「反対に、専属契約を結んだレイヴンは依頼の選択権が基本的に無い。そして優先的に達成困難な依頼が回される事になるが、拒否権も無い。隷属化と言えば聞こえは悪いが、そのようなものと思ってくれて結構だ」
「……けったいな話だ」
「何も悪い面だけ話している訳ではないよ。報酬は相場に比べて遥かに高額であるし、機体の修理費・弾薬費・維持費・ガレージ料などは全てコーテックス側が持つ。もちろん機体パーツや新しい武装も望めば無償で提供される。社員扱いに当たるから、シーズン毎にボーナスも出るね。輸送機や交通機関なども使いたい放題。食事無料で邸宅も完備!どうかな、悪いだけじゃないだろう?」
ギュスターヴは手を大仰に広げ、道化じみた仕草で語る。
「夢のような話だ」
「そう、それ故に専属を希望する者は後を絶たないが、我々が望むのは優秀な戦力だ。どこにでも居るような匹夫ではない」
その点、君ならば申し分ない――と、ギュスターヴは笑って続けた。
話を聞けば聞く程、専属というものはかなり優遇されているようだ。
それ故にアルバートは懐疑の念が強くなっていくのを感じた。
「随分と高く買っているようだが、生憎と俺は何の実績も無い只の新人だぞ。そちらの言う匹夫ではないとなぜ言い切れる?」
「……はは、謙遜することはないよ、ロア」
その名を聞いたアルバートの動きが止まった。
「我々は君を高く評価している。最後のナンバーズとして、タルタロスの最高傑作として、ね」
「……その名で俺を呼ぶな。そんなにあの世に行きたいか?」
普段のアルバートからは想像も付かない程の鋭利な殺意が吹き上がる。
殺意で人が殺せるのならば、間違いなく一人は死んでいるだろう。
「気を悪くしたのなら謝罪するよ、済まなかった。だが、事実として君には期待が掛かっている事は理解して頂きたい。そのために、わざわざあの汚い廃棄処分場まで足を運んで君を回収したのだからね」
「……フン」
自分があの地獄で見た最後の映像。あの革靴の主がこの男だと言うのか。
「本来ならば君の身柄は我が社に帰属する筈だった。だが、不測の事態が起きてね」
「……不測の事態?」
「近隣に医療施設を備えた都市はNポイントの〈HOPE〉しかなかった。だからそこへ君を移送して治療するように指示を出したのだが……、末端の社員には、どうも君がどのような存在なのか伝わっていなかったようでね。社内秘だったせいもあるが、単なる奇妙な身体の患者としか認識出来ていなかったらしい」
「……」
「そして不測の事態が起きた。人手として徴収した〈HOPE〉支部の単なるオペレーターに、君の身柄が引き取られてしまった」
アルバートは黙って話に耳を傾けていた。
既に話の帰着点は見えている。
「その話を聞いて焦ったよ。クレストの目を欺き、騙くらかしてまで手に入れた君を、たかが一介のオペレーターに掻っ攫われてしまったのだからね」
「それが、フラーネか」
「そう……そして私がその報告を聞いたのは、既に手続が完了した後だった」
「強引だからな、彼女は」
「……ははは、全くだよ。そして君は、敢え無くフラーネ君の所有物となってしまった。見事な手並みだったと聞くよ、今はもう更迭された当時の現場主任者が言うにはね。――我がコーテックスは【不干渉中立】を社則に掲げていてね。これは業務を円滑化するために一応だが社内の人間にも適用されるんだ。だから残念だが、君の獲得は諦めざるを得なかった。しかし――」
「俺がコーテックスのレイヴン試験を受けたと知った」
「そう!いやあ、まさかそんな展開になるとは、流石に私も読めなかったよ」
「……俺の主人からのお達しでね。『レイヴンになれ』と命じられたのさ」
「彼女は君の素姓については知らない筈だがね。それなのに君に対しレイヴンになれと言ったのは、ある種の運命を感じずにはいられないな!」
ギュスターヴは興奮した面持ちで語った。
恋い焦がれた恋人に再会した様な顔でアルバートを見つめて来る。
正直な所、気持ちが悪い。
「まあ、フラーネ君の話は置いておこう。……さて、先にも述べた通り、専属の契約を結んだ者には破格の待遇を用意させて貰うつもりだ。……しかしこれはあくまでも『普通の優れたレイヴン』に対してだ」
「俺は違うと?」
「そう、今日ここに来て貰ったのはその話をするためでもある。もちろん我が社についての見識を深めて貰いたかった事もあるがね」
「貴方については良く分かったよ」
「ははっ、光栄だね。……では、コーテックスが君に対して望む事を話そう」
ギュスターヴは身を乗り出し、囁く様に小声になった。
「コーテックスは君に広告塔としての働きを期待しているのさ」
「広告、塔……?」
突拍子も無い単語が飛び出して来た。
ギュスターヴが次に何を言ってくるのか全く読めない。
「コーテックスの傭兵仲介業でのシェアは、アークに次いで現在二位にある。しかし、現状に満足する訳にはいかない。そこでコーテックスは、君を他の巨大軍需企業に対し、極上の傭兵戦力として売りに出す事を考えている」
「……話が見えないのだが」
「本来、依頼というものは企業側が発注する。数ある傭兵仲介企業の中からお好みの物にね。だが、このプランはコーテックスから企業に対して依頼を『受けに行く』のだよ。――何かお困りの事はありませんか?その案件、我がコーテックスの優秀なレイヴンに任せてみませんか――とね」
「なるほどな……、つまりは営業じゃないか」
「平たく言ってしまえばそうなるね。この業界は信用と実績で成り立っている。困難な案件を安定して達成出来る実績があれば、自ずと企業の信用は稼げるのだよ」
「そう上手く行くものか?」
「上手くやって貰わねばならないのだよ、君にね」
そして、とギュスターヴは続ける。
「傭兵仲介企業の現在の経済基盤を支えのはアリーナだ。アリーナプログラムの興行収入は莫大。福利も含めると途方も無い利益をもたらしてくれる。だが、もちろん商売敵も多い。現在、〈エデンⅣ〉着工の計画が統一政府主導で進められているのを知っているかな?この都市の利権を我がコーテックスが独占するための術策が持ち上がっている。もしエデンタイプのコロニー都市のアリーナ興行権を独占する事が出来れば、業界シェア一位も充分実現が可能だ」
「その計画基盤を固めるための地道な売り込み、とでも言うつもりか?」
「分かっているじゃないか。当然だが、この計画には問題が山積みだ。アークやコンコードが黙ってはいないだろうし、〈エデンⅣ〉での経営を一任する筈の北米支社とは軋轢もあってね。なるべく不安要素を減らしておきたいのが、我がコーテックスの総意だ」
「大役だな……。やっぱり面倒な事じゃないか」
「まさか今更断ったりしないだろうね?君を信用したからこそ打ち明けたのだから」
「……個人的にはご免被りたいが、ウチのお姫様はこういったことが大好きだから、確実に『やれ』と言うと思うね」
「では……」
「まあ、受けるしかないだろうな」
「いやいや、有り難い。五日前に返事だけは聞いていたが、キャンセルされるという恐れはあったからね。さて、ここまではコーテックスが君に望む事――」
「まだあるのか」
終わらない話に、アルバートはややうんざりとした面持ちで呟いた。
「これで最後さ。……そして私にとっては一番重要な要件でもある」
「前置きはいいから早くしてくれないか。フラーネをあまり待たせると後が怖い」
「ふむ、では手短に言おう。――私は君に取締役会を打倒するための切り札になって貰いたい」
「はあ?」
ギュスターヴの唐突な打ち明け話に面食らう。
彼は自身が所属する組織の最高権力に対して牙を剥くと言っているのだ。
「クーデターでも起こすつもりか?」
「……その通りだ。取締役会を仕切る頭の固い老人達には、最早コーテックスを引っ張るだけの力は無い。それどころか私利私欲にまみれ、保身に走り、いずれはコーテックスそのものを食い潰しかねん」
「……老人とはそういう生き物だろ。積み上げてきた物を壊されるのを恐れるんだ。地位が高い者程、特にな」
「それで一緒に心中してしまっては適わないと思わないか?老害には、速やかに舞台を降りて貰わねばならない」
そこで初めて、ギュスターヴの声に暗い感情が籠もる。
生々しい情動を剥き出しにして、ギュスターヴは語った。
「私はライバルを蹴落とし、罠に嵌め、幾多の葛藤の場を潜り抜けてここまで来たんだ。それが、それがあんな鉄火場も知らない老人共に押し留められるなど……!」
欲望、憎悪、憤怒、虚栄心。暗いドロドロした感情を吐露するギュスターヴを見て、アルバートはずっと喉にわだかまっていた靄の様な物が晴れていくのを感じた。
――そうだ、この男は昔の血気盛んな自分に似ているのだ。
他人を妬み、成功を渇望する。
その根底にあるのは劣等感ーー自分を無意識に卑下する遅効性の猛毒。
人より劣っている事を否定したくて、己の存在価値を証明したくて、自分はがむしゃらに突き進んだ。足元が細く、脆く、危うくなるのを省みず。
その結果、自分は失敗し、全てを一度失った。そして、人間では居られなくなった。
だが、この男は成功してしまったのだろう。
気紛れな運命の女神が戯れに微笑んで、もう後には引けなくなったのだ。
一度成功の甘美を知れば、人はそれを手放そうとしなくなる。
劣等感を抱えているならば、それこそ余計に。
「そういう、分かりやすいのでいいんだよ、ギュスターヴ。ゴテゴテとした建て前は必要ない」
「え……?」
今度はアルバートの言葉に面食らったギュスターヴが、呆けた顔を上げた。
「貴方も老人達と一緒さ、今の地位を失う事を恐れている。違うか?」
自分の深い業を指摘され、戸惑いを見せるギュスターヴだが、元々聡明な人物のせいか、己の澱んだ膿に気が付いたようである。
「……そう、か。そうなのかも、しれないな」
そう言って気恥ずかしそうにアルバートの指摘を認めた。
「じゃあ素直にそう言えばいい。そう言えば、俺は手を貸してやる。貴方と俺はどうやら似ているらしいからな。……似た者同士、精々仲良くやろうじゃないか。なあ、ギュスターヴ」
「……ははっ、そうだな。ああ、宜しく頼むよ、
スワロー」
アルバートが差し出した右手を、ギュスターヴはおずおずと、それでもしっかりと握り返した。