文書記録を圧縮保存してタッチパネルに走らせていた手を止め、投射型メインディスプレイに常時出力中の外部映像に視線を移す。
黄塵の吹き抜ける広大な荒野の先、先行して制圧攻撃を仕掛けた友軍による戦火が轟いていた。
確立状態の通信回線を通じ、作戦司令部から作戦支援業務を行う総合通信士から定時報告が入る。転送されてきた圧縮データを解凍し、最新の戦域環境情報をディスプレイ上に出力した。
『作戦司令部、オペレーターです。現在第一陣主戦力が、施設外周地表部で交戦状態に入りました。第二陣主戦力は施設隔壁の開放に備え、速やかに移動を開始してください──』
「──了解、移動を開始する」
マルチコンソールから溢れる淡青色の光源に照らされるコクピット内で、
マイ・アーヴァンクは勤めて冷静に返す。二基一対の操縦把を握り込み、コクピット下方部のフット・ペダルに足を掛け直す。
戦術支援AIに口頭指示し、機体制御態勢を第一種戦闘準備態勢から第一種戦闘態勢へと移行させた。動力源である燃料電池から供給される電力が機体出力を著しく上昇させ、各種搭載センサー群及び索敵用レーダー・システムも第一種戦域索敵態勢に移行する。
瞬く間に戦域環境情報が更新されそれらがHMD画面に出力されていくのを確認、その後、マイ・アーヴァンクはフット・ペダルを強く踏み込んだ。感じ慣れた震動がコクピットを細かく揺らし、発進用の準備推力に加えて点火した噴射炎が、搭乗者であるマイ・アーヴァンクを乗せた人型機動兵器【アーマード・コア】──〝
蒼竜騎〟の巨躯を前方へと押し出す。
先行し、施設外周交戦域へ向け蒼竜騎の舵を取る。
マルチコンソールを叩いて数百メートル前方の地表部交戦域を拡視界に出力、吹き荒ぶ黄塵の中に続く戦闘の様相を直に確認した。
白燐の燃焼による曳航弾の赤い軌跡が乾燥した大気を切り裂く中、第一陣主戦力として施設地表部の制圧に臨んだAC部隊が敵対勢力と戦火を交えている。
もうもうと吹き上がる粉塵の裂け目から、制圧対象である施設の防衛戦力──この世のどの軍事技術にも既存しない形態を宿した兵器の青白い眼窩と視線を交えた気がして、マイは口許を小さく歪めた。
直後、四脚形態を備えるその兵器がAPFSDS弾(離脱装弾筒付翼安定徹甲弾)の直撃によって頭部を吹き飛ばされ、噴煙の中へとその姿を消す。
戦域状況は目まぐるしく変動しているが、第一陣主戦力にはいまだ戦域離脱者は出ていない模様であった。
突出して施設地表部戦域へと進行中の蒼竜騎の右側を、堅牢な外部装甲を纏ったエア・クッション型強襲艦艇が追い抜き、その後を同種の機動艦群と数機の工作用MT部隊が追従していく。
それとほぼ同時に艦艇が艦載砲の砲口を前方戦域に固定、一拍を置いて砲火が煌めいた。
作戦戦域を重厚な砲声が突き抜け、蒼竜騎の機体がそれを受けて細かい空気震動を受ける。その時、今度は先ほどの機動艦艇群とは異なる機影が右前方に突出し、真横で併走し始めた。
マイの眼球動作に追従するフレーム・システムがカメラアイを僅かに傾ける。有視界に映り込んだ一機のAC機体の機影を見咎めた時、蒼竜騎の通信回線に特定周波数で無線が飛ばされてきた。
『──ミラージュの野郎共もやる気まんまんって感じだな。結局最後にケツ拭くのは、俺達だってのによ?』
併走する友軍ACの搭乗者──マイが持つ業界の知己である自由傭兵の〝ゼオ〟が遠慮する事もなく、毒のこもった言葉を吐いた。
「奴さんも、面子ってモンが絡んでんのさ。大目に見てやりな」
作戦の性質を鑑みれば、少々言葉は悪いものの彼の言うとおりだと、マイは胸中で同意する。
今作戦の依頼主は、最上位の統治企業体として、嘗ては統治企業連合にも名を連ねていた〝ミラージュ社〟である。
依頼内容は、現在世界各地で頻発している兵器災害の惨状を鑑みれば、ごく有り触れたものだった。
──ミラージュ社旧経済管轄区【旧ナルバエス地方】は、広大な荒野を有す同地方に散在する旧世代遺跡の一つ【アスセナ】へ進入、施設内部を調査し、かつ同遺跡の維持機能を停止せよ──。
まあ、至極簡潔に言えば、無尽に湧き出る有象無象の防衛戦力を排除し、同遺跡内部の調査を済ませた上で施設機能を停止させろ、という事だ。
遂行主戦力は業務依頼を受諾した自由傭兵及び独立系勢力のレイヴンであり、マイを含む主戦力部隊が所定に沿って旧世代施設を武力制圧する手筈となっている。
一応、ミラージュ社も保有軍から戦力を供出して合同作戦に当たると、事前のブリーフィングで具体的に明示していた。が、よもやこれほど大胆な制圧攻撃を行うとは、さすがのマイも予測していなかった。
しかし、ミラージュ社供出軍が合同作戦に加わっている以上、そこにマイが口にしたような要因が絡んでいる事は、主戦力であるレイヴンの大半も察知しているだろう。
五年前の兵器災害発生に伴って同地方を破棄した依頼主にとって、その復興計画の一貫である今作戦の成功を内外に知らしめる事は、小さくない意味を持つ。
そして自社戦力の損失を避ける為に外部戦力を雇用したとはいえ、ミラージュ社が作戦を立案し、戦闘を遂行したという事実は残らねばならない。
これは、統治企業として強大な権勢を誇る依頼主の機微であり、重要な政治的意味を持っている。
──最も、自分のような駆け出しの下っ端レイヴンがそれを齧った程度に知っていた所で、何の関係もありはしない筈だが。
戦って、生き残って、金を貰って、命と一緒に持って帰る──他の事は、まあ、なるべく考えない方がいい。
それ以外に関しては、各々に帰着するもので、そこは他者が関知すべき事でない。
こと今回の自分に関しては、原隊を遠く離れての初の単独出向任務の最中なのだ──望めるのなら、何事もなく仕事を消化するに越した事はなかった。
「──だけど、胡散臭さは親方の警告通りだな」
『あん? 何か言ったか?』
通信回線から垂れ流しになっていた独り言に対してゼオが声をあげ、マイは軽くかぶりを振った後、「なんでもない」と、静かに返した。
『第一陣だけでカタが着いたら、俺達の報酬がなくなるなんて事はないよな?』
「──さあ。だが、あの個体数だ。少なくとも出番がないなんてオチはないだろう」
ゼオが若干茶化して言う冗談に、マイは曖昧な返事を返す。
先行した第一陣主戦力の主任務は、施設外周地表部に展開する施設防衛戦力の無力化だ。施設内部進入後、施設制圧作戦に於ける主戦力は第二陣が担う。
外周地表部に兵隊蟻の如く湧き出てきた防衛戦力の兵力数から鑑みて、施設内部にはそれと同等か、或いはそれ以上の数が施設侵入を阻もうと待ち伏せているだろうと考えるのに、どこも不自然はない。
旧世代遺跡施設の正面隔壁へ残り八〇〇メートル強まで接近した時、作戦司令部の総合通信士が抑揚に欠けた冷淡な声音で定例報告を行う。
『第一陣戦力の地表部制圧が、間もなく完了します。第二陣戦力は移動を継続、隔壁開放と共に施設内部へ進入してください』
一切の無駄なく、施設防衛戦力に立ち直る隙を与えず、というところか。
機動力と圧倒的火力に勝る速やかな制圧方法は他にない。
『一気に行くとするか。先に突出するぜ、〝ドラグーン〟──!』
威勢良い言葉の最後に自身のレイヴンとしての名を残し、ゼオは併走させていた自らの搭乗機体〝シックザール〟の進行推力を劇的に跳ね上げ、現場へ向かう第二陣戦力の最前衛に立った。
自身と同世代とはいえ、特定組織に加担しない自由傭兵としては中堅格に入ってもおかしくない筈だが、どうも彼は血の気が多い。自由傭兵を名乗る鴉として、その生き方に忠実である為の彼なりの処世術なのかもしれないが。
そして自分も自分で、この作戦に参加できた事に、僅かながら歓喜しているのは事実なのだ。
「──蒼竜騎、強襲機動を開始する」
力強い言葉に呼応して戦術支援AIが機体各部の機能状況をHMD画面に出力し、それに伴って搭載センサー群から収集される戦域環境情報も著しく更新されてゆく。
短機関砲を携える右腕部を持ち上げ強襲機動態勢を構築、マイは足元のブースタ・ペダルを目一杯に踏み込んだ。後背メインノズルから吐き出された高出力の噴射炎が蒼竜騎を更に前方へと押し出し、黄塵と戦火の渦巻く荒野を疾走させていく。
自らの試金石となる目の前の戦場を鋭い眼差しで見つめ、マイは小さく笑んだ。