(「振り回されるな……」)
月影の下、一人装備の点検をしていた
狩名・功太朗(闇駆奔星・b03873)は、
自身の感情に戸惑い小さく頭(かぶり)を振った。
「――――」
迷いを乗せられた両の腕はゆっくりと近づき、その手に持った二つの金属塊を打ち合わせる。
手入れを終えた愛刀を収める澄んだ音で、大きな戦いを前に高ぶった心を断ち切る。
「――――」
虫の声がかすかに届いてくる。吹く風が奏でるのは、草葉を揺らし重ねる涼やかな音色。
いつもなら好ましく思う大地の合奏も、今の功太朗には煩わしいとさえ感るものだった。
(「僕は、なんの為にここにいる?」)
それは幾度となく繰り返された自問であり、未だ答えの見えない宿題だった。
手に入れた土蜘蛛の力。その強大な力の使い道と、己の貫きたい意志……。
ゴーストを哀れむ心と、戦いに、力を振るうことに沸き立つ心。
(「まだまだだな、僕は……」)
ゆっくりと瞳を閉じる。
意識を感情の海の底へと、さらにその先へと深く沈めていく。
五感を自己から隔離し、内なる漆黒の世界の中で雑念を一つずつそぎ落とす。
(「余計なことを考えていては、命を落とす。余分な物を抱えていては、命は守れない」)
いつかどこかで聞いた言葉が胸に浮かぶ。
大事なのは、いま。
いま何をするべきなのか、何をしたいのかということ。
瞼の奥に映るのは、背中を預け合うかけがえのない女性。
明るく元気いっぱいで、それでいて本当は寂しがりやな最愛の女の子。
(「そして」)
たくさんの、守りたい大切な人々の笑い顔。
「うん、そうだね。いまは――それだけでいい」
一番大事なことを忘れなければ、しっかりと握り締めていれば、きっと大丈夫だ。
功太朗が決意を新たにしたその瞬間に、ひときわ強い風が吹き抜ける。
一陣の風は功太朗の纏う白いコートをはためかせると共に、夜明けのにおいを運んできた。
「――さぁ、出発だ」
二振りの宝刀を携え、功太朗は静かに立ち上がる。
開かれたその瞳に迷いはなく、眼(まなこ)はしっかりと『今』を見据えていた。
【マスター候補生:紫堂空】
実験台に当選して作らせて貰ったショートストーリー。
当選者一覧にキャラ名があった時は本気で目を疑いました…!
最終更新:2016年02月25日 01:56