曰く――幾多の大企業の本社ビルが置かれ、常に権謀術数が渦巻く坩堝。
曰く――他者を少しでも出し抜き、甘露にありつこうとする狸共の巣穴。
あらゆるシェルター都市を凌駕した堅牢な都市防衛機能――最早要塞とも呼べるレベルのそれを備えたエデンタイプコロニー。それがこの〈エデンⅠ〉だ。
グローバルコーテックスもまた、他の巨大軍需企業と相違無く〈エデンⅠ〉に本社を置いている。
そのコーテックス本社ビルの地下三階から地下九階は、『自衛と自社占有利益の確保』を標榜する《特殊技術戦力開発局》の研究棟となっている。完璧な防音処理が施された研究棟の一室で、今まさに密談が始まろうとしていた。
一人は青いロングコートに身を包んだ若い風貌の男――グローバルコーテックス専属レイヴンの
スワローだ。
そしてもう一人は、特殊技術戦力開発局の局長であるディタ・エイジアだった。
本来、秘匿回線を用いれば『直接会う』必要はどこにもない。高度に量子暗号化された通信は、傍受される恐れもほぼ無い上、何より直接出向く労力も省けるのだ。にも関わらず、スワローはこういったミーティングの際に、相手方に直接出向く手法を執っていた。
有り体に言えば、スワローのナンセンスな行動は全て趣味だった。そうしたいから、単にそうするのである。
ただ、相手の都合を良く踏まえているため不満が出ることは稀で、むしろ女性相手には受けが良かった。
ディタもまたその一人である。
二人は簡単に近況報告を終えると、いよいよ本題に入った。
内容は勿論クレストのパルヴァライザーもどきについてである。
「戦闘データを見る限り、先日貴方が交戦したクレストの新型にネクスト技術が使われているのは間違いないわ。ただ外装がパルヴァライザーに似ていたというのが気掛かりなのよね…」
コホンと一つ咳払いをして、ディタがコーヒー入りのビーカーを弄ぶ。
「ここからは私の推論だけど…」
「構わないよ。聞かせてくれ」
「可能性としてはまず情報の誤認狙い。ネクスト機体ではなく、あくまでもパルヴァライザーの系譜と見せ掛けるため――言ってみれば隠蔽ね。……まあ、貴方にはあっさり看破されたようだけど」
スワローの頭に戦闘中のライラの様子が浮かんだ。
「ふむ、確かにボクの可愛いオペレーターはパルヴァライザーだと勘違いしてたね。ネクストがどういったものか知らない人間からすれば、アレをパルヴァライザーと見間違えるのも無理はない」
「ええ、だから可能性としてはこれが一番高いと思うの。万が一目撃者が出たとしても、良く分からないがパルヴァライザーの改造機だろうと解釈させることで、本質を見えなくさせることが出来る。ネクスト技術はそれだけ秘中の秘ってことね。私達の【
ARROWS】だって同じことが言えるのだから。」
確かに【ARROWS】は本来中量二脚だが、捨脱可能な増設装甲を取り付けることで重量二脚機体としてカムフラージュしてある。
「ボクもそれは思い付いたよ、確かに理には適っているからね。ただ君の言い方だとまだあるみたいだけど?」
対面に座るディタを見やる。
いつもの不敵な姿はなりを潜め、自信なさげに言い澱んでいた。
「君の意見なら何でもいいさ。聞かせてくれ、ディタ」
スワローに促され、渋々といった面持ちで考えを述べ始めた。余程確証の持てない話を口にするのは嫌らしい。
「…可能性は低いと思うけど、マルチハイブリッドなのかもしれないわ」
「どういうことだ?」
耳慣れない単語である。
思わず聞き返していた。
「クレストの新型は、パルヴァライザー・ネクスト技術・ノーマル技術、この三つが融合した機体かもしれないの。…ああ、ノーマルというのは我々ネクスト研究者の造語で既存ACのことね」
かつて古代の技術と現代の技術が融合した、既存のあらゆる兵器をも凌駕する機体が開発された。
もっとも、機体は強奪され、現在は行方知れずだが。
ただスワローやディタにとっては馴染み深い機体である。その機体――それは、
「馬鹿な、それではまるで――」
「――新しいナインボール、とも言えるわね」
ただし、とディタが付け加える。
「その可能性は低いと最初に言ったわ。ナインボールの開発は、各分野最高の技術を持った研究者が揃って初めて成し遂げられたの。いくらクレストの技術が優れているとしても、独自の力だけでは不可能なはずよ。」
クレスト如きに自分が携わったAMSやIRSと同等の物が造れるはずがない――ディタからはそういった自信が伝わって来る。
結局結論を出す根拠は自分の力量とプライドに依るのだろう。
そのことにスワローは苦笑するが、ディタの能力を高く評価しているのも事実だ。
彼女の意を汲み、ひとまずこの案件はここまでとする。
「分かった。では先日の報告は以上だ。また何かあれば追って連絡して欲しい。ボクはこれから新人の試験に立ち会わなければならないのでね、準備があるため失礼するよ」
席を立とうと腰を浮かすと、ディタに呼び止められた。
「あっ、ちょっと待ってスワロー。こちらから通達がまだあるのよ」
ディタはデスクの引き出しから一枚のデータディスクを取り出し、それをスワローに手渡しながら努めて事務的に告げる。
「【ARROWS】には今ICSが組み込んでありますが、これをAMSに換装しての起動実験を行います。そのため、現在【ARROWS】は換装作業中につき使用は禁止。換装作業の間は【ベルフェゴル】を使用して下さい。それと、脳波増幅装置を埋め込むのと、AMSの負荷を低減するために、……貴方の脳と脊髄神経に強化手術も行います。実験の詳細や手術の日程もその中に明記してあるので必ず目を通しておいて下さい」
そこで一旦切り、申し訳無さそうに目を伏せた。
「生体CPUが居たらこんな手術必要ないのだけれど。ごめんなさいスワロー……。また貴方を人間では失くしていってしまうわね」
「構わないさ。あの子を失った時、僕自身が決意したことだから」
そう言って顔を近付け、ディタの頬に優しくキスをする。
だがディタの表情は暗いままだ。
研究者としての責務と、人としての良心の呵責に板挟みになり、苛まれているのだろう。
だからスワローはこう言うのだ。気にするなと意を込めて。
「なら、今度また飲みに付き合って欲しいな。それで恨みっこ無しとしよう。ね?」
片目を瞑りおどけてみせる。
そしてようやくディタの顔に笑みを作ることに成功した。
「ええ、そんなことで良いならいくらでも」
フフッと、微かな笑い声が聞こえた。正に微笑という程度のものだったが、美女の笑顔は何よりにも勝る報酬だ。
「よし、決まりだ。ボクはもう行くけど、楽しみにしててよ。旨い酒の店を探しておくからさ」
席を立ちディスクをコートのポケットに入れる。
頭は既に仕事のために切り替えた。
「それじゃ行ってくる」
「いってらっしゃい。私も楽しみにしてるわ、スワロー」
片手を上げて応え、部屋を出る。
次の仕事――新人レイヴン試験の詳細を頭に浮かべながら、コーテックスの廊下を社有ガレージに向かって早足で歩く。
浮ついた気持ちは既に無く、この切り替えの早さも、レイヴンがレイヴンたる所以である。