【前編 湖底の女神】

難破した。
ディープダンジョン攻略のため補給や休息はもっぱら貿易都市ウォージリス。
果たして何度往復しただろう、三桁以上も往復していれば一度くらいは船も沈むというもの。
こうして無人島に流れ着いたアグリアス。他の仲間が無事なのかどうか一切不明。
とはいえ。

水上移動を習得しているラッド、アリシア、ラヴィアンは海の上を歩いて帰れるだろう。
ムスタディオは機工都市ゴーグで新武器の開発をしているため今回はいない。
ラファは浮遊移動がある。
マラークは蛙。
ベイオウーフとレーゼはリバイアサンを召喚して乗っていた。メリアドールとボコはそれに救助されたようだ。
クラウドは「潜水のマテリアがある!」とか言って自分から飛び込んだ。多分生きてる。
オルランドゥ伯はオルランドゥ伯のオルランドゥ伯をオルランドゥ伯だから心配無用。
ラムザは船が引っくり返る直前にレビテトの詠唱をしていたのをチラリと見た。だから彼も大丈夫に違いない。

つまり。
遭難したのは恐らく自分だけだろうと、アグリアス・オークスはどことも知れぬ浜辺で水平線を眺めていた。
そう、遠くには流されていないと想う。
草花や樹木はウォージリス近辺で見慣れたものだし、海もエメラルドグリーンという訳ではなくありきたりの青。
しかし、ああ、しかし、今の季節は夏真っ盛りであった。
ディープダンジョン攻略にもうすぐ一区切りがつくから、みんなで海水浴でもして疲れを取ろうという計画もあった。
一足早い、海水浴。ただし遭難。
島はそれほど広くはなく、せいぜい、町ひとつ分程度。
獣や鳥の鳴き声が聞こえ、警戒は必要だが、捕まえれば肉に化ける。天然の果物もありそうだ。
ここで助けを待つとしても、食料にはそう困るまい。後で川や湖でも見つければ飲み水も安泰となろう。

とりあえずアグリアスは、自分の荷物を確認した。
海に放り出され、船の板切れにしがみついていたため、普段身につけていた程度の荷物しかない。

まず騎士の魂とも言える武器は!?
ラグナロク! ディープダンジョン地下八階で発見した最上級の騎士剣!
(二本目のエクスカリバーはベイオウーフに支給されました)

我が身をおおう防具とアクセサリーは?
ゲルミナスブーツ! 移動力確保のための愛用品!
(チャプター3から履きっぱなし。ブレイサー? シャンタージュ? ナニソレ)

盾、鎧、兜は、板切れに掴まってる時に重くて沈みそうになったから脱ぎ捨てました!
クリスタルの盾、21000ギル。
クリスタルヘルム、14000ギル。
クリスタルメイル、19000ギル。
損害、54000ギル。

アグリアスの命、プライスレス。

『クリスタル装備もだいぶ使い込んで、そろそろ寿命ですね』
『いや、まだまだ大丈夫だ。ディープダンジョンに埋もれた財宝を手に入れるまで踏ん張ってみせるさ』

『船の準備は整った……皆が集まるまで退屈だな』
『お待たせしましたアグリアスさん』
『おお、ラムザか。早いな。その荷物はなんだ?』
『新しいクリスタル装備です。アグリアスさんはPTを守護する盾のような方ですから……』
『ラムザ……ありがたく使わせていただく』

海に沈んだラムザの厚意。海に沈んだアグリアスのテンション。

「くっ……なんとしても生き延びて、クリスタル装備分を稼がねば申し訳が立たん!
 なんとしても……生き延びてやる!! この、無人島で!」

こうして無人島生活が始まったアグリアスさん。
通常の衣服は無事だったので、焚き火を作ろうと薪を集めていると海に流れる川を発見した。
少し上流に辿ってみると、岩場の中に澄んだ湖があったので、
焚き火の準備をしてから衣服を脱ぎ、丹念に真水で洗い潮を落とした。
それから黒魔法で焚き火を起こして衣服を乾かせている間、アグリアスは湖に身を投じる。

あまり深くは無く、水底に群生する水草に魚影が隠れているのが水面近くからも見えた。
釣りや、銛などを使った漁の経験が無いため、魚を取るのは難しいだろう。
無双稲妻突きでも落とせば一網打尽にできるかもしれないが、それはやりすぎというもの。
水底の、水草が揺らぐ中に、ひとつ、大きな岩が顔を出していた。
その表面はあまり角ばっておらず、不思議と光っているように感じる。
いや、光を浴びているのだ。
太陽の陽射しが、湖面から真っ直ぐ、あの岩に降り注いでいる。
とてもロマンチックに思えて、アグリアスは水をかいて潜り、手で岩を撫でると、
その上で身体をよじり、素足を岩に乗せて立ち上がった。
だが身体とは浮くもので、すぐ爪先立ちになってしまうアグリアス。
水をかいてなんとか岩に留まろうとし、その余波で髪の毛が円を描くように広がる。
湖底に届く光を浴び、広がった金糸の髪はみずから輝いているかのようであった。
閉じられたまぶたの前を、朱唇の隙間からこぼれる空気が昇っていく。
そのたみに長いまつ毛が泡に触れて動いた。
騎士として鍛えられた筋肉は同時に均整の取れたプロポーションを生んでおり、
決して女性としての魅力を損なうような事は無かった。
少し太い首、傷跡のある鎖骨、曲線を描く肩は硬さとやわらかさを共存させ、
左右に伸びた両腕の先では軽く開かれた指は、小魚を狙う白魚のような活発さとしなやかさがあった。
鍛えられた胸元は水に浮かぶほどの豊かではないものの、両の手で掴めるくらいの山脈であった。
さすがにこのあたりは、普段から鎧で護っているため戦いの傷跡も無く、
抜群の張りは力強い弾力を持っているのだろうと想像させる。
山頂の色は薄く、水の冷たさに敏感な反応をして蕾を大きくさせていた。
しなやかな腹部は、胸元と違い幾つか切り傷が見られた。
それでも、切られた部位は決して醜くなく、周りの肌より白いそれは、光を浴びて白く白く映えている。
一輪の淡い薔薇を隠す金の砦は、今は水草のように揺れて無防備をさらしていた。
太く力強いしかしムッチリとした大人の色気を漂わせる太ももが、そのすぐ下で内股になっており、
合わせられた両の膝や、キュッとしまった足首まで続くふくらはぎのラインはスマートで、
岩に触れる伸ばした爪先まで続くそれらは、脚とは芸術品であると主張している。

水越しに太陽の光を全身に浴びるその様は神々しいまでに美しかった。
湖底の女神であると確信させるほどに。

その一部始終を、ラムザ・ベオルブは目撃した。

目と目が合う。
湖底で、全裸のラムザとアグリアスの視線が真っ直ぐに。
金の髪を海草のようにゆらゆらさせて、泳いでいる最中のポーズで硬直しているラムザ。
一本の剣を隠す金の砦は、今は水草のように揺れて無防備をさらしていた。
その下で水の流れにゆらゆらゆらゆら。
しかしそれは、急速に禍々しき邪気を帯びると、鞘からみずから刀身を解放しようとした。

ゴバッ。
そんな風に肺いっぱいの空気を吐き出したラムザは、股間を押さえながら大慌てで水面に向かった。

ゴバッ。
そんな風に肺いっぱいの空気を吐き出したアグリアスは、胸元と股間を隠しながら大慌てで水面に向かった。

ザバッ。
同時に顔を出し、大きく息を吸う二人。そして同時に。

「どうして貴女がここにーッ!?」
「どうして貴公がここにーッ!?」

無人島だよアグリアスさん! 
無人島でラムザと二人きりだよアグリアスさん!


【後編 無人島の支配者】

無人島に流れ着き、唯一の武器ナグラロクを失ったラムザ一行。
魔法は強力だがMP切れは怖い。
よってラムザは話術士となり、時魔法をセット。自分にヘイストをかけ勧誘を連発する作戦だ。
そしてアグリアスはモンクとなり、白魔法をセット。HPとMP回復を可能にた上で物理攻撃力も確保だ。
魔獣退治の罠も仕掛けてあるし、寝る時はラムザを木に縛りつけてあるし、安全も万全。
もはやこの島で恐れるものは無いに等しい。

『そやけど、そうは問屋が卸しまへん!』

二人が湖で喉を潤していると、突然魔獣の叫びが轟いた。
水柱が上がる。
現れたのは、マインドフレイア……を、頭に乗せた、巨大な化物。
頭部はマインドフレイアと酷似しており、胴体はびっしりと鱗に覆われている。
触手の代わりに巨大な鉤爪を持ち、背中には蝙蝠の翼が悪魔的に生えていた。
その全身は暗緑色で、身の毛もよだつおぞましさがあった。
化物の頭部に立つマインドフレイアは笑いながら言い放った。

『フハハハハ! 見たか、これが我等マインドフレイア族の長……クトゥルフ様やー!
 そしてワシはクトゥルフの息子、マインドフレイアのゴンザレス! 以後、よろしゅう』

話術士のラムザはバッチリ魔獣語が解ったが、アグリアスはさっぱりだ。
「ラムザ、あのマインドフレイアと、その親玉らしきものはいったい……」
「えーと、僕にもよく解りません。マインドフレイアはゴンザレス、下の大きいのはクトゥルフだそーです」
「クトゥルフ……なんか嫌な響き……の……」
その名を口にして、アグリアスは目まいを起こした。
ラムザも頭に響く鈍痛によろめいてしまう。

『フハハ! 親父の姿を見るだけで人間は正気をガリガリ削られて発狂し死に至るんじゃあ!
 具体的には見ただけで混乱と死の宣告がかかる感じ。無敵や! ワシの親父は無敵なんじゃあ!』

唐突な圧倒的ピンチ!
二人の頭上で死のカウントダウンがスタートする!

「くっ……死の宣告だと? いつの間に? あ、頭が……」
『フフフフフ。そっちの女はワシの触手でメロメロにしてやるさかい、覚悟しときぃ』
「ああ~……魔獣語は解らないはずなのに、なんとなく触手でエロスされそうな気が~……」
女騎士アグリアス・淫辱の触手島。そんなタイトルが彼女の脳裏をよぎった。
それを実現すべく、クトゥルフの頭から飛び降りて混乱状態のアグリアスに迫るゴンザレス。
「う、うう……」
頼みの綱であるラムザはすでに精神をやられており、みずから生贄になろうというように、
フラフラとクトゥルフの前にその身を差し出してしまった。
そして。

「クトゥルフさ~ん、僕の仲間になりませんか~?」

混乱状態でまさかの勧誘!

『ええよ』

まさかの成功!
敵リーダーがいなくなったので戦闘終了。混乱も死の宣告も消えた。
こうしてクトゥルフとゴンザレスをも従えたラムザとアグリアスは、
名実ともにこの無人島の支配者と化したのであった。

それから、もうしばらく経って――。

「うおー! ラムザ、アグリアス、生きててくれよー!」
ゴーグで別行動を取っていたムスタディオは、ラムザ達の船が難破した事をしるや、
すぐさまウォージリスに向かいラムザとアグリアス以外のメンバーと再会した。
たかが旅人二人(しかも異端者)などのために捜索船を出してくれる船は無い。
ならば、と、ムスタディオは機工士の叡智を結集させた捜索船を完成させたのだ。
動力は聖石であり、どんな荒波でも踏破できる代物だ。
無論、ムスタディオ以外の仲間達もこの船に乗っている。
「船が沈んだ位置と海流を計算すると、南に流された可能性が高い」
「とすると、この島を探索してみるべきだな」
ラッドとベイオウーフが地図を挟んでうなずき合い、ムスタディオは舵を握りしめる。
「よーし、南だな? 行くぞーッ!」
尋常ではない速度で航行する船。さすが動力が聖石なだけはある!
「ムスタディオ! 目的の島からのろしが上がっている、しかもあれは救助を求める合図だ!」
「ナイスだラッド! ラムザとアグリアスはあの島にいるに違いない、飛ばすぜ!」
こうして一行は島の浜辺に船を接近させた。
「おお、みんな、見ろ!」
一同は、探し求めていた人物を発見する。

笑顔で手を振っているラムザ。
笑顔で手を組んでいるアグリアス。
そんな二人と肩を組んでいるマインドフレイア。
そんな二人と一匹を頭に乗せているクトゥルフ。
そんな彼等を囲む五十匹にもおよぶマインドフレイアの群れ。

触手地獄。
そんな単語がムスタディオ達の脳裏をよぎり、素敵な笑顔という形で現実逃避した。

クトゥルフを従え、無人島の支配者となった二人は、
その眷属であるマインドフレイアの群れを丸ごと従属させてしまった。
最初はおっかなびっくりしていたものの、
マインドフレイア達が無人島の至るところから肉や魚や果物を取ってきて毎日ご馳走で、
忠実に従い、さらに敬ってくれたために、短い期間で愛着が湧いてしまったのだ。
今の二人にとってマインドフレイアは家族も同然。
ムスタディオ達からしてみれば、それはもう人間よりマインドフレイア側に属する生物に見える訳で。

「ああ! 船が引き返していく!?」
「馬鹿な! 私達に気づいたはずだ!?」

クトゥルフの頭の上で大手を振って大声を上げて、けれど船は離れていく。
こんな所でラムザとアグリアスの冒険は終わってしまうのか?
まだルカヴィを倒していないのに!
まだアルマを助けていないのに!
まだディープダンジョンを攻略してないのに!

『ご主人様~。親父に任しとき』
その時、ゴンザレスが力強くラムザとアグリアスの肩を抱き寄せた。
そして、クトゥルフは岬から飛び降り海面に巨大な水柱を立てた。
さらに、後に続いて五十匹のマインドフレイア軍団。
主が溺れないよう、頭部を海面から出して泳ぐクトゥルフ。その速度、聖石船をも凌駕する。
「おお、これなら追いつけますよアグリアスさん!」
「うむ、これで万事解決だ!」

「ぎゃー! 追ってくるー!」
「聖石の出力を上げろー! 絶対に捕まるなー!」
全力で逃げるムスタディオ達。
この追いかけっこは貿易都市ウォージリスに到着しても続き、都市は壊滅した。
逃げるムスタディオ達を追ってクトゥルフとマインドフレイア達が大暴れしたせいだ。
その主犯として、クトゥルフの頭部に乗っていた異端者ラムザの懸賞金が十倍になったそうな。


色々省略。


ついにアルマの肉体に降臨した聖アジョラ!
「肉体を取り戻したぞ……」
「クートゥルフルフルフ」
「タコの幻覚が見える」
アルマの身体から抜けていく聖アジョラ!

「ふー、助かったわ兄さん。ありがとう!」
「よかったアルマ、無事で」

ファイナルファンタジータクティクス THE END?


最終決戦の地が崩壊し、ラムザ一行は異次元空間へと放り出された。
果たして元の世界に戻れるのか、それとも未来永劫、次元の漂流者となってしまうのか。
アグリアスが目を覚ました時、そこは清らかな川の岸辺だった。
疲労した肉体を癒すため、さっそく服を脱いで水浴びをするアグリアス。すると。

「ここは無人島みたいだ」「兄さん達と一緒なら平気よ」「どう脱出したもんか」「水の確保はこの川でできるな」
ラムザとアルマとムスタディオとラッドが岩陰から出てきた。
「お腹空いたなぁ」「湖があるから、魚でも取りましょう」「魚なんて槍で一突きよ」
ラヴィアンとアリシアとメリアドールが木陰から出てきた。
「俺って役立たずだよな……」「そんな事は……」「興味無いね」
マラークとラファとクラウドが下流からやって来た。
「おや、みんな無事なようじゃの」「よかったよかった」「あら、アグリアスなんで裸なの?」
オルランドゥとベイオウーフとレーゼが上流からやって来た。
『親父ぃ~、この島で再出発しよかー』『クートゥルフルフルフ』
さらにクトゥルフに乗ったゴンザレスが川の中から現れて。

全員に全裸を目撃されたアグリアスは、奇声を発しながら素手で不動無明剣を降らし、
無人島の中心部に天まで届かんとする氷山を創造した。

秘境探索最難関の異名を持つ、無人島アルカディアティルナノグエリシオンシャングリラアヴァロン、の、
発見者代表にして支配者として名を轟かせたアグリアス・オークスは、
畏国のみならず全世界からその栄誉を称えられ、歴史書に名を残す事となる。
その地にアグリアスが創造したという霊峰、不動無明山の頂上には、湖底の女神と題された氷像があるという。
製作者はラムザ・ルグリアという彫刻家で、モデルはアグリアス・オークスと言われている。
ちなみに、氷像は裸婦像。

   【完】
最終更新:2010年06月04日 00:07