『──先生。私、やりました!』
TV画面一杯に映り、満面の笑みを浮かべながら言うヴァネッサの姿を見て、ノウラは額に軽く手を当てながら声を出さずに苦笑した。
『良い子だね、君の教え子かい?』
「ああ。今日付けでウチの社員だ」
ヴァネッサには【ターミナル・スフィア】に参画する為の最終試験として、グローバル・コーテックス・アリーナ本戦への参戦資格を課していた。今年で16歳になったばかりとはいえ、レイヴンとして生半可な実力を持つ者は必要ない。一線の戦力として確立できるよう、ノウラは教え子である彼女にレイヴンとしての手管を教え、彼女はそれを見事実証してみせた。
何も文句は言うまい。今日の所は。
『この手で世間の注目を集めるのは、柄じゃないと思ってたんだが』
「世の情勢が情勢だ。飯の種を得る為には、柔軟にならんとな」
『彼女は【社団】の広告塔、という所か……』
「まあ、そんな所だ。今回、コーテックスには良い商談相手となってもらったよ」
正規の、しかも大手の傭兵仲介企業が主催するアリーナ大会でのランクナンバーを保持しているレイヴンは、現在の所【ターミナル・スフィア】には存在しない。世間、その手の業界では独立した軍事力を保有する調査社団としての側面を知られてはいるが、今後の業界における情勢変化を鑑みるならば、社団内に正規ランクを持つレイヴンを新しく補填しておくのも悪くはないだろうと、ノウラは以前より一計してきていた。
内通回線の着信音が鳴り、ノウラは受話器を取る。
『現場より状況報告です。【バラハ01】及び【バラハ02】、0725時、エリア【Fr-06】から【Fr-14】にて、該当戦域における所定を完結しました。【バラハ03】も同様です』
「事後処理をミッションコード:012‐11から013‐13へ引き継げ。……【バラハ01】へ回線を繋げられるか?」
可能です、とメイヴィスが怜悧さを湛えた口調で言い、すぐさま回線接続処理に当たる。
ニュース続報が垂れ流しになっている投射型TVを背に此方へ向き直った
スワローが、
『其方の仕事かい?』
「ちょっとした保険に過ぎんさ。事後報告なら、後でコーテックスからお前の方にも伝わるだろうよ」
その言動にスワローは眉を細めて怪訝な表情を表してみせたが、結局それ以上は何も言及しなかった。
『……そろそろおいとまさせてもらうとするよ。支払いはどうすればいい?』
「いらんよ。是は双方の間で交わされた、唯の痴話話に過ぎん」
『……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう、
ノウラ』
ノウラはスワローのその軽い謝辞に手をひらひらと振って応え、備えつけの箱から新しい紙巻煙草を取って咥える。
「──此れからの世の中、益々面白くなりそうじゃあないか。なあ、スワロー?」
『そうだね。ではまた、マダム・ノウラ……』
それを最後にグローバル・コーテックスの古い知己・スワローの出力映像にノイズが走り、やがて彼の姿は眼前から文字通り掻き消えた。
デスク内蔵のコンソールを叩き、室内を覆い尽くしていた仮想映像の出力を停止した。
ほぼ唐突に執務室内の元風景が戻り、窓貼りから差し込む人工の朝日の陽光にノウラは軽く眼を細めた。
『所長、【バラハ01】との回線準備、完結しています。繋ぎます』
電話子機に別の回線が繋がれ、暫くして別の訊き慣れた男の声が受話口から聞こえてきた。
「御苦労だったな、【バラハ01】。引き継ぎ完結の後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合流して事後処理に当たってくれ」
『此方【バラハ01】、了解。……随分とあの娘を気にかけているな』
「身内になれば、お前が教導役になるんだぞ。今の内に親睦でも深めておけ」
無線の先から、同僚であるガロ──【バラハ01】が軽くため息をつくのがわかった。
『了解。引き継ぎ完結後、【バラハ03】及び【レジェス57】と現着合──』
無線は開放状態のまま不自然なタイミングで会話が途切れ、寸秒の後、耳を劈く極めて聞き慣れた轟音が受話口から轟いた。暫くして再度、今度は5発。
「どうした、【バラハ01】」
その誰何の問いから暫くしてもう一度銃声が響き、
『……作戦コード:012-11から、緊急即応コード:22-033へ移行する。マズいことになったぞ、ノウラ』
【バラハ01】が報告してきた緊急即応コードの構成ナンバーを耳にし、ノウラは席を立った。
「パルヴァライザーだと……?」
耳を疑う前に緊急即応コードに則った対応を即座に構築すべく思考をシフトさせ始めた瞬間、窓貼りの外から差し込んでいたはずの人工の陽光がぶつ、と途絶えた。
その不測の事態にデスクから窓貼りの傍へ走り寄り、それと同時に【ターミナル・スフィア】のオフィスが収容されている複合産業ビルの予備電力が起動して室内に灯りを灯す。
作り物の天井から燦燦と降り注いでいた照明は変わらず停止状態にあるようだが、窓貼りからのぞく商業区画のいくつかのビルは、予備電力の起動により灯りを取り戻していた。
デスク・コンソールからメール着信の電子音が軽く響き、ノウラはとんぼ返りでデスクにかけ戻る。
コンソールを素早く叩き、メールボックスに届いた新着メールをディスプレイに表示した。
差出人は、【統一連邦第四駐留軍機械化特殊作戦群】──
依頼内容は、【閉鎖型機械化都市エデンⅣの全区画に不正侵入した未確認敵性勢力及び、パルヴァライザーの排除】──
そのメールの内容を見て、ノウラは口許を歪めた。
「全く、早速面白くなってきたものだな……」