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宿の異変に気付いたアグリアスは一目散にラムザに割り当てられた部屋へと急いだ。その表情に余裕は微塵も無くただただ必死さが滲み出ている。
「ラムザ!」
ドアを破壊せんばかりの勢いで開けて踏み込むと、窓辺に座るラムザは一瞬、沈痛な面持ちでアグリアスを見たが、すぐに顔を背ける。
「皆は何処へ行った! 誰一人居らんぞ! おまけに装備まで持ち出されている! 言え! 皆は何処へ行ったのだ!」
「儲け話ですよ。僕が頼んだんです」
「ふざけるな! 全員行く必要が何処にある!」
「ちょっと隊費が底を尽きかけていまして・・・・・・」
「見え透いた嘘はやめろっ!」
アグリアスはドアに拳を叩きつけた。ラムザは口を噤み、俯く。
「頼む、正直に言ってくれ、ラムザ。先生に関わることなのだろう? あの人は私の父も同然なのだ。私はあの人を失いたくない。二度も父を失いたくない。お願いだから教えてくれ!」
アグリアスは感情が溢れるあまりに声を震わせ、それでもしっかりとラムザに顔を向けて懇願した。その体は今にも泣き崩れてしまわんばかりである。
ラムザはぐっと目を閉じ、深く息を吐いて悲しげな顔をアグリアスに向けた。
「ご想像の通りです、アグリアスさん。皆はエルヴェシウスさんを討ちに行きました」
「何故・・・・・・」
「エルヴェシウスさんが伯に真剣での果し合いを挑んだからです。メリアドールさんの報告でわかってはいました。それに伯は僕を信じて果し合いのことを打ち明けてもくれました。かつての戦いに終止符を打ちに行く、と。そして死ぬことになってもかまわないとまで仰いました。でもこの先戦っていくのに伯を失うわけにはいきません。まして伯は我々の仲間です。仲間の危機を黙って見過ごすわけにはいきません」
「剣士の真剣勝負に泥を塗るのか」
「罵倒は甘んじて受け入れます。伯には軽蔑されるでしょう。それでも僕は伯に生きてほしい。アグリアスさんにとってエルヴェシウスさんがそうであるように、僕にとっても伯はもう一人の父です」
アグリアスはハッとした。既に天に召されたラムザの父、バルバネス・ベオルブと伯は共に国家の英雄とよばれた戦友である。二人を重ね合わせるのはむしろ自然ともいえる。ましてラムザは望まぬこととはいえ二人の兄を手に掛け、妹も今は離れてしまっている。家族とも言える仲間の死を過剰に拒むのも無理からぬことである。
「エルヴェシウスさんは五十年戦争の時、オルダリーアの将軍だったそうです」
ラムザはオルランドゥが語ったエルヴェシウスの過去を教えた。アグリアスははじめて聴く師の過去に黙って聞き入り、そして深く納得した。
悲しい、そして弱い人。
エルヴェシウスは仲間の死にあまりに深く傷ついたのだ。新たな仲間を築くことを恐れるほどに。仲間と再び別れることを恐れるあまりに。
付き合いは広く、しかし決して踏み込まず。相手を失っても傷つかない程度の浅い付き合い。後ろ向きで、あまりにも臆病な精神。
(あの広く見えた背中は、実はこれほどまでに小さかったのか)
アグリアスは師の背中を思い浮かべ泣きそうになった。
ラムザは全てを語り終えるとしばしアグリアスを見つめ、そうしておもむろに窓を開けると雨が部屋に入るのもかまわずに、指を咥えて鋭く口笛を吹いた。
するとラムザの口笛に応じ、真紅の毛並みを持つチョコボが厩舎から走って来、窓の下に止まって一声鳴いた。
アグリアスがその鳴き声に顔を上げると、ラムザが一振りの剣を差し出していた。アグリアスの愛剣、セイブザクイーン。
「行って下さい、アグリアスさん」
「ラムザ・・・・・・?」
「僕は伯とエルヴェシウスさんを天秤に掛け、そして伯を取った。それは間違いでした。人の命は比べることなどできはしない。どちらの命も守るべきだった」
所詮は奇麗事。戦時下において人が命を天秤に掛けることは決して少なくない。ラムザ自身、兄の命を天秤の片側に掛け、その命を奪ってもいる。
しかし救えるのならどちらも救うべきだ。容易に諦めてはならない。そして今、二人共を救うことは出来るはずだ。
「エルヴェシウスさんを止めて上げてください、アグリアスさん。それが出来るのは他の誰でもない、あなただけです。勝負に負け、命を残したとしても彼は自ら命を絶つでしょう。それはあなたが一番ご存知のはずです。二人の命を救えるのはあなただけなんです。」
「私に・・・・・・助けられるだろうか。あの深い悲しみに居る人を」
「エルヴェシウスさんは失うことを恐れ、他人と深く関わらない。でもあなたとの関係は違う。あなたに対する態度だけは僕たちに向けられる物とは違った。それは温かく包み込む、父親の態度そのもの。自信を持ってください。あなたと彼は深く繋がっていますよ」
「ラムザ・・・・・・」
脳裏に浮かぶのは厳しくも温かい眼差し、言葉。
偽りではない。偽りであろうはずが無い。
アグリアスはぐっと唇を噛み締めた。
(何を迷っていたのだ私は!)
「さあ、剣を取って立ち上がって。そして行ってあげて下さい。情けない父親にガツンと言ってやってください。そうして首に縄をつけて引きずり戻して来てください」
「最後のは余計だ」
アグリアスはそういってラムザから剣を受け取った。その顔にもはや迷いは無い。剣を腰に差すとパン、と両手で自身の頬を張って気合を入れ、ラムザに一つ頷いた。
「行く」
「はい」
二人は微笑み合い、そしてアグリアスは行った。
ラムザは雨に濡れながらチョコボを飛ばして駆けて行くアグリアスの背中を見送り、その姿が見えなくなると窓を閉じ、一つ呟いた。
「少し、妬けるなぁ」


降り止まぬ雨に全身を叩きつけられながら、アグリアスはそれでもチョコボを飛ばす手を緩めはしない。
この程度の痛み、彼を失う痛みに比べればどれ程のものだというのか。
アグリアスは走る。己の家族の為に。幼い頃の誓いを守るために。その為に、彼女は剣取ったのだから。
降りしきる雨の中、顔に美しい金髪を張り付かせながら疾風怒濤の勢いで駆け抜けたアグリアスの眼前に、低い丘が現れる。アグリアスは跨るチョコボに最後の鞭を入れてその丘を越えた。
そこに広がったのは凄惨な光景であった。
大地には無数の刃が突き立ち、その間に仲間達が泥まみれになって死屍累々と倒れ付している。その光景を見て一瞬言葉を失ったが、アグリアスは仲間とエルヴェシウスの良心と信じた。簡単にくたばるような連中ではないし、エルヴェシウスは殺人鬼ではない。
そして剣林の中央で対峙する二人の男を見た。
一人は無傷。体は濡れているが足元を除けば泥も付いていない。
対するもう一人は凄まじい出で立ちである。遠目にも衣服はボロボロで泥にまみれており、頭もぐしゃぐしゃで普段の面影はほとんど無い。
如何な彼が達人とはいえ、数々の戦場を潜り抜けた猛者十数名を相手に容易に勝つことなど出来ようはずも無く、全身に傷を負い、もはや肩で息をし、構えは清廉さの欠片も無く、背中を丸めて無造作に刀を下げたその様は、さながら野獣の如きであった。
(それほどまで他人を傷つけ、自身を傷つけ、心を狂わせたその先に、一体何があるというのですか)
アグリアスは胸を締め付けられる思いで彼のその姿を見つめた。
(あなたはそうやって、誰ともかかわらず、一人死んでゆくというのですか)

エルヴェシウスが仕掛けた。雨でぐしゃぐしゃの足場を物ともせず跳躍し、オルランドゥに斬りかかる。オルランドゥは愛剣である、聖剣エクスカリバーを横に薙いで必殺の一刀を大きく捌き、返す剣で胴を薙ぐ。それに対してエルヴェシウスは弾かれた勢いそのままに刀を手放し、足を引き付け一歩分踏み込むと鋭く回転、脇差による神速の抜き打ちで応じる。大剣と脇差では本来なら重量の差で脇差など容易に弾かれるが、距離を詰められたために鍔元で受けたため、威力は相殺された。
そして近距離では小回りの利く方が有利である。エルヴェシウスは脇差の利を生かして接近戦に持ち込むべく懐に飛び込み、左手でオルランドゥの腕を掴み、その腕を断ち切らんとする。オルランドゥは咄嗟に掴まれた右腕を引き、つられて出てきたその頭に、腰を捻って肘を叩き込んだ。
たまらず吹き飛ばされたエルヴェシウスは、しかし空中で体勢を整え着地し、脇差を納めて近くに刺さった刀を引き抜き、
「疾風、地裂斬!」
地面に拳を叩きつけた。
オルランドゥは横に飛んで辛うじて衝撃波を避けるが、それで安堵しない。衝撃波は大地を伝い、その先に刺さった刀に当たったことで軌道を変える。無数に突き立てられた刀は巧みに計算された陣を為しており、衝撃波は刀に誘導され縦横無尽な軌跡を描く。メリアドールらはこの技に苦しめられたのだった。
辛くも四度避けたオルランドゥは軌道を読み、刀を三本蹴飛ばした。読みは当たり、衝撃波は陣の外へと逃げていった。
オルランドゥは一つ息を吐き、右手を押さえた。先ほどの脇差の一撃に動脈は避けたものの離れ際に少々深く入れられてしまったのである。しかし戦いの支障になるほどではない。
対してエルヴェシウスは限界に近づきつつあった。メリアドールらとの乱戦に加え、少ない体力を振り絞っての特攻、そして頭に喰らった肘撃ちで平衡感覚が鈍っていた。それでも目の力は消えてはいない。雨越しにもはっきりと分かるほどに。狂気の目である。
オルランドゥは彼の命を惜しみながらも『やめろ』とは言わない。いや、言えなかった。
直接ではないにしろ彼の仲間の命を奪った自分が何を言おうと詭弁になる。そんなもので彼は止まりはしない。オルランドゥはそのことを痛いほど理解していた。だからこそ、止める術を持たぬ自分が出来るのは全力で相手をするのみ。
カッと、稲光がし、それを合図にしたか、エルヴェシウスが渾身の力を込めた捨て身の突貫を行う。
オルランドゥも傷にもかまわず剣を構え迎え撃つ。

雨空に響く金属音。
エルヴェシウスは目を見開いた。それはオルランドゥも同じである。
腹に響く落雷の轟音。
二人の剣豪が放った必殺の一刀は、真紅のチョコボに跨るアグリアスの剣により弾かれたのである。
アグリアスは軽やかにチョコボから降り、エルヴェシウスに対峙した。
「もう十分でしょう。先生・・・・・・」
「アグリアス・・・・・・」
静かに語りかけるアグリアスに、エルヴェシウスは呆然とした顔を返す。その目からしだいに狂気が消えてゆく。
「あなたが死ぬことを誰も望んではいません。ラムザも、伯も、皆も。そして私も」
「儂は仲間の敵を討たねばならん。儂の命に代えても」
「復讐が死者の弔いになると?」
「そうは言わぬ。雷神シドを斬っても儂が死んでも、あやつらは喜びはすまい。だが何も出来なかった儂があやつらにしてやれるのはこれしかないのだ」
「そんなことは無い!」
 アグリアスは思わず叫んだ。エルヴェシウスぎょっとは鼻白む。
「先生。それは逃げに過ぎません。先生にはお仲間の死を知りながら、その死を乗り越える勇気が無いだけです」
「違う! 儂は自分が許せんのだ! 何もできなかった自分を!」
「そんなの死者への侮辱です! 自分ひとりで何でも出来ると言うつもりですか!」
「違う!」
「お仲間の方々だって精一杯戦ったのでしょう? 先生が居ればもしかしたら助かった人も居たかもしれない。でも先生が居ても助からなかったかもしれないじゃないですか!」
「そういうことではないのだ! あやつらと共に戦えたなら納得もする。たとえ自分が死ぬとしてもだ。しかし儂はあやつらの死にも立ち会えなかった! 仲間が死に行こうとしている時に戦場にすら居なかったのだ!」
「そんなのどうしようも無いじゃないですか! 誰だって何にもできませんよ! 先生が自分を責める理由なんて何処にも無いじゃないですか!」
「だからこそせめて雷神シドを討とうというのだ!」
「それに意味が無いことは自分でも分かってるじゃないですか!」
再び稲光が暗い世界を照らす。しばらくして鳴った轟音が大きく響いた。
「もう十分悲しんだでしょう? 自分を苦しめるほどに、救いを求めるほどに、そして別れを恐れて新たな人との触合いを拒むほどに。でもあなたは独りでいたいわけじゃない。あなたはそれほど強い人ではない。だからあなたは私と共に過ごした。それは無意識のうちに新たな繋がりをもとめたからでしょう? 父を失った私がそうであったように。もう自分を許してあげてください。自分を責めないでください。誰もあなたが苦しむ姿を見たいとは思っていませんから」
アグリアスはそっとエルヴェシウスの肩に触れる。エルヴェシウスは顔を歪めアグリアスの目を見つめる。その瞳の奥にあるものを見出したアグリアスは、改めて彼の苦悩の深さを思い知らされた。
アグリアスはそっと微笑み、ゆっくりと語る。
「万物に永遠なく全てはやがて滅ぶ。何者もこれを避けることは出来ませんが、それでも、終わることを恐れては前へは進めません。楽しかった過去に拘っていては未来の楽しみを逃してしまう。過去は大事に胸にしまい、未来へ進んでこそ人は成長できるのです」
アグリアスは歌うように語る。子供に昔話を語るように。エルヴェシウスはじっと聞き入っていた。
「人の死は悲しい。親しい人ならなおさらです。けれど死んだ人に拘っていても死者のためにはなりません。残された人はその人の死を受け止め、意思を継ぎ、そしてその人のことを覚えて居ればいいのです。人の本当の死は、死んだときではありません。皆に忘れられたときに人は死ぬのです。誰かが覚えていれば、死者はその人の中で生き続けるのです」
そう。忘れなければ人は生き続ける。アグリアスの心に両親が生き続けている様に。父の誇りと母の愛が彼女の中に生き続けている様に。
「生きてください。お仲間の意思と共に。それが皆があなたに望んでいることですから」
すとん、と。
エルヴェシウスの手から刀が落ちる。
空を見上げた。
雨はいつの間にか止み、雲間から太陽が彼を照らす。
柔らかとは言いがたい、妙に強い日差し。
それが豪快に笑う無き仲間たちの姿を見るようで、エルヴェシウスは静かに泣いた。
なんと遠回りをしたことか。
さぞや歯がゆい思いをしたことだろう。
あの世でお前達に顔向けできぬところであった。
すまなかったな、皆。そしてアグリアス。
「儂の負けだ」
生きていこう。
お前達と共に。




「やはり行かれるのですか?」
雲ひとつ無い快晴のウォージリス港の桟橋。
故国オルダリーアへ帰るというエルヴェシウスの見送りに来たアグリアスは、どうしても抑えきれずに言った。
「我々と一緒に居ればいいじゃないですか」
拗ねた様なアグリアスの口ぶりに、エルヴェシウスとアグリアスと一緒に見送りに来たラムザは苦笑した。
「どうした、アグリアス。何時ぞやはあれほど立派な事を言うものだから、いつの間にか大人になったのだなぁと感動しておったのだが。あの時のお前は何処へ行ったのだ?」
「それとこれとは話が別です! 先生がいれば心強いのに」
「そうですよ、エルヴェシウスさん。せめてもうしばらく居てください。出来れば皆の風邪が治るまで」
「ぬう、痛いところを突くではないか」
アグリアスが信じたとおり、仲間に死人は一人も出なかった。巧みに急所を外されており、傷を治すのにそう手間は掛からなかった。
問題はあの日降り続いた雨であった。ぐしゃぐしゃになった地面の上に倒れて長時間雨に打たれた為に、全員が風邪を引いてしまったのだ。騒がしい面々もいまは宿で大人しくしている。
「おかげで予定より足止めです。こうなったらせめてエルヴェシウスさんに皆の分まで働いていただきたいのですが」
「そうです。そうです。大体なんでそんなに急ぐんですか?」
冗談めかして言うラムザにアグリアスも乗っかる。それに対して、
「お前の婿が儂に嫉妬していじめるからだ」
エルヴェシウスがくそ真面目な顔で言ったものだから二人は噴出してしまった。
「な、な、な、な、なにを言ってるんですか、先生!」
アグリアスは顔を真っ赤にして抗議する。ラムザも先ほどまでの元気も無く顔を赤くして俯く。
「まあそれは半分冗談だが」
何処までが冗談なんだとアグリアスは言おうとしたが、墓穴を掘りそうなので聞かずにおいた。
「オルダリーア行きの船が次に出るのは一月も後だ」
そう言ってエルヴェシウスはふっとやさしく微笑み、
「お前達には悪いが、一刻も早くあやつらの墓参りをしてやりたいのだ。これまでの分までな」
アグリアスはハッとした。エルヴェシウスは仲間を失って直ぐに国を離れ、以来故国の地を踏んでいない。そのこともまた仲間の死と向き合うことをできなくした要因であった。しかし今、エルヴェシウスは正面から向き合おうとしているのだ。
「そうですね。そうしてあげてください」
アグリアスは微笑み返した。少し淋しげに、それでもエルヴェシウスの新たな一歩を祝して。
「お前には世話になった。お前が居なければ儂は独り後悔の中に生き続け、あやつらに愛想を尽かされるところであった。礼を言う」
そう言って深々と頭を下げたエルヴェシウスに、
「家族の為に何かをするのは当然でしょう?」
「家族、か・・・・・・」
「ええ、出来の悪い弟です」
「はっはっは。生意気な娘だ」
エルヴェシウスは笑いながらアグリアスの頭に手を回し、脇で固める。
「痛い痛い痛い痛い! すみません、ごめんなさい!」
アグリアスは必死に抜け出そうとしたが、豪腕で固められ全く抜け出せない。そんな様子にラムザはおろおろと右往左往していると、
「ラムザ殿」
アグリアスを固めたままのエルヴェシウスに話しかけられる。
「初めは軟弱者かと思うたが、その実芯の通った男で安堵した。親父に良く似たいい男だ」
「父をご存知だったのですか?」
「剣を交えたのは数えるほどであったが、面白い御仁であった。奇策を弄さず堂々と、しかし巧みに攻め寄せ、略奪を許さず、開戦の前には必ず降伏勧告をするような男であった。騎士の鑑といえるな。一度、戦の最中『見事な腕だ』と褒められた事があってな。馬鹿にしているのかとも思ったが不思議と嫌な気持ちにはならなかったものよ」
「それではやはりあなたのことだったのですね。父が時折語っていた忽然と現れ忽然と消えた、オルダリーア軍屈指の部隊を率いた若き英雄とは」
「ほう、天騎士がそう言ったのか。それはあやつらに良い土産ができた、なっ」
エルヴェシウスはそう言って腕を放し、アグリアスを解放した。
「酷いじゃないですか、先生!」
「見ての通りのじゃじゃ馬だが、儂よりは良く出来た子だ。宜しく頼むぞ」
「はい!」
「うむ!末永くな!」
「はい!って、えええええええ!?」
「先生ぇ!」

「間に合ったようだな」
ウォージリス港を騒がす三人に落ち着いた声が掛けられる。渋柿色のローブを頭から纏ったオルランドゥであった。宿に残って皆の看病をしていたが一段落したのでやって来たのだった。
「オルランドゥ、わざわざ見送りに来ずとも」
「まあ、そう言うな。好敵手の船出だ。祝わせてくれ」
そう言って二人は顔を見合わせ、そして破顔した。
「いずれまた手合わせしようぞ」
「うむ」
二人は固い握手を交わし合う。過日の遺恨は無く、必要以上の言葉も無い。互いに称え合う剣人同士は、それだけ十分であった。
汽笛が大きく鳴る。船出が近いのだ。
 エルヴェシウスはおもむろに刀を抜き、地面に突き立てた。
「アグリアス、剣を貸せ」
あっけに取られていたアグリアスは訳も分からぬままに慌てて鞘ぐるみ剣を渡した。
エルヴェシウスは戸惑う三人を他所に、しばし突き刺した刀を見つめる。
名刀ムラサメ。幾多の命を奪い、あるいは守ってきた、己が半生を共にした愛刀。
アグリアスの剣を大上段に構え、一つ息を吐き、そして深く吸い込んで、止める。
「鋭!」
裂帛の気合と共に振り下ろした剣は、鋭い金属音を立てて長く命を預けてきた彼の愛刀を半分に割った。柄側がゆっくりと落下し、転がった。
「見事」
オルランドゥは感嘆した。切断面は初めからそうであったかのように滑らかで、刀を割った剣も刃こぼれ一つしていない。
エルヴェシウスは剣を収めてアグリアスに返し、落ちた柄側を拾い上げる。
「盲目のままにさ迷い歩き、徒に敵を求め、失った仲間を省みもせず、自責に潰れてただ無為に生きてきた孤剣の生涯は、今終わった」
そうして朗らかに笑った。この青空に良く似合う、一片の曇りも無い、晴れやかな笑顔。
「心中晴れやか、ようやく眼前が開けた心地だ」
アグリアスも笑う。暗く辛い日々からようやく脱却し、新たな人生を踏み出したことを自分のことのように喜んで。そして、父と慕った男の門出を祝って。

汽笛を鳴らし、船は出る。
エルヴェシウスは船尾に立って、三人に見送られて行く。
「先生!」
アグリアスはゆっくりと動き出した船と併走しながら叫ぶ。
「また会えますよね!」
エルヴェシウスは笑って、手すりから身を乗り出して答える。
「ああ!」
そうして腹を叩き、
「腹の『虫』が告げておる! お前達と再び出会えるとな!」
その言葉にアグリアスも笑った。
「本当なんでしょうね!」
「もちろん! お前を連れてきたラムザ殿に『娘さんをください!』と迫られる未来が、はっきりと見えるわ!」
「そういうことを言うから信じられないって言ってるんですよ!」
「はっはっはっはっ!」
船は桟橋から離れ大海原へと走り出す。アグリアスは立ち止まり船を見送る。エルヴェシウスは最後に大声を張った。
「信じろ! 必ず会えると信じれば望みは叶う!」
船は遠く、もはや声は届かない。エルヴェシウスの姿も次第に見えなくなっていく。アグリアスはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「まったく、最後くらい決めてくださいよ。駄目な父親なんだから」
顔を綻ばせながらの誰にとも無い呟きは、アグリアスの心を温かくした。
そのとき、ふと、脳裏に見たことの無い景色が広がった。海沿いの美しい町、そこで共に騒ぎ笑い合う仲間達。そして自分とラムザを連れまわすエルヴェシウスの姿。
「また会えるんですね。お父さん」
アグリアスは海風に金髪をなびかせながら船を見送り、水平線の彼方に消えてもなお、しばらくその場に立ち尽くした。




エルヴェシウスは海風を全身に浴びながら離れ行くイヴァリースの地を眺めていた。かつては敵の本国であり、長らく放浪した地であり、そして親愛なる者達が住まう地。
名残惜しくないといえば嘘になる。
しかし迷いは無い。新たな一歩を踏み出すためにも過去は清算せねばならない。
もう逃げはしない。これ以上の醜態を晒すわけにはいかない。死んでいった仲間のために。父とまで慕ってくれたあの娘に恥じない自分になるために。
ふと。
ウォージリスの街の中に妙なものを見つけた。目を凝らしてじっと見て、
「はっはっはっは!」
大声で笑った。
遠のいていく建物の群れの一つが壁面を盛んに瞬かせている。
窓から白いシーツを振っているのだ。それも一つや二つではない。建物の窓の全てからである。覚えている。あれはアグリアスたちが泊まる宿だ。
自分と戦ったことによって風邪で寝込でしまった面々が、見送ってくれているのだ。
(儂を仲間と認めてくれるか)
エルヴェシウスは笑いながら涙を流した。
自分は何と多くの仲間に恵まれたことか。それは何と幸せなことだろうか。
今度彼らに会うときには、仲間が眠る地へ連れて行こう。その地で生まれた仲間の一人がその美しさを自慢し、皆が羨み、いつかそこで共に騒ごうと誓った、海沿いの小さな町へ。連中は馬鹿騒ぎが好きだったから喜ぶだろう。
海は空を映したように穏やかで、船の航路は何処までも明るい。
青空をカモメの群れが軽やかに、楽しげに舞った。



      〈了〉



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上記の投稿文は今回、本スレではなく、他サイトより引用をさせていただきました
http://fftonly.s53.xrea.com/ss/normal/anthologys.cgi?log=
この場をかりて、報告をさせてもらいました
最終更新:2010年04月05日 22:51