索敵計画2

◆議題
ミッドウェー海戦当時、「二段索敵が標準だったのに採用しなかった」という批判がある。
そこで、ミッドウェー海戦以前の索敵計画について比較検証する。

「敵艦隊がいるものと予期して、先制空襲をねらうのだったら、この索敵線は粗であり、
時間は遅きに失している。どうしても黎明索敵の常道である二段索敵法をとらなければ
ならない。

二段索敵法とは、索敵機をある間隔をおいて二回に分け、同一索敵線を重複させて
出すことである。

第一段の索敵機(夜明け前に発進するので、日の出までは見えない)から、だいたい
一時間遅れて第二段索敵機が出て行って、この第一段の未捜索海面を見る。
こうして300浬以内の扇形偵察面を夜明けとともに、一挙に捜索してしまうやり方である」
                   (『ミッドウェー』淵田美津雄・奥宮正武/共著)p236

 

 1.概要

        海戦         参加空母      索敵機数
真珠湾攻撃(昭和16年12月8日)     6隻     4機(4線一段索敵)
ウェーク島攻略支援(12月21~23日)   2隻       実施せず
ラバウル空襲(昭和17年1月20日~23日) 4隻       実施せず
ラエ・サラモア空襲(1月21日)       2隻       実施せず
アンボン空襲(1月22日)         2隻   15機(15線一段索敵)※対潜哨戒兼務
アンボン空襲(1月23日)         2隻   14機(14線一段索敵)※対潜哨戒兼務
ポートダーウィン空襲(2月19日)      4隻       実施せず
チラチャップ空襲(3月5日)        4隻     6機(6線一段索敵)他
コロンボ空襲(4月5日)          5隻     5機(5線一段索敵)
ツリンコマリ空襲(4月9日)        5隻     7機(7線一段索敵)
珊瑚海海戦(5月7日)          2隻    12機(6線一段索敵)各線2機編隊
珊瑚海海戦(5月8日)          2隻     7機(7線一段索敵)
 

 

 

2.結論 

ミッドウェー海戦以前に、二段索敵が実施されたことは一度もない。

「通常はいわゆる一段索敵であるが、当時はレーダーもなく、搭乗員の目視によるだけなので、
見落としの可能性もあり、また暗い時間に飛び出すと、明るくなるまでは十分な索敵ができない
ので、一定時間をおいて同一線上を重ねて飛行することによって確実性を高める二段索敵法も
研究されていた。

しかし開戦以来、機動部隊は一段索敵法しか実施したことがなく、ミッドウェー作戦計画においても、
特に二段索敵の採用は考慮されなかったようである。
それはひとつには、水偵の機数が不足しており、機動部隊の艦攻を使用すれば、それだけ攻撃
兵力を減じることになるので、なるべく避けたいという配慮が働いていたからでもあった」
                                 (『実録太平洋戦争』秦郁彦/著)

よって、”当時の常識だったから”との理由での非難は当たらない。
ミッドウェーでの七線一段索敵は、当時としては標準的な計画である。

 

3.詳細

(1)真珠湾攻撃(昭和16年12月8日)
[参加空母]6隻 第一航空艦隊(南雲忠一中将)
        第一航空戦隊(南雲忠一中将)空母「赤城」「加賀」
        第二航空戦隊(山口多聞少将)空母「蒼龍」「飛龍」
        第五航空戦隊(原忠一少将)空母「翔鶴」「瑞鶴」

[索敵計画]機密機動部隊命令第3号 ハワイ作戦空襲計画(『戦史叢書(10)ハワイ作戦』p235)
五.偵察
 (イ)事前偵察 特に行わないのを建前とする
 (ロ)直前偵察 第八戦隊(重巡利根・筑摩)の水上偵察機2機(零式三座水偵各1機)は0045発進、
          真珠湾及びラハイナ泊地を隠密偵察し、敵艦隊(主として空母および戦艦)の存否を
          報告する
 (ハ)索敵哨戒 第三(戦艦比叡・霧島)、第八戦隊の水上偵察機4機(九五水偵各1機)は0200頃発進、
          彼我中間海面およびオアフ島東西両水道付近の海面を、なるべく広範囲にわたり捜索し、
          敵出撃部隊の有無・動静、敵反撃飛行機の有無・動静を報告する

(註)ラハイナとは真珠湾の東約90浬にあるマウイ島の泊地。
   米太平洋艦隊が演習時の根拠地として使用していた
   直前偵察は利根機がラハイナ泊地、筑摩機が真珠湾を担当

[索敵結果]
0100 直前偵察機発進
0130 第一次攻撃隊、上空警戒機発進
0200 索敵哨戒機発進
0245 第二次攻撃隊発進
0300 直前偵察機(筑摩機)より報告
     「真珠湾在泊艦艇ハ戦艦10、甲巡1、乙巡10」および停泊隊形
     「敵艦隊真珠湾ニ在リ、真珠湾上空ノ雲高1700米・雲量7(0308)」
0305 直前偵察機(利根機)より報告
     「ラハイナ泊地ニ敵艦隊無シ」
0319 第一次攻撃隊、全軍突撃下令
0425 第二次攻撃隊、全軍突撃下令
0445 攻撃隊収容開始(0922終了)
     索敵機は全機収容するも、利根零式水偵は揚収時に破損(搭乗員は無事)
                           (『戦史叢書(10)ハワイ作戦』)p237、p239、p325


 

(2)ウェーク島攻略支援(昭和16年12月21日~23日)
[参加空母]2隻 増援部隊(阿部弘毅少将)
        第二航空戦隊(山口多聞少将)空母「蒼龍」「飛龍」

[索敵計画]実施せず
アジア歴史資料センター
https://www.jacar.go.jp/
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051578600
飛龍飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051579100

(註)基地航空隊は日施哨戒を行っている
(『戦史叢書(38)中部太平洋方面海軍作戦(1)』付表第二「南洋部隊航空部隊作戦経過表」)

12月21日 千歳空(陸攻1機)ルオット島発(クエゼリン環礁) 敵を見ず
      横濱空(大艇8機)ウォッゼ島発(ウォッゼ環礁)  敵を見ず
12月22日 千歳空(陸攻2機)ルオット島発 敵を見ず
      横濱空(大艇7機)ウォッゼ島発 6機 敵を見ず
                   イミエジ島発(ヤルート環礁) 1機 敵を見ず
12月23日 千歳空(陸攻5機)ルオット島発 敵を見ず
      横濱空(大艇) 実施せず
※発着時刻、進出距離等は記載無し

 

(3)ビスマルク諸島攻略支援(昭和17年1月20日~23日)
[イ]ラバウル・カビエン空襲(昭和17年1月20日~23日)
[参加空母]4隻 空襲部隊(南雲忠一中将)
        第一航空戦隊(南雲忠一中将)空母「赤城」「加賀」
        第五航空戦隊(原忠一少将) 空母「翔鶴」「瑞鶴」

[索敵計画]実施せず
アジア歴史資料センター
赤城飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051579600
加賀飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051585400
翔鶴飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051577100
瑞鶴飛行機隊戦闘行動調書【アジ歴レファレンスコード】C08051577600


[ロ]ラエ・サラモア・マダン空襲(昭和17年1月21日)
[参加空母]2隻 特別空襲隊(原忠一少将)
        第五航空戦隊(原忠一少将) 空母「翔鶴」「瑞鶴」

[索敵計画]実施せず
 

 

 (4)ジャワ攻略支援(アンボン空襲)昭和17年1月23日~24日
[参加空母]2隻 母艦航空部隊(山口多聞少将)
        第二航空戦隊 空母「蒼龍」「飛龍」

[索敵計画]
[イ]1月22日 索敵線5本(九七艦攻各1機)0605発-1012着
       敵を見ず
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書(1)【 アジ歴レファレンスコード 】C08051578600の(44/50)頁

[ロ]1月22日 索敵線10本(九七艦攻各1機)0600発-1000着(対潜警戒兼務)
       敵を見ず
飛龍飛行機隊戦闘行動調書(1)【 アジ歴レファレンスコード 】C08051579100の(46-47/51)頁

[ハ]1月23日 索敵線9本(九七艦攻各1機)0603発ー1020着
       十八番索敵線機、小型汽船を銃撃。それ以外は敵を見ず
同 蒼龍(47-48/50)頁

[ニ]1月23日 索敵線5本(九七艦攻各1機)0600発-1100着
       一番索敵線機、0907時テルナテの兵舎らしきものを爆撃、効果小
同 飛龍(48/51)頁

 

(5)第一次機動戦(ポートダーウィン空襲)昭和17年2月19日
[参加空母]4隻 空襲部隊(南雲忠一中将)
            第一航空戦隊(南雲忠一中将)空母「赤城」「加賀」
            第二航空戦隊(山口多聞少将)空母「蒼龍」「飛龍」

[索敵計画]実施せず

(註)基地航空隊は連日索敵を実施

「15日、鹿屋空陸攻18機は小スンダ列島方面の偵察攻撃を企図したが、天候不良のため
実施できず。東港空大艇3機はパンダ海、チモール海の索敵を実施、うち1機は1100時、
チモール海において西進中の巡洋艦1・駆逐艦3・輸送船4隻を発見触接したが未帰還となった。

16日、三空零戦2機はハルマヘラ諸島周辺の索敵攻撃を実施したが、敵を見なかった。
一空陸攻及び東港空大艇は前日発見したチモール海の船団を攻撃したが、戦果は得られず。
鹿屋空陸攻27機もこの船団攻撃に向かったが、天候不良のため発見できなかった。

 17日、東港空大艇2機がモルッカ海、セラム海を索敵したが敵を見なかった。
前日発見した船団を攻撃するため、東港空大艇4、鹿屋空陸攻4が索敵に、一空陸攻26、
鹿屋空陸攻19機が攻撃のため発進したが、敵船団を認めず、クーパン砲台を攻撃した。

18日、東港空大艇6機をもって、アンボンの120度~200度550浬、
鹿屋空陸攻3機をもって、ケンダリーの165度~200度650浬を索敵したが、
ポートダーウィンの50度320浬に武装商船1隻、同268度90浬に輸送船2、駆逐艦1隻を
発見しただけであった」
                     (『戦史叢書(26)蘭印・ベンガル湾方面海軍進攻作戦』)
http://www.logsoku.com/r/army/1331975611/394-397

 

(6)第二次機動戦(ジャワ海掃討)
米駆逐艦エドソール撃沈(昭和17年3月1日)
チラチャップ(ジャワ島)空襲(3月5日)

[参加空母]4隻 空襲部隊(南雲忠一中将)
            第一航空戦隊(南雲忠一中将)空母「赤城」「加賀」
            第二航空戦隊(山口多聞少将)空母「蒼龍」「飛龍」

[索敵計画]
[イ]3月1日 索敵線3本(九九艦爆各1機)0700発-1040着
         敵を見ず
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書(2)【 レファレンスコード 】C08051578700の(33/50)頁

[ロ]3月3日 索敵線11本(九七艦攻各1機)0730発-1200着
         敵を見ず
同(34/50)頁

[ハ]3月6日 索敵線6本(九七艦攻各1機)1300発-1600着
         敵を見ず
同(47/50)頁

[ニ]3月7日 索敵線11本(1~3番線 九九艦爆各1機)1005発-1635着
                 (4~11番線 九七艦攻各1機)1005発-1635着

1105 7番索敵線機、オランダ商船1隻を発見
1250 6番索敵線機、同船を発見爆撃。蒼龍艦爆隊と合同してこれを撃沈
1318 8番索敵線機、ノルウェー商船1隻を発見。攻撃隊と合同してこれを爆撃
1350 10番索敵線機、ノルウェー商船1隻を発見。攻撃隊が向かうも発見できず

飛龍飛行機隊戦闘行動調書(2)【 レファレンスコード 】C08051579200(69/71)頁

[ホ]3月8日 索敵線6本(九七艦攻各1機)0725発-1045着
         索敵線7本(九七艦攻各1機)1355発-1730着
         敵を見ず
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書(3)【 レファレンスコード 】C08051578800の(2/60)頁

[ヘ]3月8日 索敵線6本(九七艦攻各1機)1510発-1920着
         敵を見ず
飛龍(2)(71/71)頁
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/62-65

 

 (7)印度洋機動作戦
コロンボ空襲(昭和17年4月5日)
ツリンコマリ空襲(4月9日)

[参加空母]5隻 空襲部隊(南雲忠一中将)
            第一航空戦隊(南雲忠一中将) 空母「赤城」
            第二航空戦隊(山口多聞少将) 空母「蒼龍」「飛龍」
            第五航空戦隊(原忠一少将)  空母「翔鶴」「瑞鶴」

 [索敵計画]
[イ]4月5日(コロンボ空襲) 索敵線5本(各水偵1機)0900発進

「0900、第三戦隊第一小隊、第八戦隊、阿武隈の各艦から水偵各1機が発進、
機動部隊西方海面の索敵に向かった」
               (戦史叢書(26)蘭印・ベンガル湾方面海軍進攻作戦)

(註1)第三戦隊第一小隊とは、戦艦「金剛」「榛名」(九五水偵)
   第八戦隊とは、重巡「利根」「筑摩」(九四水偵)
   軽巡「阿武隈」(九四水偵)は、第一水雷戦隊旗艦

(註2)索敵計画の詳細については、以下に記載あり。
軍艦飛龍戦闘詳報(1)
アジ歴【 レファレンスコード 】C08030581600 (41/70)頁

「発:赤城、宛:艦隊、発信時刻:4日2055
タナ10 機動部隊信令第73号
八戦隊・一水戦 九四水偵ハ、5日左ニ依リ、捜索ヲ実施スベシ
(イ)捜索種別「B」別法、側程左
   (第1捜索線:一水戦、第2・3捜索線:八戦隊)
(ロ)捜索基線:260度
(ハ)開度:20度、測定:70浬
(ニ)基点:各搭載艦
(ホ)進出距離:200浬
(ヘ)出発時刻:特令無ケレバ0900
   タダシ、八戦隊ノ対潜哨戒機射出準備ハ、九四水偵発進後、行フモノトス
   零式水偵ハ、0900以後、15分間待機トナスベシ」

※この時点では、「利根」「筑摩」「阿武隈」の九四水偵(計3機)の計画だった。

同戦闘詳報 (42/70)頁

「発:赤城、宛:機動部隊、発信時刻:4日2345
タナ23 機動部隊信令第75号
三、捜索機ノ進出距離ヲ左ノ通リ改ム
   九四水偵:250浬、九五水偵:180浬
   開度ハ、信令第74号所定通リ」

※おそらく信令74号(戦闘詳報に記載無し)にて、「金剛」「榛名」の九五水偵が
追加され、計5線の索敵計画に改められたと思われる。
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/772-775

[索敵結果]
0900 第一次攻撃隊、上空警戒機、索敵機発進
1045 「全軍突撃セヨ」(コロンボ攻撃開始)
1128 「第二次攻撃ヲ準備サレタシ、港内ニ輸送船20隻アリ、地上砲火アリ、
      敵機数機アリ、高度1000密雲アリ、1118」(再攻撃要請)
1152 「第三編制(制空隊各艦6機)第三兵装トナセ、第二編制収容後、
      発艦ノ予定」(雷装→爆装への転換命令)
1248 第一次攻撃隊収容(~1325)
1300 「敵巡洋艦ラシキモノ2隻見ユ、出発点ヨリノ方位268度・150浬、
      針路160度、速力20節」(利根・九四水偵)
1310 利根・筑摩の零式水偵発進(触接交代機)
1323 「第三編制ハ敵巡洋艦攻撃ノ予定、艦攻ハ出来得ル限リ雷装トス」
     (雷装復旧命令)
1330 「第三編制(制空隊欠)、発進可能時機知ラセ」
1350 「第二編制(制空隊欠)ハ、第三編制(制空隊欠)発進後、庫内待機トナセ、
      艦攻ハ雷撃トス、調定深度3メートル」
1350 「駆逐艦2隻見ユ、基点ヨリノ方位250度・距離200浬」(阿武隈・九四水偵)
1357 「出発準備完成ハ、1600ノ予定」(1300の照会に対する五航戦の返信)
1418 「第三編制(制空隊欠)1500発進、敵巡洋艦ヲ攻撃セヨ、進撃針路235度、
      敵針200度、速力24節、右ニ間ニ合ハザルモノハ、後ヨリ行ケ」
1418 「ソノ他、敵ヲ見ズ」(阿武隈機の続報)
1427 「先ノ巡洋艦ハ駆逐艦ノ誤リ、第三編制艦爆隊ノミ発進セヨ」
1449 艦爆隊発進(~1503)
1455 「敵巡洋艦2隻見ユ、出発点ヨリノ方位235度・158浬、針路200度、速力26節」
      (触接交代の利根・零式水偵)
1500 「敵ノ艦種確メ、駆逐艦ニ非ズヤ」(利根艦長からの照会)
1554 「敵見ユ」(艦爆隊、敵巡洋艦発見)
1556 「敵巡洋艦ハ、ケント型ナリ、敵巡洋艦附近ニ、敵ヲ認メズ、視界20浬」(利根機の返信)
1610 「敵巡洋艦ハ、ケント型ナリ、第五航空戦隊ハ、艦攻及艦爆半数ヲ以テ、之ヲ攻撃セヨ」
1610 「攻撃隊ヲ誘導セヨ」(利根機に対し、長波誘導命令)
1625 「攻撃隊ハ1700発艦、攻撃目標ケント型巡洋艦、進撃針路200度、進出距離150浬」(五航戦)
1658 艦爆隊、敵巡洋艦2隻撃沈
1705 「敵巡洋艦ノ南西方向50浬ニ進出スルモ、敵ヲ見ズ」(利根機の続報)
     五航戦攻撃隊、発進中止
1745 艦爆隊収容
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/776-777

[ロ]4月9日(ツリンコマリ空襲) 索敵線7本(各水偵1機)0900発進

「0900、各母艦の上空警戒機及び第三戦隊、第八戦隊、第一水雷戦隊の
各索敵機も発艦した」                         (戦史叢書)

(註5)第三戦隊とは、戦艦「金剛」「榛名」「比叡」「霧島」(九五水偵)
    第八戦隊とは、重巡「利根」「筑摩」(九四水偵もしくは零式水偵)
    第一水雷戦隊とは、軽巡「阿武隈」(九四水偵)

[索敵結果]
0645 利根一号機(零式水偵)発進(ツリンコマリの隠密天候偵察のため)
0900 第一次攻撃隊、上空警戒機、索敵機発進
1008 機動部隊の80度・3万メートルに敵飛行艇1機発見(飛龍機が撃墜)
1015 「セイロン島北岸、商船6隻碇泊ス、パルク海峡南東方密雲アリ、雲高1000米
      敵情不明、其ノ他敵ハ集結ス」(利根一号機・ツリンコマリ偵察結果報告)
     (パルク海峡とは、インド大陸とセイロン島の間にあるポーク海峡のこと)
1020 「全軍突撃セヨ」(ツリンコマリ攻撃開始)
1045 「湾内軽巡1隻・輸送船9隻、我陸上施設ヲ爆撃ス、効果甚大
      輸送船ニ対シ、二次攻撃ヲ必要トス、空中敵機アリ、我交戦中、
      地上大型機数機・小型機数機、地上砲火熾烈ナリ、天候快晴」(再攻撃要請)
1055 「敵空母ハーミス・駆逐艦3隻見ユ、我出発点ヨリノ方位250度・155浬、
      針路180度、速力10節」(榛名三号機)
1100 「艦爆隊及ビ所定艦戦、出撃準備ヲナセ、空母攻撃」
1120 「敵巡洋艦1・駆逐艦2、出発点ヨリノ方位270度・155浬、針路180度、速力12節」
      (榛名機の続報)
1143 艦爆隊発進
1150 「敵航空母艦バッチカロア、160度・20浬、針路不定」(榛名機)
1203 「索敵線上ニ敵ヲ見ズ、我触接ニ加入ス」(筑摩一号機)
1238 「敵母艦1隻見ユ、?ヨリノ方位239度・147浬、針路0度、敵速20節」(阿武隈機)
1305 「敵航空母艦ラシキモノ1隻見ユ、0度・30浬」(阿武隈機)
1307 「北ニ向ヘ」(艦爆隊指揮官機)
1310 「敵空母1・駆逐艦3、基点ヨリノ方位156度・84浬、我触接ヲ確保ス、
      電波”ヒ七”ニテ無線誘導ス」(利根一号機)
1322 「我無線誘導ヲナス(ヒ七)」(筑摩一号機)
1327 「附近天候良好、敵ハ北岸ニ沿ヒ、北上」(阿武隈一号機)
1330 「敵見ユ」(艦爆隊、空母ハーミス発見)
1330 「触接ヲ止メ、我今ヨリ帰途ニ就ク」(筑摩機)
1345 「攻撃隊ハ敵母艦ヲ発見セリヤ」(赤城より筑摩機へ照会)
1348 「北方母艦火災」(阿武隈一号機)
1356 「敵航空母艦ハ沈没」(艦爆隊指揮官機)
1357 「我触接ヲ止メカヘル」(阿武隈一号機)
1545 艦爆隊収容
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/819-821

[ハ]空襲日以外の索敵計画
[1]4月6日の索敵計画(赤城)
 「6日ノ索敵、左ノ通リ
  捜索種別:Aノ三、第1・2・3捜索線→赤城
             第4・6・8・10捜索線→蒼龍
             第5・7・9捜索線→飛龍
  捜索基線:260度、基点:各母艦、開度:10度、側程:40浬、進出距離:230浬」

  捜索種別:Aノニ、第1・3捜索線→三戦隊(九五水偵)
             第2・4捜索線→八戦隊(九四水偵)
  捜索基線:80度、基点:各艦、開度:20度、側程:52浬、進出距離:150浬
  発進時刻:0900」
軍艦飛龍戦闘詳報(1)【 レファレンスコード 】C08030581600の(47/70)頁

[2]4月6日 索敵線4本(九七艦攻各1機)0900発-1300着
         敵を見ず
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書(3)【 レファレンスコード 】C08051578800の(23/60)頁

[3]4月6日 索敵線3本(九七艦攻各1機)0900発-1345着
         0940 9番線(鳥羽機)「敵飛行機1機ヲ発見セシモ、之ヲ逸ス」
飛龍飛行機隊戦闘行動調書(3)【 レファレンスコード 】C08051579300の(25/64)頁

[4]4月10日の索敵計画(蒼龍)
 「宛:二航戦、通報:赤城、翔鶴
  赤城タナ10索敵ニ関シ、左ノ通リ定ム
  索敵線:185度・207度・230度・253度
  進出距離:200浬、側程:右40浬、南ヨリ第1・第2索敵線ト呼称ス
  分担:第1・2索敵線→蒼龍、第3・4索敵線→飛龍
  地点、其ノ他、後令」
軍艦飛龍戦闘詳報(1)の(54/70)頁

[5]4月16日 索敵線4本(九七艦攻各1機)0730発-1000着
          敵を見ず(天候不良のため、途中で対潜警戒に切り替え)
蒼龍飛行機隊戦闘行動調書(3)の(46/60)頁
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/825-827

[ニ]南方部隊航空部隊(基地航空隊)の協力
機動部隊は3月26日にスターリング湾を出撃したが、セイロン島空襲日まで、
基地航空隊がその前程索敵を行っている。
(『戦史叢書(26)蘭印・ベンガル湾方面海軍進攻作戦』p634~)

3月27日 第二十三航戦(チモール島クーパン)陸攻4機で、ジャワ島南方海面を索敵
       進出距離600浬
       東港空支隊(アンダマン諸島ポートブレア)大艇3機で C区(ベンガル湾)を索敵
       進出距離600浬
       美幌空(スマトラ島サパン)陸攻4機で、A区(ベンガル湾南方)を索敵
       進出距離600浬
       敵を見ず

3月28日 東港空大艇がE区(ベンガル湾北部)で商船2隻を発見、これを爆撃(至近弾)

3月29日 東港空大艇(C区)が貨物船1隻に命中弾

3月30日 東港空本隊(ジャワ島バタビヤ)大艇3機で、クリスマス島方面を索敵
       進出距離600浬
       敵を見ず

3月31日 敵を見ず

4月1日 美幌空(陸攻13機)でA区を索敵、東港空支隊(大艇3機)でC区索敵
      進出距離700浬に延伸
大艇の敵情報告(p661)
「一、1030 パルク海湾ニ、4千屯級商船2隻碇泊シアル外、敵艦艇・敵機ヲ見ズ
 ニ、1005 セイロン島北東端ニ、1万屯級3隻及ビ護衛掃海艇1隻北上中、速力8節
 三、ツリンコマリ附近飛行場及ビ水上基地ニ敵機ナシ、哨戒機ヲ見ズ、地上砲火ナシ
    港内ニ駆逐艦以上8隻、湾外ニ大型商船護衛中ノ駆逐艦アリ」

4月2日 東港空支隊の大艇3機で、D区(ベンガル湾中部)を索敵、進出距離700浬
      1万屯級商船1隻、8千屯級商船1隻を発見し、これを爆撃(至近弾)

4月3日 東港空支隊の大艇3機で、E区を索敵
      商船13隻を発見、うち2万屯級貨物船1隻を撃沈、7千屯級貨物船1隻に命中弾、
      8千屯級貨物船1隻に至近弾

4月4日 東港空支隊の大艇1機で、ツリンコマリ隠密偵察
      港内に中型以上商船8隻、大型駆逐艦1隻、港外に哨戒艇を発見

4月5日 機動部隊、コロンボ空襲
      美幌空(陸攻9機)でA区索敵、東港空支隊(大艇2機)でC区を索敵
      敵を見ず

4月6日 馬来部隊、ベンガル湾掃討作戦
      美幌空、東港空は索敵実施するも、敵を見ず
4月7日 基地航空隊は索敵を実施せず
     (ベンガル湾を北上中の機動部隊に、敵機と誤認されるのを防ぐため)

4月8日 基地航空隊は索敵を実施せず

4月9日 機動部隊、ツリンコマリ空襲
      基地航空隊は索敵を実施せず

4月10日 基地航空隊は索敵を再開
http://ch.i.cmaas.net/syumi/army/1344002890/831-837
 

(8)珊瑚海海戦(昭和17年5月7日~8日)
[参加空母]2隻 MO機動部隊(高木武雄中将)
           第五航空戦隊(原忠一少将) 空母「瑞鶴」「翔鶴」

[索敵計画]
[イ]15月7日(珊瑚海海戦一日目) 索敵線6本(各九七艦攻2機)0400発進
5月6日 1900 瑞鶴発→翔鶴宛 信令第51号

「明7日ノ飛行索敵攻撃等ニ関シ、左ノ通リ定ム
一、索敵
(イ)索敵区分
   瑞鶴265度、250度、235度、側程左30浬
   翔鶴220度、200度、180度、側程左40浬
(ロ)発進時刻0400 (註)日の出は0420   以下略」

軍艦瑞鶴戦闘詳報(珊瑚海海戦に於ける作戦)(1)
アジ歴【 レファレンスコード 】C08030742700 (36/62)頁

なお索敵範囲、進出距離(250浬)については、予め指定されている。
5月6日 1730 MO機動部隊指揮官発→MO機動部隊宛
MO機動部隊電令作第3号

「MO機動部隊は明7日0400、A点ニ達シ、明朝MO攻撃部隊攻撃ノ算大ナル
敵機動部隊ヲ捕捉撃滅セントス、索敵範囲A点ノ170度ヨリ270度間、
250浬以内」
(註)A点とは、南緯13度20分・東経158度0分、ツラギ南西約280浬

南洋部隊MO機動部隊戦闘詳報(1)
アジ歴【 レファレンスコード 】C08030728400 (45/50)頁
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1358424721/796-798

[索敵結果]
0400 索敵機発進
0530 「敵航空部隊見ユ、地点ノウ四ツツ、針路115度・20節 0522」
     (180度線の翔鶴艦攻2機が敵空母発見)
     (註)発見位置は、母艦より182度・163浬
0555 「敵航空部隊ハ、空母・巡洋艦各1隻ヲ基幹トシ、駆逐艦3隻ヲ伴フ
      針路0度・速力16節 0545」(続報)
0605 「敵空母ノ位置、味方空母ヨリ方位182度・163浬、針路0度・16節 0558」
     「附近天候晴、風向130度、風速10米、雲高800米、視界20浬」(続報)
0610 五航戦、攻撃隊発進
0620 「0540、針路9度・20節トナス」(続報)
0630 「前記空母ノ150度・25浬ニ、敵輸送船1隻見ユ」(敵空母の南東に輸送船発見)
0644 「敵輸送船針路90度・速力16節、触接容易ナリ」(続報)
0655 「敵ノ東方ヨリ触接ス、最良敵発見高度3千米、0638」(続報)
0700 「附近ニ敵戦艦ナキヤ」(瑞鶴発、索敵機宛)
0710 「敵見ユ」(攻撃隊指揮官発、瑞鶴宛)
0712 「敵輸送船ハ、重巡1隻ヲ伴フ 0705」(索敵機続報)
0715 「敵航母ハ、90度ニ変針ス 0705」(続報)
0730 「敵空母ノ位置知ラセ」(攻撃隊発、瑞鶴宛)
     (攻撃隊が発見したのは、輸送船だったため)
     「敵航母ノ位置、輸送船ヨリ330度・35浬」(瑞鶴発、攻撃隊宛)
     (攻撃隊は、附近海面を捜索)
0735 「敵戦艦ヲ認メズ」(0700の照会電に対する返答)
0846 「我ノ触接セシハ、輸送船ノ誤リ、我今ヨリ帰途ニ就ク 0835」
     (索敵機発、油槽船を空母と誤認していたことが発覚)
0853 「敵輸送船ノ外、敵ヲ見ズ」(攻撃隊発)
0900 「攻撃隊帰投セヨ」(瑞鶴発)
0910 攻撃隊のうち、艦攻隊は帰投、艦爆隊は輸送船に攻撃開始
     (護衛の駆逐艦は沈没、油槽船は大破)
1030 触接中以外の索敵機収容
1040 触接を終え帰投中の2機は、帰途機位を失い、インディスペンサブル礁に不時着
     (駆逐艦有明が分派され、搭乗員を収容)
1110 艦攻隊収容
1315 艦爆隊収容

翔鶴飛行機隊戦闘行動調書(1)
アジ歴【 レファレンスコード 】C08051577100 (30/51)頁

南洋部隊MO機動部隊戦闘詳報(1)
アジ歴【 レファレンスコード 】C08030728400 (46/50)頁
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1358424721/817-820

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