付いて来いと言われてから体感時間にして数分後、二人は地下核部を更に数階降りた下層設備の前に居た。そこは既に何年も使用されていないらしく、空間全体に埃っぽい臭いが沈殿している。設備空間自体は何らかの兵器格納庫のようであり、ハルフテルに連れられたガロの眼前には堅牢、かつ巨大な隔離扉が聳える。その脇に在るコンソールを何でもないようにハルフテルが起動し、数秒後、背景に同化して全く動く気配のなかった隔離扉が重い摩擦音を立てながらスライドしていった。
「電源が、生きているのか……?」
「さっき配線を弄ってブースから流しておいたのさ──入れよ」
そう言いつつ先行して隔離扉の先の設備空間へ踏み入れた彼にガロも続く。
「どこだったかな……ああ、此処此処」
一切の暗闇に落ちた何らかの設備空間の中で、内壁に手を這わせていたハルフテルが目的の照明レバーを見つけ、それを両手で引き落とした。
ぶうん、と低い稼働音が一瞬大気を伝播してから数秒の空白の後、天井手前の照明から順に照明灯が点灯していく。それに伴って設備空間の全貌が明るみに曝され、すべての照明から光が灯された時、ガロは視界に見えたその光景に目を瞠った。
「これは──ネクスト兵器……」
無造作に積み上げられた兵器群の残骸が、設備空間の中に山となって放置されていた。
「全部ウチの失敗例、此処は廃棄保管所だよ。幾ら捨てても人目につかないんで、重宝してるんだ」
ジシス財団解体後から間もなくして、ターミナルスフィア隷下のエンシェントワークスは遺された技術情報を元に独自のネクスト技術開発を始動した。その主導者である
ノウラの要求を受け、ガロ自身も再びテストパイロットとして開発計画に直接関与してきた為、同技術者集団の中で秘密裏に試験機体が製造されている事について関知し得ていた。
──が、此処まで造られていたとは。俺が関知していたのは、一部に過ぎなかったという事か?
「見てみるか? 汚染処理はしてある、心配するな」
そう言うハルフテルの双眸に虚偽の色はなく、純粋な興味も相まってガロはその廃棄機体がうず高く積った群々へ足を向けた。ほとんどの機体は完全に分解されていてその全容は分からないが、少なくとも数十機近い廃棄機体が一緒くたになって捨てられている事までは分かる。その中の何機かには、テスト搭乗者として乗り込んだ記憶のある機体も混じっていた。
「──懐かしいものもあるだろう? この第一保管庫が現場から一番近かったんで、寄ってみたんだが」
そんな事をのたまうハルフテルの言葉を適当に聞き流しつつ、その塵の山を巡り始めてからしばらく後、ガロはその中に一際巨大な体躯の機体を見つけ出した。
「こいつは──……」
その機体は他のものと異なって分解工程を経ておらず、武装こそは解除されているがほぼ完成形の姿のままで他の廃棄機体の群に混じり込んでいた。
ガロはその機体構造を一瞥し、自分の頭に残っている記憶と符号してようやく眉をひそめた。
「所員はさっき避難シェルターへ全員入った。蓄積情報もすべて移転行程を終えている。──奴さん、まだ待ってるみたいだなあ、──ガロ?」
後ろでいつの間にかウェアラブルモニターを取り出して画面を注視していたハルフテルが言う。
見覚えのあるその機体に歩み寄って手を付き、
「まさか、使えるのか──」
振り返りはしなかったが、それでもハルフテルがどういう表情を作っているかは容易に想像がついた。彼は──この痩せ男はもともとそういうつもりで、自分を此処へ連れてきたのだ。
「搭載兵装は隣の保管庫に閉ってある。今作業用アームを下ろす、其処で待っていろよ……」
此方の意図を聞くこともせずハルフテルがその場から足音を響かせて設備空間内の内壁階段へと向かっていくのを確認し、それからガロは改めて眼前の機体を見上げた。
「久しぶりだな──【マルシア】……」
天井部の作業用アームが起動し、内壁通路先の管制室でアーム制御を行うハルフテルの姿を見咎め、その場から作業圏外へガロは下がる。器用に一回で二つの牽引フックにアームが取り付けられ、びんと張ったワイヤーが激しい摩擦音を生じながら巻き上げられていく。やがて廃棄機体の群を押し退けながら先ほどガロがマルシアと名を呼んだ機体が全貌を現す。
──ハルフテルの言葉に倣う訳ではないが、本当に懐かしい姿だった。
作業用アームはそのまま並行移動すると残骸の山から離れた場所へ、吊り下げていた巨大な機体を下した。それでも重量感を感じさせる機体が重い接地音を発しながら、前のめりの待機姿勢へ固定移行する。
管制室での作業を終えたハルフテルが機体の傍へ歩み寄ると、白衣の懐からウェアラブルコンピュータとケーブルと取り出して、それを機体脚部の補助端末と接続した。
「アンタが一番最初に搭乗した機体だ、憶えているか?」
「ああ……。──あの後、解体処分されたものとばかり思っていたが」
「俺もそうするつもりだったさ。──"彼女"は随分と運が良い」
ハルフテルはウェアラブルコンピュータで作業を続けながら、彼女と呼んだその機体を僅かに見上げる。
「機体状態は問題ない、コクピットへ入ってみろ」
手際よく所定作業を終えた痩せ男が顎をしゃくり、その言葉に軽く頷いてみせたガロは脚部に自らの足をかけた。そこを基点に脚部の何ヶ所かを足場に蹴りつけて跳躍し、瞬く間にコア背部のハッチへ取りついた。すぐ傍の外皮装甲板をこじ開け、その中にあったコードスキャナとハンドレバーを交互に見つめる。
「解除コードは?」
「Ex‐0001:1154‐Marsiaだ」
その言葉通りにパスコードを傍のコードスキャナに打ち込み、ハッチシステムがパスコードの正常認識を軽い電子音で伝える。すぐそばのハンドレバーを引き上げた。
ハッチシステムが作動し、コクピット機構が後背部に取りついたガロの眼前に滑り出してきた。長らく使用されていなかった特有の据えた臭いが鼻腔を刺激するも、そんなどうでもいいことは無視し、ガロはすぐさまコクピット内部のパイロットシートへ身を滑り込ませた。慣れた手つきでコンソールを操作して、コクピットをコア内部へと収容させる。
続いて機体制御システムを起動させ、投射型メインディスプレイ及びサブディスプレイが淡い青色の光を伴って眼前に次々と出力、機体制御情報がアップロードされていく。
戦闘補助システム──統合制御体の名を持つ戦術支援AIが起動プロトコルの完結を告げ、ガロは片腕に操縦把を握り込み、フットペダルを軽く一度踏み込んだ。
待機姿勢に在った実働試験型ネクスト機──コード:マルシアがその巨躯を持ち上げ、自らの両脚で立ち上がった。統合制御体に口頭指示して、機体状態の再チェックを進行させる。
メインディスプレイに3Dモデルで出力した機体情報図が記され、各部位の稼働効率のスキャニングが行われていく。
通信要請が入り、コンソールを叩いて回線を確立。
『機体状態はどうだ──?』
「三年も放置されていた割には良好だ。シートの座り心地は最悪のようだがな……」
『そりゃ運が良い』
数十秒後機体状況のスキャニングが無事終了し、ディスプレイ上に【All Green】の文字が表記される。
『隣接格納庫の隔壁扉を開放する。其処で搭載武装を回収、専用運搬設備へ移動してくれ』
「了解──。機体コード:マルシア、移動を開始する」
有視界左舷の隔壁扉が完全に開放され、それに合わせてガロはフットペダルを踏み込んで設備空間内を通常歩行で移動、隔壁扉を潜り抜けた。
その先も大体似たような設備空間であり、見渡せる限りの有視界には搭載状態を解除された無数の搭載兵装が、格納棚に整然と並んでいた。統合制御体に適合兵装の検出プロトコルを指示し、いくつかの兵装がピックアップされる。
機体に搭載可能な適合兵装を引き出し、腕部マニピュレーターに搭載できる兵装を持ち上げる。
「適合兵装の回収完了、運搬設備へ搭乗する」
重い駆動音を立てて設備空間から直結している独立稼働型の運搬用昇降機に、マルシアの機体を搭乗させた。
けたたましい警告音が鳴り響き、警戒灯の赤々しい明滅と共にマルシアを載せた大型資材運搬用の昇降機が上昇を開始する。
『昇降機の正常稼働を確認……通信可能圏外まで約二分だ。問題はないか──?』
その問いに対し、ガロは忌憚なく疑問を返した。
「──俺は、──何分持つ?」
『良くて二分──最悪なら、最初の接続負荷で終わりだろうな』
良くも悪くも、ハルフテルという痩せ男は極めて優秀な技術者である。その彼が一切の逡巡なく突き返してきた事実は、ガロの口許に苦い笑みを浮かばせた。
「了解──。間もなく電波障害下へ進入する」
『あの程度の遺物にヤられてくれるなよ。ちょうど良い機会なんだ』
「其れが、お前の魂胆か。ノウラは無関係だったんだな──?」
その憶測にハルフテルは返答を遣さず、代わりに何らかの意図を含ませ、くっと喉で笑ってみせた。
「──壊れかけとはいえ、生体CPUを切り刻んだ代物だ。──俺は運が良い」
それを最後に通信回線がハルフテルの側から解除され、間もなくして上昇中の昇降機が電波障害環境下へと進入した。コンソールを叩いて機体制御態勢を第三種広域警戒態勢から第一種戦備態勢へ移行し、続けてマルシア本来の戦闘機能を起動させるべく、AMS機構を起動させる。
パイロットシート上部からせり出した接続機構がガロの頚部へ降下し、接続プロトコルの待機段階へ移行する。
「持って二分、か──悪ければ、」