そこにいた彼の奥さんは、 以前僕が知っていた「委員長」ではなかった。 なんだろう、この感じ。 そうだ、リツコさんだ。あの冷静とも冷酷とも取れる、冷ややかな視線、声。 僕の脳裏で何か警告音のようなものが鳴る。 「何か、おかしいぞ…」 瞬間、僕は何を見たのだろう? アスカが、泣いている。 ベッドの中で枕を濡らしている。 アスカが僕を呼んでいる。 行かなくちゃ! 「どうしたの?シンジ君?大丈夫?」 ふと我に返ると目の前には「委員長」がいた。 いつの間にか、2人の兄妹が僕の膝の上に乗っている。 兄はエヴァ参号機、妹は弐号機の小さなフィギュアを握りしめている。 お気に入りのようだ。 僕の視線に気づいたヒカリが笑いながら言う。 「そうなのよ、この子たちったら、いつも『エヴァごっこ』してるのよ」 そこには、先ほど見せた氷の視線はもうない。 ヒカリは「委員長」の頃のヒカリだ。 「へー、こんなおもちゃ売ってるんだね」 僕はクッキーを1つつまみながら、ヒカリを見た。 やっぱり「委員長」だ。 気のせいだったのかな? 「いや、気のせいじゃないぞ。」 その夜は子供たちとわいわいと夕食を共にし、 トウジは良きパパであることを僕に見せつけ、 一緒に歌など歌いながら風呂に入ったり、 「早く寝ないと使徒がさらいに来るぞぉ」 と脅かしたりしながら子供達を寝かしつけた。 静かになってから、改めて鈴原夫妻と向かい合う。 先ほどまでの喧噪が嘘のような静寂。 なぜかそこにある緊迫感。 「アスカのことでしょ、」 口火を切ったのはヒカリだった。 その声は、やっぱり「委員長」のものではない気がした。 さすがに詳しい動向はネルフの機密事項ということで 話してはくれなかったらしいが、 それでもアスカは時々ヒカリにメールを送ったり、 電話をしてきたりしていたらしい。 僕はアスカはネルフを辞めたと聞いていたんだけど、 実はそうじゃなくて、 アスカは僕と別れてすぐにドイツ支部に出向になり、 1年あまり向こうで任務をこなした後、 最近帰国してきたようだ。 彼女は僕の知らない事をたくさん知っていた。 僕には見せなかったアスカの癖とか、 僕には見せなかった愚痴っぽくて泣き虫な面とか。 女同士の親友というのは、 男にはわからない心の繋がりがあるようだ。 いや、そもそも僕が鈍感なだけなのかもしれないけど。 そして、新しいメールアドレスと電話番号。 最後に彼女は「委員長」の顔になって僕にそのメモを手渡してくれた。 「アスカはシンジ君を待っているわ。」 帰り際、彼女は僕の背中に向けて、そう言ってくれた。 僕もそう思っているんだよ。 恥ずかしくて口には出せなかったけど。