角シンジの選んだ事なのに全部無駄にしてしまう気がしてきて…。
 でもそんな事を考えてしまう自分も嫌……」
とんでもないエゴだと思う。
あの夏の日々が、それだけでは人は生きていけないって気付かせてくれたというのに

「大丈夫だよ、きっと。僕が起こしてしまった事は決して赦される事じゃないけど、得た物も少なからずあると思うんだ。
 勿論、失った物もあると思う。人は一人では生きてはいけないから、常に誰かと一緒に居たいって思うんじゃないかな?
 融け合うんじゃなくて、他人という形でね。それに気付いた人がLCLの中から自分の姿を思い出してる。
 だから今でも戻って来る人が絶えないんだと思う…僕にとって一番身近だった他人がアスカだったみたいに。
 アスカが思ってる事は、多分大事な人が居る人なら誰だって考える事じゃないかな。僕だって同じさ」
「シンジも?」
「いつかは僕から離れて行くんじゃないかって、そう考えると怖くなる事も時々あるよ。ずっとこのままで居たいって。
 それでアスカが幸せになれるのなら仕方ない事だけどさ。でも、僕自身の気持ちはあの時から変わってないから。
 出来れば一緒に居たいって思ってる」
バカみたい。
二人揃って同じ様な事で悩んでいたなんて。
でも嬉しい。
お互いの気持ちが通じ合ってる証拠だから。
「だから、来年のクリスマスも二人で居られるって信じてるよ。あ、でも来年の話をすると鬼が笑うって言うし…困ったな」
「どういう事?」
「未知な事を幾ら述べても意味が無いって諺だよ」
「未知だなんて、アタシ達の気持ちってそんなに薄っぺらな物だって思うの?」
「誰もそんな事思ってないよ…だから困ったって言ってるんじゃないか」

「未来の事を心配するよりは、今こうして居られる時間の方を大事にしたいな」
シンジは2杯目の紅茶を淹れて、今度はミルクティにして手渡してくれた。
こんな何気ない日常生活が夢の様に感じる。
アタシ達が子供の頃は望んでも手に入れる事が出来なかった物が、今目の前にあるという幸せ。
「そうね、その通りだわ。一緒に居られるんだものね」
「この先辛い事もあるかも知れないけど、一緒に年を取って、たくさん思い出を作っていきたいな。
 父さんやリツコさん、ミサトさん、トウジ、ケンスケ、委員長…他の人達といつかは笑って話せる様な思い出をね。
 勿論、アスカとの思い出は一番たくさん作っていきたい。ちょっと高望みし過ぎかな?」
「あら、アンタはそれ位我侭で丁度良いのよ? 普段から不器用な上に控えめ過ぎる位だもの」
「そうかな?」
「そうよ、アタシの方がずっと普段は我侭だと思うもの」
「僕は別にそれでも良いけどね。アスカが色々言ってくれるのは嬉しいし」
「じゃあ、これ以上無い位の我侭言って良い?」
「僕に出来る事なら」
「なら約束して? アタシよりも1秒でも良いから、長く生きていて欲しいの」
「うーん…善処してみるよ」
「善処じゃダメ。アタシよりも長生きして、アタシの事離さないって約束してよ。してくれないの?」

 

―――――約束の返事は、ほんのりとミルクティの味がした。

 

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最終更新:2007年09月26日 11:37
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