メモなど
<新島襄の生きた時代>
1843 新島襄生まれる
1853(ペリー来港、吉田松陰浦和沖での密航失敗)
1859(吉田松陰安政の大獄で刑死)
1864 21歳 函館より密航
1868(明治維新)
1871 28歳 日本政府より留学免許状交付
1872 29歳 訪米の岩倉遣外使節団に同行して欧米の教育事情を視察
1874 31歳 宣教師として帰国
1875 32歳 同志社英学校を京都に創立
1876 33歳 熊本バンドの入学で,同志社教育と日本組合教会の基礎が確立
1882 39歳 同志社大学設立に奔走開始
1888 45歳 信仰自由(キリスト教公許)を訴えた建白書を元老院に提出
1889(大日本帝国憲法発布)
46歳 病気療養の為、大磯に12月27日赴く
1890 47歳 死去(若王寺山中の墓地に眠る。墓碑には勝海舟の揮毫が刻まれている
同志社教育の原点は「良心」といえます。創立者の新島襄は誰よりも「良心」を高く評価しました。新島は9年間におよんだ欧米での生活を通して、キリスト教、とくにプロテスタントが文化や国民に与えた精神的感化がいかに巨大であるかを体得して帰国しました。そのひとつが「良心」で、これは「人間の目」ではなく、「神の目」を意識して初めて芽生えるものといえます。
つまり宗教をベースにした教育によってもっとも有効に触発されると考えられます。
新島から見て、日本の教育は智育に力を入れる半面、「心育」、今の言葉では「こころの教育」が疎かにされているといえます。
新島には、人は宗教的教育により「良心」を植えつけられてようやく「人間」となる、との信念がありました。
同志社大学から「精神なき専門家」(マックス・ウェーバー)や、「良心なき逸材」を生むつもりはありませんでした。「同志社大学設立趣意書」で、「一国の良心」を育成したい、と謳ったのもそのためといえます。新島は一学生への手紙の中で「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来(きた)らん事を」 (良心が全身に充満した青年が現れることを)望んでやまない、と書いています。
この一節は、新島が期待する生徒像を鮮明にあらわしています。この言葉は「良心碑」に彫られ、同志社大学正門近くを始め、日米に6基存在しています。「良心教育」は同志社がめざす教育理念です。
第八話 歪ミ、ヒカリ。
やまと
ヒカリが見えた 。
歪ミの中に。
私はゆっくりと手を伸ばした。
ちいさなヒカリに向かって。
絶望の中にあった一片のヒカリは伸ばした手をあっさりとすり抜けた。
始めからなかったから。
それはヒカリという名の幻想で、
私の手をすり抜けて、虚空に消えた。
S館二階、1D教室。
そこが珀璃の潜伏場所だった。
彼女に支給された武器は、たった一本の矢。
凪良の持つ弓とあわせれば使いようもあるだろうが、それでもたった一本ではあまり意味はない。
先ほどから気を紛らわすために男子生徒の机の上においてあったジャンプを読んでいるのだが、その目は虚ろで、先ほどから同じページばかりを見つめている。
読んでいるといっても、その内容はまったくといっていいほど頭に入ってこない。
生存者の放送を聞いている限りは、一年生で生き残っているのは自分だけだ。
自分は生き残れるのだろうか。
たとえ戦いを避けることはできなくても、少しでも長く逃げていたい。
それに、戦うといってもまったく知らない人と戦うわけではない。
相手はずっとお世話になってきた先輩なのだ。
自分は先輩相手に戦うことができるのだろうか。
戦うことも、傷つけることもできなければ、その先に待っているのは一方的な敗北のみだ。
いつ起こるか分からない戦いの恐怖が絶え間なく珀璃を襲う。
死と隣り合わせの空間がこんなにつらいものであるとは珀璃には想像もできなかった。
ジャンプを持つ手が、無意識のうちに震えていた。
****
ヒカリですらも虚構でしかない世界
私はそんな世界にいた。
闇が満ちる世界。
誰もいない、独りきり。
絶望の海を、ゆたう。
私はその世界の一部でその世界は私のすべてだった。
誰も、いない。
誰も、来ない。
世界の狭間で私は揺れた。
*
「珀璃ちゃん、開けて!!お願い、助けて!!」
切迫した様子のその声は、自分もよく知っている、
「HiRO・・・先輩!?」
もし、ここで扉を開ければ、HiROを追っている誰かと戦いになるかもしれない。
先輩を敵に回して戦えるのか、
さまざまな負の考えが一瞬にして珀璃の思考を埋め尽くす。
様々な思考が交錯する。
しかし、自分に助けを求めている先輩を見捨てることなど、珀璃にはできはしなかった。
急いでバリケードの一部をのけて、扉を開けてHiROの手をつかむと教室にひきずりこんだ。
勢いよく扉を閉めると、バリケードを組み立て直し、ジーンズの左ポケットにさしてあった矢を抜いて構え、扉を見据える。
永遠にも思える数瞬の静寂が過ぎ、結局誰も教室に入ってはこなかった。
「大丈夫ですか、先輩?」
誰も入ってこないのを確認すると、珀璃は傍らで息を切らせているHiROに声をかけた。
珀璃は近くにあった椅子を持ってきて、HiROを座らせた。
腰につけていたペットボトルから水を飲むと、すこしおちついたのかHiROは、やっと口を開いた。
「助けてくれてありがとう、珀璃ちゃん。」
特に怪我も見当たらないし、どうやら無事のようだ。
「いえ、別にお礼なんていいですよ。それより誰に追われてたんですか?」
単刀直入な珀璃の問いに少し戸惑いながらもHiROは話し始めた。
どうやら、誰に襲われたかはHiRO自身も分からないらしい。知創館の近くを歩いていたら、突然刃物のようなものを投げつけられて、無我夢中でここまで逃げてきたのだという。
相手を振り切るように逃げていたため、この教室まではあとを付けられなかったのだろう。
話し終わると、HiROは唐突に珀璃に聞いた。
「ねえ、珀璃ちゃん。この戦いどうなると思う?」
いきなりの問いに答えに詰まる。
黙ったままの珀璃を見てHiROは小さく笑うと、
「じゃあ質問変えるね。自分はこれからどうなっていくと思う?珀璃ちゃんは戦いたい?」
自分の心の仲を見透かされているようで、言葉が出なかった。
やっぱりこの先輩には叶わないな、
そんなことを考えながら珀璃は答える。
「私は、正直どうしていいか分からないんです。先輩方と戦うことはできない、でも死にたくはない。矛盾してますよね。」
「そんなことないよ。」
自嘲気味に言う珀璃にHiROは優しく言った。
「私だって、そうだもの。先輩や友達とは戦えない、でも死にたくなんかないよ。だから珀璃ちゃんがつらいの、すっごく分かる。」
うつむいている珀璃にHiROは続ける。
「だから、つらいときは私に言ってよ。何にもできないかもしれないけど、受け止めることはできるよ。私は、珀璃ちゃんの先輩だもの。」
その優しすぎる微笑に、抗う術などあるはずもなかった。
「HiRO・・・先輩・・・。」
気づいたときには、珀璃はHiROの胸に顔をうずめて泣いていた。
恥ずかしいともなんとも思わなかった。
こんなに泣いたのは、何年ぶりだろうか。
HiROは、優しく珀璃の頭を撫でてくれた。
優しさとぬくもりに包まれて、珀璃はいつまでもこうしていたかった。
世界が許す限り、永遠に。
唐突に目の前に現れたヒカリは、幻想ではなかった。
そのぬくもりも、あたたかさも、優しさも。
すべてがホンモノだった。
そのぬくもりに癒してほしかった。
そのあたたかさにうもれていたかった。
その優しさに甘えていたかった。
いつまでも、永遠に。
けれども夢もいつかは醒める。
いつしかヒカリは刃となって、私の胸を貫いた。
******
その感触が私を一気に現実へと引き戻した。
体の中に感じる冷たい、金属的な感触。
背筋から這い上がってくるぞくりとする感覚。
「HiRO、先、輩?」
珀璃の左胸から生えている、鮮血の紅を絡ませた鈍色の刃。
目に飛び込んでくるカッターナイフの金属光沢。
体が鉛のように重い。
まるで自分のものでないかのようだ。
左ポケットの矢に手を伸ばそうとするが、しかし、HiROの手が珀璃の手首をつかむほうが早かった。
どうして、という言葉は出なかった。
否、出せなかった。
HiROの頬を伝う“それ”を見てしまったから。
この場にあまりにもそぐわない“それ”はあまりにも清らかで、美しくて、優しかった。
「先、輩・・・」
張り詰めていた感覚が切れたのか、足の力が抜ける。
崩れ落ちそうになる珀璃の体をHiROが優しく抱きとめる。
「もう、何も言わないで。言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、聞いて。」
朦朧としていく意識の中、HiROの声だけがやけに鮮明に聞こえる。
「この戦いは最後の一人になるまで終わらない。この先、続いていく戦いを珀璃ちゃんに感じてほしくない。」
一度そこで言葉を切って、HiROは続ける。
「この先の戦いに身を投じるってことは、今残ってる人を傷つけ、傷つけられるってこと。私は傷つけたり、傷つけられたりする珀璃ちゃん、見たくないよ。」
精一杯の珀璃ことを思った、究極の選択。
けれど、そんな結論が、納得できるわけがない。
「でも、私もそんな先輩見たくないです!どうしてそんなになんでも一人で背負い込もうとするんですか!」
胸の痛みも忘れて珀璃は叫ぶ。
「ごめんね、珀璃ちゃん。こんな勝手な先輩だけど、許してね。」
先輩、といおうとしたが、もう珀璃の唇は動いてくれなかった。
「私は珀璃ちゃんを傷つけちゃったから天国にはいけないから、ここでお別れだね。」
もう伝えることはできないけれど、HiRO先輩は私の考えていることなんて全部お見通しなんだろうな。
珀璃は思う。
体中が焼けるように熱いのに、不思議なほど痛みは感じない。
目の前のHiRO先輩の顔が蜃気楼のようにぼやけてゆく。
かすんでゆく意識の中で、珀璃はHiROが何か言ったような気がした。
もうその言葉は聞こえなかったけれども、珀璃には分かっていた。
******
刃は鋭く、ヒカリは優しく。
私は虚構の世界の中にヒカリを見た。
優しくて、すべてを包み込む、ヒカリ。
ヒカリが見えなかったのは見えないと思い込んでいたから。
私自身がヒカリだったから。
ホントは最初から知っていたんだ。
優しいヒカリは世界を照らす。
永遠が、明ける。
そのヒカリに包まれて、私は永い眠りについた。
最終更新:2008年02月20日 16:32