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誕生日記念 空気なんか読まない


貿易都市ウォージリスのとある宿屋。入り口には、「本日貸切」の札がかかっていた。
一階の食堂から、陽気な笑い声が響いていた。
道行く人も、その陽気な騒がしさに興味を惹かれて立ち止まる人が多かった。
「今日は何かやってるのか?」
「何でも結婚のお祝いらしいよ」
人々は、宿を見上げてそう話すのだった。

夜も更け、宴もひとり、またひとりと酔い潰れて、そろそろお開きとなりかけた頃。
アグリアスはレーゼに連れられて、控え室となっている部屋に入った。
レーゼは手際よくドレスを脱がせ、髪飾りやアクセサリを外すと、
「じゃ、これに着替えて」
と、レースをたっぷりと使った豪勢な白い下着をアグリアスに渡した。
「これを……着るのか……?」
普段から華美なものをあまり身に付けないせいか、アグリアスは下着を手にしてひどく戸惑った。
「着るの」
レーゼはにべもない。
「愛しの王子様に見せるのよ。どこにでもあるようなもので済ませるつもり?そんなのダメよ」
「う、うむ……」
赤面しながら、渡された下着を身に付ける。少し派手すぎはしないだろうか……。

アグリアスから、結婚の話を聞いたとき、本当に嬉しかったのよ。
だって、あんなに大変な戦いの中、それでも信じあって、やっとここまで来れたんですもの。
私たちもそうだったから、あなたたちの思いは良く分かるつもりよ。
だから、私にあなたのお世話をさせてちょうだい。ベイオにもラムザのお世話をさせるわ。

レーゼはこう言って、アグリアスの世話役を買って出たのである。

レーゼに髪を結い上げてもらって、言われるままに深い蒼のナイトガウンをまとったアグリアスは、
普段の彼女の姿からは想像もできないほどの変身ぶりだった。
「うん、これで完璧」
にっこりとレーゼは笑った。これならラムザもイチコロよね。
「何だか……自分で無いような気がする」
恥ずかしそうにもじもじするアグリアス。自分の格好が似合っているのかどうだか分からないようだ。
「とっても素敵よ、アグリアス。でも、ちょっとだけいいかしら」
「何だ」
「その騎士言葉、どうにかならない?」
「こ、これは……もう染み付いてしまっているものだから……その」
「まぁ、あなたらしくていいとは思うけど、ね」

ランプに照らされた部屋の中は、戦友たちから贈られた花や祝いの品でいっぱいだった。
テーブルの上には、上等の葡萄酒とグラスがふたつ。横にはユリの花が飾られていた。
部屋の中には、邪魔にならないほどに香が焚かれていた。

この部屋で、今晩、ラムザと過ごすのだ……。
こんなに緊張したことはない。今すぐにでも逃げ出したいくらいだ……。

「それじゃ、私はここまでよ」
部屋のドアの前で、レーゼが言った。
「あ、ああ……ありがとうレーゼ」
そう言うアグリアスの表情は仮面のように硬い。
「……緊張するのは分かるけど、それじゃラムザも幻滅しちゃうわ」
レーゼはくすくす笑った。
「大丈夫よアグリアス。とっても自然なことなの。何も考えないで、自然に任せてればいいのよ」
「そ、そうか……」
「……今日まで守ってきた純潔を、愛する人に捧げる、女にとって生涯に一度しかない、とても大事な日よ。……頑張ってね」
「あ、ああ……」
アグリアスは首まで真っ赤にしてしまう。レーゼはそんなアグリアスを見て、にっこり笑って部屋を後にした。
私も、初めてベイオと結ばれた日は、あんなだったな……。

部屋の向こうから靴音が近づいてきた。
(来た……!)
身を固くして、アグリアスは身構える。それはまるで戦闘中のようでもある。
ドアがノックされて開き、ベイオウーフに連れられて、ラムザが現れた。
「すみません、お待たせして」
「あっ、ああ……いや、いいんだ……」
ラムザの顔を見たとたんに、頭の中は真っ白になってしまった。
恥ずかしさと緊張で、何を言っていいのか、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。

「では、僕はこれで」
「ありがとう、ベイオウーフさん」
ベイオウーフは一礼して、部屋のドアを閉める。そして、部屋にはラムザとアグリアスのふたりだけになった。
しかし、ふたりともしばらく立ったまま、お互いの出方を窺っていた。これではどうにもならない。
「……座りましょうか」
「あ、ああ……」
ふたりは椅子に座った。ラムザもアグリアスも、緊張で表情が固い。そして、また探りを入れるように黙ってしまう。
ふっと、ラムザが表情を崩して、
「やっぱり、ダメですね。緊張しちゃって、何喋っていいか分からなくて」
と言って笑った。
「綺麗です。アグリアスさん」
「あ、ありがとう……」
嬉しいのと恥ずかしいのとで、真っ赤になってしまうアグリアス。
「……飲みましょう。これ、ムスタディオがランベリーまで行って買ってきてくれたんですよ」
ラムザの笑顔に少し緊張がほぐれて、アグリアスもやっと笑顔を浮かべた。

「それじゃ、乾杯」
「乾杯」
ちん、とグラスを鳴らして、真紅の葡萄酒を飲み干した。
「美味しいですね」
「ランベリー産の葡萄酒は軽くて飲みやすいからな。……お前は弱いんだからあまり飲みすぎるな」
「分かってますよ」
やっぱり、お姉さんみたいなところはそのままなんだな。ラムザはそれがおかしくて笑ってしまった。
「何がおかしい」
「いえ、別に」
僕が好きになった人は、こういう人なんだ。

「……ラムザ」
少しの沈黙の後、アグリアスが緊張した面持ちで言う。
「わ、私を……選んでくれて、本当に嬉しい。ありがとう」
言おう言おうと、何度も練習した言葉だった。やっと、言うことができた。
ラムザは微笑んで、アグリアスの手を握った。
「僕こそ……僕の想いに答えてくれて、嬉しいです。本当にありがとう」
アグリアスもその手を握り返す。
「愛してる……ラムザ」
「愛してます、アグリアス……さん」
そこまで言って、ラムザは急に照れくさそうに笑って言った。
「さん、はもうおかしいですよね」
「……私達らしくていいじゃないか」
アグリアスも笑って言った。私も、当分の間、騎士言葉は捨てられそうにないからな。

見つめあい、吸い寄せられるように、互いの唇を重ねた。
しばしの間の後、唇を離す。アグリアスの甘い吐息がラムザの鼻をくすぐった。
「ラムザ……」
上気したアグリアスの顔は凄絶なほどの色気を放っている。
ラムザは衝動を何とか押さえ込みながら、ガウンにそっと手をかけた。
ガウンが下ろされ、純白の下着姿が現れる。そして、ラムザに抱きかかえられて、ベッドへ誘われた。

「ラ、ラムザ……その……私……初めてだから……」
ラムザは微笑んで、
「なるべく、優しくしますから……」
そう言って、アグリアスに口づける。ラムザの手が、優しくアグリアスの体を抱きしめる。

私はラムザに抱かれ、今夜ひとつになる。
夢のように、幸せなこと。
できれば、この幸せが、このまま終わらないで欲しい――


「お疲れ様、ベイオ」
食堂に入ってきたベイオウーフに、レーゼは熱いコーヒーを手渡した。
「ああ、ありがとうレーゼ」
宿の食堂は、宴の後の静けさ。そこかしこに、グラスや皿が散乱し、酔い潰れて寝てしまった者が転がっている。
「いい宴だったわね」
「ああ。あのふたりも、とても幸せそうだった。世話役をやってよかったよ」
「私も苦労の甲斐があったわ」
ふたりはコーヒーを飲みながら、時々2階の様子を窺う。
「……あのふたりには、幸せになってもらわないとな」
「私達の恩人だもの、ね」
レーゼはベイオウーフに寄り添った。
「ねぇ、覚えてる?私達が、初めて結ばれた日のこと」
「……覚えてるよ。忘れないさ」
ベイオウーフが少し照れくさそうに答えた。そして、レーゼを抱き寄せて口づけする。
ラムザ達のものとは全く違う、互いが互いをを求める熱く激しい口づけ。
「……あのふたりに当てられちゃったの?」
「そうかもな」
「うふふ。私も、よ」
レーゼはベイオウーフの首に手を回して言った。


鎧戸の隙間から、朝の光が漏れていた。目は覚めていたが、気だるい。
横には、まだ夢の中のラムザがいる。
昨夜を思い出すと、体の奥が痺れて熱くなる。
まだ生々しいその感触を思い出して、アグリアスは赤面した。

ラムザの寝顔はあどけなさがまだ残る、子供のような寝顔だった。

(こんな寝顔をして……)
昨夜のラムザは、いつものラムザとは別人のような「男」だった。

ラムザは、初めてではなかった。
詮無いこと、とは思うけれど、ラムザがどこでこのようなことを覚えたのか、想像しては嫉妬してしまう。
私と出会う前の傭兵時代だろうか。それとも、貴族の子弟として、教育されたのだろうか。
でも、それでもいい。
ラムザは、私を選んでくれた。今日からは、私だけのラムザ、ラムザだけの私となったのだから。

「ん……」
ラムザがうっすらと目を開けた。アグリアスはその顔を覗き込んで、
「おはよう……あなた」
と呼びかけた。それは、アグリアスにだけ許される、ラムザの新しい呼び名。
「ああ……。おはよう……アグリアス」
ラムザは微笑みながら、妻となった人の名を呼んだのだった。

今日から、ふたりで同じ道を歩いて行く。
曲がりくねって、平坦な道ではないかもしれない。けれど――
いつまでも、その道が途切れることなく続きますように。
最終更新:2010年07月04日 21:04