「ねぇ、ラヴィアン。最近、私達って……ちょっとヤバいわよね」
「そうね……しかも、ちょっと、って感じじゃないわよね、アリシア……」
ふたりは顔を見合わせて、大きくため息をついた。

この前立ち寄った街でのことである。
長い行軍から解放され、皆がそれぞれに羽を広げられる。
とりわけ、女性陣の楽しみのひとつが、入浴である。
行軍中はなかなかそんな機会はないので、街の宿屋での入浴は大きな楽しみなのである。

宿の浴室はそれなりに広いので、たいてい数人で一緒に入ることになる。
その日は、アグリアス、アリシア、ラヴィアンの3人で入浴することになっていた。
「では、先に入っているぞ」
そう言って、アグリアスは浴室へ入る。
普段は厚い騎士服に隠れてあまり目立たないが、アグリアスは素晴らしいスタイルをしているのである。
女性らしい豊かな胸と、日々の厳しい鍛錬できりりと引き締められた体は、女性から見てもため息が出るほど美しい。
もっとも、本人にその自覚が全くないので、ある意味宝の持ち腐れでもある。
その後姿を見てから、アリシアとラヴィアンは自分の体を見た。
胸の大きさは敵うべくもないが、問題はそのたるんでしまった体であった。
お腹回りはたるんでぷよぷよ。足も太くなってしまった。

それと言うのも、最近アリシアもラヴィアンも、戦闘へ出撃する機会がめっきり少なくなってしまったのだ。
そのせいか鍛錬も最近はさぼり気味である。
決してこの2人の力が劣っているわけではないのだが、アグリアス、メリアドールの女騎士コンビ、銃使いのムスタディオ、
ドラゴン使いのレーゼに元聖騎士ベイオウーフ、さらには剣聖オルランドゥの参戦と、
実力十分の人材が揃っているこの隊にあっては、どうしても見劣りしてしまう。
そのため後方支援や偵察、儲け話への派遣といった任務が主となっていたのだが、やはり前線で戦うのとは訳が違う。

隊の人材が十分でないうちは、アグリアスと共に戦場を駆け回っていたものだ。
あの頃は、やはりそれなりに締まった体だったのであるが、今やこの有様である。
「ハァ……」
2人はため息をついて、アグリアスの後に付いて浴室へ入っていった。

「私、この隊に参加した頃の軽装衣が着れなくなってたわ」
「私も……。足も太くなったから、ブーツが最近キツイのよね」
「……ラヴィアン、このままじゃまずいわ!痩せるのよ!」
「そうね!やりましょ!アリシア!」
「目標は、アグリアス様よ!強くて綺麗な女になるのよ!」
「え~。ちょっと目標が高くない?」
「何言ってるの!目標は高いほどいいってアグリアス様もおっしゃってたわ」
「でも、どうやって痩せようか?」
「うーん、そうね。……アグリアス様の鍛錬に付き合う、っていうのはどうかしら」
「え~……あれに付き合うの~」
「あのくらいやらないとダメよ!頑張りましょ!」
「……そうね。頑張らないと!」


翌朝。
日が昇らないうちから、アグリアスは起き出して、朝稽古の準備をしていた。
これが彼女の毎朝の日課である。
昔はアリシアとラヴィアンも叩き起こして連れて行ったものだが、
別働隊として行動することも多くなってしまった今は、アグリアスひとりであった。

支度を済ませて、アグリアスが宿から出ると、アリシアとラヴィアンが宿の前で待っていた。
「おはようございますアグリアス様!」
にこやかに挨拶する2人を見て、アグリアスは訝しげに聞いた。
「何だ。アリシアにラヴィアンか。どうしたこんなに朝早くに」
「朝稽古にお付き合いさせて頂けないでしょうか!」
「どういった風の吹き回しだ。前はあんなに嫌がっていたじゃないか」
「最近鍛錬が足りないと思いまして……。ここはひとつ、アグリアス様に付いて鍛えて頂こうと」
「うむ。心意気はよし。最近は稽古も付けてやれなかったからな。よし、付いて来い。ただし、容赦はせんぞ」
アグリアスは笑顔になって言った。久々に部下が付いて来るのが嬉しいのだろう。

アグリアスの朝稽古は相当のものである。
街外れまで駆け足。準備運動の後、鎧を付けて剣の素振りを200回。盾の取り回しを200回。
刃のない模造剣で乱取り。そしてまた街まで駆け足、また戻ってきて素振り――
「ほらどうしたアリシア!もう腕が上がっていないではないか!」
昇り始めた朝日の中、アグリアスの大声が響く。
「うひ~。もう無理です~」
アリシアが剣を放り出してへたり込む。
剣、といってもアグリアスの訓練用模造騎士剣で、普通の剣の倍ほどの重量があるものだ。
アグリアスはこれを軽々と振り回す。今のアリシアには素振り100回が限界であった。
「ラヴィアン!もう1往復だ!」
アグリアスが街から走って帰ってきたラヴィアンの方へ向かって叫ぶ。
もうすでに、歩いて半刻の道程を全力疾走で5往復はしたはずだ。
「ひぃ~。もう勘弁して下さい~」
ぜいぜいと息を切らしてラヴィアンが倒れ込む。
「全く……。普段怠けているからだ。だらしないぞ2人とも」
あきれた顔でアグリアスは言う。
そういう彼女はもう素振りを1000回はこなし、街まで10往復を走ってきたのである。

ふらふらになって宿に戻ると、2人はそのままベッドへ直行である。
「ね、ねぇ……アリシア……。これを……毎日……やるの……?」
息も絶え絶えに、ラヴィアンが聞く。
「が、頑張るのよ……頑張れ……私……」
アリシアはうわごとの様につぶやくのだった。

「あれ、今日は飲みに行かないのか?」
宿の廊下でムスタディオがラヴィアンに聞いた。
ムスタディオにしろラヴィアンにしろ、酒量はなかなかのものであり、
街へ着くと酒場へ繰り出すのが毎度のことになっていたのだが――
「う、うん。今日はやめとく」
「珍しいな。ラヴィアンが行かないなんて」
「うん、ちょっと、ね。ほらほら、私はいいから、さっさと行きなさいよ」
ラヴィアンはムスタディオを追い払うと、部屋に入ってドアを閉めた。
(もう!私だってっ……飲みに行きたいわよっ!)

部屋の壁には、ラヴィアンの字で大きく「禁酒」と書かれた紙が貼ってあった。
その横には、アリシアの字で「甘いもの禁止」と書かれた紙も貼ってある。

「え~。アリシアは行かないの?」
宿の食堂で、ラファがアリシアに聞いた。
「うん、ごめんねラファ。ちょっと用事があるのよ」
「用事は後にできないのか?この前砂海亭のケーキが食べたいと言っていたじゃないか」
ラファを連れたメリアドールが聞く。
「そうだよ~。美味しいって評判なのに」
「う、うん。ごめん。今日はちょっと、ね。2人で行って来て」
「そうか。では行こうかラファ」
「は~い!」
2人は食堂を出て行く。この2人は相当の甘いもの好きで、よく連れ立ってケーキや菓子を食べに行くのである。
普段はアリシアも一緒なのだが――
(う~!私だって、食べに行きたいわよっ!砂海亭のケーキ……)

宿での夕食は、だいたいどの街の宿屋でも、食堂で好きなものを注文して食べる仕組みとなっている。
外で済ませてくる者もいるため、食事の時間はまちまちである。
アリシアとラヴィアンが早めの夕食を食べていると、アグリアスが食堂にやってきた。
「……なんだ2人とも。それだけしか食べないのか?」
アリシアの夕食を見たアグリアスが聞く。アリシアの夕食は、パン2切れに小皿のサラダにスープ。
隣で食べているラヴィアンの食事も同じものだ。
かたやアグリアスの食事は、パン4切れにチーズ2個、スープ、焼いた鶏肉に付け合せの馬鈴薯、サラダ1皿。
「あ、ええ……。最近ちょっと食べ過ぎてますから」
ラヴィアンが答えた。
「そうか。食べすぎは良くないが、食べないのも良くないぞ。いざという時に力が出ないのでは困るからな」
そう言って、アグリアスはテーブルに着いて食べ始めた。
(アグリアス様って、ホントによく食べるわよね)
(でも、太ったりしないのよね)
2人は顔を見合わせた。


翌日も、2人はアグリアスと共に朝稽古である。
今日は街を発つ日である。へとへとになって宿に帰ると、休む間もなく出立の支度に追われる。
食料や水を荷車に載せたり、各人の荷物や武具をチョコボ車に積んだりと、結構な重労働なのだ。
「それはそっちの車に乗せるんだ。……そっちはまだ乗るのか?」
食料の入った重い木箱を抱えたまま、アグリアスはてきぱきと指示を出して荷をまとめる。
(あの稽古を軽々とこなして、まだ余裕があるなんて……アグリアス様ってやっぱりすごいわよね)
重たい木箱や樽に悪戦苦闘しながら、改めてアグリアスの力に驚くラヴィアンであった。

「あ、レーゼさん。重いものは俺持ちますよ」
鉄鎧を運んでいたレーゼにムスタディオが言うが、
「大丈夫よこのくらい。あまり楽するとアグリアスに怒られちゃうわ」
涼しい顔でそう言って、レーゼは荷車に鎧を積み上げていく。
横で剣を車に積んでいたアリシアは驚いていた。
アリシアもナイトであるから、鉄鎧の重さは身にしみて知っている。それをレーゼは、いくつも軽々と運ぶのである。
(美人でスタイルいいだけじゃダメよね。レーゼみたいに、強くて綺麗な女になりたいわ)
アリシアは改めて心に誓うのであった。

行軍中でも、アグリアスの稽古は変わらない。さすがに戦闘があった日は休んでいるが、それ以外は毎日だ。
「鍛錬できるときにやれるだけやれ。実戦で鍛錬不足を後悔しても遅い」
それが、彼女の座右の銘である。
厳しい稽古に音を上げながら、アリシアとラヴィアンの鍛錬は続く。
だが、毎日少しずつではあるが、2人はアグリアスの稽古についていけるようになっていた。

そして数日後。
「よし、今日はここまでにしよう!」
アグリアスの声で、今日の稽古は終了となった。
「うへ~。もう動けない~!」
「やっと終わった~!」
2人は倒れこんで大の字になる。その2人を覗き込んで、
「最近やっと私に付いて来れるようになったな。上出来だ」
アグリアスは笑顔でそう言って褒めた。
「えへへ……ありがとうございますアグリアス様~」
「頑張ります~」

この2人にとっても、稽古についていけるようになったのは成長している証だ。
もともとはアグリアスに付いて戦っていた2人である。最近はさぼり気味、とはいえ、
きちんとやれば、まだまだ十分に付いて行けるのである。
何より、普段あまり褒めたりしないアグリアスに褒められたのは、素直に嬉しかった。
「だが、まだまだ、だ。これからはもっと厳しく行くぞ」
「え~!勘弁して下さい~!」
「これ以上やるの~?」
「ははは。この程度ではつまらんだろうからな」

そんな3人の笑い声はいつまでもやまなかった。

「ラムザ、頼みがある」
部隊の作戦本部でもあるラムザの天幕で、アグリアスはラムザに言った。
ラムザの横ではオルランドゥとベイオウーフが、進行先について議論をしていた。
「何ですか?」
手に持った書類から顔を上げてラムザが聞く。
「アリシアとラヴィアンを、前線での戦闘に参加させて欲しい」
「え?」
ラムザが驚いた顔をする。
たった今、オルランドゥとベイオウーフが検討していたのも、次の進行先の前線へ誰を参加させるか、ということであった。

前線は、敵へ真正面に対峙する、最も危険な戦場である。それなりに実力のある者でないと務まらない。
これまでベイオウーフ、アグリアス、メリアドール、オルランドゥ、そしてラムザが前線での主力として戦ってきた。
皆、一騎当千の強者ばかりだ。
アリシアとラヴィアンは、果たしてこの面々と対等の実力があるのだろうか。
ラムザは総隊長である。部隊を預かる身として、感情に流されることなく、それらを冷静に判断する必要がある。

「毎回、とは言わない。1回だけでもいい。責任はすべて私が持つ。頼む」
そう言って、アグリアスは頭を下げた。
「ちょ、ちょっと……頭を上げてください」
ラムザが慌ててアグリアスを制する。彼女にとって、この行動は決して安いものではない。
それでもアグリアスは、部下のために頭を下げたのだった。

「大丈夫なのかい?彼女らはずいぶん実戦からは遠ざかっていたようだけど」
ベイオウーフが聞く。
「うむ。前線の崩壊は部隊の死活を決めかねん。人選は慎重に行う必要がある」
オルランドゥも意見を述べる。
「あの2人は、以前は私と共に戦場で戦っていたのだ。今でこそ出撃の機会は減ってしまったが、
十分に戦えるだけの実力はまだまだあるはず。
それに、ここ数週間の鍛錬で、彼女らは見違えるように逞しくなった。私はその努力を買いたい。
しかし客観的に見れば、他の面々に劣るのは致し方ないところ。
だが私が出来うる限り2人の補佐をしよう。万が一2人が参加したことで前線が崩壊したならば、
その責任を私がすべて引き受けよう。……あの2人の力なら、やれると私は確信している」
アグリアスには自信があった。アリシアとラヴィアンを1番よく知るのは私だ。必ずやれる。
「……分かりました。希望に添えるかどうかは分かりませんが、明日の出撃から、検討してみます」
ラムザが答えた。
「よろしく頼む。では失礼する」

「確かに、アリシアもラヴィアンも最近鍛錬はよくやっているね。アグリアスに付いて鍛えているようだ」
ベイオウーフが言う。飄々としているが、実は部隊一の事情通である。
「少々不安はあるけれど、大きな戦いでなければ、十分通用するだろう。実戦の勘を取り戻せれば、だけどね」
「鍛錬で培った実力を量るには実戦が一番であろう。もっとも、過信は禁物であるが。
2人がアグリアス嬢と共に戦うならば、さして大きな問題にはなるまい」
これはオルランドゥ伯の意見。どちらの意見もだいたい好印象のようだった。
「……次の出撃先は?」
ラムザが聞いた。
「えーと……スウィージの森あたりか。進軍先に敵の小部隊がいたっていう報告がある。
偵察隊からの報告では10部隊ほど、だそうだ」
地図を見ながらベイオウーフが答えた。
「まずまず、戦えそうだね。ここならば、実力を見るにはうってつけじゃないだろうか」
「よし、ではそこでの戦闘要員を決めよう。まずは……」

我ながら、らしくないな。
だが、またお前達と戦場へ行くことができるなら、安いものだ。
アリシア、ラヴィアン。また、共に戦おう。
そう思いながら、アグリアスは自分の天幕へ戻って行った。

強く美しく。そんな2人の思いは、予期しない方向へ進み始めたようであった。

翌日。
「では、今日の出撃要員を発表する。呼ばれた者は速やかに出撃準備にかかるように」
ラムザは主だった者を天幕に集めて、その日の出撃要員や作戦の発表をする。
行軍中の朝の定例行事だ。
「今日の出撃要員は、ベイオウーフ、メリアドール、アグリアス、アリシア、ラヴィアン。以上だ。奮闘を期待する」
名前を呼ばれたアリシアとラヴィアンはぽかんとしていた。
(え?え?私が?出撃要員?)
(出撃って……前線への出撃って……ことよね?)
命令を受けて、天幕から全員が出ていく中、まだ状況が飲み込めず、
呆然と立っていた2人に、アグリアスが声をかけた。
「遠慮はいらん。思い切り戦えばいい」
「え、いえ……アグリアス様……その」
「さっさと支度をしろ。半刻後には出撃だ。集合場所は軍門前だぞ。場所は確認しておけ」
そう言い残して、アグリアスは天幕を出て行った。

2人は顔を見合わせた。
「ど、どうしよう……」
「ど、どうしよう、って……どうしよう」
戦闘なんて久々だ。しかも最前線での戦いとなる。
そもそも、なぜ自分達が選ばれたのかが分からない。もっと強い人なんてたくさんいる。
普段は偵察とかが精々なのに……。

「やあ君たち。準備は早めに済ませてくれよ」
そう言いながら天幕に入ってきたのはベイオウーフであった。
「あ、ベイオウーフさん……」
「どうしたんだい?」
「いえ……どうして私達が戦闘要員に選ばれたのかな、って……」
「アグリアスから聞いてないのかい?君たちを推薦したんだよ。戦闘に参加させて欲しい、ってね」
「あ……」
2人はここで自分達の置かれた状況を理解した。
自分達の力を試すため、周囲の人にその実力を示すため、アグリアスは自分達を指名したのだ。
「今回は敵の数も多くはないし、そう激しい戦闘にはならないはずだ。
2人とも本格的な戦闘は久々だろうし、感覚を取り戻すつもりでやればいい。大丈夫だよ」
「はい。頑張ります!」
「及ばずながら、精一杯やります!」
2人は答えた。
「うん、お互いに頑張ろう。それじゃ、集合は軍門前だよ。遅れないように」
そう言ってベイオウーフも天幕を出て行った。

最前線での戦闘など最近では滅多にないことである。
予想していないことではあったものの、アリシアもラヴィアンも、
戦闘、という実感が湧いてくると身が引き締まる思いがした。
この感触、緊張感も久々であった。ともかく、やるしかない。

「……行きましょ、ラヴィアン」
普段は温和なアリシアの表情が、険しいものになる。
「ええ。やりましょ、アリシア」
ラヴィアンの眼光が鋭くなる。

2人は拳を打ちつけあってから、戦闘準備をするため、天幕を出て行った。


戦闘は前線部隊が敵と接触して始まった。敵の数は偵察隊の報告どおり10部隊。
しかしこの中の1部隊が曲者で、モンスターを引き連れた部隊が参加していたのだ。
偵察部隊の報告にはなかった部隊である。
モンスターには凶悪なミノタウロスやクアール、ジュラエイビスなどがおり、侮れない戦力であった。

ラムザ隊は本隊を中心とし、右翼にメリアドール、左翼にベイオウーフが布陣した。
アグリアスは先鋒、敵部隊の突破を目標とした。

「ラヴィアン!アリシア!私に続け、遅れるなッ!!」
「はいッ!」
「了解ッ!」
アグリアスが剣を構えて突撃する、その後ろをアリシアとラヴィアンが追走する。
3人が揃って戦うのも久々であった。
オヴェリアの護衛をしていた騎士団時代や、ラムザと出会った頃は、まだこうして戦っていたのだ。
始めこそ3人の呼吸が合わず、苦戦する場面もあったのだが、徐々に息が合い、連携も取れるようになってきた。
(こんな風に戦うのは久々ね。思いっきりやるわよ!)
(この感じよね!アグリアス様!)
2人は先頭を走るアグリアスの後ろを護り、お互いに背中を預けあって戦う。
(やはり頼もしい。私の判断は正しかった。私の背中を真に護れるのは、お前達のほかにいない!)
アグリアスも後方へ気を配ることなく、全力で正面の敵に当たることが出来るのである。

「素晴らしい」
戦況を見つめているオルランドゥが呟いた。
日の光を受けて白く輝く鎧を身に着けた3人が、美しい三角形を描いて敵陣に突撃していく――
(ひとりひとりは小さく弱くとも、信じあい、心を通わすことで、人は強くなれる――か)

他の方面の部隊も敵陣を次々と突破してゆく。もともとが小部隊の敵は各個撃破され敗走した。
だが、厄介なのは、敵が連れているモンスターである。
野生種を戦闘用に調教したモンスターだ。戦闘力は野生種をはるかに上回る。

敵陣を突破するアグリアス達3人の前に、最後に立ちはだかったのは、怒りに狂う猛獣ミノタウロスだった。
見上げるほどの巨大な体を怒りに震わせ、人間ほどの大きさもある巨大な石斧を振り回してくる。
受け止めよう、などと考えようものなら、一瞬で叩き潰されてしまう。
さすがの3人もかわすのが精一杯だ。

「これでは埒が明かん!アリシアは左へ!ラヴィアンは右へ!」
足元に炸裂する大斧をかわし、アグリアスが叫ぶ。
「正面は私が引き受ける!左右後方から挟撃しろ!」
「はいッ!」
「ご無事で!」
瞬時にアリシアとラヴィアンは左右へ走る。
瞬間、ミノタウロスの振り抜いた大斧をぎりぎりでアグリアスはかわした。
大斧の風圧で、顔の皮膚がわずかに切れた。さっと血が流れるのが分かる。
「さぁ来い!お前の相手はこの私だッ!!」
流れる血を指で拭い、体勢を立て直して剣を構え、アグリアスはミノタウロスに対峙した。

アリシアとラヴィアンは木立の間をすり抜けるようにして走ってゆく。
後方へ回り込むには、ミノタウロスの視界と大斧の有効範囲から離れ、森の中を大きく迂回しなければならない。
途中、行く手を遮る蔦や枝を剣で切り払い、倒木を盾で払いながら進む。
(ふん、こんなの何よ!)
(ふん、こんなの何さ!)
2人は藪に足を取られ、立ち木の枝で傷つきながらも走った。
*1

「大気満たす力震え、我が腕をして、閃光とならん! 無双稲妻突き!」
アグリアスの放つ光り輝く気の柱がミノタウロスを貫く。
だが怯むことなく、ミノタウロスは突進しつつ斧を振り回してくる。
「くっ!」
斧が兜をかすめてガチリと鳴る。後ろへ飛び退いてかわしたが、このままではいずれ追い詰められてしまう。
(あと一歩、あと一歩踏み込めればッ!)
あと一歩踏み込めれば、致命傷を与えることもできる。
しかしミノタウロスの突進と大斧の圧力は凄まじく、その隙はなかなか生まれない。
(まだかッ、アリシア、ラヴィアン!)

そしてほぼ同時に、アリシアとラヴィアンは森を抜け、ミノタウロスの側面やや後方へ出ることに成功した。
「行くわよアリシア!」
「ええ!ラヴィアン!」
2人は同時に、雄たけびを上げてミノタウロスへ突撃する。ミノタウロスが後ろへ気を取られ、大きな隙が生まれた。
(今だッ!!)
「せやぁぁぁーーーッ!!」
アグリアスはミノタウロスの懐に飛び込み、その喉笛に剣を突き立てる。
同時に左右からアリシアとラヴィアンの剣がミノタウロスの体に突き立てられた。
「グワオォォォ!!!!」
壮絶な断末魔の声を上げて、ミノタウロスは倒れた。

「やった……!」
へなへなと座り込むアリシアとラヴィアン。疲労がどっと押し寄せて、立ち上がることすらできない。
「よくやった……!よくやったぞ!2人とも」
息を弾ませて、アグリアスが2人の元へ歩み寄り、手を差し伸べる。
手を握ると、ぐい、と引っ張り上げられた。
「さあ、しっかり立て。戦果の報告をしに行こう」
「え、ええ……でも……腰が抜けて……」
「わ、私も……」
「仕方のない奴らだ。私につかまれ」

アリシアとラヴィアンを両肩で支えて、アグリアスは陣へと戻ってゆく。
「私だけでは、あれに勝つことは難しかっただろう。お前達がいたからこそ勝てた。
この勝利は、たゆまず努力を続けた、お前達の勝利だ」
アグリアスはそう言って、2人を祝福した。
(そんなことないと思う、けど嬉しい!頑張ったかいがあったわ!)
(そう言って貰えると凄く嬉しい!また一緒に戦いましょう、アグリアス様!)
2人は改めて、アグリアスの部下であることを誇りに思ったのだった。

本陣へ帰ると、3人を待っていたのは皆の祝福だった。
「おめでとう!すごいわ!」
「やったな!おめでとう!」
その賞賛と祝福の向こうに、ラムザとオルランドゥが待っていた。
「アグリアス、只今帰陣いたしました」
アグリアスは2人を肩から下ろし、普段どおりに膝を付いて帰陣の報告をする。息すら切れていない。
「アリシア……き、帰陣いたしました」
「ラ……ラヴィアン……帰陣いたしました」
アリシアとラヴィアンは、まだ息を切らしてへとへとの状態だった。

「3人とも、本当によくやってくれました。特にアリシアとラヴィアン。
久々の実戦にも関わらず、ぴったりと息の合った連携は見事でした」
ラムザが褒める。
「素晴らしい戦いぶりであった。これも日々の鍛錬の賜物であろう。以後も精進せよ」
オルランドゥからもお褒めの言葉を頂いた。
「あ、ありがとう……ございます……」
2人はそれだけ言うのがやっとである。
(早く横になりたいっ!)
(水が飲みたいよ~っ!)

「今、帰還した」
男の声が、アグリアスの天幕の外から聞こえてきた。
「ああ、ご苦労」
外の人影に向かって、天幕の中のアグリアスが声をかけた。
「あまりにも見事な戦いぶりだったんで退屈だったぜ」
「ははは、すまんな。これで、あの2人もまた成長するだろう。前線での活躍も期待できる」
「……万が一の時に備えて伏兵まで用意しておくとはね」
「責任を取るとは言ったが、それは私が斬り死にすれば済むということではないからな。
ともかく、伏兵を使うような事態にならなくて良かった。お前には退屈させてしまったようだがな」
「ふん、たまにはこんな仕事もいいさ」
アグリアスは天幕の入り口まで行き、そこにうずくまる影に言った。
「急な任務だったが、よくやってくれた。感謝するぞ、マラーク」
「お安い御用さ」


「日々の鍛錬、か……。確かに強い女にはなれたわよね」
「綺麗な女にはなったのかな?」
「どうだろうね」
「でも……確かに痩せたわよね、私達!」


「よし、今日はここまで!」
アグリアスの号令で、今日の朝稽古は終了である。
「んーっ!いい汗かいた~」
「あ~お腹すいた~!」
すっかり朝稽古が板に付いたアリシアとラヴィアンがいた。
アグリアスとほぼ同じだけの稽古をこなして、まだ余裕がある。2人は鍛錬を楽しむほどにまで成長したのだった。

2人の出撃の機会はやはり少ないものの、欠員が出たときの補充要員として重要な戦力となっていた。
いざ戦闘となれば、アグリアスとの3人での連携攻撃は凄まじく、敵から恐れられた。

朝稽古が終わって宿に戻り、汗を流しに3人で入浴した。
「では先に入っているぞ」
アグリアスは先に浴室へ入る。アリシアとラヴィアンは、自分の体を姿見に映してみた。
たるんでいたお腹回りや足はキュッと引き締まり、適度に筋肉のついた均整の取れた体がそこにある。
減量は見事に成功した。と言うより、日々の鍛錬が身に付いたおかげで、余計なものが体から取れてしまった、
というのが正しいだろう。
「うーん、我ながら、よくここまでやったと思うわ」
ラヴィアンが姿見の前でポーズをとる。アグリアスほどではないが、なかなかのスタイルである。
「もう少し、胸が大きいといいんだけどなぁ……」
アグリアスやレーゼの大きな胸を思い浮かべて、アリシアはちょっと残念そうに自分の胸を見た。
ちなみに、胸のサイズはラヴィアンのほうがちょっとだけ上だったりするとか。

稽古の後のもうひとつの楽しみが食事だ。朝稽古の後の朝食の味は格別である。
痩せるために食事量を抑えていた2人だが、今や普通の男性並みの食事量となっていた。
それだけ食べないと体の維持ができない。アグリアスがよく食べる理由が分かった2人だった。
(アグリアス様が太らないのって、食べた分運動してるからよね)
(あれだけ稽古してれば、お腹減るの当たり前よね)
(もちろん私達だって同じよね!)

「ごちそうさま~!」
今日も朝食をぺろりと食べてしまった2人。
「ねーねーアリシア。今日はリジェールのケーキ食べに行くんでしょ?」
ラファがアリシアのところへやってくる。この街で美味しいと評判のケーキ屋へ行く約束をしているのだ。
「うん!どんなお店か楽しみよね~」
「レーゼとメリアドールも行きたいって言ってたから、あとで誘ってみるね」
「そうね。みんなで行きましょ。ラヴィアンも行くでしょ~?」
「うん、行く行く!」

「あれだけ食ってまだ食うのかよ、アリシア」
食堂で朝食を取っていたムスタディオがあきれたように言った。
「甘いものは別腹なのよん」
アリシアは涼しい顔をして食堂を出て行った。
「凄いな……」
隣にいるラッドもあきれ顔である。
「でも、アリシアって最近綺麗になったよな」
ラッドがそんなことを言い出す。
「うん、確かに。ラヴィアンも痩せたし、美人になったよな~」
ムスタディオも同意する。そして、ニヤリと笑ってラッドの方を向いた。
「ラッド~。お前、もしかしてアリシアを~?」
「い、いや違うよ、そういう意味じゃなくて!」
ラッドが真っ赤になって否定する。
「照れるなよ。今度、飲みに誘っといてやるからさ」
「……頼むよ」

その日の夕方。
「ムスタディオ!今日は飲みに行くわよ!」
ラヴィアンが、宿で暇そうに本を読んでいたムスタディオの背中をばしっと叩いて言った。
「おお、ラヴィアンか。いいぜ。どこに行くんだ?」
「ベヒーモスのステーキが食べられるお店があるんだって!今日はそこへ行きましょ!」
「そいつはいいな。行こう行こう!」
「アグリアス様も誘っておいたから、楽しみにしててね~」
「な!……ば、馬鹿!アグ姐は関係ねぇだろ!」
赤面して慌てるムスタディオを見て、ラヴィアンは笑った。


こうして、アリシアとラヴィアンは「強くて綺麗な女」になることができたのであった。


後日。
その日は、レーゼ、アグリアス、アリシア、ラヴィアンの4人で入浴する日だった。
「それじゃ、お先に」
レーゼは、むっちりした体をタオルで覆って浴室へ入ってゆく。
アグリアスのすらりとした体とは対照的な、女性らしい魅力に溢れている。
「……うむむ」
見ると、アグリアスが難しい顔をして、自分の体を姿見に映していた。
「どうかしましたか?」
アリシアが尋ねた。
「いや……。私の体は、どうにも筋肉が目立ってしまっていかん。
……どうやったら、レーゼのように女らしい体つきになれるのだろう、と思ってな」

(……人の悩みって)
(……それぞれなのよね)
2人は顔を見合わせて笑ったのだった。

END
最終更新:2010年07月27日 01:24

*1 普段の稽古のほうが、よっぽどキツイわよっ!!