リヴァルディのガレージ内、PCの前で、シーアとショーンは論を交わしていた。
「ブースターも追加するべきだろ! じゃないと意味がねぇ!」
「だから、それだと重過ぎると言ってるだろう!」
今話しているのは、ショーン設計のAC用大型追加ブースタータンクのことだ。
リヴァルディでの目的地近辺への接近が難しい場合や、AC単体での長距離移動が必要な際に役立つだろうと考え、今も設計の真っ最中である。
「……まぁいい、どっちにしろ問題はどこに接続するかだ。 お前さんならどうする?」
「肩武器に干渉しないのがベストだ。 となるとエクステンションの位置だが、これは保持力が弱い上にバランスが崩れる。 無理だろうな」
「だよなぁ、やっぱりコア側の改造しかないか」
「オレの機体で試そう。 正規品よりは手を加え易いはずだ」
「そうだな、とりあえず試作してみるか」
方針が決まったところで、エイミとシェルブがガレージにやってきた。
「2人ともお疲れ様。 コーヒーよ」
エイミが持ってきたトレーには湯気の立つカップが3つ並んでおり、シェルブは既にカップを持っていた。
「おお、ありがとよ。 いただくぜ」
「悪いなエイミ。 シェルブ、何か用か?」
「用がないときは来ない方がいいか?」
「いや、問題ない。 丁度休憩にしようと思っていたところだ」
言いながらシーアはエイミからカップを受け取り、湯気の立つコーヒーを啜った。
同様にシェルブもカップを傾け、それから口を開いた。
「一応、二人の仕事の進行状況を確認するという用はあるがな。 調子はどうだ、ショーン?」
「とりあえず、マイの機体の修理は終わったぞ。 設計中のパーツの方は、
フィクスブラウ用に試作することになった。 他の機体にも使えるようにするには、またいろいろ考えないとな」
「そうか。 シーア、機体に負担が掛かるようなら無理をするなよ」
「問題ない。 少しでも役に立つなら、やるだけだ」
そう言って、シーアはフィクスブラウを見上げた。
マイやシェルブとは違い、その存在を知られてはならないシーアは、機体をリヴァルディ外の整備ドックに運んで整備することができない。
もちろん、現在駐留しているコロニーならば探知されることはないだろうし、コロニーの現状や請けている仕事の都合から考えて、口封じをすることも出来るだろう。
だが、そもそもガレージの機材が充実しているリヴァルディならば、交換用の部品さえあれば外のドックが使用できなくともそれほど苦労することはない。 面倒はできるだけ避けるべきであると考えた結果、フィクスブラウはできるだけリヴァルディの外には出さないという結論に至ったのだ。
「外のドックが必要になったら言ってくれ、手配しておく」
「ああ、頼む」
そんなやりとりが済むと、シェルブはガレージの出口へ向かっていった。
「シェルブ、オレはもう少し休むつもりだが、もういいのか?」
「ああ、久しぶりに友人と話したくなった。 しばらく部屋には近づかないでくれ」
「了解した」
わざわざ“近づかないでくれ”と言うからには、自分たちには聞かれたくない話をする、と遠回しに言っているようなものだ。
ある程度の内容の推測は出来るが、断定は出来ない。 確かに仲間であるが、個人のプライベートは尊重すべきだ。
そんなことを考えているところに、機体の出撃ハッチの出入口から、マイがやって来た。
「おやっさん、凱竜騎の修理終わったんだって?」
「おう、元通りにしておいたぞ。 見てみろ」
マイが機体を見上げる。
「サンキュー、おやっさん。 これで戦闘になっても大丈夫だな」
「いいか、もうどこも壊すなよ? 絶対に壊すなよ!?」
「ショーン、戦闘になったらそれは無理だろ…」
シーアがショーンを宥めながら、整備記録を書いたクリップボードをマイに渡す。
「シーア、これは?」
「見ての通り、整備記録だ。 少しは内容がわかるようにしておけ、整備士がどのくらい苦労しているのかよくわかる。 整備サービスを受けているレイヴンは、これを見ればどこに修理費がかかっているのかが把握できる、というわけだ」
なるほど、などと言いながらマイが記載内容を読み始めるが…
「…でも、よくわからないんだけど、コレ」
「だろうな。 理解するには、ある程度専門知識が必要だ。 単にACパーツのリストが書いてあるわけじゃないからな」
整備士からしてみれば当然の話だが、傭兵であるレイヴンがACのパーツを構成する部品や修理工程まで知っていることは少ない。 レイヴンはACによる戦闘の専門家である以上、整備士の専門知識まで把握しておく必要性はそれほど無い。
しかし、知っておいた方が便利なことも多くある。 シーアはそのことをマイに伝えたかった。
「今回の修理には部品が足りなかったから、この前応急処置で取り付けた腕部パーツの部品を流用して、それから内部構造も少し弄った、ということが書いてある。 わかったか?」
「ああ、大体わかった。 それで、性能に変化は?」
「ほとんど無いはずだ。 まぁ少し強引に直した部分もあるから、若干パワーが落ちてるかも知れない。 その代わりにエネルギー出力が多少上がっているはずだ、ミラージュのエネルギー系統は良い部品だからな。 あとは実際に動かして確認してくれ」
「OK、あとで試運転してみる」
そう言ってガレージを出ようとするマイの肩を掴み、引き止める。
「な、何だよ?」
「いいものがある、これだ」
シーアが取り出したのは、百科事典のように分厚い、ACの整備資料集だった。
「これを読めば、整備記録を読む上で困ることはほとんど無くなるはずだ。 少し教えてやる」
「マジかよ…」
と、シーアがマイに整備記録の読み方を教え始めてからしばらくして、シルヴィアと
イリヤがガレージにやって来た。
「頼まれたもの、買ってきたぞ」
「夕飯の材料も買ってきたよ」
イリヤが領収書をショーンに渡し、シルヴィアがキッチンに材料を置いて、ガレージに戻ってくる。
「ところでマイ、何読んでるの?」
「シルヴィ、助けてくれ…おやっさんとシーアが…」
と、涙目で助けを求めるマイ。
「マイ、しっかり勉強しろよ! 少しはこっちの苦労がわかってきたか!」
「全くだ、修理もタダじゃできないんだからな。 ほら、次のページだ」
と、両脇から喝を入れる二人の整備士。
「うわぁ…キツそう…」
シルヴィアが憐れむような目でマイを見ながら、デスクから離れる。
そこにイリヤがやって来て、マイの後ろから資料集を覗き見た。
「ああ、兵器の内部構造と部品について書いてあるのか」
「イリヤはわかるのか?」
マイが驚いてイリヤの顔を見るが、イリヤは首を横に振った。
「いや、知っているのはごく一部だけだ。 昔は兵器のパーツの一つだったが、細かいことは知る必要がなかったからな」
その言葉に、マイの表情が曇る。
「…自分のことを、パーツの一部とか言うな。 今は違うだろ」
「…そうだな。 私が悪かった」
マイはイリヤのことを思って指摘し、イリヤもそのことを十分に理解していた。
サンドゲイルに来てまだ短いが、メンバーが全員お人好しであるということはわかったようだった。
「それにしても、ショーンとシーアは仲がいいな。 シーアはショーンの弟子なのか?」
それを聞いて、シーアが軽く吹き出した。
「それはないな。 ショーンとオレでは、根本的な考え方が違う。 だからショーンには常識外れだと言っているわけだが、同じ思想の整備士は二人も要らないな。 むしろ意見を競わせることで、よりいいものになることがある」
「ま、そもそも年季が違うしなぁ。 新入りには分からない部分もあるんだよ」
と、再びショーンとシーアの視線がぶつかり合う。
「なんだ、シーアは後からここに来たのか?」
「ああ、そういえばイリヤには言ってなかったか。 エイミとオレは、ここに来てまだ3ヶ月だ」
意外な事実に驚くイリヤ。
「最近のことじゃないか。 何でサンドゲイルに入ったんだ? もし良ければ、教えて欲しい」
「そうだな…エイミ、言ってもいいか?」
「ええ、私は構わないわ」
「わかった…先に言っておくが、いい話じゃないぞ?」
「別に構わない。 仲間のことはできるだけ知っておいた方がいいだろう?」
正直、役には立たない話だろうと思いながら、シーアは3ヶ月前を思い出す。
その日は、激しい雨が降っていた―――――
AC輸送車の中で、シーアは整備を終えた愛機を見上げた。
深い蒼と黒に塗られた、闇夜に溶け込む自分の機体。 その整備をしている間だけは、昔と同じ気分になれた。 部品強度、駆動系、エネルギー回路、制御システムと、AC整備に必要な知識のほぼ全てを熟知した自分の経験を活かし、機体を求められるベストの状態にする。 それだけは昔も今も変わらず、自分を満たしてくれた。
だがそれらは全て、たった一つの目的のためのモノ。 それが終わるまで、自分は決して自由にはなれない。 そう思っていた。
情報端末からデータを出そうとデスクに座ると、丁度整備室にエイミが入ってきた。
「シーア、情報屋から新しいリストが送られてきたわ」
ヘッドセットを首にかけたエイミが、手元の端末を操作してリストを表示させ、シーアに手渡した。
「…エイミ、これはいつの情報だ?」
受け取ったリストには、依頼した条件に当てはまるレイヴンの名前と、現在の状況が書かれていた。
「それぞれ、一番最近に確認された依頼行動が書かれているみたい。 だから人によっては一週間前、早ければ数時間前ですって」
「まったく、アイツはいい加減なのかしっかりしてるのか、よくわからないな。 そういうことならそれぞれの確認時刻を明記しておくべきだ」
不満を口にしながら、シーアはデスクの通信端末から連絡先を表示し、通信回線を開いた。
「おいキース、ちょっと出て来い」
『なんだよ、スコープアイ。 依頼されたレイヴンリストならさっき送ったぜ?』
気だるげな目つきで、キースが画面越しにシーアを睨んだ。
「確かに、大体は依頼内容通りだ。 だがオレはこいつらの今現在の動向が知りたいと言ったはずだ。 にもかかわらず、確認時刻が書かれていないというのはどういうことだ?」
しばらく間が空いて、キースは慌ててこちらに送ったデータを確認して、ようやく口を開いた。
『……完全に俺のミスだ、すまねぇ。 修正は時刻だけでいいか?』
「コソ泥、しっかりしてくれ。 報酬分はきっちり働いてくれよ」
『わかってるって整備士。 格安で引き受けてんだ、少しぐらい余裕持たせろよ』
まるで旧知の仲であるかのように、二人して笑う。 隣にいるエイミもクスリ、と笑っていた。
「訂正したらすぐこっちに送ってくれ。 じゃあな」
『まぁまぁ、ちょっと待てよ。 いい話があるんだ。 聞きたくないか?』
キースは画面の向こうでこちらの目を覗き込むように身を乗り出した。
「…値段によるな」
『言うと思ったぜ、逃亡者。 けど、お前が聞いたら喉から手が出るほど欲しくなるような話さ』
イヤらしい笑い方だ。 だが、これがキースの商売方法でもある。
「もったいぶらずに早く概要を言え」
『わかったよ。 分類は元ランカーレイヴン情報。 現在位置と損傷具合の報告付きだ』
それを聞いた途端、シーアの態度が変わった。
「…いくらだ?」
『5万だ』
「半額にしろ」
『んじゃ4万』
「3万だ。 これ以上なら断る」
『しょうがねぇ、商談成立だ。 データ送るぜ』
画面にメール受信のアイコンが表示され、シーアは中身を確認した。
「労働組合によるミラージュ兵器工場へのテロ行為鎮圧の依頼、か。 それで、引き受けたのが元トップランカーか」
『その通りだ。 しかも、かの有名な遊撃隊が引き受けてる』
「どこだ?」
『サンドゲイルだよ。 こいつらも大変だなぁ。 名前が売れれば、その分仕事も敵も増える。 このところの戦闘回数は相当なモンだぜ』
「…それで、続きは?」
『構成要員はレイヴン3人に整備士1人。 で、その中の1人は対有人機戦はしない主義らしい。 もう1人の若手は前回の戦闘で痛手を負ってる、機体はおそらく修理中のはずだ。 これでわかるか?』
ニヤニヤしながら、こちらの返答を待つキース。
「当然だ。 出てくるのはサンドゲイルのリーダー、ザックセルだけだろう」
その通り、と言いながら、キースが情報の補足をする。
『本名
シェルブ・ハートネット。 53だがバリバリの現役だ。 現在は弟子にマイ・アーヴァンクと
シルヴィア・マッケンジーってのがいる。 シルヴィアって方がさっき言った、有人機は相手にしない主義のお嬢ちゃんだ』
「ということは、マイがオレの2つ下のレイヴン、ドラグーンか」
『なんだ、知ってるのかよ』
それは当然だ。 サンドゲイルについては自分でも調べていたし、そこの構成要員に自分と2つしか違わないレイヴンがいれば、嫌でも耳に入ってくる。
『まぁ、その辺はどうでもいい話だけどな。 とにかく、現在サンドゲイルに残っている戦力はザックセルのACだけだ。 あとは母船にも防衛能力はあるだろうが、まぁお前ならなんとかなるだろ』「そうだな。 それで、現在地は?」
『それがこの情報の最大のウリさ。 丁度お前らの針路上にある、ヘニルス渓谷を通ってるんだよ。 お前としては絶好のポイントじゃないか?』
キースの言う通り、これ以上ない絶好のチャンスである。
地形、天候、そして時刻。 すべての要因が自分に有利な状況だ。
この機会を逃すわけには行かない。
「情報に感謝する、キース。 またな」
『まぁ頑張れや。 死ぬんじゃねぇぞ』
通信を切ってから、手元のコンソールでACのシステムを立ち上げさせると、カメラアイが紅く閃いた。
「エイミ、輸送車を隠せられそうな岩場を見つけたら教えてくれ」
「わかったわ。 それで、出撃はいつなの?」
その時間こそが、シーアに有利な状況を作り出す、最大の要因。
「決まってるだろ、今晩だ」
激しい風雨は、雷雨へと姿を変えていた。
―時刻 25:00―
シーアは雷雨の中、岩場の影でACを待機させていた。
こちらが先に見つかってしまっては、暗殺者の名が泣く。 だからこそ、いつでも狙撃できる状態でジェネレータの出力を最小に絞り、計器の作動するギリギリの発電量で敵のセンサー類を掻い潜る。
その時、遥か視線の先に霧のような白い霞みが現れた。 ホバー船の推力によって、雨水が舞い上げられているのだ。
それを確認して、目を閉じる。
―これまでずっと繰り返してきたことだ。 何も問題ない。 自分を切り替えろ―
「…オレはレイヴンだ」
自らの戦闘本能を呼び覚ますパスワード。
閉じた目を開けて、モニターに映る目標を見据えた。
―オレはもう、レイヴンだ―
「アルフ、エクステンションを展開後、ジェネレータ出力を戦闘態勢まで上げろ」
『了解。 戦闘システム起動。 ジェネレータパワーをコンバットモードへ移行』
アルフの応答とともに、ジェネレータが唸りを上げる。
その鼓動と反比例するように、シーアは静かにスナイパーライフルの照準を合わせる。
「戦闘開始だ」
ホバー船の輪郭が見えた瞬間、右手のトリガーを引いた。
右腕のスナイパーライフルが火を噴き、放たれた弾丸は正確にホバー船前面の機銃を貫いた。
わずかに砲身をずらし、続けて2射、3射。 弾丸は外れることなく、ホバー船の攻撃能力を奪っていく。
見える限りの機銃を破壊した後、エクステンションのステルスをオフにして通信回線を開く。
「遊撃部隊サンドゲイルだな? ザックセルはいるか?」
若干の間の後、回線が開いた。
『……私だ。 何の用だ?』
相手に情報を与えない、まるで感情の感じられない声での返答。 やはり玄人は違う。
「聞きたいことがある。 おとなしく話せば、見逃してやる」
『貴様、俺がどういう人間か、わかって言っているのか? 俺は…』
「シェルブ・ハートネット。 元エクストリーム・アリーナのトップランカーにして、企業や政府からは最恐とも言われた戦争屋。 11年前のある作戦によって問題を起こし、レイヴンズアークから身を引き、遊撃部隊サンドゲイルを立ち上げた。 そうだろう偽善者?」
『……どこまで知っている?』
ザックセルの声色が変わる。 こちらを敵と認めた、殺意を含む声。
「ここまでしか知らない。 だからわざわざ聞きにきた。 11年前、何があった? なぜ関連する記録のほぼ全てが隠蔽されている? お前らは何を知っていて、何を隠している?」
『……それが、お前に何の関係がある?』
気に入らない。 聞いているのは自分であって、答えるべきは相手だ。
そう思いながらも、トリガーにかけられた指をなんとか離して、話を続ける。
「関係があるから、聞いている。 ジシス財団と、その先進技術開発部……これが、お前の過去のどこかに繋がっている。 お前だけじゃない、アークのトップランカーも、ナーヴスも、コーテックスも、ジシス財団とどこかで繋がっていた……答えろ、ザックセル。 お前は何を知っている?」
しばらくの沈黙。 一触即発の空気が、周囲に漂う。
『……もう一度聞く。 俺の過去と、お前自身に、一体何の関係がある?』
その言葉で、シーアの我慢は限界だった。
「……同罪だよ、お前も。 オレの仲間を殺し、オレを弄んだ奴らと。 オレは許さない。 傷つく必要のない奴が、なぜ死ぬ? 全部、お前らが元凶だろうが……!」
叫びと同時、右手のトリガーを引いた。
「さっさと出て来い! 母船ごと死にたいのなら別だがな!!」
速射された弾丸がサンドゲイルの母船・リヴァルディのグレネードキャノンの一つを突き、機構に深刻な損傷を与える。
すぐさま回避軌道を取るリヴァルディだが、その巨体ではなかなか小回りは効かない。
そもそも大型船は、ACに接近されれば抵抗の手段がないのだ。
必然、食い止めるにはACで迎撃に打って出るしかない。 ザックセルの機体がハッチから出てくる。
すぐさま射線からこちらの位置を予測してバズーカを撃つが、当たるわけがなかった。
フィクスブラウの機体色が夜間戦に備えての保護色であることに加え、嵐のような雷雨の中という視界の悪さ。 その上、大きな岩が多く、身を隠し易い。 完全にシーアが有利な状況だった。
しかし、エクステンションのステルス効果が消えた瞬間、ザックセルが動いた。
レーダーに映ったのだろうが、たったそれだけでシーアの隠れている岩にバズーカを当ててきた。
機体への損傷はないが、見つからないように歩行して場所を移動する。
しかし、岩陰から離れた瞬間、ブーストを使わざるを得なかった。 リヴァルディが援護射撃を始めたのだ。
放たれた大口径の砲弾が、着弾と同時に爆発して周囲の岩を粉砕する。
爆炎が辺りを照らし、ザックセルはフィクスブラウをはっきりと視認できた。
もう見失うまいと、ザックセルが迷いなく右手のバズーカのトリガーを引く。 が、スコープアイはそこで想定外の軌道を見せた。
回避と同時に、接近しているのだ。 それも、オーバードブーストのような速度で。
OBは起動操作を行っても、すぐに発動するわけではない。 エネルギーの充填、ブースターの展開などの予備動作が必要になるからだ。
予備動作を行った状態で起動待機にしていたのならばまだわかるが、突然の援護射撃への対処ではない。
どちらにせよ、異様な速度であることに違いはないのだ。
それに、接近してくればザックセルの射程内に入る。 右手にバズーカ、左手にショットガン、肩にマイクロミサイルとエクステンションの連動ミサイル、そしてコアのイクシードオービット。 重量2脚の防御力を生かした、高火力による突撃戦を想定したアセンブリだ。
対するスコープアイの武装はスナイパーライフル。 ザックセルが確認できたのは、まだこれだけだ。
捕捉して少しでも敵機の情報を掴もうと、ザックセルはエクステンションの展開と同時に武器をミサイルに変更。 敵機をロックし、すぐさまトリガーを引いた。
放たれた9発の光点が尾を引いてフィクスブラウに向かっていく。
だがミサイルハッチの展開を見ていたシーアは、機体を一瞬、左に振ってから右に切り返した。
いとも簡単にミサイルを避け、ザックセルの乗る
ツエルブへと迫る。
その間に、ザックセルはロックオンしたときのフィクスブラウの静止画を確認していた。
左手にはライフルが握られている。 つい先程までレーダーに映らなかったのは、エクステンションのステルスユニットの効果だ。 残る肩武器は、その大きさからランチャー系統と推測できた。
この時点でザックセルはミサイルを当てることを諦め、連動ミサイルをパージした。
機動性能と回避行動から考えて、高速戦に長けた相手と判断できたからである。 少しでも機体を軽くして、反応速度を上げることを優先したのだ。
それを見たシーアは、接近を止めて遠距離から両手のライフルのトリガーを引いた。
右手のスナイパーライフルも左手のライフルも、連射性能を重視した速射型のライフルで、正確かつ高密度の弾幕を張ることができる。
しかし、ザックセルがそう簡単にやられるわけがなかった。
弾道を予測し、さらに次の射線を狂わせるように乱数機動を織り交ぜることによって、弾を回避している。 避けきれない弾もあるが、それらも分厚い装甲の前では、それほど脅威ではなかった。
「有効打にはならないか、ならば……」
シーアがガスマスクへの酸素分圧を上げ、ペダルを蹴るように踏み込んで機体を一気に加速させる。
接近してくる気配を感じたザックセルは、左手のショットガンを構えて待ち構える。
だがその直後、OBによって更に常軌を逸した急加速で、フィクスブラウが進行方向を左にずらしてツエルブに接近する。
フィクスブラウのグレネードランチャーの砲身が展開し、ツエルブを狙う。
すれ違いざまに発射して確実に当てるつもりである、と読んだザックセルがEOを展開。
そして互いの機体がすれ違う寸前、トリガーを引いた。
火薬の爆ぜる音。 しかし、それは一方からしか響かず、着弾音も聞こえなかった。
フィクスブラウが直前でステルスを起動したことによって、バズーカとショットガンのロックが外れていたのだ。 当然、レーダーからも機影が消えていた。
「もらった…!」
一瞬遅れて、グレネードランチャーの砲口が閃く。
『くっ……!』
慌てて機体を上昇させ、直撃を避けたザックセルだったが、機体の左脚部に損傷を負っていた。
「やってくれるな……」
フィクスブラウも無傷ではなかった。 ツエルブの左後方に回り込んで攻撃したのだが、ザックセルは機体を旋回させることもなく、ショットガンを撃ってきたのだ。
ザックセルも、もちろん正確な位置を把握していたわけではないが、長年の経験と直感が一瞬で敵機への反撃を行っていた。
シーアはさらに追撃を試みようとしたが、EOの自動射撃が行く手を阻み、距離をとらざるを得ない。
再びライフルの間合いから遠距離射撃を行うシーア。
しかし、やはり有効打にはならない。 ザックセルはFCSの目標位置予測射撃、2次ロックと呼ばれる、その機能の裏をうまく突いていた。
弾丸の発射から着弾までのタイムラグがある以上、現在敵のいる位置に撃っても当たらないというのは当然のことだ。 それをカバーするための2次ロックだが、これは敵の現在の速度ベクトルから位置を予測するものである。 つまり、フェイントが通用するのだ。
地を蹴って左右へと素早く機体の進行方向を切り返すことで、敵の2次ロックによる射撃を避けることができる。 これはレイヴンにしてみれば常識だが、その技術は回避能力に直結する。 つまりこれが完璧に行えるならば、敵の弾は当たらないということになる。
ザックセルはそれを、俊敏性に欠ける重量2脚でやってのけているのだ。
もちろん完全回避ではないが、ほとんどを回避し続けている。 被弾による被害は少なく、機能障害は起こしていない。
焦り始めるシーア。 このままいけばライフルが弾切れになるのは確実である。
距離が詰まるのは明白だが、武器をチェインガンに変更して少しでも敵機にダメージを与えるべき、と判断して、ツエルブへ少し接近する。
その途端、ツエルブが攻撃を開始した。
今までとは違い、攻撃を当てるための立ち回り。 多少の被弾は無視して、ショットガンとバズーカを連射する。
シーアは機体の機動力にものを言わせて回避を続ける。 ツエルブの脚部は旋回性能があまり高くなく、追従性は低い。 それならば2次ロックに対しての回避より、敵機の照準を追いつかせないことを優先する。ザックセルの操作が繊細ならば、シーアの操作は大胆だ。
互いに一歩も引かぬまま、両者の火線が交差する。
ライフルによってわずかながら機体ダメージが増大していくツエルブ。
ショットガンと自らのOBによって機体温度が上昇していくフィクスブラウ。
敵のミスを誘発しようと射撃のタイミングをずらし、武器を変えて弾幕を張る。 だが、それでも両者は冷静に攻撃と回避を続ける。
長い膠着状態が続き、雷雨による視界の悪さも相まって、互いの神経をすり減らす。
特にザックセルの機体には暗視機能がないため、視認性は著しく低い。
にもかかわらず、フィクスブラウを見失わずに戦闘を続け、不利な状況には陥らずにいる。
そして突如、ザックセルのバズーカがフィクスブラウの左肩を直撃した。
『左腕部にダメージ。 照準制御動作に微小な異常を確認、2次回路を作動します』
アルフが機体の損傷状況から、自動でリカバリーを行う。
その間にも、ザックセルの撃った弾頭がフィクスブラウを掠めていく。
おかしい。 照準が正確になるにしても、あまりにも突然すぎる。
その不自然さに疑問を抱きながらも、回避行動をとるシーア。
すくなくとも、レイヴンの腕が急に上がったというわけではない。
今まで手加減されていた、というセンも考え難い。 となれば、機体側で何らかの細工をした可能性が一番高い。
「アルフ、可能な限り敵機の状態を分析しろ。 ロック性能に影響の出る要因を探せ」
『了解。 ですがそれは難しいと思われます。 私には予想できません』
いくら高性能AIのアルフでも、そこまでの予想はできない。 より高度な何かなのか、それとも自分が考え付かないような、意外な方法なのか……
考えながら、ツエルブの後ろを取ろうとOBを起動して右に回り込もうとするシーア。
フェイントをかけようと、予備動作を行った状態で起動を待機させる。
そしてザックセルがバズーカのトリガーを引くであろう、その直前のタイミングでOBを起動した。
瞬間、フィクスブラウが左に急加速する。 当然バズーカは右に大きくずれていた。
そう、OB起動前のフィクスブラウの位置よりも、ずっと右に。
「そうか…そういうことか、ザックセル!」
敵がトリガーを引く直前にOBを起動すれば、敵機がトリガーを引いた時には自機は既にOBによって加速している。 敵機が2次ロック状態で火器を発射すれば、弾はOBでの進行方向に向かって修正される。 よって、弾は更に加速した自機の若干後ろを通るはずだ。
しかし、今ザックセルが放ったバズーカは、フィクスブラウの進行方向とは逆。
それはすなわち、機体のFCSによる2次ロックを行っていないことを意味する。
つまりザックセルは今、自分の予測による射撃を行っているということになる。
そして、自分の予測とは、つまり。
「ロック機能を停止させているのか……!」
ノーロックでの予測射撃。 それもロケット砲のように、元々ロックしていない状態で当てることを考えた武器ではない。 使い勝手は格段に落ちているだろう。
それでもザックセルはバズーカを当ててきたのだ。
「…ハッ、ハハハハハハ! いいぜ、最高だよお前!!」
その凄まじい操縦技術を前にして、シーアは歓喜した。
「アルフ、ロック機能を停止しろ! 自分で照準する!」
『了解しました』
自分が今まで戦ってきた中で、間違いなく最強の相手。 自分の欲しい答えを言わない事は気に入らなかったが、それがどうでもいいと感じられるほどの強敵と対峙できたことに、打ち震えていた。
―だから、もっと―
「いい加減認めろ偽善者、お前の引き起こした戦闘で、一体何人が死んだと思っている? 孤児を拾おうがレイヴンを育てようが、お前が人殺しである事実は変わらない。 許されるわけがないんだよ!」
自らの照準で両手のライフルを連射するシーア。
『そういうお前は、人の生死に関わったことがあるのか? そもそも、傭兵相手に言う言葉ではない!』
バズーカのトリガーを引くザックセル。
「人の死に際なら、とっくの昔に見飽きてる……!」
ステルスとOBを起動して、急加速するシーア。
―もっと、オレを―
「言え。 お前は、次世代ACを、生体CPUを……」
雨粒を弾き飛ばしながら、フィクスブラウが高速でツエルブに接近する。
構えたグレネードランチャーがツエルブを捉え、同じタイミングでバズーカの砲口がフィクスブラウを睨む。
「その先にあるモノを、知っているのか―!」
―オレを、楽しませろ―
ザックセルがトリガーを引くよりも速く、右方向に抜けてOBを解除した後に左旋回。
ツエルブのコアからEOが展開されるが、それに捕捉される前に再びOBを起動して駆け抜ける。
旋回が間に合わないツエルブ。 苦し紛れにショットガンを撃つが、かすり傷程度のダメージしか与えられない。
ツエルブのカメラ範囲から消えるかどうかの、ギリギリのライン。 ショットガンの弾道からそれを悟ったシーアが機体の右足で岩を蹴り、OBを起動したまま強引に軌道を変える。
ほぼ直角と言ってもいい、理不尽な程に一瞬の機動。
その正面には、ツエルブの背中が見えた。
―これで、終わりだ―!
『まだ、終われんよ!』
ツエルブの頭部が可動範囲ギリギリまで回頭する。 真後ろのフィクスブラウは、当然見えない。 だが、ザックセルにはそれで十分だった。
フィクスブラウの独特なOBの噴射光。 その光が、弾かれた雨粒の中で微かに見えた。
ツエルブが重いバズーカを振り上げ、担ぐように後ろを向けて、トリガーを引いた。
僅かに遅れて、シーアもトリガーを引く。
しかし、激しい衝撃がシーアを襲った。 グレネードランチャーの照準がずれ、放たれた榴弾は目標から大きく逸れていた。
『被弾、コア損傷。 右上部排熱機構に異常発生。 機体温度が上昇しています』
AIのアルフが淡々と機体状態を告げる。 バズーカの直撃で排熱ダクトがやられたのだろう。 戦闘中には回復しない。
OBの噴射状態を解除せず、そのままツエルブの横を駆け抜ける。
こちらの背中を見せることになるが、この速度で左右移動を行っていれば追撃はほぼ不可能だ。
『お前の負けだ。 消える覚悟はして来ただろうな?』
バズーカとEOによる追撃。 だが、やはりフィクスブラウには当たらない。
フィクスブラウのダメージは大きい。 いくら雨で冷却が早いとは言っても、連続で何度も起動しているOBの熱を冷ますには無理がある。
だが、そのリスクを負ってでも、敵を倒す。 それだけが、シーアに残った誇りだった。
「お前も言っただろう……」
OBを切って旋回し、ツエルブに向き直るフィクスブラウ。
「まだ終われないんだよ、オレは……!」
シーアが再度OBを起動して、ツエルブへ低空飛行で急接近しながらライフルを放つ。
被弾しつつもショットガンとバズーカで迎え撃つザックセル。 しかしバズーカは当たらず、ショットガンが僅かにダメージを与えるだけだ。
そして、フィクスブラウとツエルブが激突する寸前。
シーアが操縦把を押し込んで機体の高度を下げると同時、脚部ブースターを爆発させるように急速噴射させながら、機体の両脚で地を踏み切った。
ツエルブの頭上へと飛び上がるフィクスブラウ。 そのまま上空を翔け抜ける。
OBを解除せず、そのまま空中で機体を伸身前転させ、後ろを向く。
ザックセルはすぐさま右旋回し、フィクスブラウを捉えようとしていた。
その瞬間、ツエルブの頭部のレーダーをスナイパーライフルで撃ち抜き、左手のライフルで頭部の先端を撃って強制的に左を向かせる。
逆転していた天地を横回転して元に戻しつつ、ツエルブに再接近する。
高度を一気に下げながら、グレネードランチャーを展開する。
両脚で着地し、そのままの低姿勢でツエルブの懐に潜り込むフィクスブラウ。
旋回しきれず、まだ半身の状態のツエルブが、バズーカを右へと掲げる。
互いの砲口が、互いのコアを捉えていた。
両者が共に人差し指を引く、その寸前。
シーアのコックピット内に、緊急通信が割り込んだ。