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「なぜだッ!なぜ除名なのだ!なぜ私を連れて行かないんだッ!」
ラムザの天幕の中から、アグリアスの大声が響いた。

「落ち着いて下さいアグリアスさん。理由は先ほど……」
ラムザはアグリアスを何とかなだめようとするが、
「納得できん!」
アグリアスは怒りに震えてラムザに食って掛かる。
「今さらオヴェリア様の元へ帰れなど、よく言えるものだッ!
私が、私がッ……なぜお前に付き従ってきたか分からんのかッ!!」

ラムザは、オーボンヌ修道院への最後の出撃の前に、部隊の主だった者を集めた。
そして、こう言ったのである。
「最後の戦いに出撃する者以外を除名する。帰る場所のある者は、帰って欲しい」

恐らく、最後の戦いからの生還は難しい。そんな戦いに、全員を巻き込むわけにはいかない。
そう考えた上での処分だった。
金で雇われていた傭兵はともかく、以前よりラムザと共に戦ってきた者には、この処分に納得の出来ない者が多かった。


ムスタディオからは殴られた。
「お前はオレの友達なんだぞ!オレはお前のために戦いたいんだ!」
だけど、君にはゴーグに父上がいる。帰る場所がある。君は帰るべきなんだ。
いつか、飛空挺を完成させると言っていた、君の夢を叶えて欲しいんだ。

ベイオウーフさんとレーゼさんも反対だった。
「俺たちは君がいたから、こうして今、一緒にいられるんだ。どうか、最後まで手伝わせてもらえないか」
ありがとう。その思いはとても嬉しいです。
でも、あなた達には、幸せになって欲しい。そして次の世代へ、思いを繋いで欲しいんです。

マラークとラファも。
君たちはこの世にたったふたりの兄妹だ。君たちを見てると、僕とアルマを見ているようだよ。
どうか、兄妹仲良く、生きていって欲しい。僕もアルマを必ず救い出すよ。

アグリアスさん。
あなたには、オヴェリア様がいます。どうか、オヴェリア様のところへ帰って下さい。
オヴェリア様も、あなたを待っているはずです。
アリシアとラヴィアンも一緒です。これまで、僕のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう。

シド様、メリアドール、労働八号。帰れない戦いです。僕に、その命を下さい。


この3人には、戦う理由がある。
シドは公式にはすでに死んでいる。帰る場所はこの世にないのだ。
メリアドールは、弟を殺し、ルカヴィとなった父を追い、戦わなくてはならない。
労働八号は、主人であるラムザの命令に忠実に従うのみ、である。


反対した者の中で、最も激しく抵抗したのが、アグリアスであった。

「オヴェリア様のことは、片時たりとも忘れたことはない!私の主は、オヴェリア様をおいて他にない!
だが私はッ!……お前の剣となって、お前と共に、この戦いを戦いぬくことを誓った!
この世界を救おうとする、お前の力となることを誓ったのだ!それが、オヴェリア様の御心にもかなう事だと信じて!!」
アグリアスは血を吐くように声を絞り出す。
「それを……それをッ!お前は……」
崩れ落ちるように膝を突き、うずくまった。
「……口惜しい……口惜しいッ!」
アグリアスの瞳からぼろぼろと涙が落ちる。
「お前にとって……私は……何だったのだッ……!」
体を震わせて、アグリアスが嗚咽する。

「……アグリアスさん」
ラムザが、激高するアグリアスをなだめようと、手を伸ばした。
「触るなァッ!!」
抜き打ちに斬られかねないアグリアスの怒気に、ラムザは思わずびくっと飛び下がった。
「アグリアスさん……僕は……」
「言うなッ……もう何も言うなァッ!!」
アグリアスは叫び声を残し、ラムザの天幕から飛び出していった。

ラムザは、後を追おうとしたが、その足は止まってしまった。
(このまま、アグリアスさんがいなくなってくれたほうがいいのかもしれない……)

ラムザも、アグリアスの思いは痛いほど分かっていた。
自分のために、オヴェリアのために、彼女は剣を振るい続けた。
ラムザの戦いの意義を誰よりも理解しようとし、誰よりもラムザのそばで戦い続けた。
その先にある平和な世界。それこそが、オヴェリアの求めるものだと信じて。

そして今、その剣の主が、最後の、帰らぬ戦いに身を投じようとしているのだ。
彼女は自分の命を朝露ほどにも思わずに、ラムザに付き従い、戦うだろう。
それを、ラムザは拒否した。彼女にとって、それは自分の存在意義を否定されたに等しい。
自分がこれまで信じてきたもの、護ろうとしたものに、彼女は裏切られたのだ。

なぜ、ラムザはアグリアスを拒否したのか。それは――

「追わないの?」
天幕の入り口に、メリアドールが腕組みして立っていた。
「追っても、拒絶されるだけだよ。それに彼女のためには、これでいいのかもしれない」
「そうかもしれないわね。でも、あなたはそれでいいの?」
「……」
「彼女に、想いを伝えなくていいの?」
「……いいんだ。もう……」
「そう。あなたはそれで後悔しないのね?彼女は、それでいいのかしら?」
「……」
「追いなさい。追って、彼女に気持ちを伝えて来なさい。あなたが、彼女にできる、最後のことよ。
……あなたが帰ってくるまで、私達は待っていてあげるわ」
メリアドールはそう言うと、くるりと踵を返した。

(アグリアスさんのために、そう思ったんだ。僕は嫌われても、彼女には生きていて欲しいから)
(僕の想い。それは……)
(僕は、僕の気持ちに、嘘をついていないか?)

さっきまで、アグリアスのいた場所に、ラムザは立った。
アグリアスの流した涙が、まだ乾かずに残っている。涙なんか見せたことのない彼女が、初めて見せた涙だ。

(アグリアスさん……僕は……!)

そして、ラムザは意を決したように、アグリアスを追って走り出した。


雨が降り出した。雨粒はだんだん大きくなり、土砂降りの雨となった。
アグリアスは森の中を歩いていた。ここがどこかも分からない。どこへ行くあてもない。
晩秋の冷たい雨に打たれながら、重たい足を動かしているだけだった。

容赦なく雨はアグリアスの体に打ちつけ、その体温を奪う。
獣道は流れる雨でぬかるみ、一歩ごとに体力を奪ってゆく。
重い。
体が重い。
雨だけのせいではない。
(私は……どこへ行こうというのだ。行くあてなど、どこにもないのに)
心が重い。
鉛のようだ。

足を一歩踏み出すたびに、腰で鳴っている剣。
オヴェリアの護衛に任じられた時に、特別に拝領した剣。
その後も、幾多の戦いにおいてアグリアスと共にあり、アグリアスの体の一部のようになった剣。
その剣の名は「セイブ・ザ・クイーン」。
(剣の主に捨てられ、主君と仰いだ人を護ることさえ出来ない者の剣、か……滑稽なものだ)
アグリアスは剣を抜いた。
ずしりと重い。あんなに、羽のように軽かったはずなのに――
(重い……!剣が……これほど重いなんて……)
思わず涙が出た。涙は顔を打つ雨に流されてゆく。
(剣に生きてきたつもりであった。それは間違いだったのだろうか)
(剣を振るえない騎士など、騎士ではない……私は、騎士ですらなくなるのか……)
(……捨ててしまおう。もう私には必要ない。剣を捨て、ただの女として……)
涙は冷たい雨と共に流れ、止まらない。アグリアスの手から、セイブ・ザ・クイーンが音を立てて落ちる。
そのまま、振り向くことなく、アグリアスは歩いていった。

もうどれだけ歩いただろうか。
疲れた。もう、歩きたくない――
木の根元に、アグリアスは腰を下ろした。雨は変わらず激しく降り続く。
冷え切った体は、もう動くことを拒否しているようだった。

心の拠り所を失い、自分の存在の意味を失った。たまらなく寂しかった。
会いたい……。皆に会いたい。皆の笑顔があった、あの頃に帰りたい。

ラムザ……。
私のほうこそ、わがままだったな。困らせてしまったな。許してくれ……。
だが、私は……お前と共に行きたい。たとえ行く先が地獄であろうとも……。
私は……お前の剣となりたい。共に倒れられるのなら、本望だ……。

ラムザ……私は……お前と……。

ああ……眠い。
このまま……眠ってしまおう。
これがみんな……夢なら……どんなに……いいだろう……。


「……ん!」
声……?
「アグリアスさん!!」
ラムザ……か?
「しっかり!しっかりして下さい!アグリアスさん!!」
ああ……なんだラムザ……ずぶ濡れじゃないか……風邪を引くぞ……。
どうして……お前が私の剣を持っている……それは私の……大事なものだぞ……。

「アグリアスさんっ!しっかりっ!」
アグリアスの顔は血の気が引いて土気色となってしまっていた。体は人形のように力がない。
アグリアスの顔に触れて、
(冷たい!)
ラムザは愕然とした。どれだけの間、この状態だったのだ。
(死なせない!絶対に死なせない!まだ、伝えてないことがあるんだ!)
ラムザはアグリアスを抱え、山道を歩き始めた。
片手には、アグリアスの捨てたセイブ・ザ・クイーンが握られていた。


遠くで雨音が聞こえる……。私は……。

はっと目覚める。起き上がろうとして、頭が朦朧とした。
ここは……どこだ?

徐々に意識がはっきりしてくる。
どこかの宿だ。暖炉に火が入れられており、部屋は暖かい。窓の外はまだ雨だった。
暖炉の前に安楽椅子があり、そこでラムザが眠っていた。
「ラム……」
名前を呼ぼうとして、アグリアスは自分の姿に気付いた。
ローブを着せられていたのだが、アグリアスには小さすぎて、合わせから胸がほとんど出てしまっている。
慌ててシーツで体を隠した。
(わ、私は、いったいどうしたのだ……)
服はどこか、と目で探すと、暖炉の前で乾かしてあるようだった。

(そうだ。あの森だ。ラムザ……)
雨に濡れて、彷徨っていた。ラムザの声が聞こえたところまでは、おぼろげながら覚えている。そこから、記憶がない。
(私を追ってきたのか……。よく、私の居場所が分かったものだ)
その後、ラムザは私を連れてこの宿に辿り着いて、私を介抱したのだろう。
(ま、まさか……ラムザが私の服を……?)
そう考えて、アグリアスは赤面した。

部屋を見渡すと、ラムザの眠る安楽椅子のそばに、見慣れた剣が置いてあった。
(あれは……!)
セイブ・ザ・クイーン――あの森で捨てた、私の剣だ。
(ラムザが拾ったのか……)
剣を見ると、少し安心する。おかしなものだ。私は剣を捨てたはずなのに――


ラムザが寝息をするたびに、安楽椅子がほんの少しだけ揺れる。
そのたびにラムザのくせっ毛も揺れる。
それが暖炉の火に照らされて、キラキラと輝いて見えていた。
アグリアスはそれを飽きもしないで眺めていた。

あんなに激高して、顔も見たくないと思って飛び出して来たのに、
ラムザの顔を見た途端に安心して、今は穏やかな感情しかない。不思議なものだ。

「ん……んーっ……」
ラムザが目を覚ました。そしてアグリアスと目が合う。
「気が付いたんですね!ああ、よかった……よかった、アグリアスさん」
ラムザはほうっと安堵の息を吐いて、アグリアスのそばへ歩み寄った。
「どこか痛いところはありませんか?気分が悪いとかは?」
「な、ないっ。ないから、心配するな」
アグリアスは胸を見られないようにシーツに包まって小さくなってしまう。
「よかった……本当に……」
ラムザの目が少しだけキラリと光った。しかしすぐにごしごしと手で拭いてしまう。
「死んでしまうかと思ったんですよ。もう……」
「……すまなかった」
「いいんです。本当に無事でよかった」

「ここはどこなんだ」
「ドーター近くの村です。村までそれほど離れてなかったのが幸いでした」
「私はどのくらい寝ていたのだ」
「半日です。もうすぐ夜ですよ」
「しかし、よく私の居場所が分かったな」
「運がよかったんです。森の猟師が、森へ入っていくアグリアスさんを見かけていたんです。
そうでなかったら、見つけられなかった」
「そ、それで、その、私をここまで連れてきたのか」
「はい。とにかく、早く雨の当たらない所へ連れて行こうと思って」
「そ、それで、わ、私を介抱したのは、お前か」
「いえ。宿のおかみさんにお願いしました。僕がするわけにはいかないでしょう」
「あ、当たり前だ」

アグリアスの服が乾いていたので、着替えのためラムザは一旦部屋から出た。
服を着た。いつもの騎士服だ。
しかし、騎士であることを捨てた自分の着る服ではないな、とアグリアスは思った。
振るう剣、騎士であること、それらはあの森で捨てたのだ。
もう、剣を下げることもないだろう。今度は、レーゼが着ていたような、ひらひらのスカートでも着てみようか。
――自分のその姿を想像して、アグリアスはおかしくなって少し笑った。

「もういいですか」
ドアの向こうからラムザの声がする。
「ああ、もういいぞ」
ドアが開いて、ラムザが入ってくる。
「……すまなかったな」
「え?」
「陣では激高してしまって、恥ずかしいところを見せてしまった」
「いえ……」
「やはり、連れてはいけぬか」
アグリアスは微笑んで聞いた。その声に諦めの響きがある。
「はい……。すみません」
「謝ることはない。しかしなぜだ。私の剣では不足か」
「そんなことはないです!そんな理由じゃないんです」
「ではなぜだ。理由を聞かせてくれ。正直なところを聞かせて欲しい」
ラムザは、少し黙っていたが、意を決して言った。

「僕は……あなたに、生きていて欲しいんです。どんな形でも構わない。この世で生きていて欲しいんです」
伝えなくては。僕の想いを。

「今度の戦いは……生きては帰れないかもしれない。もう二度と、この世に帰ってこれないかもしれない。
……そう考えると、怖い。怖いんです……!」
ラムザが声を上げる。声が震えていた。人外の者とも互角に、勇敢に戦う男が恐怖に震えている。
「できるなら、逃げ出したい。でも、それはできない。逃げたって、何も変わらないから。
奴らを止められるのは僕しかいない。アルマを救えるのも僕しかいないから」
アグリアスは、恐怖に震えるラムザを初めて見た。

「そんな時に、僕のそばに、あなたがいてくれたら……!どんなに心強いか、どんなに心安らぐか……!
でも、あなたを連れて行けば、あなたも帰ってこれないかもしれない。それだけじゃない。
僕はあなたの死ぬ姿なんて見たくない。あなたがいなくなるなんて、考えたくない」
アグリアスが自分の目の前で死ぬなんて、考えるのもおぞましかった。

「だから……だから、あなたに生きていて欲しいんです。あなたがこの世に生きている。
そう思えたら、もしかしたら、帰ってこれるかもしれない。そんな気がするんです」

ラムザはうつむいて震えていた。
「ふふ……可笑しいですよね。考えると、怖くて、震えが止まらないんです。
これから、その戦いに向かうっていうのに……情けないですよね」
「ラムザ……」
「できたら、あなたとずっと一緒にいたかった。あなたと一緒に過ごした日々は、とても楽しかった。
僕も別れたくないんです。でも、そうしなきゃ……いけないんです。
僕は……あなたが好きだから。大好きな人を、失いたくないから……!」

アグリアスは、ラムザがなぜ自分を除名しようとしたか、やっと理解した。
アグリアスを生かすため。好きになった人に、生きていて欲しいと願ったため。
オヴェリアのことなどは二の次だったのだ。

ああ――ラムザ、お前は私と同じことを思っていたのだな。

アグリアスは、ラムザの震える肩に手を置いた。
「分かった。お前の想いはよく分かった。私は……残る。この世で、私は生きよう」
「ごめんなさい……僕の、最後のわがままです」
「謝るな。最後だなんて言うな」
肩に置いた手に、ぐっと力がこもる。
「帰ってくるんだ、必ず。帰ってきたら、もっとわがままを聞いてやる」
ラムザが顔を上げた。アグリアスが微笑む。

「私は、お前の剣となって、いつまでも共にありたいと、そう願った。お前に、捨てられたくなかったのだ。
……剣も捨てようと思った。オヴェリア様も、お前も護れぬ剣などは捨てようと。
だが、これからは、生きるために剣を振るおう。私が、お前の帰る場所となろう」
「ありがとう……アグリアスさん、ありがとう……!」
ラムザは、肩に置かれたアグリアスの手に、自分の手を重ね、その手を強く握った。声が震えていた。
「なぜ、本当のことを言ってくれなかった。なぜ、そうだと言ってくれなかったんだ。
……でも、やっと、本当のことを言ってくれた。嬉しい……」
アグリアスが、ラムザの手を握り返す。
「私も……好きだよ。ラムザ」
「アグリアスさん……!」
ラムザは、アグリアスを力強く抱きしめた。
「帰ってきます。約束はできないけれど……帰ってきます。あなたのところへ」
「ああ、待っている。……いつまでも」

これで、想いはすべて伝えた。もう、心残りはない。ラムザの表情は、とても安らかなものだった。

人は、今日が最後の日だとしても、、明日を信じ、希望を求めるもの。
私が、ラムザの希望となるならば、その希望を頼りに、ラムザが帰ってくるならば、
私は、ラムザのために生きよう。そうアグリアスは思った。

もう外は日が沈み、暗くなっていた。
このまま、ふたりはこの宿に泊まることにした。

暖炉の前の長椅子に、ふたりは寄り添って腰掛けていた。
ラムザはアグリアスの肩を抱いて、アグリアスはラムザの肩に甘えるようにして。
もう、こんな時間は、二度とないかもしれない。だから、お互いがそこにいることをもっと感じていたい。
誰にも遠慮はいらない。ふたりだけの大事な時間なのだ。

どちらから言うともなく、ふたりは同じベッドに入った。
素肌を合わせて、互いのぬくもりを確かめ合った。口づけを交わし、互いを求め合った。

ラムザ――お前が、この世に生きていた証を、私に刻み込んで欲しい。
ああ、ラムザ……愛してる……アイシテル……。
アグリアスの瞳から、涙がひとすじ、流れて落ちた。


はっとアグリアスが目を覚ますと、窓から朝の光が差し込んできていた。
ベッドにも、部屋にも、ラムザの姿はもうなかった。
(ラムザ……!)

部屋のテーブルの上に、手紙と、セイブ・ザ・クイーンが置かれていた。

「行って来ます。愛するアグリアスへ。ラムザ」
手紙にはこう書かれているだけだった。

いつか、ラムザが言っていたのを、アグリアスは思い出していた。
(別れは……苦手なんです)

「馬鹿……馬鹿っ……」
(ラムザの馬鹿……私の馬鹿っ……!)
もう泣くまいと決めていた。けれども、涙が溢れて止まらない。
私は、ラムザの帰る場所となる。そう決めた。だから、もう泣かないと決めたのだ。必ず、また会えるから――
それでも、溢れる涙を抑えることはできない。落ちた涙で、手紙のインクが滲んだ。

ひとしきり泣いて、それからアグリアスは宿を出た。腰にはいつものように、セイブ・ザ・クイーンがあった。
空は昨日の雨が嘘のように、晴れ晴れとした青空だった。
これから、どこへ行こう。
オヴェリアのいるルザリアへ行くことも考えた。
(しかし、異端者の烙印を押された自分が、果たしてオヴェリア様にお会いすることができるのだろうか)
そう思い、少し考えて、ゴーグへ行くことに決めた。
ゴーグにはムスタディオがいるはずだ。何らかの情報を持っているだろう。
そこで、私がどこへ向かえば良いか、考えてみよう――
アグリアスは、街道を南へ、ゴーグへ向かって歩き出した。

陣はすでに引き払われ、雨上がりの草原の岩の上に、メリアドール達は座っていた。
草原を、ゆっくりと風が渡ってゆく。
「……ちゃんと伝えて来たの?」
そこに現れたラムザに、メリアドールは聞いた。
「ああ。もう、何も思い残すことはない」
「そう。よかったわ」
シドが立ち上がる。労働八号が起動を開始する。
「……行こう!」
ラムザはマントを翻して、決戦の地、オーボンヌ修道院へ向かって歩き出した。


その後、オーボンヌ修道院は、謎の大爆発を起こし、跡形もなく吹き飛んでしまった。
そこからは神殿騎士の遺体が数体発見されたが、他には何も見つからなかったという。

ラムザは、帰ってきたのだろうか。ふたりは再会できたのだろうか。

答えは、草原を渡る風だけが知っている。


END
最終更新:2010年07月23日 01:07