二人のネイナ

1.出会いは銃を交えて

あの日、ピンクサファイアを仕留めて彼女の工場も制圧した日、諸々の人々と共にネイナも戦いから解放された。
その日のうちに紫色の所と言われているギャングとも連絡が取れるようになったり、かつて送っていた日常を取り戻しつつあった。
少なくとも繁華街とそこを抑えているヤクザにとってはそうだったし、そこに住まうあのおじいさんヒトガタもピザ配達ドローンもそうだった。多分、あのピザ屋にピザをデリバリーさせればあのドローンは来てくれるかもしれない。

自由になれるのだ……けれども自由になってもネイナはほとんど何も持ってなかった。
カネは報酬としてもらったもの以外はないし、着ている服もあの時に誰も居なくなった服屋から盗んだものだけ、持っているのはPOTもどきのドライブシャフトと相変わらず型式が分からない22口径の機関拳銃2挺とその大型弾倉いくらかだけ。

しかし、ネイナの身柄を拘束して夜のお店や密造工場で働かせていたあのマフィアは誰一人として生き残ったという話を聞かなかった。
早いうちにピンクサファイアと同様の獣人の襲撃を食らっていた紫色の所では人々は生き残っていたが店の類は事業者は逃げ出したり最初の一撃で全滅したりで何一つ残らなかったと言う。映画館も、レストランも、玩具屋も……食料品店や銃砲店でさえ、無くなっていた。当然、夜のお店も無い。港も閉鎖された。もう誰も居ないと見做されてインフラの整備計画はナシになっていた。
それと同じようにあのマフィアの支配圏に存在したお店は何もかもが無くなり、カネはあってもモノが無いという状態になっていた。

どこにも所属していないという意味でもネイナは自由になれるのだが、それは何をやられるか分からない猛獣が跳梁跋扈する灰色の山に投げ出されたのと同じだった。
そのため、ネイナはしばらくなんだかんだで戦力として使ってくれたヤクザの所有物のままで居る事にした。どのみちあのマフィアはもう居ないのだから。


ある程度の管理下に置かれる事と戦力として動員される事を見返りにある程度の衣食住と自由を保障され、その自由時間を得たネイナはあのマフィアの事務所へ入り込み、自分の存在を示す情報を探し始めた。誰も居なくなった建物に入り、端末を弄繰り回す。
記憶ではなんだか学生な感じの記憶があるし、それが少なくとも高校以上の高等教育を受けていたものだという感覚があった。
さんざん遊んだ後、朝に帰って来て母親から白い目で見られた感覚もある。
男遊びをやめられなくて父親に怒鳴られた覚えがある。
……そして幼少期の穏やかなあの感覚もある。

可能であれば記憶の中にしかないあの日常に戻りたくてネイナは自分の身分証にあたる情報の在処を探し出した。
そして、それを見つける事が出来た。それは自動車の運転免許証にあたるカードの写しだった。ちゃんと自分の顔が写っている。ネイナと読める見覚えのある綴りをした文字もあった。それと一緒に都市区に住所を置く高等学校の名前がある学生証の写しも見つけた。

ネイナはしっかりと汚れた服とバックパックを洗い、マフィアの事務所から現金を拾い集め、どこかで拾って空っぽでがっかりした財布に詰め込んだ。
割れた鏡を見ながら髪を整え、都市区へと足を運んだ。

記憶を頼りに公共交通機関に乗って都市区に向かおうとした、その時にネイナは自分自身の残酷な運命を予感させられた。
自分と同じ顔をした女が駅から出てきたのだ。
明らかに自分よりもキラキラして見える服装をしていて、女友達も居て、楽しそうに会話しながら歩いている。そして彼女らはみすぼらしいネイナの横を何食わぬ顔で通り過ぎた。

ネイナは冷や汗をかきながら公共交通機関に乗る前になんかあった公共の情報端末を弄って手にした免許証にある固有IDを入力してこの免許証が有効かどうかを確かめた。――当然ながら有効であった。
続いてすぐに思い出せた記憶からサイトを呼び出し、学生証の学籍番号にあたるIDを入力してネイナが居るのか、そして……昨日の講義に出席しているのかどうかを確かめた。
もし、居なかったはずの昨日に入っている講義に出席していたらみすぼらしい自分が酷い目に会っている一方で、オリジナルの自分はいつものように日常を送っている証拠になった。――答えはみすぼらしいネイナにとっては残酷なことに昨日の講義には全て出席していた。

みすぼらしいネイナは静かに泣きながら、思い出してしまったサーバー上のデータベースにアクセスできるIDとパスワードを使えるサイトに飛んでアクセスした。
……あったのは今日までの殆どの日付に撮影されたスクリーンショットや写真。自分が食べたとされるお菓子の写真、露出した自分の胸を映した写真、講義のメモとされる写真、かわいい小動物の写真、つぶプリのスクショ……いろいろあったが一画面に入ってるモノだけで自分が居なかったと信じたかった数日分の画像データが並んでいる。
みすぼらしいネイナはそっとログアウトして泣きながらノキノシタ区の繁華街を彷徨った。

おそらく、オリジナルのネイナはマフィアにバレないようにクローンである自分をそっと作成し、借金の肩代わりとして拉致させたのだろう。
オリジナルのネイナは……いつものようにあのマフィアを騙したのだ。返済するつもりが無い借金を作り、取り立て屋にクローンを自分自身として拉致させて踏み倒していたのだろう。
みすぼらしいネイナもその為に作られた分身の可能性が高かった。
でもそんなことよりも、みすぼらしいネイナにとっては最初から帰る場所が無かったと言う事に絶望し、泣き崩れていた。


みすぼらしいネイナは途方に暮れて、泣きながら荒れ果てた市街地を彷徨っていた。
何の為に破滅へと向かわせる石の兵隊と戦い、何の為に狂気と暴力をふりまくコランダムの獣と戦い、何の為に使いにくい銃を握り、何の為に右半身が潰れるほどの反動を食らってまで機関砲を撃ったのか。
ただの女の子のままならともかく、低性能なヒトガタ造駆という扱いに困る中途半端な兵器にされたネイナにはただの女の子に戻る事はもう無理だった。
望んでヒトガタ造駆になったのではなく誰かの都合でヒトガタ造駆にされただけにより一層やるせない感情を抑えられずに泣きながら彷徨っていた。

そんなネイナは自分に割り当てられた寝床がある、なんか病院と刑務所が合体したような造りのアパート?みたいな建物にやって来た。
いろいろと実は取り扱いが厄介らしいヒトガタ造駆を整備する工場でもあるようだが、それに加えてネイナのような急造量産型ヒトガタはしっかりした作りのヒトガタと違ってかなり厄介な仕様になっているらしく、それを少なくとも普通のヒトガタ相当の仕様に作り換える為の設備でもあるようだ。

ところで勝手に付けられた人工筋肉や対衝撃ゲルのせいで沢山の栄養を必要としている「弱い生き物」であるヒトガタ造駆は普通のヒト型人類種よりも早く餓死してしまうし、普通の人間と同じ食事でもどんどんと衰弱するだけだ。
そんなヒトガタ造駆の為の「メンテナンス」もとい「お食事」というのがある。
普通のヒトガタ造駆だったら、普通の人類種用の食事で得られるあらゆるカロリーや栄養素を組み込んだ量が多い食事に加えて特異的に必要な栄養素が入った造駆用の栄養補助薬というのが一般的らしい。

しかしそれは大量の食料を摂取しても素早く吸収してさばける高機能な消化器官があってこそ……それが省かれてしまったというか普通の人類種相当でしかない急造量産型ヒトガタにはそのメンテナンスは効かない。じゃあ、あの時のヤクザはどうしていたのかと言うとネイナは知っている。
急造量産型ヒトガタの皮膚と皮下組織はそこまで硬くなかったために注射針が入るので輸液によって栄養を送っていたのである。勿論、防御部位である腕部と肩回りには針が入らないので基本的には腿に注射針を入れて輸液していたのだ。

この面倒なメンテナンス方法を延々とやる訳には行かないのでネイナ達急造量産型ヒトガタは何時かは消化器官を造駆用にするアップデートが予定に組まれていた。
そうはいってもそういう作業をするナノマシン剤を栄養剤に添加して輸液するだけというものなので外科手術は必要無いそうだが……。

ネイナC「暇……」

ネイナにとって意識がある状態という意味では本日で2度目のメンテナンスもとい輸液だがこの輸液というのはやられる側にとってはめちゃくちゃ暇なのである。
しかも今日から消化器官を組み替える為のナノマシン剤を入れられるため、

ネイナC「吐きそう……」

内蔵を弄られるのと同じなのでとても気持ち悪くなる。

「じゃあ、睡眠薬をいれて眠るか?」
ネイナC「お願いします……」

睡眠薬で眠るかと聞かれたネイナは思わず眠ると答え、それを聞いた作業員はネイナの身体を固定してから栄養剤のパックに睡眠薬とナノマシン剤を添加したものを追加した。
寝ている内に済ませてしまおう、というものだ。
睡眠薬を投与されてから、すぐにネイナは眠りに着いた……。

……このあと作業員が冷や汗かきながら心拍数とにらめっこしていたのは内緒だ。

 

翌朝になってネイナは固定具でベッドに拘束された状態で目を覚ました。
目を覚ましてしばらくすると昨晩にいろいろ作業していた作業員が声をかけ、それにネイナが答えると作業員は固定具を外していった。
その途中で作業員から現時刻から7時間くらいは飲み食いを避けるように言われた。どうやら消化器官の組み替えは終わったそうなのだがその調整が進んでいるとのことなので極力モノを入れないで欲しいとのことだった。

「消化器官に手を加えないで防御力と身体能力だけを上げたヒトガタ造駆っていうのはヒトガタ爆弾の作りなんだよな」
ネイナC「そうなの?」
「ちょうどお前ら急造量産型ヒトガタみたいな構造なんだがそれに加えて全身の脂肪を特殊な生体爆薬に換えたっていう奴だ。とある惑星国(小さい島国みたいな感覚)で流行っていたらしい……」
ネイナC「……私の身体はそうじゃないよね?」
「お前も、お前らからも、その“におい”はしないから大丈夫さ……」

固定具を外されてベッドから解放されたネイナはさっそく自由時間……ではなくPOTもどき対処に駆り出されて行った。
ピンクサファイアと同様の獣人がどこかで活動を続けているのもそうだが、POTもどきを作っていた自動工場を住民が手に入れる事によって新しいテロ組織になるようなケースもあるとのことだった。今回は後者に近いケースだった。

未だにあの獣人達が頻繁に造る自動工場は謎が多く、どうやって制御しているのかよく分かっていないがために何かの拍子で動き出すことがよくあった。
単に小型ロボットと呼ばれている何かが動かしている場合はまだ制御のしようがあったが、時には先進的な技術でも容易に実装できてしまうこともあって自動工場で作れるモノに制限があるのか全く分からなかった。
ネイナはいつもの大剣と22口径の機関拳銃を主とした装備……あと武器じゃないけど車両型POTもどきのドライブシャフトをベルトに差し、装備を整えて軽攻撃機型POTに掴まって飛び立った。


……向かった場所は襲撃が確認されてなかった筈の都市区にほど近い領域だった。
どういうわけか、獣人の姿が見えないのに自動工場だけ、ひっそりと出現していたと言う。

「……妥協と虚構の上で過ごす人達がどんな思いで生きているのか……」

ネイナが付けている無線機からノイズが混じった状態で10代前半の女の声が聞こえて来る。声の調子からピンクサファイアと同様の獣人なのかもしれない。
軽攻撃機型POTはあのピザ配達ドローンのあいつではないので黙っている。
ただ、なんでだか懐かしい感じがする。

「……わたしにはわからなかった」

独り言のようにも聞こえる無線を聞き終えると小綺麗なオフィス街みたいな場所へ降り立った。
まだ住民もうろうろしている中で物騒な格好で走るのは少し気が引けるがネイナが向かっているよく分からない建物の一角が自動工場とのことだった。
見た目でそんな場所? と見えていてもこの世界の建築は中身をいくらでも広く取れるのでむしろいつものあの獣人達にしてはこの世界の建築に合わせたような格好となっている。

建物の中に入って行ってもまだ人がいた。その様子から本当に普通の建物になんかひっそりと出現していたのだろうと思わせる。
機関拳銃を収めているホルスターを緩くしていつでも抜けるようにしながらオペレータの指示に従い、目的の一室へ入って行った。

……そこに広がっていたのは生活の跡が見られない工場の中のような光景。迎え撃つのはネイナを敵とみなしたいろいろな企業が作っているであろう警備POTや戦闘POTに似せたPOTもどき達……なのだがどういう訳か自動工場に突入したのにも拘らず、名前通りのPOTもどき達はこちらに攻撃してこなかった。

ひょこひょこと現れたのはワーカーユニットとも呼ばれる小型POTもどきだ。奴は大き目のタブレット端末を掲げながらネイナの足元に寄って来た。ネイナに見せるように掲げたタブレット端末には写真画像と共に質問があった。
ネイナには見覚えのあるアメジスト色の毛並みを持つあの獣人の写真だ。
オペレータは知らない獣人だと言っているが何故か質問が読めないらしい。

“ネイナさんともう一人なら知っているので簡単なクイズです。この姿をしている種族は何と言うでしょう? 端末に文字を入力して答えてください”と書かれた質問だ。確かにネイナはこの獣人が何と言う種族なのかは知っていた。
しかし、その名前を使う事は殆ど無かった。謎の端末を操作して“劣化バリスタン”と答えた。……この端末で走っているアプリ自体は単なるチャットツールだ。
物凄い早さで“正解です。”と返事が来た。ネイナはこの早さにどことなく懐かしさを感じた。
オペレータに説明を求められたのでネイナは口頭で答える。

ネイナC「このPOTもどきが掲げてる端末に使われている文字は特殊な加工がされていて機械のカメラでは見えないようになっているようです……」

端末に“あなたも大変ですね”と表示された後、次の質問として“あなたはヒトガタ造駆として生きていくつもりですか?”が表示された。
ネイナはどういう確認なのかを、そしてこの先に待ち受けている脅威が何なのかを察した。……この先に、オリジナルのネイナが居るのである。
ネイナは端末を操作して“もう、内臓も造駆にしちゃったから……ヒトガタ造駆として生きていくつもりよ”と答えた。
泣いている絵文字の返事が来た。

そして長い文章が来る。
“あなたはこの先に待ち構えているオリジナルのネイナさんを守る為に作ったある一点だけを除いて完璧なコピーなのです。その一点とはわたしに助けて欲しいと頼んできた記憶を思い出せないように抵抗がかけられ、苦しくてもわたしに頼らない選択をしたと記憶を埋められていること。わたしはあなたの優しかった性格につけこんでそのように記憶を改変した完璧なコピーとしたのです。”

“一番最初にわたしと出会った時を覚えているでしょうか。あなたはわたしのような獣とされるバリスタン、それも劣化バリスタンでも差別せずに声をかけてお話をしてくれました。その気になればもっと酷い事もできる恐ろしい猛獣であるとわたしが言っても気にせずにお話をしてくれました。その中で言葉を教えてくれて、ご飯を分けてくれた事も、対面せずにギルを得る方法も、いろいろお話をしてくれました。
対面せずにギルを得る方法として古いロボット玩具を運送サービスで送って貰ってそれを修理して対価を得る小さい商売を始めた時、初めてのお客さんもあなたでした。”

ネイナが思い出したのは、オリジナルと共有しているであろうあの日のアメジスト色の毛並みをした劣化バリスタンとの対話だった。

“その一方でオリジナルのネイナさんはわたしの力を見て変貌してしまいました。優しかったネイナさんがどこにも見えなくなり、信じられないほどわがままな女の人になってしまったのです。そして今、オリジナルのネイナさんはこの国で働く警察の機動隊が使うような高性能なパワードスーツをわたしに作らせ、それにその身を固めています。
わたしはがんばって説得したんですが……強い猛獣が大丈夫だって弱い人間に言い聞かせたって説得力が無いんです。だから、あなたが説得してください。お願いします。”

ネイナC「情報提供をお願いします。敵は警察の機動隊が使うようなパワードスーツを使っているようです」

ネイナはオペレータに情報を求め、ワーカーユニットが脇に退いたのを見てから機関拳銃を抜いて奥へ奥へと進んでいく。連れてきた通信中継ドローンを介してオペレータが焦っているのが聞こえる。見た目はそっくり、武装はそのまま、でも中身はPOTもどき。そんな訳の分からない状況が続いている。
どういう訳かPOTもどきが抵抗しない様子からオペレータは突入場所を間違えたんじゃないかとか連絡をとりあっている。少しすると場所が合ってる事がネイナに告げられるがその頃にネイナはどんどんと奥へと進んでいた。

しばらく進んでいると見たことが無いパワードスーツに身を包んだ20代前半のヒト型人類種の女を見つけた。
その女の顔をネイナはよく知っていた。いつも鏡の向こうで左右が反転した状態で見ている顔だからだ。自分に瓜二つと似ている顔なのだ。
ネイナは思わずその女、オリジナルのネイナに向かって口を開いた。
オペレータはヒトガタのネイナから送られてきた映像を基にネイナの戸籍を調べさせ始める。

ネイナC「どうして……」
ネイナ「同じ人なんて二人も要らない」

彼女が握っているのは誘導粒子ビーム弾を撃つハンドスピアと小口径スポーツライフルを合体させたようなもの。オペレータが言うには旧世代のヒトガタ造駆の防御を貫通・加害する性能を持つと言われた。おまけに小型戦闘POTに相当するものが3機も付いている。
見た目は警察の機動部隊が使うような代物に酷似しており、もし見た目通りならばそこらへんのヤクザが密造するようなヒトガタ造駆が3体でかかって来られても対処できるような性能。いわば、人型サイズの警察用装甲車である。
ヤクザが密造した戦闘用造駆に殴られても傷一つ付かぬ高硬度装甲板、その衝撃を完全防御できる対衝撃ゲル、非常に高性能なPOTモジュールを搭載し、そこいらのニンゲンでも造駆連中を始末できる性能だ。
そして、何よりもこれまでに遭遇してきた名前通りのPOTもどきと違って限りなく正規のPOT型AIモジュールに近い性能をしているPOTもどきが搭載されている。

ネイナは正面からでは敵わないと直感で感じ取り、機械設備に身を隠そうとダッシュする。
しかし、オリジナルのネイナは凄まじい速さでネイナに接近して誘導粒子ビーム弾を撃ちこんで来てこれの回避を強いられた。素で非常に速いPOTもどきの射撃を潜り抜けてきたネイナにとって誘導粒子ビーム弾は10000m/sを超えない弾でしかない遅い弾だったのでちょっと軌道が見えたら回避できるのだが攻撃する暇がない。
そして接近してきた女はネイナを蹴り上げ、宙に浮かした。

身体のさばきでしか動かせない状態でネイナは誘導粒子ビーム弾の嵐を食らう、その時になって名前通りのPOTもどきが一機やってきた。
そのとき、不思議な事がおきた……いや、POTもどきだからこそ当然の出来事だったから不思議でもなんでもなかったのだが……POTもどきは不思議なフィールドでSIG文明圏の弾を反らしてしまう能力を持っている。今、その能力にネイナは助けられた。誘導粒子ビーム弾が天井や壁に向かって強引に着弾させられてしまったのだ。

ネイナ「クソっ! なんでこんな時に変な力が働くのよ! 邪魔だから引っ込んで!」

怒ったオリジナルのネイナはビーム刃による近接攻撃に切り替えるが、その隙にヒトガタのネイナは大剣を振りかぶって女を弾き飛ばし、すかさず22口径の機関拳銃を撃ちこんだ。
飛ばされてもヒトガタのネイナと違ってパワードスーツの恩恵があるからか空中でダッシュをして射撃を避けるが一発だけ左膝に着弾させた。
流石に高硬度というのもあって貫通はしないし高硬度を確保する為だからかある程度の耐熱性も確保されているので熔けたりはしない。……しかし透明なフェイスガードの向こうで熱い激痛に悶えるような表情が見えた。

ネイナ「膝が……動かない……!?」

何があったのかネイナには分からないが銃撃を食らうと拙いと判断したオリジナルのネイナは小型戦闘POTを2機(3機中1機はパワードスーツ制御用)展開してネイナを追い詰め始めた。
その小型戦闘POTには警察がよく使うような特殊なレーザーが搭載されており、見られたら回避はできない……のだが、ひょこひょこと現れた単発散弾銃を構えたワーカーユニットなPOTもどきが1機混じっている。
あの不思議なフィールドはレーザーすら満足に照射させてくれないとネイナは思い知った。自分にはその光が一筋だって当たりはしない。

ネイナ「んもぅっ!! なんで雑魚がでしゃばるのよ! 低性能なヒトガタにさえ壊されるような雑魚に何が出来るっていうの!!」

オリジナルのネイナが構えているスポーツライフルにネイナが撃たれては大きく吹っ飛ばされた。やっぱりここでもあの合金弾が作られており、ネイナは動きを阻害される。
その時に小型戦闘POTに搭載されている粒子ビームガンの接射を食らってネイナは動けなくなった。

ネイナ「ただの身代わりが……ヒトガタになってイキってんじゃないよ……」

……今更だが、この女はヒトガタのネイナのオリジナルだ。
ヒトガタのネイナの記憶では……少なくともこんな性格ではなかった。どちらかと言うと凡庸な地味な女だった。ホストのリップサービスで大喜びしちゃうような女だった。心のどこかでこんな自分が抑圧されていた覚えが無いと思った時に、あの獣人(?)の独り言を思い出した。
「妥協と虚構の上で過ごす人達がどんな思いで生きているのか、わたしにはわからなかった」という独り言だ。

でも、思い返せばネイナは“凡庸な地味な女”とは言えない奴だった。何かしらのトリガーが入れば激しい暴力性が現れる女だった。

ネイナ「おい、お前……お前だよ……このヒトガタにトドメを刺して。今すぐ!」

ワーカーユニットにオリジナルのネイナは高圧的な命令を下しているがワーカーユニットはびくびくと怯えており、投光器を備えた頭を横に振って命令を拒否している。
それを見たオリジナルのネイナはスポーツライフルを構えてワーカーユニットを撃って壊してしまった。
……やるときには躊躇無くその暴力性が現れる女だ。

そしてその銃をヒトガタのネイナに向けて乱射し始めた。
ところでヒトガタのネイナはどうやってヒトガタを殺すのか想像もしたことが無く、それはオリジナルのネイナも同じだった。
どうやって殺すのか分からないなら適当な攻撃をちまちま与えて耐久値的なのを削り潰すような弄り殺ししかない。

ネイナ「死ね、死ね……さっさと死んで……まだ死なないの……!?」

数十発も撃ち込まれるが何故か手足ばっかり撃っている。オリジナルのネイナはまだ反撃を恐れているのだろうか。
ヒトガタのネイナの肘と膝を執拗な銃撃で壊してから、ようやくオリジナルのネイナは顔を撃ち始めたが……3発で終わった。眼底から撃ち抜いて脳を破壊しようとしたのか眼を一つ潰しただけで終わったのだ。そのときに弾が尽きた。
そうしたらオリジナルのネイナはどこからか鋼鉄製の棍棒みたいなものを持って来てヒトガタのネイナを殴り始めた。焦燥にかられて泣き喚きながら殴りつけている。

そんなときにどういうわけか飛行機型のロボット玩具がオリジナルのネイナの頭目掛けて突進してきた。
……まぁ、所詮は玩具なので突進してきたロボット玩具はヘルメットに激突するとロボット玩具の前部が潰れる上にそれを煩いと思ったオリジナルのネイナにぶん殴られて破壊された。
その隙に散弾銃の銃声が響き、オリジナルのネイナは転ばされた。

……撃たれて壊れているワーカーユニットが単発散弾銃を床に置き、倒れたオリジナルのネイナに駆け寄ると彼女からヘルメットを脱がし、その顔をボコボコ殴り始めた。
顔を殴られたオリジナルのネイナだってただ無抵抗ではなく、その破壊し損ねたワーカーユニットを殴りかえし始め、体格差がひどい殴り合いを始めた。
ネイナは動けなかったが音でその様子を把握していた。

……しばらくするとそれはもういろいろなロボット玩具や名前通りのPOTもどきが集まって来た。
というか、なんでロボット玩具が居るの? とネイナは思ったがそういえば動かなくなっても捨てられずに思い出の物体になっていたロボット玩具の存在を思い出した。
両親がロボット玩具を買って来て少し弄り、子供だったネイナや兄弟の遊び相手として動かしていたものだ。
飛行機のようなそれはよく遊び相手として構ってくれたものだった。動かなくなったと聞かされた時には酷く泣きじゃくった思い出がある。
壊れて、くたびれた樹脂系外装の断面がその古さを物語っている。

ネイナ「皆……どうしたの……」

ワーカーユニットを動かなくなるくらい殴ったあたりでオリジナルのネイナは古いロボット玩具や名前通りのPOTもどきに囲まれている状況を見て固まった。
名前通りのPOTもどき達はその武装をオリジナルのネイナに向けている。
ヒトガタのネイナは口を開いた。

ネイナC「私を殺して……どうするの……」
ネイナ「お前を殺さなきゃ、私が殺されるのよ! お前は私を殺して元の生活に戻りたいんでしょう!?」
ネイナC「……戻りたいよ。でも私は普通に食べる量は多いし、意外と馬鹿にならない造駆用の栄養補助剤も必要な身体になったの……」

過去の記憶は共有しているからこそ、分かる部分があった。ネイナの両親は大学生の娘を養うことができる収入の家庭だ。
しかし、それはあくまでも学費を払えるだけなのでここでヒトガタ造駆になった娘を家庭内に入れたら財力的に困窮してしまうのだ。そもそも、ネイナはお小遣いさえろくに貰えてなかったから学生でも出来るような適当なアルバイトしていた事情だってあった。だから夜遊びのために借金していた事もあったし、借金もろくに返せなくて多重債務者になってしまった。

ネイナC「戻りたくても戻れないのに……オリジナルを殺したって一つの家庭から子供を奪うだけだから……」
ネイナ「嘘よ! あの劣化バリスタンに頼めばなんだってできるじゃない! ヒトガタ造駆をヒト型人類種に戻す事なんてできるんでしょ!」

言われてみればそうであろう。不信感を示す根拠としては最強の材料だった。ネイナ視点では何でもできてしまうように見えるバケモノが居るからこそだった。

ネイナC「私がもう戻れないの」

ヒトガタのネイナがそう言ってオリジナルのネイナは固まる。

ネイナC「……ヒトガタってね、こんな酷いケガを負っても一晩寝るだけで簡単に治るの……。この強い身体から弱い身体にされるのはとても怖いの……」

ヒトガタのネイナは激痛に耐えながら身体を起こし、片目が潰れた顔をオリジナルのネイナに見せつけた。

ネイナC「大砲の姿をしたPOTもどきに右肩から右胸を完全に潰されたけど、大きな大砲を無理に撃って2回も自分の右半身を破壊したけど」
ネイナ「……」
ネイナC「それでもこの通り生きてきた……。それなのに最悪普通の人間に殴られても死んじゃう身体には戻りたくないの……!」

なんでもできると言っても、本人の意思がそうじゃないならいくら劣化バリスタンでもやらない。
出来るのに本人が望まないならやらないというのをネイナが知っている劣化バリスタンがそうだった。
実際、ネイナのクローンなんてネイナ自身が要求しなければ作らなかった。
それを思い出したオリジナルのネイナは黙り込み、膝を付いた。

ネイナC「あなたは女子大生として家に帰って……、私はヒトガタ造駆の女として生きるから……」


あのあと、ヒトガタのネイナは気絶していたと聞かされた。

非常に隠蔽能力が高い自動工場は今の所、あの1件しか確認されておらず、同時に敵対的ではない獣人の存在とその自動工場も共に現在まで1件ずつしか確認されていない。
そもそも通報自体も何かがおかしく、周辺住民は誰一人としてその存在を認知していなかったという。
そしてPOTもどきと獣人が敵対的ではないことと移動されると把握が難しくなる事から放置されることとなった。

それからヒトガタのネイナは奇妙な立場になった。
都市区に居る女子大生と姿が瓜二つという事実が知られたせいで謎のヒトガタになってしまったのだ。
それは好きなピザを頼み、その配達にきたあのピザ配達ドローンにもネタにされた。

ピザ配達ドローン「やっぱり好みはかわらねーな。おぉっと、食べ過ぎて太っちまうと見た目に違いができちまうぞ~」
ネイナC「もう、やめてよー」
ピザ配達ドローン「こっちは笑ってるな。都市区の方は同じネタで何故かキレたんだが」

そして彼の場合はだいたい体形をネタにしてくる。

ヒトガタのネイナはそういえば、と思って割り当てられた部屋にある個人用のラップトップPCめいた端末でデータサーバー上にあるクラウド的なものにアクセスした。
家にもう戻れないとは言え、その生活ぶりは気になるのだ……が相変わらず、いつもの様子だ。変わった所と言えばホストから離れた所くらいだろうか。
ついでにつぶプリを見るもやはり相変わらずあの講義つまらないとか言っているし、なんか耳と後ろ足で飛んでるすっげぇ変なうさぎの動画を拡散してた。
少なくともオリジナルのほうは変わりはなかったようである。

アメジスト色の劣化バリスタンはどうなったのか分からない。
教えてくれた運営サイトに記載されている住所はそもそもあの場所ではないからそこがバレた所で何も影響が無かった。
なかなかやり手のウサギみたいだ。

ところで彼女もつぶプリのアカウントを持っている。二人のネイナしか知らないが世にも珍しい劣化バリスタンが使ってるアカウントとなっているが絶対に劣化バリスタンであることは仄めかさない。
アメジスト色の劣化バリスタンは吃音症みたいな所があったのでかなり早い段階から無線通信や電子的手段での会話を多用した為、この手のものを常用していた。
そんな彼女はわりと普通に機械関連やゲーム関連の話を良くしている。終始そういう話ばっかりだ……。たまに小動物の画像をかわいいと言っているくらいか。

ヒトガタのネイナは彼女らと話をする手段としてアカウントでも作ろうかと考えるのであった……。

 

2.やらなければ上手くならない

傭兵としての道に近いそれを歩むことになったネイナはそれとなく戦いに詳しそうなアメジスト色の劣化バリスタンにいろいろと聞いていた。
そんな中で射撃に関しての話題となったときにアメジストは使う銃の弾を聞いて来た。その翌日に彼女からネイナに向けて弾が1万発ずつ送られてきた。
アメジストが言うには「やらなきゃ上手くならない」と言う事だそうだ。

ネイナの元に送られてきたのは9mm突撃銃用の9x35mmEML、22口径機関拳銃用の.22LR、そして最近になって買った小型自動拳銃用の5.6x8mmEML。
それぞれがプラスチックの箱に詰められた状態で1万発ずつ一気に送られてきたのだ。一応、地元の弾薬メーカーが作るような性能に調整されているので練習にはなるとのことだが一気にこれだけの弾を供給してしまえることに驚かされる。
ちなみにあのアメジストは繁華街のヤクザに弾を供給する契約をしているので弾を送る事自体には問題はないらしい。

結局練習が要るのね、と若干諦めながらネイナはだいたいヤクザが自由に使っているらしい射撃場へと足を運び、練習がてらに撃ち始める。
弾倉に自動的に弾を込める装置を動かしつつ、撃って行く。


そういえばと何かと貸与されてた9mm突撃銃と呼ばれてるこのEML式の銃はメフィリヌ銃と呼ばれる少し変わった構造をしている銃だそうだ。
正式にはメフィリヌ Mod.91/12レールライフルと呼ばれているもので質量可変装置が普及するその少し前に作られた銃だと言う。
歴史を紐解くと質量可変装置が発明されたのが3000年ほど前、つまりそれよりも古い銃ということになる。

その最大の特徴は可変抵抗器に似た特殊な部品を用いて初速をアナログ的に変える事が出来る機構でこれによって亜音速弾と極超音速弾を一つの銃で撃ち分けられるというもの。
しかし、それは状況に応じて速度が違う弾を撃つ為ではなく、目標の人類種とそこまでの距離に応じて弾を亜音速弾として撃つ為だったと言われる。
この独特な特徴を持っているため、密造した弾を使って暗殺をするための銃というイメージが強いんだとか。

実際、ネイナがニュースなどで目にしてきた暴力団員や役人の暗殺事件というときに押収される銃の半分近くがこういう銃だったため、ネイナ自身もちょっと怖いイメージを持っている。
そんな銃を繁華街のヤクザは大量に所持しているのだが彼らはなんで暗殺向きの銃を沢山所持していたのか謎だ。

じゃあ、銃としての撃ち心地はというと普通である。
一応は対POTもどき戦闘に使う事を想定しているため40gの弾を初速13600m/sで撃つ設定しているため、反動は強烈な部類になるそうだがそのためのヒトガタ造駆であるネイナには普通の撃ち心地になっている。
最近だとヒトガタ造駆やパワードスーツじゃなくても撃てるように対衝撃ゲルを接触部位に仕込んだ改造型が開発されているようだが、まだメンテナンス性という点で旧来のままの奴もある。
ネイナが撃っているそれも旧来のままだ。

連射すると制御が少し難しくなるが、バースト射撃や単射では狙撃銃並みとまでは行かないものの、結構遠くの方でも当てられる。
やはり暗殺任務もできる銃なんだろうか……。

この9mm突撃銃で使われている9x35mmEMLは弾頭質量を稼ぐためにEML弾としてはかなり長い弾となっていて今となっては昔のライフル弾に近いこういう形の弾は珍しいらしい。
普通は絶縁体に包まれた短い弾頭のお尻にちょっとだけプロジェクター部が付いているという構造なのだが、この弾は弾頭の長さが30mmもある長い弾だ。


9mm突撃銃を1万発撃ち終えたら次は22口径機関拳銃だ。名前が無いそうだが敢えてつけるならラビット.22MPだそうだ。なかなか直球なネーミングだ。
ネイナが初めて撃った実銃でもあるし、よく使っていた銃でもあるがそのポテンシャルはよく分からない。

この機関拳銃はとにかく重い。こんな小さい弾なのに全体で12gもあり、その弾頭が何故か10gもあって結構マッチョな弾になっている。
それを数えてみたらなんと211発も入る巨大な樹脂製弾倉が付くので弾倉だけで2.8kgもある。銃本体は1.3kgほどと軽い方なのに大型弾倉のせいで4.1kgという重たい銃になってしまっている。
30連弾倉を付けた9mm突撃銃(4.7kg)と同じくらい重い。
そして重さの殆どが弾なので撃っていると重量バランスが変化し続ける、なんとも厄介な銃だ。

それでも沢山撃っているとネイナでもそれなりに当たる用にはなってきた。やはり撃たなきゃ当たるようにはならない。
薬莢がけっこう派手に散らかるのが面倒くさいところでもなんか面白いところでもある。

ふと、バースト射撃や単射をしてみると結構狙って当てられることにも気が付いた。
やろうと思えば狙撃もできる……かもしれないがこれを撃って仕留められる相手を考えるとちょっと微妙である。
尤もこの規模でもあの謎合金を使った銃弾だとまともなヒトガタ造駆の人工筋肉をオーバーヒートさせてしまうほどの熱量を与えられるので「デバフ武器」としては優秀な部類なのかもしれない。

ちなみにあの謎合金は運動エネルギーを熱エネルギーに変換する仕組みで防御力を発揮する装甲材らしく、受けた運動エネルギーに応じて相応の熱を発するそうだ。
対衝撃ゲルを裏に張ったセラミック装甲に700m/s(普通の対人狙撃銃に多い着速)でこの合金で出来た弾を衝突させたところ2000℃以上発熱したとのこと。一般的に着速として受けるであろう12000m/sで衝突させたらどれほど熱いのか想像も付かない。


22口径機関拳銃を1万発撃ち終えたネイナは新しく買った小型自動拳銃を撃ち始めた。
小型拳銃と言う括りなら「グルーガン」と呼ばれてるヒトガタ造駆の足止めにも使える火炎放射拳銃的なプラズマピストルがあるのだが射程は70mしかないし、数千℃のプラズマ火炎をくっつけるだけではPOTもどきは止まらないので実体弾を撃つ拳銃が欲しかった。……それにあの機関拳銃はまさに「片手で撃つ為の機関銃」だし、護身用としては重すぎるし嵩張る……ということでちょっと古風だが小さい小型自動拳銃を買ったのだ。
まだ質量可変装置が一般的ではない地域だとまだ珍しい反動利用式の銃が製造・販売されていたのでそこから入手できたそうだ。

この小型自動拳銃はここB-65から見ると外国にあたる領域にある企業であるバフサーが作っているバフサーS560だ。
極端に小さい弾である5.6x8mmEMLを使う為、弾倉は細く小さい。それでも11発も入る。
ただ、小型拳銃故に銃身も弾倉内バッテリーも小さくて大出力化を図っても初速で9050m/sが限界だったみたいだ。
まぁPOTもどき相手は本当に応急的なものなので同じヒトガタ造駆の足止めならこんなでも良いが。

銃弾は5gもない本当に小さい弾だ。あの合金を使ってもそこまで重くはなれないあたり本当に小さい。それ故に距離が遠くなると空気抵抗の影響が大きくなってすとんっと落ちる距離があるのを感じる。
でも至近距離でしか撃たないので気になる点ではない。
どちらかと言うと軽い銃ゆえにちょっと反動が強い気がするのである。どれくらい軽いかと言うと11発入れた状態でも400g未満という軽さなのだ。反動吸収は銃自体の重さでも吸収している部分があるので軽い銃で強い弾を撃つと反動がデカくなる傾向がある。

メインで使う事は無いかな、とネイナは思いながら練習で撃ちこんでいく。


朝から撃ち続けて、何となくサンドイッチを食べながら撃ち続けていたらもう夕方の時刻を差している。
沢山撃っていて分かったのはなんとなく射撃の腕が付いた……そんな感覚がするのである。今日は撃ってばかりだったが実りがあるようにも思える。終わりが見えないのでふざけて2挺撃ちして見たりもしたがそれでもなんだかんだでそういうスキルが付いたようにも思えた。

アメジストにそんなことをメールで伝えるとネイナは疲れたように自室のベッドに寝転がった。
……そんなタイミングでアメジストから返信が来た。内容は「あとでオリジナルのほうにもやらなきゃ上手くならないよって言っておきますね」というものだった。

ちょっと気になったヒトガタのネイナはオリジナルのネイナと何があったのか聞いてみると「自分が作った銃が当たらないと言われてムッとしたから証拠としてあなたの例を使いたかった。ちょうどあなたは改造を受けたと言ってもクローンですしね」と返してきた。
おそらくあの小口径スポーツライフルの事なんだろうか。まぁ、確かにネイナはどちらもそんなに銃の腕前が良いとは言えないのだが……。ちょっと眼球潰されてめっちゃ痛かったのを思い出してしまったネイナは頭を抱えたくなった……。

 

翌日、ヒトガタのネイナはヤクザ経由でアメジストに呼び出されて射撃場に向かう事になった。
ヤクザとアメジストの関係がよく分からなくなってくるが、向かってみると特徴的なアメジスト色の毛並みをしている劣化バリスタンとオリジナルのネイナが待っていた。多分、「ヒトガタだから上手くなれるんだよ」と言われてとうとうオリジナルのネイナまで呼び出されたんだろう。口論のネタで呼び出されてしまうとは……とヒトガタのネイナは思いを巡らす。

アメジスト「とりあえずこの銃を1万発撃ってください。話はそれからです」
ネイナ「1時限目間に合わな――」
ネイナC「時間加速を有効化しているのでここでは例え1年経ってもお外は30分しか経ってませんよ?」

あの手この手で言い訳を封じようとしているアメジストはよっぽど自分が作るモノには自信が有るのかそれとも適当に使って適当な結果を出されるのが嫌なのか……。
というか、しれっとヒトガタのネイナまで小口径スポーツライフルを握らされて撃つハメになっている。

ネイナC「あ、これって昨日撃った小型自動拳銃と同じ弾を使うのね。って……電極が無くない?」
アメジスト「電池分離式ですからね」

この弾倉で50発入るあたりで察するべきだったがどうやら民需用ということでパワーをきっちりと変えられるようにこうなっているらしい。ちなみにベースにした民需用ライフルは普通に売っているそうだが超高初速重量弾を使う為に対衝撃ゲルを組み込んだりして大分設計がかわってるんだとか。
……ということは単なるヒト型人類種であるオリジナルのネイナも同じ弾と電池を使っていることになる。
そしてヒトガタのほうもオリジナルのほうも同じようにアイアンサイトだった。

ネイナC「まさか自分を痛めつけた銃を使う事になるなんてね……。あ、この22口径もそうだった」
ネイナ「22口径ってあんたの腰のそれ? 本当に片手で撃つマシンガンって感じの奴」
ネイナC「そうそう、これ。やろうと思えばこの距離でもしっかりと当てられるよ」

1000発撃ったところで精度はともかくとしてオリジナルのほうも喋りながら撃つようにはなっていた。かつての自分だったから分かる所でもあるものの、彼女も撃つときは比較的リラックスしながら撃っていた。

アメジスト「それ、ピンクサファイアの銃ですよね?」
ネイナC「多分そうだと思う。あいつのロボットが持ってたし」
アメジスト「ピストル系はあいつのほうが作るのも使うのも上手いんですよね……」
ネイナC「そうなの?」
アメジスト「私はライフル系のほうが得意なんですよ。でもピストル系はどう頑張っても……」
ネイナ「ライフル系……あっ」
アメジスト「そういうことですよ?」

アメジストが言っていた事でなんでこんな事になったのかが両方のネイナは分かってしまった……、そりゃあ自信のある作品がけなされたら怒りたくなると……。
ともかく10000発撃つまで出して貰えなさそうなので両方のネイナは引き続き練習しまくる感じで撃って行く。

ネイナC「めっちゃ速く撃ってみる?」
ネイナ「そうだね」

3000発撃ったあたりでトリガーを連打するような感じで疑似フルオートをしてみる二人のネイナ。
オリジナルの方もなかなか早いレートで連射するものの、ヒトガタの方は非常に高レートで直ぐに50連弾倉を空にしていた。

ネイナC「両手持ちだから拳銃より速く連射できるね」
ネイナ「やっぱヒトガタのほうが速い……」

そして7000発撃ったあたりになるといい加減オリジナルのネイナは銃本来のそれに近い精度で的に当てるようになってきていた。

ネイナ「当たる用にはなったけど、自分が下手だったって事実がつらい……」
ネイナC「私だって最初は下手だったよ。その最初が実戦だったからヤバかったんだけど……」
アメジスト「なんだかんだネイナさんって戦士としての素質がありますよね。後で聞いた話によると急造量産型ヒトガタって普通入れる筈の戦闘AIや戦闘用の記憶さえも入れないみたいですし」
ネイナ「それでよく生き残れたよね……」
アメジスト「完成直後に実戦投入でプロペラガン40機とジャンプメック(二足バッタ型)3機を仕留めるなんて相当ですよ」

ネイナC「えっと、それってどれくらい凄いの」
アメジスト「この世界における同等品で例えるなら……射撃強化&重装甲化&高機動化バルヴァロ3機と武装化小型支援POT40機です」
ネイナ「ええ……、ええ……」
ネイナC「なんか引いてるけどオリジナルのほうもパワードスーツを着てたとは言え、私(ヒトガタ)をぶっ殺そうとしてたよね……」
「そういえばそうだったね……。怖い怖い思いながら躊躇なく自分の分身をぶっ殺そうとしてたのを忘れそうになってた……」

10000発撃ち終える頃にはもうかなり上達しており、ライフルなら二人のネイナはだいたい同じくらいの射撃精度になっていた。
これにはアメジストもオリジナルのネイナも納得、というか口論の決着がついたようだ。つまり、ただそのときオリジナルのネイナはライフルの腕前が無かったということに……。

 

3.薬を買いに未開惑星に行く

ヒトガタ造駆のお仕事というのは大抵の場合、ぱっと見ではヒト型人類種にそっくりなのを活かしてボディガード、もしくは暗殺。あるいはある程度の防御力と機動力があるので装甲車的に立ち回る。そんな感じのお仕事であることが多い……っと露出の多いセクシーな服を着てるヒトガタ造駆の女がヒトガタのネイナに話している。

ネイナC「あの、よくそういう肌色が多い服装のヒトガタが前衛になっているのをよく見るんですけどなんでですか……?」
ヒトガタ女「この肌は弾く肌なの。それを活かして“グルーガン”や焼夷剤を食らって燃やされてもすぐに火炎から抜けられるようにするためよ。あなたの肌はどうだか分からないけど」
ネイナC「……」

露出が多い服装で前線に出てる理由を聞いたヒトガタのネイナは何となく自分の肌を撫でる。

ヒトガタ女「うーん、話を聞く限りだとあなたみたいな急造量産型は防護面積が小さいし、機動力も機械制御能力もイマイチだから普通のヒトガタと同じ仕事は難しそうね……」

手の込んだヒトガタと違って簡易的に量産されたヒトガタの扱いにヒトガタ造駆の女は難しい顔を見せる。
量産型ヒトガタの防御力は一部以外は少し堅い有機生命体程度の防御力でしかなく、実は対人火器でも容易に傷付くし対人手榴弾でも壊れることがあるんだと言う。
なのでこのヒトガタ造駆の女にとってはどうにも仕事選びを難しく感じるのだ。

ヒトガタ女「……今度、なんかの襲撃の時に付いてきてみる? パワードスーツ枠になると思うけど」
ネイナC「そうします……」

もういっそのこと仕事に連れて行って何に適しているのか試す事にしたようだ。返答を聞いたヒトガタ造駆の女はお茶菓子を頬張り、続いてお茶を飲み干すと席を立ってお勘定を済ませるとヤクザの事務所に足を運んで行った。
それにヒトガタのネイナも続く。


割とすぐに仕事が決まるとネイナはヒトガタ造駆の女によって港へ連れてこられてちょっとの武装を積んだ高速貨物船に乗せられた。
その時にヒトガタ造駆の女は自分で使う為の武装を持ちこむとしていたため、ヒトガタのネイナも新調した大剣とピンクサファイアの22口径機関拳銃2挺を持ちこむことにした。
仕事と言うのは船に白兵戦力として乗り込むというものだった。拘束期間は早くて2日、1日がかりで向かう惑星で荷物の交換をする為に船を出すとのことだった。

ヒトガタ女「今回は私と一緒に白兵戦力として乗り込んでもらうわ」

ヒトガタのネイナはヒトガタ造駆の女にそう聞かされながら一緒に乗り込む事になる乗組員と顔を合わせる事となった。
ただ、この高速貨物船は全長にして100mくらいのものなのだがヒトガタのネイナを含めても乗り込むのは9人しかいない。現代の船舶は自動化がかなり進んでいるとのことでPOTとかAIとかがあれこれと面倒を見るものなんだろうか。
その乗組員とは別に荷物扱いとして冬眠状態で載せられる“貨客”もだいたい300人くらい居る。全て何かしらの人類種の子供だった。

船長「うへぇ……確かにうちの船はナマモノの運搬を専門としてるけどさ、冬眠動物はちょっと嫌だね」
航海士「ちょっとさ、これ戸籍とかどうなってんの? ちゃんと抹消してる?」
ヒトガタ女「大丈夫よ、彼らは軽作業用小型造駆って事になっているから」

そんな法律の抜け穴あんの? とヒトガタのネイナは思ったが高速貨物船の乗組員と簡単に自己紹介を済ませて行く。
その中で9人の構成が分かった。保安兼白兵要員2人、船長、航海士2人、機関士2人、兵装操作要員2人、そしてヤクザという構成だ。人種はヒトガタ含めても概ねヒトの女で統一されている。普通は人種が混じるそうなのだが、船長が食料規格の統一の為にこうしているそうだ。

船長「あんたが大食いなのは知ってるけどそっちの新しい子はどうなの」
ヒトガタ女「ヒトガタとしては省エネよ。その分性能が低いけど」
船長「こっちとしては省エネなのはありがたいね」

簡単な自己紹介を済ませると乗組員たちがヒトガタのネイナを船の中を案内し始めた。移乗攻撃をやられた時に白兵戦力としてヒトガタのネイナも出向くから船の中を知ってもらうのもあるんだろう。

ガンナー「一応、デブリ対策用の装甲が外殻と内殻に張ってあるけど重機関銃クラスの徹甲弾は入って来るから船本体の装甲は無いようなもんだね」
ネイナC「徹甲弾じゃない場合は?」
ガンナー「うーん、地殻貫通弾みたいな奴だと100mm超でも耐えるって聞いたけど徹甲弾じゃない場合はよく分かんないね。でも海賊に襲われてもブランチである程度は防げるよ」

ある程度区画を説明されて船の防御力に関して説明をされ、その中でブランチである程度防げると聞かされたヒトガタのネイナはちょっと微妙な気分になった。こちらの防御力を容易に貫いて来る凄まじい攻撃力を数日前に目の当たりにしていたため、海賊がその火力を手に入れてないとは考えられなかったのだ。

ガンナー「船の武装って言えるのは……船首下部とブリッジ上部の35mm両用機関砲だけだね」
ネイナC「2門だけですか……でも35mmもあるなら」
ガンナー「クォーラルの25mmと比べちゃいけないよ。初速が遅くて結構当てにくいし、弾の威力もそんなにないよ」
ネイナC「えぇ……」
ガンナー「でもまぁ、自爆POTとか白兵POTとかを仕留めるなら十分だよ」

そして本当に武装が最低限と言う所を思わせるほど船本体の武装は少なかった。

ガンナー「で、白兵戦力ということはヒトガタ用の武器って言うのもあるんだけど……」
ネイナC「なにこれ」
ガンナー「艦内戦闘用の還流式粒子ビームランスだよ。人によってはプラズマチェーンソーって呼ぶことがあるみたいだけど制式名称はよく分かんない」
ネイナC「連続的にビーム刃?をぶつけるからかな?」
ガンナー「空振りしても粒子量は減少しないけど、何かにぶつけると結構がっつり減るからリロードが必要だよ」
ネイナC「ああ、やっぱり」

ヒトガタのネイナは軽機関銃の弾倉のようなものが付いた大口径ビームピストルのような形をしているビームランスを渡され、いつもの装備に加える。
ふと、窓から外を見るともう港から出たのか景色が宇宙のそれになっていた。今から1日がかりでまだ未開とされる惑星に向かうのだろう。
そう思いながら船の案内を受け続けるのであった。


跳躍型ワープでハブ恒星系なる場所へワープし、それから目的の次元へまた跳躍型ワープを行う。そこからが1日がかりの航行となる領域だった。目的の惑星がある宙域は所謂ワープ禁止宙域となっており、原始的な超光速航法でしか移動が出来ない領域になっていた。少し前までは本当に未開惑星どころか未開銀河系だった故に自由にワープも出来ていたのだが、何があったのか突然にしてどんな技術レベルであろうとワープが出来ない宙域にされてしまった。その範囲はおよそ300万光年という銀河系規模となってしまった。
理由としてはワープ反応を直ちに発見し、かなりの速さでそこに向かう海賊のような連中が居るかららしい。

この銀河系に何があったかと言えば、かつて小さい国があった。人類はどの星にも居なかったので全て入植者だった総人口でさえ300万人を超えないものの、9つの恒星系を領有している共和制のありきたりな小国があった。銀河系にはその小国しかなかったのだが、だいたい6年くらい前にどこかの戦争で敗北して敗走してきた傭兵企業の艦隊に襲撃されていつの間にか滅んでいた。
そしていつの間にかその傭兵企業がその小国が持っていた恒星系の領有を主張していたのだが、今年になって唐突に領有を主張しなくなって放棄していた。
そんな不気味な宙域へこの高速貨物船が向かって荷物の交換をする事となっていた。

ネイナC「ところでネットは……」
船長「仕事によっては出来ない事があるんだけど今回のはどうだったかな……」

船の案内を一通り回った後、ネイナは呑気にネットができるのかどうかを船長に聞いていた。

船長「ああ、今回は位置情報を送り続ける奴を切らなくて良い奴だからネットはできるわね。ちょっと次元跨ぐからpingが200超えちゃうかもしれないけど……」
ネイナC「ping気にするってなんかゲームでもやってるんですか?」
船長「ちょっとテンポが速いゲームをやってるから気になるのよ。ああ、直通回線宇宙の契約更新を忘れなければよかったなぁ」
ネイナC「ええ……」

船旅の時でも通信が手軽にできるのを聞いたヒトガタのネイナは自分の携帯端末を取り出していつも見てるニュースサイトにアクセスして繋がっているかを確認した。情報が更新されて新しいニュースの見出しが現れたのでそのまま暇潰しにニュースを読んでいくことにした。
……だいたい10件くらいニュースを読んだあたりでもう少しこの銀河系について何か分かる事が無いんだろうかと、銀河系の番号を入れてネットに転がっている範囲で調べ始めた。一応は行く前にヒトガタ造駆の女から少しだけ話を聞いていたのだが自分でも調べられるなら調べて見るものである。

しかし200年くらい前に入植開始して小国として立ったのがそこから80年後、そして今から6年くらい前に敗走した傭兵企業の艦隊に襲撃されて消滅して今に至る、というくらいしか分からない。しかもネット上の情報なのでどこまで本当なのか分からないし、それくらいしか調べようがない。

ネイナC「ねぇ、頼みあるんだけど」
ネイナ「あれ、ネットできるんだ。というか今講義受けてるんだけど……」
ネイナC「この宙域にあった小国、ちょっと調べてくれない? 大学の図書館なら調べられるでしょ」
ネイナ「うん、昼休みとかコマの合間に調べとく。この座標ね」

携帯端末を眺めっぱなしというのもなんかよくない気がしたヒトガタのネイナは同時刻で講義を受けているオリジナルのネイナに頼み事をしてから携帯端末をしまった。


少しすると自衛用の武装を制御している乗組員が叫ぶように敵性動体の接近を知らせ始めた。

ガンナー「左舷前方下から航空機と舟艇を確認! 船籍コード及び位置情報送信システムの反応無し、海賊です!」
ヒトガタ女「半ば無法宙域なのを良い事にやってきたわね。ネイナ、あなたは右舷に」
ネイナC「了解です」
ガンナー2「敵性動体である航空機と舟艇2隻をスキャン……バリステック・クォーラルドルフィン戦闘哨戒機と突撃艇型POT、突撃艇には沿岸警備隊用白兵POT分隊の搭乗を確認! 迎撃射撃を行います!」

やって来たのは名前的に劣化バリスタンがデッドコピーしたようにしか見えない航空機型POTもどきと旧式POTだ。そしていきなりタチの悪い事に敵のPOT群からのクラッキングによって船の制御が奪われ、武装制御システムと機関・推進制御が止められて停船機動をとらされる。
その時には突撃艇をあの35mm砲で破壊したというが沿岸警備隊用白兵POT4機の肉薄を許してしまった。ヒトガタのネイナとヒトガタ造駆の女が仕事する時というのは船に誰かが入って来た時なのでよろしい状況とは言えない。

船長「総員宇宙装備! 白兵戦に備えて!」

船長が通管を使って宇宙装備と武器を取るように指示を送る。POTなどのロボット部隊がほぼ生身の人員しかいないと分かっていて突入した時にやる事はエアロックを解放したまま突撃して空気を抜いて窒息させることだ。
クラッキングの影響がどんどんと深刻で致命的なものになり、全てのハッチとエアロックが解放され、重力制御までも無重力のそれにされてしまった。ヒトガタのネイナにとっては初めての無重力戦闘になってしまう。

機関士「こちら機関室、機関制御を手動に切り替えて行きます。守備をお願いします」
船長「こちらブリッジ! 現在白兵POTと交戦中!」
ヒトガタ女「ネイナ、あなたはブリッジを」
ネイナC「了解です」

宇宙装備を着込んだヒトガタのネイナは散弾銃と対人散弾2発を手に取って壁を蹴ってブリッジまで高速移動を行い、散弾銃をもった3人の乗組員と交戦している2機の白兵POTの所に向かう。散弾銃といっても対人散弾では効果が無いのは分かりきっているので核融合型照明弾を使って白兵POTに直撃させるかを目くらましを食らわせてその隙に逃げるということを行っている。
そこへ駆けつけたヒトガタのネイナは1機の白兵POTに対人散弾を撃ちこむ。優先順位的に微妙なデバフ攻撃よりも直接的な攻撃のほうが上だ、だから白兵POTはヒトガタのネイナにむかって振り向き様に対人弾が装填された短機関銃による銃撃を行い、その時にヒトガタのネイナは大剣を投槍のように投げつけた。

投げられた大剣は800m/sの速度をもってして白兵POTの頭部と思われる部位に突き刺さり、装甲板と対衝撃ゲルを強引に押し切り、そのままAIモジュールを押し潰し、白兵POTを無力化した。
それを見たネイナは大剣の柄と刃の背を握ってブリッジへ突入し、航海士に殴りかかるところだった白兵POTに狙いを付けて大剣から手を離して腰に下げていた22口径機関拳銃を早撃ちするように抜いて銃撃を加えた。
流石に古いPOTだからか劣化バリスタン謹製の銃弾を防ぐ防御力は無く、銃撃を受けた頭部がなんでだか破裂した。

航海士「え、そっち!?」
ヒトガタ女「こっちは2機仕留めたわ。そっちはどう?」
ネイナC「こっちも2機仕留めました。あとは……」
ガンナー2「戦闘哨戒機が攻撃開始、機関室を狙ってます」
船長「ガンナー、両用砲と防御POTを手動制御できる?」
ガンナー「両用砲は船外に出て砲座後部の席に着けば一人でも操作できますがFCSは使えません。防御POTは船内から発射管室のスイッチとレバーを動かせば打ち上げられます。防御POTはもう打ち上げています」
船長「了解、じゃあネイナだっけ、ブリッジ上部の両用砲を動かして戦闘哨戒機を撃ち落として頂戴」

ヒトガタのネイナは一番射撃が上手い奴と思われているのか両用砲を操作する事になってしまった。仕方が無くヒトガタのネイナはブリッジから船外へ出て両用砲の砲手席に向かう。

ガンナー「砲手席に座る前に砲座の制御パネルを開いて全ての制御チューブを引き抜いて固定して下さい。そうすれば兵装制御システムからのリンクを切断できます」
ガンナー2「船首下部の両用砲を手動制御に切り替えました。これより退避します」

この時代、この宇宙で何が悲しくて両用砲を手動で動かさなければならないのか、とヒトガタのネイナは恨めしく思いながらガンナーと呼ばれている乗組員の指示に従って3つの制御チューブを抜いて固定し、両用砲を手動制御に切り替えて砲手席に座る。
幸いなのは機関砲であることだろう。トリガーは脚のペダルを踏むタイプ、砲の旋回と俯仰は二つのハンドルだ。
あいにくヒトガタのネイナは近眼なので宇宙服の微妙に使いにくいズーム機能でないときちんと戦闘哨戒機を視認できない。

機関士「機関室の外壁と内壁が損傷。修理中です」

それでも結構な速度で動き回る戦闘哨戒機を追っていくと防御POTが戦闘哨戒機からの攻撃を防いでいるのが見えた。
積荷を奪いたい海賊の持ち物らしく、決して貨物区画は攻撃しない。
狙いを付けて両用砲の35mm砲弾を2発ずつ撃ちこんでいく。しかし、当たるであろう一発は戦闘哨戒機から射出された防御POTによって防がれてしまった。

ネイナC「……敵航空機も防御POTを展開してますね」
ガンナー「装備形態からするとホワイトドルフィンに似てるかも。そうだとしたら防御POTはそんなに持てないはず……何機撃墜した?」
ネイナC「突撃艇も射出してましたから分かりませんね。10機フルで残っているかもしれません」

ヒトガタのネイナは席から立って22口径機関拳銃を両手で構えて戦闘哨戒機と一緒に移動し続ける防御POTを狙い、それらを撃ち砕いて行く。
その時に戦闘哨戒機の正面外殻に22口径弾が着弾し、抉るように突き刺さったのが見えた。名前的に劣化バリスタンが作ったみたいだが、航空機には重防御は施さないようである。
それを脅威と見たのか、戦闘哨戒機は防御POTを出さなくなり、スライド機動を行い、胴体下部の航空機関砲的なレールキャノンでヒトガタのネイナに向かって直接攻撃をし始める。
すかさずヒトガタのネイナは左手で機関拳銃を構えながら右手で俯仰ハンドルを回して足でペダルを叩く。両用砲から3発の砲弾が発射され、戦闘哨戒機に3発入り、爆砕した。そして宇宙服のヘルムの上を砲弾が掠めた。

ネイナC「撃墜確認!」
船長「よし! 直ちに制御システムを復旧させて!」
ガンナー2「兵装システム復旧しました。ブリッジの砲座の制御モードを戻してください」
機関士「機関室復旧しました」

ヒトガタのネイナはさっき手動制御にしたのとは逆の手順でシステム制御へと戻してブリッジに戻った。
ブリッジは慌ただしくクラッキングによる影響を取り除いており、今回はAIが眠らされてしまったそうなのでその復旧にドタバタしている。

機関士「推進器の制御を手動にて行います。これより加速に入ります」
航海士「カーゴハッチ閉鎖開始!」
船長「船体制御システム復旧したわ。機関室、機関推進制御を自動にして頂戴」
機関士「了解です。機関推進制御を自動に切り替えます」
航海士「カーゴハッチ閉鎖完了!」
機関士「急速前進します。衝撃に備えて」

離脱することを優先とするため、まずは超光速航法へと入る為の加速を行っていく。普通の加速と違って一気に加速していくため強い重力がかかり始める。
もう重力制御装置は有効化されているのだが後ろに吹っ飛ばされそうな慣性がかかり、ヒトガタのネイナはふんばる。

機関士2「0.3c、0.7c、1c、2c、超光速航行に入りました。もう大丈夫です。ただちにkc段階へ移行」
機関士「560kcを維持、機関は良好。空気生成機を有効化し、各船室の隔壁とエアロックを閉鎖、居住室及び居住区画から空気を充填開始。その次に居住区画から近い順に空気を充填します」

巡航モードに入ったことでやっと船内に空気が充填され始める。とはいってもまだ30分くらいは宇宙装備のまま待機することになるが、ヒトガタのネイナはひと段落ついたことで安心しながら大剣を白兵POTから引っこ抜いた。
それから10分くらい経ってブリッジと通路に空気が充填されたので船長と航海士二人は宇宙装備を脱ぎ、ロッカーにしまった。ヒトガタのネイナも宇宙装備を脱いで破壊した白兵POTを引きずりながら貨物室へと歩いていく。
その間に宇宙装備を脱いでロッカーにしまってから来たが……。

機関士「貨物室は一番最後に空気を入れます。まだ入れませんよ」
ネイナC「そっかー……」

まだ空気を入れないらしい。
それを聞いたヒトガタのネイナは片付けがてらに空薬莢を拾い集めたり、4機の白兵POTの残骸を集めていく事にしたのだった……。

 

4.未開になった星々

ヒトガタのネイナが危ない仕事をしている時、オリジナルのネイナは大学ですっげぇつまらなそうに講義を聞いていた。
必修科目とか一般教養とかの科目の講義がつまらないのはいつもの事。なのでオリジナルのネイナが座ってる席の後ろに居るワカメみたいな奴らはずっとよく分からない直方体の箱を並べ続けているし、右隣のレムコトスの友人は延々とノートにBLものらしい漫画をずっと描いてるし、左隣の二つ席を開けた所に居るバージンらしいフラメルはずーっと携帯端末を眺めてる。

ネイナ「はぁ……」
レムコトス「どったの。なんか疲れてるね」
ネイナ「ああ、うん。すっごい引き籠りな友達の地雷を踏んじゃってえらい目にあって……腕が疲れた」
レムコトス「いや、何されたの」
ネイナ「銃を10000発も撃たされた……」
レムコトス「実銃?」
ネイナ「うん、実銃」
レムコトス「いいなー、どんな感触だったのか教えて」
ネイナ「一種類しか撃ってないから参考になるか分からないよ……? まぁ、空いてるコマとか昼休みとかの時に話すよ」

多分、漫画のネタにするんだろうなーと思いながらだるそうに聞いてるフリをするオリジナルのネイナであった。


しばらくしてオリジナルのネイナは何も講義を入れてなかったコマの時間を使って図書館(データベース)にアクセスしてヒトガタのネイナからの頼み事である調べものをしつつレムコトスの友人に銃の話をしていく。
ある宙域にあった今はもう無い小国について調べながら、横でBL漫画書いてるレムコトスに銃の話をしていくという微妙にめんどくさい事をする。

レムコトス「へぇ、一応は対衝撃ゲルで発射反動を軽減できるんだ。というか5gの弾丸を10000m/s超でぶっぱってやばくない?」
ネイナ「撃つ相手がニンゲンじゃなくてやったら堅いPOTもどきって奴だからこれほどの速度が要るんだってさ」
レムコトス「POTもどき? ああ、あのめっちゃ沢山湧いて来ていろんな場所で大被害を作ってる奴でしょ。あれめっちゃ堅いんだ」
ネイナ「実際、すっごい堅いらしくてベーカーライフルの弾がアレで止まっちゃうんだって。あと物理改変も効かないみたい」

オリジナルのネイナにとってはアメジストとヒトガタのネイナから聞いた話なので確証を持っているのだが、それらとの関わりはこのレムコトスの友人や他の人達には持って居ないという事になってるので又聞きしたような内容にして言い換える手間を取らされてるように感じさせられる。ところで素の知能が高めなレムコトスを相手に嘘をつくのは結構な技量と知力が要るそうだ。

レムコトス「物理改変が効かないって言うともう完全にこちら側にとっては知らない異世界か異次元からの何かになってるのね。……そのアクセにしてる空薬莢?みたいなのは何?」
ネイナ「空薬莢だって聞いたよ。中型拳銃用のやつみたいだけど結構でかいよね」

あと(女だからなのかもしれないが)ちょっとした変化でもすぐ気付くので今日新しく付けたアクセサリーなんかもすぐに見つけて来る。さっそくキーチェーンの飾りに加工した空薬莢に目を付けられた。
ヒトガタのネイナがなんとなく拾った空薬莢をそう加工したのだ。

レムコトス「それもしかしてあいつら由来のかな?」
ネイナ「そうだね、POTもどきの残骸にくっ付いてた銃から撃たれて排出されたものみたい」
レムコトス「あたし、装置を比較的自由に使える研究室に配属されたからそれをくれたり貸してくれればどこ由来なのか調べられるよ」
ネイナ「じゃあこれあげようか? まだ同じのがあるし」
レムコトス「わぁ、ありがとー。さっそく調べて来るね」

底部に「.32ACP」と刻印された空薬莢を使ったアクセサリーをレムコトスの友人に渡すと彼女はさっそく走って自分が配属された研究室へと向かっていく。
その姿を見送ったオリジナルのネイナは調べものを続けて行く。

ただ……どマイナーも良い所の小国なので文献は極端に少なく、国の外務省が記録している古いデータの写しとかくらい。他にあるとしたら社会に対する悪口でネタにしているようなクソ記事に触れられているか、あるいはロボットとAIに関する専門書の中で強烈な疫病がある環境下での運用例として取り上げられているくらいだった。

ロボットの専門書でも取り上げられている通り、入植から80年の間は年代物のPOTや自律重機などを使った生活基盤作りが主でそれは殆どの場合、疫病に対する抵抗力を付与する為の医療的な研究に費やされた。どんな人類種も3ヶ月以内に殺す地獄の星々というのは伊達ではなくその星々の開拓は簡単ではなかった。
この星々で蔓延る疫病の原因になっている病原菌は今でもその正体が分かっていない未知の存在であり、あのシヴィタリアンでさえも「わからん」と匙を投げるようなものだった。

この疫病の原因である病原菌はあの星々がある銀河系全体に蔓延っており、同一の種が人類の手を使わずにあれほど広範囲に蔓延っていることから「古代の人類種殲滅ナノマシン群説」や「超時空生命体説」、あるいは「未来から送り込まれた生物兵器説」とか「想像もできないような新しい生物種説」とかが好き勝手に語られている。
でも致死率に対して感染力が強過ぎるので生物兵器やナノマシン兵器とは考えにくいし、かといって何故か隣の銀河系では見られない。
あと、銀河系全体に蔓延ってるのにワープしないというかワープ能力が無い。力業で超光速移動していると見ようにもそのような挙動は見えないし、何よりも不可解なのは通称である。

この疫病の通称は「爆死病」ないし「焼死病」だ。
初期症状は発熱と咳、それから軽症レベルでは全身または身体の一部がI度相当の火傷が現れる。重症レベルになると酷い火傷が全身に現れてしまう。
特に酷い場合だと「爆死病」や「焼死病」の通称通り、爆発したり炎上したりするという凄まじい疫病だった。
これは人類種に限らず、さまざまな動物でも感染するし発症し、通常は体温調整しない爬虫類や昆虫などでも現れ、しまいには植物でも感染する為、この銀河系では山火事や謎の爆発がしょっちゅう起こっているんだという。


また、当時は何があったのかこれらの驚異的な疫病の存在は隠されていながらも上層部では知れ渡っていた形跡があり……それを良い事にいろいろな宇宙都市から社会福祉を負担と考えている人やAIにとっては都合よく要らない住民やロボットを捨てる場所として使い始めた。
ただそれは10年も続かず、何かしらの理由で続けられるような上手く行くモデルではなかったようだ。

そこから70年、つまり入植開始から80年目になった時にふらっと何も知らない開拓者達の集団が入って来ていきなり王国をつくった。その時にはもう既に恐ろしい疫病はなりを潜めており、だいたいの人類種は住める様になっていたという。入植開始時と80年目との違いは特定の星々から恐ろしい疫病が不活性化しただけ、やはり社会の負担を減らそうと住民を捨てるように入植事業を行う輩によるものだった。

疫病が無くなった後、入植した星々はただちにどこかしらの企業のプランテーションを行う場所へと変化しようとした。いつものアレ、いつものように奴隷を使ってカネをほじくり出す鉱山のような場所にしようとしたのだが突然にして開拓民がどこからかともなく大量のPOTを入手して企業を追い出し、唐突に謎の人類種を国王とする絶対君主制国家が出来上がった。
その時の戦いは凄まじく、恐ろしく古いPOTだったのにも関わらず企業群が雇っていたあらゆる兵器を圧倒し、通信を寸断して一気に殲滅したという。

ただ、その後はごく一般的な共和国へと移すような流れになり、いつの間にか共和国になっていた。普通、こういうヤバい将軍みたいな連中は居座って老害そのものになりがちなのだが何故かすんなりと共和国へと変わっている。
そこからは徐々に人口の増加に合わせて生活圏を広げていく小さい国になっており、それが6年前に敗走した傭兵企業の艦隊によって潰されたとのことだった。

ネイナ「なんか変な国ね……」

動画資料もまだ残っていた。その多くは敗走した傭兵企業の艦隊が出してき海兵隊との戦いだった。
街の様子も見える。すごい古い形式の戦車を象ったブロンズ像が目立つ場所に置いてある街。異様に広い道路で展開した警察機動隊と殴り合っている傭兵企業の海兵隊。知らない疫病を前に次々と死んでいったのであろう死体の山を燃やす光景。地雷とトラップしか残ってない街……。
極めつけに拉致したのであろう女子供が一斉に大爆発して数百人の傭兵を粉々に吹き飛ばして呆然と立ち尽くす造駆とPOTしか残らなかった映像。
――あの場所には狂気しかない。

なんかのプロバガンダとして、「極悪非道な独裁国家に正義の鉄槌を下す」とかの名目で流していた映像なんだろうか。今となっては何が起こっていたのか分からないがおそらくこのようなことをやられるようなことをしていたんだろうな、と感じた。
どうにも初手から小国側は負けるのを承知であまり抵抗はせずにどんどんと逃げていてその間に最大限にかつ徹底的に痛めつける為に自爆する女子供を置いて行っていたようだ。
そのため、攻めていた傭兵企業の艦隊は重度の心的外傷を負って精神疾患を患った傭兵で蔓延してどうしようもなくなっていた。

陸戦POTを使えば言い訳でもなく、今度は少年兵や普通の民兵を模した「ヒトガタ爆弾」やイエネコやインコなどのペットを模した「ぬいぐるみ爆弾」なるものを巡航ミサイルや徘徊型兵器のように大量に撒いてAIの学習に悪影響を及ぼすようにして動くもの全てを殺すようになった狂ったPOTを戦いながら育てるなど言葉にもしたくない狂気が蔓延っていた。
さらに悪質なのはこの時使われた「ヒトガタ爆弾」や「ぬいぐるみ爆弾」はニンゲンなら見分けがつくようになっていたため、重度の精神疾患を抱えた傭兵を延々と出し続けなければ無かったという。

結果としては小国は敗北したが、傭兵企業の艦隊に残ったのは荒れ果てて触ると悪い事が起こるトラップに塗れた街と深刻な疫病と終わらない悪夢にうなされ続ける傭兵とAIだった。
疫病のせいでプランテーションは不可能になってしまい、利益は出ないし、惑星に傭兵達やいろいろな兵器を隔離するハメにもなった。
以後、触ったら酷い事になる毒の星々として誰も近寄らなくなっていた。

オリジナルのネイナは現時点で分かった情報をまとめてヒトガタのネイナに向けて噛み砕いて話す事にした。
しかしヒトガタのネイナはこの危険な星々のどれかに用があるらしく、行かなくてはならないようである。もしかするともう会えなくなるんだろうな、と心のどこかで考え始めるのであった。
……自分の分身なのだが。


昼休みになって食堂にて昼食を取っているとレムコトスの友人がオリジナルのネイナに駆け寄って来た。

ネイナ「結果でたの?」
レムコトス「この土地由来だっていう結果は出たんだけど……その、うん」
ネイナ「何故かめっちゃ堅いとか」
レムコトス「それもあるけれど何よりも物理法則体系の数が凄まじいし、分子構造ももう美術品めいた機械みたいなものになってた。それでいてこの世のものではない物理改変阻害処理がかかっているからますます謎だったよ」

素材はともかく使われているのはやはり異世界由来の技術だったようだ、と言いながらレムコトスの友人は昼食として頼んだのであろうあんまり美味しくなさそうなにおいがするものを食べ始める。
尤もオリジナルのネイナにとってはあの狂った異世界由来の技術であることは分かっていたものの、そのことは顔に出さないようにする。
ただ、この世界にある物質であそこまで圧倒的な性能にできるとなると、異世界の技術と言うよりは未来の技術に相当するものなんだろうか。

ネイナ「そうなるとどんな技術なのか、って言う所が焦点になりそうだね」
レムコトス「あの見かけによらず高い技術力があるのを感じるし、下手に強いと思ってる兵器で対処するとコピーされちゃうかも。まぁ、あたしが戦う訳じゃないけどさ」

オリジナルのネイナはなんとなくヒトガタのネイナが見てきたであろう光景を想像できているが、何にも知らないであろうこのレムコトスの友人にはどんな戦いなのか想像できないし想像もしたくないのだろう。
実際の所、オリジナルのネイナもあの狂った異世界の連中がどんな技術を使っているのかは想像さえできない。ただ言えるのは回帰的な結果になりがちだと言う事だった。

 

5.戦列艦隊を抜けて

ようやく概ね元通りになった所でヒトガタのネイナは他の乗組員と共に船内の食堂とキッチンが一緒になってる部屋で食事をしていた。
ヒトガタのネイナにとって今の所は食事が一番つらい時間だったりする。というのも本来の身体では即効で太りそうなレベルの量の食事を摂らないとどんどんと痩せて行くのだ。よく噛まないと消化に時間がかかってしまうし、よく噛んでると当然だが顎が疲れるのである。その年齢がずいぶんとありそうなヒトガタ造駆の女はヒトガタのネイナ以上に食事の量があるのになんとも普通の食事なのかのように食べて行くのを見てなんか違う種族になったんだな、とヒトガタのネイナは思わされた。

機関士「ヒトガタっつーか造駆もいろいろあるんだね」
ネイナC「もしかして沢山の食事を必要としないヒトガタも居るんですか」

宇宙都市ではまずお目にかかれない生鮮食品を使った料理として出された“マアジのステーキ”とかいう謎の魚肉ステーキ(塩と醤油と大根おろしがかかってる)や作るのがちょっとめんどくさいらしい白飯を食べているところで造駆の話、というかご飯事情的なのが出てきた。
正直な所、沢山食べることを強要されているふうに感じてるヒトガタのネイナにとっては食べなくていい仕組みがあるのか気になった。

船長「少しの間雇っていた重機みたいな造駆がそうだったんだけど身体のどっかに給油口みたいなのがあってそこから液体栄養剤を燃料や機械油みたいに入れるタイプもあるよ」
ネイナC「それ食べてる気がするのかな……。でもちょっと羨ましいかも」

やはりというか燃料みたいに直に入れるタイプというのがあったようである。ただ話をしている船長はあんまりいい顔をしていない。

船長「でも雑菌が繁殖しやすくて衛生的ではないから定期的にお掃除が要るよ。というか、掃除してても給油口から雑菌が入って敗血症みたいなの起こして死んだ造駆を何体も見たよ。めんどうだけれどちゃんとお口から食べるタイプのほうが病気に強いみたい」
ネイナC「うへぇ……」
ヒトガタ女「私のところだと給油口タイプは衛生管理が無理だからで採用してないわね」

ヒトガタのネイナは給油口のほうが良いかと思ったが病気に弱いという所を聞いてやっぱりいいやと思うのであった。特に今のように未開惑星と聞いた星に行くのだからなおさらである。

船長「今向かっている星はそういう危ない星だから本当は造駆系は一人たりとも行かせちゃダメなんだけど、マチノさんとネイナさんは病気に強いモデルだからOK貰えたんだよね」
ネイナC「そもそも病気に強いヒトガタというか造駆って珍しいんですか?」
ヒトガタ女→マチノ「素体を基に改造するタイプが圧倒的に多いヒトガタ造駆は比較的病気に強いんだけど一から造成するタイプの造駆は病気に弱いのよ。それでもコロニー民は病気に弱くなりがちだからどのみち珍しいんだけれどね」

造駆のご飯事情から病気の話に続いて食事を食べ終える頃に病気に強いからということでヒトガタ造駆の女もといマチノとヒトガタのネイナはOKを貰えたという話を聞かされる。
やはり病気との戦いは今も続いているんだろうか。


高速貨物船が目的の惑星がある恒星系に入ると減速し始め、徐々に超光速から遷光速まで下げて行く。だいたい半日がかりで惑星の公転軌道に入って惑星に降下するか惑星の衛星軌道にある宇宙港に入る手筈だ。軌道計算を行うとちょうど木星のような惑星を横切るあたりで夕飯の時間になるとのことだった。それまでは恒星系外縁部を延々と遷光速で飛ぶ格好となる。

船長「静かな宙域ね、今じゃもう珍しい」

船長はレーダーを見ながらそう呟いた。

船長「いつもならどこにでも大小いろいろなコロニーがあっていろいろとうるさかったけど、今はそれが恋しいわ……、……?」
航海士「……ああ、うるさくなりますよ。7000AU先に戦列艦隊がいます」
ガンナー「位置情報送信システムからの識別コードが出ていません。海賊か作戦行動中のPMC艦隊です」

しかし、ちょうど誰なのか分からないが軍艦で構成された艦隊があった。船長は備え付けの双眼鏡を起動してその方向を覗く。

船長「シヴィタル系の生体艦艇が主力の艦隊、かなり古い年代のやつね。でも武装はオリジナルのまま……いや、数隻は少し旧型の索敵装置が載ってるわ」
航海士「シグナル切りますか」
船長「シグナルはそのままにしておいて。艦隊を迂回して通過しましょう」

船長は兵装制御室と機関室に指示を送り、引き続き双眼鏡で艦隊の動きを見つめる。
ヒトガタのネイナとマチノは左舷と右舷に分かれて待機する。

航海士「……っ! クラゲ魚雷(自爆型生体航空機とも言う)8本の飛来を確認! ガンナー、迎撃して! 総員宇宙装備!」
ガンナー「りょーかいです」

船内で砲声が響き始め、リンクした双眼鏡の映像で防御POT5機を展開しながら35mm砲で迎撃しているのが見えた。今回は一つたりとも到着を防げたのか宇宙空間で爆発する肉片が見えた。
ヒトガタのネイナは宇宙装備を着込み始める。

船長「敵の生体艦は超光速戦黎明期の兵装ね。本当なら超光速域に上げて振り切った方が良いけれど……」
航海士「旧式化が甚だしいから機雷みたいに置いてるんでしょうね。あ、生体艦が散開、進路を塞ごうとしています」
船長「機関室、速度を1.08cへ加速、その速度維持して。戦列艦隊の隙間を突破するわよ」
ガンナー「亜光速粘着榴弾による弾幕が来ます!」

数機の防御POTで亜光速粘着榴弾のほとんどを防ぐがいくらかは船体に着弾して爆発し、激しい金属打撃音を船内に轟かせる。傷はつかないしひしゃげもしないが耳が一時的に麻痺してしまう。
そしてヒトガタのネイナの目の前を船外殻だった剥離した破片が物凄い速度で横切った。

機関士2「船体外殻損傷! リペアドローンを向かわせます!」
ネイナC「今なんかの破片が飛んで来ましたよ!?」
船長「対衝撃ゲルに防弾性が無かった時代の武装なだけあってやはりこうなるわね」
ガンナー「進路上に白兵造駆多数! 1門じゃ間に合いません!」
船長「ネイナ! 破片が飛んできた場所を警戒して、奴はそこを狙うわ!」

ヒトガタのネイナが大剣を構えて待機しようと大剣に触れたその瞬間にシャコの鋏と液体ロケットブースターめいた器官を持った甲殻部位を備えている触手のようなものが船体構造を貫いてきた。
すかさずヒトガタのネイナは大剣を超音速で振り降ろして叩き潰し、焼き切った。この感触からどうにも焼かれるまでは防御力がある触手のようだった。そこまで軟じゃないだろう。

すぐにでももう何本かの破砕用の触手がこじ開けるように貫いて穴を広げると白兵造駆と呼ばれた生体兵器が船内に入り込んできた。装甲化カルシウムと対衝撃ゲルを数百層と重ねた装甲殻で覆われた正面、上に100mmくらいの迫撃砲みたいな骨、防弾ガラスのように分厚い角膜に覆われた眼が見える。甲殻類と頭足類を組み合わせたような見た目ながら焼き切った触手からにじみ出るのは真っ赤な血。
白兵造駆はヒトガタのネイナを見つけると迫撃砲みたいな骨から爆発する肉塊を発射してきたが、その速度は亜音速でしかない。もう7000m/sや9000m/sでも遅いと言われる戦場を抜けたヒトガタのネイナには大剣で防ぐ事も容易だった。

大剣に肉塊が当たって起爆すると衝撃を熱に変換する一種の装甲材のようなもので出来ている大剣がオレンジ色に輝き出し、ヒトガタのネイナは飛びかかって白兵造駆の装甲殻に大剣を突き刺した。衝突時に運動エネルギーが伝わるよりも素早く熱エネルギーが装甲殻と対衝撃ゲルに雪崩れ込んで炭化と蒸発を繰り返しながら大剣の刃が入って行くと装甲殻が発生した高圧ガスに耐えられず破裂して燃え上がり、体組織に侵入すると今度は触媒反応によって激しい燃焼――爆発するように燃え上がった。

ネイナC「突入した白兵造駆を始末しました」

ヒトガタのネイナは真空状態にも関わらず炎を上げる白兵造駆だった残骸を蹴飛ばして宇宙空間に放り出し、次の敵に備える。ガンナーからの通信で船に穴が空いたことで砲撃が止んだそうだ。その代わりに白兵造駆類を移乗させようと生体艦が肉薄してきたという。一応は中身を奪おうと躍起になっているんだろうか。
船の穴から宇宙服の視察装置越しに画像処理された映像を見ていると確かにコルベットかフリゲートサイズの生体艦が並行して飛んでいるのが見えた。

船長「本格的に移乗攻撃を仕掛けるつもりね」
ネイナC「何が来るか分かりますか」
船長「造駆しか居ないわね。まぁ、うちも造駆しか戦わせてないけど」
ネイナC「あの、レーザー持ってるとかそういうの」
船長「さっきのよりは弱いのしかいないよ。めっちゃ数が多いけど」

装甲殻の模様が見える距離まで近寄ると本来は係留用の3本指が付いた太いロープめいた触手みたいなものをこっちの船に伸ばして掴んできた。そこを人間よりやや大きめの対人造駆とでも呼べる何かがわらわらと伝って突撃してきた。

船長「来たわね、シヴィタル至上主義者御用達の対人掃討造駆群が」
ネイナC「なにそれ絶滅作戦にでも使うんですか?」
船長「実際、目的の惑星でそういうふうに使うつもりだったわよ。諸々の反対の中でゴリ押しで進めたのに旧式だったから無慈悲なタイミングで疫病が流行って大失敗したんだけど」

ヒトガタのネイナは穴から船外に出て大剣を触手に振り降ろして燃やしていった。本来は燃えたり引火したりしない生体物質らしいがヒトガタのネイナが振り降ろす大剣に使われている金属は衝突時の運動エネルギーを熱エネルギーへ、熱エネルギーによって電子を超光速で叩き付ける事によって分子間構造を無慈悲に叩き割って行く。「電子は棍棒」とでも言わんばかりに火の手を上げて触手を導火線のように燃やしていく。生体反応するなら燃えないものはないとまざまざと見せつけるように向かって来る対人造駆群を焼き払っていく。

ガンナー「移乗攻撃は諦めたみたいね。でもまた白兵造駆が……いや、もう右舷からも生体艦が来てる!」
船長「機関室! 私が合図のベルを鳴らしたら速力を1.03cに減速しつつ上昇!」
機関士「急減速になります! 衝撃に備えてください!」

ヒトガタのネイナは船内の手すりに掴まり、急減速に備えた。引き付けた所で速力を落として挟まれるのを回避するつもりなんだろうか。
穴からは炭化して真っ赤に燃えている触手の残骸と急接近してきた生体艦が見える。

船長「3、3、2、1、……っ!」

艦内をベルが鳴り響き、穴から見えた生体艦が前方下にすっ飛んで行き、衝撃が来た。
前に衝突した生体艦2隻がすっ飛んで行くのをしばらく見た後、船は戦列艦隊を抜けたことが告げられた。


戦列艦隊を抜けるとまた静かな宇宙が広がっていた。
そんな中でヒトガタのネイナは貨物室から真空化した通路を使ってリペアドローンに修理用資材を運んでいた。

ネイナC「ふぅ、やっと抜けたのね……。ん……?」

ふとヒトガタのネイナは船の穴から何か小さいモノが飛んでいるのを見つけて宇宙船の視察装置を弄って何が飛んでいるのか覗いてみた。
……そこには遷光速で飛んでいるはずの高速貨物船と並走している耳で飛んでいるへんなウサギみたいな生き物が。すかさずヒトガタのネイナはその映像を撮影し始めた。

ネイナC「なんなの……。なんなの……?」

しばらくへんなウサギを見つめているとそのへんなウサギがヒトガタのネイナを見つけて高速貨物船に寄って来て……穴に飛び込んできた。

ネイナC「ウサギ!?」
機関士2「あれ、ネイナさん錯乱してません?」
ネイナC「耳で飛んでるへんなウサギが飛び込んできました!」
機関士2「ああ、錯乱して……ああああっ! ミミトビバリスタンっていうUMAだ!?」
機関士「マジッ!? 早く穴を塞いでエアロックして!」

なんかすっごい安直な名前を聞いたがまぁそうとしか言いようが無い姿だった。大きな耳とふかふかした尻尾と脚が目に付くへんなウサギがなんか興味津々に歩き回っているのを見ながらリペアドローンが船の修繕を終えるとヒトガタのネイナはミミトビバリスタンと呼ばれてるへんなウサギを抱きかかえて通路に向かう。
ここで空気を入れればあとはブリッジとかに繋がる。つまり、この訳分からないウサギとのふれあいタイムになるんだなとヒトガタのネイナは思った……。

木星型惑星を眺めながら夕食を済ませたヒトガタのネイナとマチノはミミトビバリスタンの遊び相手になっていた。
危険な猛獣であるあのType15系と同系統の生物なのでお触りならともかく遊ぶというのでも警戒すべき相手になっているのだ。
そうはいっても間近で動いている姿は珍しいのか船の操舵をAIに任せて乗組員達は通路で遊んでいる光景を眺めていた。

みみとびばりすたん「にゃー」

けれども普通の動物みたいに遊ぼうと思えば遊べる相手だったのでここぞとばかりに癒されていた。遊びと言っても船内の通路でミミトビバリスタンを投げ飛ばしてそれをキャッチするというものだったが、それでミミトビバリスタンは満足のようだ。
ところで翼を持って飛ぶ動物は空力中心より前に重心があるのが普通だ。けれどもミミトビバリスタンは空力中心よりずっと後ろに重心がある。なので飛ぶのが極端に難しい筈なのだが、ミミトビバリスタンはその不安定さを活かして凄く変な飛び方をする。投げられる度に違う飛び方をしていて見ていて面白いがキャッチがとても難しい。
バレルロールしたり、スピンしながら飛んでたり、後ろ向きに飛んでたり、……思い出したようにまっすぐ飛んだり。

マチノ「どう飛ぶかはこの子の気分次第ね」


遊んでシャワーを浴びて眠りに着くと目的の惑星の衛星軌道に着いていた。なんかしれっとミミトビバリスタンが乗ったままだったが「まぁ、宇宙生物ってことで」と船長は適当に済ますことにしたようだ。
そのまま大気圏に突入して急減速しつつ、草原の真ん中に設営された宇宙港に降下していく。

マチノ「ああ、まだ軌道エレベーターが建造されてないのね」
航海士「話によると建材の調達が難しいとかで計画さえ立ってないんだって」
船長「これだから珍しい食材を扱う仕事には上陸装備が要るのよね……」

人工重力発生装置の発達と普及に伴って宇宙都市がよく造られるようになり、その出入り口に無重力港様式を採る事が多くなった。そのため現代の宇宙船は宇宙空間や超時空間を動ける機動力があっても惑星から宇宙へ飛び立つ為の機動力を持たないケースが一般的となっていた。
何もそのような法律がある訳ではない。ただ単純に航空機が宇宙や水中を飛ぶことが出来ないようなものだった。大気中行動能力がなかったり、宇宙と比べて汚い惑星上に降りると何かしらの不具合を食らうような状態になっていたのだ。

惑星上はノキノシタ区やリャオトンよりも圧倒的に汚い環境だ。それは宇宙の民にとっては想像を絶するほどのものだ。
大気中にも地面にも細菌やウィルスが培養地のそれのように大繁殖して未だに新たな疫病と毒と薬を創り続け、雨風はどんなに優れた建造物でも100年以内に全て削り潰し溶かし尽して消し去って行き、最後には野生の植物がその息の根を〆る。長い長い年月のあいだ変異抑制剤によって保存されてしまった多くの人類種にとって現代の惑星はその殆どが毒性が強い星々になっていた。だからこそテラフォーミング技術が注目されたという背景があるのだが……。
(生命が居ない惑星をテラフォーミングしたほうが衛生的だし、野生動物との戦いも少なくて済む)

マチノ「ネイナ、あなたって自分がどういう人類種なのか知っているかしら」
ネイナC「言われてみれば考えたことがありませんね……。なんか耳の前にニワトリのトサカみたいなの垂れてるし、牙が生えてるし、眼にタペタムが入ってるし、遺伝子検査するとヴァメロ5:地球人(ヒト)25:不明70って出るし……」
ガンナー「なんかメジャーどころのヒト型人類種の要素全混ぜなのかな? まぁ、私達も似たようなものなんだけど」

そんな中、ネイナは(ヒトガタもオリジナルも)なんか混血が極まっているものの今風の免疫力がある謎人類種だったので惑星に降りる事が許可されていた。
ところで乗り込んでいたがずっと半冬眠状態だったヤクザの人員をそろそろ起こす時間になってきた。ただ、彼女は変異抑制剤で保存されていたような宇宙の民であったため、惑星に降下するとしてもこの高速貨物船の中から何か通信して取引する手筈になっていた。

亜光速から極超音速へと速度を落とした頃には大気圏に突入していた。そこから見える惑星の景色はごくごく一般的な地球型とされるものだった。緑色の植物が生い茂り、昼間は青い空に覆われている。白い雲も見えるし、積乱雲のような分厚い雲もある。なんてこともない普通の惑星だった。今やこういう普通の星でさえも毒の星になってしまった。

船長「管制塔、本船は揚力翼が無く、降下速度と降下角度が危険域となっているため、一度惑星を数周して降下角度を緩くします。……えっ、危険空域があるからこの軌道で降下!? ああ……んもぅ……」

マスドライバーがある空港のような宇宙港に高速貨物船が降下していき、しばらく惑星を高高度から旋回しつつゆっくりと降下角度を緩めながら着陸用滑走路のように見える場所へ向かっていく。その宇宙港は名ばかりで地下施設が無い、大昔の空港にマスドライバーを付けただけの代物だった。

ネイナC「あの、なんか降下の仕方がおかしくないですか?」
ガンナー2「螺旋降下ってやつだよ。惑星上に危険空域があって周回による減速が出来ない時にやるんだけど……普通は揚陸艦や輸送機とかがやる軌道なんだよね……」
機関士「このGだったら重力装置を切っても慣性で疑似重力になるかな?」

なんかぐるぐる回る変な降下の仕方で降りて行ってようやく宇宙港に入港できた。
港に着いたから積み荷を降ろすのかなとヒトガタのネイナが思っているとやはり積み荷を降ろす作業に駆り出される。
そして暇なのか船の中からミミトビバリスタンが出てきて宇宙港を飛び回り始めた。やはりどう見てもへんな生物である……。

「一応聞くがこいつらに戸籍はないだろうな」
船長「調べた限りでは戸籍に登録されてないわ。業者の言葉を信じるなら、ね」

ネイナC「そういえばあの子供達って何に使うんですか」
マチノ「聞くのは止めておきなさい、どうせろくでもないんだから」
「実際ろくでもないぞ。別の業者に頼んで訓練して兵士にするんだからな」

積み荷を降ろす作業をしている時にヒトガタのネイナは思わず眠っている子供達を何に使うのかと港で作業しているヒトガタに聞いていた。
ろくでもないと言われた後にそれを聞いたヒトガタのネイナは……

ネイナC「んっと、訓練を積んだ兵士って言うと銃を持って走ってたまに塹壕掘って戦う方ですよね?」
「まぁ、そのつもりだが」
ネイナC「あ、思ったよりは普通でした」

ヒトガタのネイナにとってはなんだかろくでもない使い方には見えなかったような反応をした。

マチノ「ネイナ……何を想像したのよ……」
ネイナC「なんかいたずらに強い銃持たせただけの戦列歩兵にでもするのかと思っちゃった」
「ノキノシタでそれをウサギ相手にやってあっという間に全滅した話を聞いてたからやらんわい」

かつて戦線に出たときに何を勘違いしたのか本当に数の暴力をやろうとしたことがあったのを見たことがあったからだ。
結果は一回の阻止砲撃で20万人が全滅という凄惨なものだったらしいが詳しい事はヒトガタのネイナはあまり知らない。

しばらく知らない子供達が収まったコンテナを積み降ろし終えると入れ替わりで生鮮食品が詰まったコンテナを積み始める。
ブドウ、レモン、タマネギ、コメ、ニンジン、レタス……、食品というよりは食材だ。コショウやグローブなどの香辛料も見える。他には鶏肉や鶏の無性卵も見えた。

最後の一つを高速貨物船に積み込むとヒトガタのネイナ含めて高速貨物船へ乗り込んだ。日帰りの船旅なので何かと忙しくなる……。
ミミトビバリスタンも乗って来た、……どこで捕まえたのか全長2mほどのサバに似た潮くさい魚を持って。

みみとびばりすたん「にゃー」
ネイナC「え、どうしよ……。ご飯にして欲しいのかな?」
みみとびばりすたん「にゃーっ」
ネイナC「あの、これ船でさばけますか……?」

なんかヒトガタのネイナに差し出すように魚を持ってきているミミトビバリスタン。状況がよく分からないが船長はミミトビバリスタンに手で合図を送ると魚を持っているミミトビバリスタンはふわふわ浮いて船長について行った。
その頃に船は離陸をし始め、かなりきつめに旋回しながら上昇していった。その間に外に出た乗組員達は浴室で消毒を行い、それからミミトビバリスタンが持って来た魚を食材にするために厨房が騒がしくなっている。


消毒を済ませたヒトガタのネイナはなんか食事を取ってる場所に入り、そこにある椅子に座って携帯端末を開いて何かしれっと撮っていたミミトビバリスタンの写真と動画を整理し始めた。

マチノ「それにしてもよく分からない生物ね。バリスタンって付くからあのウサギと同族なのかしら」
ネイナC「顔はバリスタン系ですけど大きさと動き方が全然違うんですよね……。でもあのウサギの子供って見たことがありませんし、もしかして子供の内は飛んでたりして……」
マチノ「そういえば男も生で見たことが無いのよね。いつぞやの会談の様子を映した写真に写っていたこのふかふかがバリスタンの男らしいんだけれど……」

そういっていつの間にか隣に座って来たマチノが同じく携帯端末を取り出してヒトガタのネイナに写真を見せてきた。何かのニュース記事の画像として使われている写真だそうだが端っこに分厚い装甲板で出来ているようなヘルメットを被ったすごくふわふわもふもふしてる獣人が居てこれがバリスタンの男らしい。

ネイナC「対比がよく分からないけど、ちょっと身長が低いんですね」
マチノ「一応はこういう種族みたいなんだけどあんまり居ない、レアな種族みたいなのよね」

みみとびばりすたん「にゃー」
ネイナC「ん、どうしたの?」

何かのんびりしていると厨房からミミトビバリスタンが飛んで来てヒトガタのネイナの前に降りてきた。誰かに洗われた後なのか石鹸のにおいが少ししてる。
飛ばない時は耳としっぽがとても大きいウサギみたいな生き物に見える。
そのもふもふした毛並みを撫でているとなんとなく癒される気がする……。

重力装置が有効化されたことを知らせる信号灯が灯った事で惑星から飛び立ったのを確認できた時に魚料理を中心とした食事が並べられ始めた。
あとは何事も無く、ノキノシタ区の港まで航行するだけだった……。

 

6.珍獣が空を舞うとき

何事も無く、高速貨物船は生鮮食品をあの惑星からノキノシタ区に持ち帰る事が出来た。
結局、船に乗りこんで来たミミトビバリスタンもここに持って来てしまったがバリスタン系は生身でテレポート移動が出来るそうなので飽きたらまたどこかに飛んでいくのだろうとヒトガタのネイナも他の皆も気楽に考えていた。

ふかふかもふもふとしているミミトビバリスタンを抱きかかえながらヒトガタのネイナは治安が良くなさそうな街を散歩がてらに歩いて行く。
ただ、あの船の乗組員とヒトガタのネイナを所有しているヤクザの皆はこのミミトビバリスタンをそこまでの脅威では無いと考えているが一般の人々は何やら劣化バリスタンを見るような目をして身を隠したり、凄く距離を取ろうとしていたりと何か怯えている。
無理もないだろう、地理的に隣にあったマフィアを一匹で潰したり、ほんの数匹で甚大な被害を出すような恐ろしい猛獣……の子供なのかもしれないのだから。
ただ、このミミトビバリスタンは劣化バリスタンには無い劣化じゃないバリスタンに見られる特徴があり、手足の甲の部分に鈍色のトゲが見える。

この状況でこのミミトビバリスタンを飛ばそうものならパニックになるのかもしれないのはヒトガタのネイナでもわかった……。が、それでも何となく飛んでる所を見たい気持ちもある。飛ばすと心なしか飛んだ所がきらきらと煌めくのでなんか神秘的にも見えるのだ。それと何でかミミトビバリスタンの毛はまるで宝石のように煌めいている。劣化バリスタンの毛は宝石の一種であるコランダムで出来ているのでこのミミトビバリスタンもそういう毛なんだろうか?
それはそうと街に入ってからというとミミトビバリスタンは子猫みたいな鳴き声を発しなくなった。そればかりかなんか煩そうに小さい手で耳を塞ごうと抵抗している様子が見える。
バリスタンは無線通信で会話することがあるらしいので彼らにとっての「騒音」が酷いのだろうか。

しばらく散歩をして(多分)仮住まいにしてる集合住宅みたいな場所に来ると抱えている腕の中でミミトビバリスタンがもぞもぞと動き始めた。そろそろ降りたいのだろう、と受け取ったヒトガタのネイナはミミトビバリスタンを前に放り投げた。
やっぱり飛んだ所がなんか煌めく。耳を広げて着地した彼はヒトガタのネイナに向き直ると小さい手を振った。さようならのジェスチャーだと思ったヒトガタのネイナは同じく手を振った。それを見た彼は跳び上がって耳を広げてどこかへ飛んで行った。
ミミトビバリスタンはノキノシタを飛び、そのまま都市区へ向かって飛んで行った。


都市区の上空を飛んでいるミミトビバリスタンはノキノシタ区の暗い雰囲気を抜けて普通の住宅街かオフィス街とも取れる構造群を下に見ながら抜けて来た。
そして、密度がそれほどでない市街地を見たミミトビバリスタンは急降下してその間を抜けるように飛び始める。亜音速まで加速したら後は慣性で滑空し、路面すれすれまで相対高度を下げたり、曲がり角で鋭角ターンをしたりして奇妙な飛び方で市街地を飛んでいく。

まさかそれが発見されない訳も無く、にわかに街が妙な騒ぎに包まれ始める。耳で飛ぶ上にそれが凄い速度でへんな飛び方をするものだからかなり目立つ。それでもミミトビバリスタンにとってはなんとなく飛んでいるだけ。ただ、飛ぶのを楽しんでいるだけなのである。
そんなところに飛ぶのには最低限ひろびろとしている領域がミミトビバリスタンの目に入った。


今日もオリジナルのネイナはなんとも退屈そうに講義を受けていた。今日のも必修科目なので退屈ではある。尤も義務教育期のときの授業よりはずっと頭に入るし、言うほど退屈なわけではない。
でも興味の無い事柄を頭に入れろというのは苦痛でさえある。実際に口に出したら非難の嵐を浴びる事になるがSIGがB-65に対して面倒でしかも微妙に不利益な条約を結ばせただとか戦没者の遺族に対する補償を怠っていたとかそんな事はオリジナルのネイナにとってはわりとどうでもいい。

相変わらず隣に居るレムコトスの友人は渋いおっさんの絵描いて一人で盛り上がってるし、反対側に居るちょっとしか話したことが無いバージンなフラメルはどういうわけか難解な文字が使われている資料を眺めてる。いつも後ろに居るワカメたちはずっと麻雀を打ってる。あんまり良いとは思えないがいつもの風景である。

ふと教壇に目を向けるといつもなら資料が載ってる教卓に耳と尻尾がとても大きいウサギっぽいぬいぐるみが鎮座していた。

レムコトス「アレ……もしかして……」

同じタイミングで教卓に目を向けたレムコトスの友人もあのぬいぐるみを見て例のUMAかと認識したようにオリジナルのネイナに小声で呟いた。
なんやかんやとおしゃべりしている声も聞こえなくなったのを感じる。バージンなフラメルは突っ伏して寝ているフリをしているが何かビクビクと怯えている。
あんなぬいぐるみなんかどこにも売ってないし、なによりもほんのさっきまではなかった物体なのだ。

というか、ぬいぐるみではない。
呼吸しているかのような動きがあるし、なんならその円らな目が瞬きをしている。

オリジナルのネイナはなんとなく携帯端末を開いてヒトガタのネイナから送られてきたミミトビバリスタンの動画を隣のレムコトスの友人と一緒に見始めた。
よりにもよって再生した動画は超光速航行の船の穴にミミトビバリスタンが飛びこんで来た動画だった。
動画のミミトビバリスタンとまったく同一の特徴を持ったふわふわした何かが教卓に居る。
講義で喋っている教授は間近でふわふわしている何かを見て固まった。

……長く感じた沈黙の後、教授はそれとなく話を再開した。
多分、そこまで危ない個体ではないのだろう。実際、ヒトガタのネイナから送られてきたミミトビバリスタンの動画でも飛ばして遊んでいるし、もふもふと撫でている。
でも、ここだとバリスタン族の印象は手の付けられない小さいカイジュウみたいな印象。
もとからバリスタン系はなんか小柄なのでそれよりもずっと小柄だったとしてもそのパワーは強大に見えるのだ。

なんかミミトビバリスタンにしか見えないふわふわした何かは気が変わったのか、教卓から降りて机と椅子の下から潜り込むようにオリジナルのネイナの横にやって来た。
オリジナルのネイナはより接近した状態で間近でミミトビバリスタンと接触する状態になった。


しばらくして講義の時間を終える教授は物凄い速さで教室を出て行った。それにつられるように学生たちも教室からスタートするマラソン大会の如く出て行く。
のんびりしていたオリジナルのネイナが鞄を持った時には教室には一人と一匹だけになった。というかあの友人も同じような速度で出て行ってしまった。

みみとびばりすたん「にゃー?」

ミミトビバリスタンはなんか不思議なものを見たような顔をして子猫みたいな声で鳴いた。よくよく考えれば間近でバリスタン族と接したことがあるのってこの大学だとネイナしか居ないのかもしれない。
ある程度以上の知能がある動物は皆、個性があるのだ。ヒトだって十人十色だし、ヴァメロンだって強者崇拝する者ばかりではなく弱い事を気にしない者だって居る。劣化バリスタンやこのバリスタンみたいなのだって個性がある。もちろん、個性はこの社会にとっては良い方向にも悪い方向にも向かう振れるものなので良い事ばかりではない。

でも皆が知っているバリスタン族とは何でか分からないけど火力と暴力を見境なくふりまく危険な小さい怪獣だ。一回の襲撃で万単位の人々を殺し、数千億ギル前後の被害額を計上させることも珍しくない。SNSとか公共のメディアとかでは死んだ人々のことを悲しむ者や他人の不幸は蜜の味としめる者を見るし、なんならバリスタン族に激しい憎悪を燃やして更なる憎悪を煽る者だって見る。
いつの世でもこの中で最も目立つのは煽る者。そのためか、バリスタンの子供を見つけたら虐めたり殺したいと発言する輩がこれでもかと目に付く。そのくせ、実際に相対するとあんな風にささっと逃げてしまう。
今、オリジナルのネイナが思う所はこのミミトビバリスタンを出来るだけ早く宇宙都市から出すことだった。

みみとびばりすたん「みゃーぁ」

かわいいと思っているものの、この状況ではあんまりやりたくはないがオリジナルのネイナはミミトビバリスタンを抱きかかえて教室を出る事にした。
……それとなく休講の連絡があるかもしれないと携帯端末を開き、確認をしてみるとその日の講義が全て休講になっていた。それだからか教室から廊下に出ても誰も居なくなっていた。オリジナルのネイナはこの姿を見られなくてよかったと安心する一方で皆して過剰に怖がっているんだな、とも思わされた。

校舎にはひたすらに異性の身体的部位について熱く語っている学生も居ない、タバコを吸ってゆっくりしている教職員や学生も居ない、掃除のおばちゃんも居ない。居るのはミミトビバリスタンとそれを抱きかかえて歩いているオリジナルのネイナだけである。

みみとびばりすたん「にぁ……?」
ネイナ「お前は悪くないよ。みんながそれぞれ怯えているだけだから……」

ちょっと寂しそうに鳴くミミトビバリスタンをもふもふと撫でる。今日は早く帰れるがせっかくなのでミミトビバリスタンを抱えていろんなところに歩き回ることにした。
誰も居ない校舎を、誰も居ない廊下を歩き回るのだ。

ミミトビバリスタンを降ろして自由に歩き回らせてみるとなんとも興味津々そうにいろいろなものを見ている。
もふもふとしているウサギみたいなものが動き回る姿はかわいらしいとオリジナルのネイナは思わされるが……それを共有するのは今はとても難しいだろう。

ネイナ「ここが食堂だよ。まぁ、実験室とか研究室以外だったら基本どこでも飲み食いしていいんだけどね……」
みみとびばりすたん「にゃー」

もふもふと撫でながら歩いて食堂に来て見たものの、当然のように誰も居ない。静かな食堂というのは新鮮な感じがするものだが、人によっては静かな方が良いという。オリジナルのネイナにとってはどうでも良い事なのであまり気にしたことはなかったが。
少し回ってから食堂を出てそれとなく中庭みたいな場所へ向かおうと廊下を歩く。


誰も居なくなった校舎を歩いているとくぐもった銃声が聞こえ、その一瞬後に銃弾が横転しながら壁に叩き付けられた。

その時にミミトビバリスタンはオリジナルのネイナの腕から滑らかに抜け出て宙を舞った。

オリジナルのネイナは頭が真っ白になったような感覚に陥り、膝を着いた……。銃弾は食らってない筈だが膝を着きたくなった。真っ白になった、というかフリーズしたような感覚でも意識はまだある。その影響からか跳弾する銃弾も、ミミトビバリスタンも、いろんなものが遅く感じる。
――実際には単なる処理落ちのようなものなので本当に遅くなっているわけではないし、むしろ反応速度が極端に落とされているようなものだ。

膝を着いたら、今度はお尻が落ちる。その場であひる座りに近い状態で座り込んだような格好になった。

やがて、宙を舞ったミミトビバリスタンに向かって散弾や銃弾が殺到して、反らされて壁や天井や床にそれらが叩き付けられ始める。
その時にオリジナルのネイナは怒ったバリスタンの顔というのを始めて見た。他の獣人系と比べると特に表情が分かり難いと言われることが多いバリスタンだが、彼は毛を逆立てて一回り大きくもふもふした見た目になりつつ、鈍色の牙をむいて、綺麗な瞳がレーザーの発振体のような兵器としてのそれに変貌した。

そのあたりでどうみたって警備用のそれじゃないPOTのような(多分)ヒトガタ造駆がやってきてしまった。細いヒトガタ造駆の女の四肢としてどこで拾って来たのか大き目のPOTもどきの部品を流用した手足を付けたような何かなのである。POTみたいに思わせる装甲カバーを付けているが手足の先端部は錆び付いたPOTもどきそのもの。ただ、素体になっているであろう彼女には意識が見られず、ただただ苦痛に悶えて変形している表情を浮かべているだけでもっぱら頭にヘルメットとして増設されているなにかしらのPOT型AIモジュールと股間に見える位置から生えているガンターレットについているAIモジュールがその身体を動かしている。

POTのようなヒトガタ造駆なのか、それともヒトガタ造駆のようなPOTなのか分からないそいつはミミトビバリスタンに向かって散弾銃や短機関銃による銃撃をしつつ突進を仕掛けた。銃撃が当たらないと見れば当たるまで近づくということなのだろう。流石に10mも近寄れば当たる……がミミトビバリスタンも異形のPOTに突進して股間にあるガンターレットに噛み付いた。
一瞬で堅い金属が拉げて叫ぶような音が轟き、重たい剛体が落ちる音が床から伝って来る。そしてミミトビバリスタンのしっぽが異形のPOTに掴まれて振り回され、壁や床に叩き付けられる光景がオリジナルのネイナの目に映った。

オリジナルのネイナはその時に怒りを覚え、もうまともな判断力は期待できなくなった。オリジナルのネイナは鞄から小型自動拳銃を抜こうと動き始める。
その時に異形のPOTは腕についている散弾銃をオリジナルのネイナに向けて発砲した。オリジナルのネイナは大き目の散弾を多数食らって倒されるがそれでも立ち上がって小型自動拳銃を抜いて異形のPOTに、ヒトガタ造駆の腹部を狙って撃ち込み始めた。

何度散弾を食らったのか分からないがミミトビバリスタンを握っている腕が伸びている肩に着弾し、異形のPOTからミミトビバリスタンが離れた。
そして彼は宙を舞い、頭に飛び付いてAIモジュールを噛み潰した。その時に身体の制御が素体の激しい苦痛を訴えるような崩壊した表情をした彼女に戻り、その痛みを表現するかのようにのたうち回り叫び始めた。
血を流しながらオリジナルのネイナはその場から距離を取った。ヒトガタ造駆に限らず強大な身体能力を持つ生物がのたうち回ると言うのはそれだけでも危険なのだ。実際に、あのヒトガタ造駆の女はのたうち回るような動きで跳ね回り、そしてどこかで頭を打ったのか静かになった。
ついでにオリジナルのネイナも倒れて静かになった。


オリジナルのネイナは乾いた血の中で目を覚ました。多分、ミミトビバリスタンあたりが応急処置を施し、そもそも散弾は過貫通だった上に重要部位に入らなかったので助かったようである。でも校舎の中はズタボロになったPOTもどきの部品を流用したPOTがそこら中に転がっていた。
POTもどき自体は「妖しい」部品みたいなもので性能は使えるっぽいが値段の安い高い以前に使用が何かと忌避されるものらしい。なのでもうなりふり構わず何かを達成したい時に使うモノのようだ。あと俗説としてPOTもどきの部品を使った銃や機械を使うと精神汚染されるというこれまたオカルティックな話もある。

校舎の広間でミミトビバリスタンが戦っている。相手は2体の異形の兵器。

1体目は2対の前脚と3対の後脚を持つクズリ体形の装甲化造駆に戦車の砲塔みたいなのが載った何かでおおよそ小動物に撃つようなものじゃないでかい機関砲と機関銃でミミトビバリスタンを攻撃している。

2体目はさっきの異形のPOTとほぼ同型の下半身(おそらくType1等級の脚部パーツ)に3人の上半身が生えている歪なヒトガタ造駆。こちらはミミトビバリスタンを捕まえようとかなり躍起になって掴みかかっている。

見た目でもうヤバイのを解らせる通りにあの2つはミミトビバリスタンを執拗に追いかけ回しているがあの2体はそれぞれ所属が違うし目的も違うからか動きがかみ合ってない。特にミツマタヒトガタ(仮称)がすぐに前に出てきてミミトビバリスタンに掴みかかってしまう為に戦車型造駆(仮称)がろくに攻撃が出来ない。

若干、意識がぼんやりしている中でオリジナルのネイナは小型自動拳銃を握ったが誰かに肩を掴まれた。
振り返ると自分の顔が見えた。ヒトガタのネイナだった。服装は相変わらず洒落っ気がないが血と油に塗れてはいない。今はオリジナルの方が血塗れだ。

ネイナC「逃げなさい、彼が戦っているのはそれが目的なんだから……!」

自分の声に指示されるのはなんとも不思議な気分だった。言われてみれば、やろうと思えば逃げれるのに戦っているのはそう言う事なのだろうとオリジナルのネイナは思わされた。
ヒトガタのネイナは血塗れのオリジナルの手を引いて脱出を試みた。どう見たって目的はミミトビバリスタンなのだからただの学生でしかないオリジナルのネイナを追う理由なんてないので脱出自体は簡単なはず……。

ボロボロになった異形のPOTがなんでだかネイナ達を追跡し出した。

ネイナC「あなた、彼女に何をしたの?」
ネイナ「掴んで振り回していたから撃った……」

思わずヒトガタのネイナはオリジナルのネイナに予想できる理由を聞き、その答えに納得した。
だが、ただの学生でしかないオリジナルのネイナがミミトビバリスタンの討伐や捕獲の障害になるのかと言うのは考えにくい。ただのニンゲンなんて機動力で無視できる存在なのだから。
幸いにも異形のPOTというかもうAIモジュールが壊れているので素体の女の表情が見える。激しい憎悪に狂っている顔だ。おおよそまともではない動機だ。

「お前もっ、お前も殺す! ウサギの味方する奴は全員殺して殺して殺し殺し……あああああ゛あ゛あ゛ああ゛っっ!!!!」

完全に命令だからではなく、自分の意思でバリスタンを殺す行動を取り、その味方をする者もまとめて殺す意思を曝け出していた。奴は口を大きく開けてネイナ達に突進してきた。
ヒトガタのネイナはただただオリジナルを校舎から脱出させる為だけに来ていたため、武器を持っていなかった。もっと言うと完全に私的な理由だったためにまともな武器を持って行くことができず、オリジナルと同じような小型自動拳銃しか持ってなかった。

「ウサギが居なければ手足や家族が無くなる事もなかった! ヒトガタなんかにされなかった!」
ネイナC「うっさい! お前の過去なんかマセガキの玉袋の皺くらいどうでもいいわ!」
ネイナ「微妙に汚い例えやめて!?」

泣き喚きながら異形のヒトガタはPOTもどきのそれを流用したのであろう錆び付いた鉄の腕で殴りかかって来て、それをヒトガタのネイナは払って腹を蹴り上げた。
素体もといヒトガタ部位は仰け反るが腿から下に生えている錆びた機械の下半身はびくともせず、そのままヒトガタのネイナを蹴飛ばす。

ネイナC「流石ね……、その鉄の腕と脚は例のウサギが作っただけあるわ……!」
「ふっざけんなっ、あたしが望んでこの身体になったんじゃない! 愚民どもがあの憎たらしいウサギの鉄屑どもとあたしの身体を素材にしてこの身体を作っただけなんだから!」

続けざまに銃撃しようとしたのが分かっていたヒトガタのネイナは身を捩って素早く立ち上がってヒトガタ部位の胸めがけてストレートを打ちこむが、左腕部に付いていたぶっ壊れた散弾銃でど突かれて文字通りの鉄拳を頭に食らった。量産型であるヒトガタのネイナは頭は高防御部位ではないため、一発で頭蓋骨を砕かれてしまう。
そしてヒトガタのネイナが膝を着いて落ちたところにトドメにと貫手で胸を肩の上から背中まで貫かれた。

ぶっちゃけ急造設計かつ量産型で性能が良くないと聞いていたモデルだったとはいえ、こうもほんの数発で無力化されてしまったのを見たオリジナルのネイナは改めてPOTもどきの恐ろしさを思い出させられた。

「あらやだ、汚い……。それにしてもお前もずいぶんと悪趣味ねぇ、なんか顔も体もそっくりなんだけどクローンをヒトガタにして護衛にしてたの?」

無力化されたヒトガタのネイナからズボンの布地を引き裂いて千切り、それで血塗れになった錆鉄の手を拭いている。……結構厳しくしつけられたお嬢様みたいな仕草なのを感じさせられたが見事なまでにその身体に不相応だった。さっきまでのいろいろな表情はなんだったのかと思わせるほど冷め切った表情をしており、鋼の足音をわざとらしく鳴らしながら異形のヒトガタはオリジナルのネイナに迫って来る。

少なくともオリジナルのネイナが見た範囲でもこの異形のヒトガタは苦痛に悶えている女、憎悪に狂った女、冷淡なお嬢様と二度もキャラが変貌している。どんなキャラなのか想像できないがどことなく薄っぺらい。短時間にキャラが替わり過ぎるせいで薄っぺらく感じるのだ。

ネイナ「違うわよ、取り立て屋を撒く為にウサギに作らせたのがまかり間違ってヒトガタになってたのよ」
「嘘おっしゃい、そんなどれほど頭の悪い愚民でも思い付かなそうな馬鹿な理由と経緯な訳ないでしょう。本当だったらお前は想像を絶する笑えない愚か者……」

実際そうだったのだが信じる訳もないだろう。

「――どのみち、この場に及んでそのような嘘を吐くなんて笑えないメスには変わりないけどね。さぁ、どうしようかしらね……直接痛めつければあのウサギみたいなのを誘えるかしら?」

手が届く所まで近寄った異形のヒトガタはオリジナルのネイナを殴り飛ばして小型自動拳銃を手放させ、すぐに掴み上げる。

「っ、雑種か。これじゃあ、どうしたら死ぬのか分からないのが困るわ……、まぁ死んでもいいんだけど」

掴み上げられたオリジナルのネイナは死期を察し、訳も分からず泣き叫び始めた。だが、異形のヒトガタは笑っているような表情を見せた。

「その喚き声でこの感覚を思い出したよ。いつものお楽しみだったわ。ああ、銃は嫌いだったなぁ、すーぐ殺しちゃうから……」

手始めにと靴の上から足指を狙ってつっついてその骨を砕き始め、絶叫させ、苦痛に悶える様を楽しみ始める。オリジナルのネイナにとっては堪ったものではなかった。
校舎にオリジナルのネイナが上げた叫びが響き、その時にミミトビバリスタンが異形のヒトガタに向かって飛んできた。

「やっぱり直接的に痛めつけると誘えた。次はお前だ」

異形のヒトガタはオリジナルのネイナを放り投げ、飛んでくるミミトビバリスタンを迎え撃った。

 

7.二人のネイナは

鉄拳と貫手で派手にやられたヒトガタのネイナは殆ど応急処置みたいな再生力で少し動けるようになった。
彼女の目に映ったのは異形のヒトガタとそれを相手にまともにやりあっているミミトビバリスタンの姿と激痛に悶えているオリジナルのネイナだった。

ヒトガタのネイナは直ぐにオリジナルのネイナの所に行き、彼女を背負って校舎からの脱出を図った。

「しぶとい……。ああ、しぶといといえばあのウサギの鉄屑共は“死なない”んだっけ? ……はぁ、どっちのAIもだんまりか、使えないわ」

脱出を図ろうとしているネイナ達を見た異形のヒトガタは何か不穏なことを言い、ミミトビバリスタンの攻撃を隙を突いて錆びた鉄の手から雷球を広間に投射した。
バリスタンを激しく憎むわりに、そのバリスタンが作ったモノをよく知っているような素振を見せていた。

「あたしが“新しい女王”よ、よく覚えて。そして2つの優先目標を必ず潰せ、鉄屑共」

ぶっ壊れたPOTもどきの部品を流用して作ったPOT群が一斉に蠢き始め、壊れた機械の身体を強引に動かして校舎から出ようとしている二人のネイナを追跡し始めた。……こちらの世界の人類がバリスタンのロボットたるPOTもどきを制御する方法を習得した瞬間だった。
まるでゾンビのようにAIモジュールが噛み砕かれて潰されたPOTがまだ動く機械部品を動かして迫って来る様は機械のゾンビとしか呼びようがなく、得体のしれない恐怖を感じさせる。

ミミトビバリスタンは引き続きもはやPOTもどきを統べる司令官か女王個体へと変貌した異形のヒトガタに攻撃を加え続ける。しかし、その中でも異形のヒトガタはどんどんとPOTもどきというかバリスタンの能力みたいなのを目覚めさせ始めていた。
口ぶりからしておそらくは見た目通りにヒトなのだろう。けれども明らかにバリスタンとしての身体能力を使えているようにしか見えなかった。技術的にはPOTを管制するヒトガタというのは可能なのだがそれではAIモジュールが潰れた文字通りの鉄屑を動かせるはずがない。

もうどこを壊せばいいのかも分からなくなっているメカニカルなゾンビが二人のネイナの脱出ルートを塞ぐように現れていたがあの時に見た光景からすると少ない。そればかりかさっき激しい銃撃を食らった跡のようなものまである。
おそらくはまだ生きているミツマタヒトガタと戦車型造駆がPOTもどきと見做して攻撃したのだろう。

「お前らも邪魔よ」

二人のネイナは小型自動拳銃を握り、POTもどきと化した機械の群れを破壊しながら校舎から脱出しようと通路を抜けて行く。その中で無限に立ち上がり続ける機械群に包囲されて戦い続けているミツマタヒトガタと戦車型造駆の姿が見えた。


ネイナC「……どうみても劣化バリスタンになってるよね、あいつ」
ネイナ「憎んでいる対象と似たような存在になるなんて……」

それは笑えない皮肉だった。どうしようもない事実だった。
ヒトガタのネイナはPOTもどきと化した大破しているPOTからPOTもどきの部品をもぎ取り、それを鈍器として使って薙ぎ払っていく。どんなに壊しても立ち上がり続けるしなんなら謎の念力めいた力で破損個所を治してしまう。下手をしたら劣化バリスタンが使っている時よりも物凄くしぶとく見える。
けれどもあんな状態ではこのような鈍器でも簡単に薙ぎ払えるので強度の高い銃撃戦を主体とする劣化バリスタンは機械的な破損が多くなったら「死んだ」ことにしていたのだろう。

でもこの機械ゾンビの群れの目標は二人のネイナを殺す事。最悪の場合は鉄の破片で切り裂いて殺害してもいいので無限に立ち上がる余裕があるのだ。
その身体自体が武器なのだ。

ネイナ「ねぇ、あなたってこういうバケモノを相手に戦って来たの?」
ネイナC「顔ぶれは似てるけど戦い方が全然違う。相対的に弱い者を殲滅する為の動きになっている……」

道路まであと少し。そのあたりでヒトガタのネイナは警察の暗号無線を傍受した。暗号無線なので内容は分からないが警察が使っているものだと言う事は分かった。

ネイナC「警察が来ているわ。多分大騒ぎしていたから誰かが通報したんでしょうね」
ネイナ「そうなるとあいつらはミミトビバリスタンを巡って不法侵入して暴れたという事なの?」

パトカーや警戒機型POTのサイレンが鳴り響き、硬い靴の音が響いていた。

ネイナC「私にとっては困った事ね……一応は密造のヒトガタだし……」
ネイナ「ああ、うっかり忘れそうになるけど存在自体が御法度だもんね……」

その音はヒトガタのネイナにとってはまた別の脅威だった。だけれどもあくまでも一般人であるオリジナルのネイナを逃がすには都合の良い存在でもある。
しかし、そこへ来て一気に機械ゾンビがどっと増えてあっという間に包囲されてしまう。
ついでに静かになったミミトビバリスタンを鉄筋で拘束し、それをワイヤーで繋いでぶんぶんと振り回している異形のヒトガタも歩いて来た。……やられてしまったようである。

「この身体と武器ではこいつを殺せないだけよ」

しかし彼女は左腕の機械部品を噛み千切られていたのを見るに無事では済まされなかったようである。
異形のヒトガタはオリジナルのネイナを狙って固めたミミトビバリスタンを投げつけ、大きく吹き飛ばした。まるで乗用車にでもはねられたように吹っ飛んだオリジナルのネイナはその先で血を流して倒れていた。ミミトビバリスタンの毛並みに血が染まって行く。

ヒトガタのネイナは怒りに任せて鈍器とした機械部品で異形のヒトガタに殴りかかる。

幸いなのはこのギリギリのタイミングで警察の特殊部隊が到着し、オリジナルのネイナに迫っていた機械ゾンビの群れが一瞬で掃除された事。
でもそれはヒトガタのネイナの怒りを鎮める理由にはならない。今、ヒトガタのネイナは目の前に居る薄ら笑いを浮かべている異形のヒトガタを殴ることしか考えられなかった。

後ろから銃声が聞こえると共にオリジナルのネイナの容態を通信機で伝えている声が聞こえるがヒトガタのネイナは殴るのをやめない。
片腕だけになった異形のヒトガタは殴りかかって来たヒトガタのネイナからの攻撃を凌ぎつつ、警察の特殊部隊隊員の前から姿を消そうと物凄い速さでその場から離脱した。

ネイナC「逃げやがった……」

どうしようもない不安がいっぱいになったヒトガタのネイナはアドレナリンが切れたか、それとももう嫌になったのか倒れ込んだ。

 

翌日になってヒトガタのネイナはいつものように自分に割り当てられた個室のベッドで目が覚めた。すぐ横にはどことなく気持ちよさそうに寝てるミミトビバリスタンも居る。
机にはニュース記事を印刷したのであろう一枚の紙が置いてあった。

大学の校舎に唐突に現れたUMAを巡り、少なくとも3体の造駆と百数十機の無人機がそこに不法侵入して破壊行為、それに加えて学生が一人負傷した事件を報じるものだった。
被害自体はあれほど派手に暴れた割にはそこまで大きくないが明らかに異常な動きをする無人機……つまるところPOTもどきが使われた為に校舎は閉鎖されてしまったようだ。あとは紫色の所と通称されているマフィアかギャングの類から専門の機動部隊が到着して2日もあれば処理が完了し、翌日以降には開くようなことも書かれていた。
……もう、対処できる者ならなんでも使うようなあたり、よほど面倒なものなんだろうかと思わされた。

余白にアメジストの字で「少なくとも身体は間に合ったみたいです。単位は大丈夫みたいですよ。」と書かれていた。心配する所が少しずれているが、あの不安は杞憂だったのだろう。
でも「身体は」と言っているところから精神的にはどうなのかはわからないのだろうか。
寝ているミミトビバリスタンの頭をもふもふと撫でながらそんなことをぼんやりと考える……。

それはそうと、ヒトガタのネイナは思いっきり警察に見られたのだがこの場所に居ると言う事はなんやかんやでお咎めがなかったのだろうか。
ヒトガタのネイナはそもそものところ自身が置かれている立場がどんな状態なのか分からない。ヤクザの持ち物なのか、記録上存在しない謎の物体なのか、何一つだって分からない。
分かるのは利用価値があるから生かされているくらいか。


寝ているミミトビバリスタンを抱えたヒトガタのネイナは外に出た。
いつの間にかあの施設の外は薄暗い街の通りになっていた。

気分転換がてらにこのふかふかした珍獣を抱えてその薄暗い街を散歩する事にしたのであった……。

 

何気に強靭な肉体だったオリジナルのネイナは思った。「あ、これ知ってる。知らない天井だ」と。
どうでもよい事だがネイナの家族もとい両親はネイナが頑丈な肉体であるのを知っているから入院したくらいだとあんまり騒がない。なんなら今の医療技術も相まって結構早く回復してしまうのである。
なので入院中に目が覚めると多分フラメル系?の母親からの第一声が

ネイナ母「お前の事だからどうせ造駆を撃ってたんでしょ……。どうしてこうも危なっかしいところが本当のお父さんに似ちゃったのかしら……」

更にどうでも良い事だがネイナが居る家庭は子持ちの片親同士の再婚で出来たもの。なので今の父親とは血が繋がっていない。でも危なっかしい所が似てしまったそうなのでどういう人物なのかは想像が付く。

ネイナ「心配なんかしないのに何で来たの……」
ネイナ母「親同士の繋がりって奴が面倒でね。ポーズでも子供の見舞いくらいは行っとかないとあとあと面倒くさいのよ」
ネイナ「ああ、それは確かに面倒くさいね」

そして母親も大概である……。

ネイナ母「まぁ、男遊びにハマってた時よりかは随分と楽なんだけどね」
ネイナ「それあんまり言わないでくれる……?」
ネイナ母「実際困ったからしょうがないじゃない」

だいたいこんな調子で見舞いに来た母親と談話するオリジナルのネイナであったが、どことなく安堵の気持ちを感じていた。えらく刺激的な昨日だったために今のこの状況がすごく良いものに感じているだけかもしれないが。


しばらく談話した後、看護婦に連れて行かれて医者の診断を受け、充分に回復したと見做されてオリジナルのネイナは退院した。そうしてまずは母親と共に自宅に帰ることにしたのであった……。
ノキノシタ区と比べれば多少は明るい住宅街がオリジナルのネイナの視界に広がっていた。いつも見ていた景色だが、どことなく久々な気分にさせられる。
変わった事と言えば、もう危険域が近くなってきたのもあってか引っ越す家庭が増えて空き家を目にすることが多くなったくらいだろうか。

幼年学校が移転することになったり、公園が閉鎖されたりもする。
それと入れ替わるように哨戒機型POTが結構な数で見かけるし、宇宙戦で使う為の防御型POT発射筒が詰まってるコンテナみたいな砲台もちらほらと見かけるようになった。
劣化バリスタンが来てから、もう大分変ってしまった。本物の銃や兵器を見る機会が爆発的に増えたし、どことなく緊張した雰囲気が漂うようになってしまった。
何はともあれ破壊する存在を前に帰る場所が無くなる不安というのがより現実的なものになっていた。

しょーもない理由で産み出されたヒトガタのネイナはそのような脅威に対処できる一方でオリジナルのネイナは無力に等しかった。壊しても潰しても引き裂いても無限に立ち上がり続ける機械の姿がまだ頭の中で繰り返し再生され続ける。
そんな心境の時に、ふとしたことでゴミ置き場が目に入った。壊れた機械が山と積まれているゴミ置き場だった。耐用時間を過ぎたのか打ち捨てられたロボットや破損した部品が山と積まれている。

オリジナルのネイナはその光景を見てどうにもできない妄想に襲われた。少なくとも奴は居ないのだから動くはずもないし、そもそもPOTもどきの部品なんてそこにはない。
けれども彼女にはそれらがこちらに食いかかって来るような幻を見ていた。

叫びたくなるような不安感と恐怖に堪えながら自宅に帰るとオリジナルのネイナはそそくさと自室に飛び込み、ベッドに入り込んで耳を塞ぎ、枕に顔を押し付けて息を荒くして震える。
トラウマが出来てしまったような、そんな様子をいつぞやで壊してしまったあの飛行機のロボット玩具が小さいカメラアイで震えているオリジナルのネイナを見つめていた。

最終更新:2021年03月25日 12:21