「あ!お姉さま!駄目ですよ重いものなんて持ったら!」
洗い物の入った洗濯籠を抱えて家を出ようとしたところで、アルマが素っ頓狂な声を上げて後ろから追いかけて来た。
「何かさせてくれないか……家の中に篭ってるのは退屈でならん」
「駄目駄目!大事な身体なんですから、こういうことは私に任せて下さいな」
私の身体を心配してくれるのは嬉しいが、こう手厚くされると、かえって放っておいて欲しくなるのは贅沢というものだろうか。
それに、未だに『お姉さま』と呼ばれるのは慣れないものだ……。

イヴァリースの南、ウォージリスの近くのとある村に、私たちは住んでいる。
南方特有の穏やかで暖かい天気と、風光明媚な景色が気に入っている。

最後の戦いの後――私たちは、ここへ移り住んだ。
一応公式では、私たちラムザ一行はオーボンヌで全員死んだことになっているらしい。
私はオヴェリア様の元へ帰ろうと思っていたのだが、オヴェリア様は儚くなってしまわれた……。
自害を考えた私の前に現れたのは……ラムザだった。

ラムザ、アルマと共に、私はこの村に住み着いた。
ラムザとは……その……獅子戦争の時からだな……お互いに好き合っていたのだ。
ラムザの求婚に私は答えた。それを一番喜んだのはアルマだった。
「これでやっと、私も肩の荷が下りるわ」と言って、ラムザと私を赤面させたものだ。

それからしばらくは3人で暮らしていたのだが、ゴーグへと帰っていたムスタディオが、どこで聞きつけたか、
私たちの住む村へひょっこり現れた。
あやつのことだ、取引先の商会や船乗りから、私たちに似た人物がいないか聞いて回っていたのだろう。
その後、私たちの話をムスタディオから聞きつけて、かつての仲間たちが村へやってくるようになった。

「アグリアス様~!」
家の塀の向こうから顔を出したのは、ラヴィアンだ。
「どうした、ラヴィアン」
「今朝から猟に出てまして、獲物のおすそ分けに上がりました」
そう言って、手に提げた鳥とウサギを私の前に掲げた。
「栄養取ってもらわないと!もうすぐですからね~」
ラヴィアンは私の大きくなったおなかを見て、にっこりと笑った。
「う、うむ……アリシアはどうした。一緒じゃないのか」
「あ、アリシアは今日は代筆の仕事でウォージリスへ行ってますよ。夕方には帰って来るんじゃないですかね」


まず最初に私たちのところに現れたのはラヴィアンとアリシアのふたりだった。
ルザリアでオヴェリア様の事を聞き、私はふたりに無断で旅立った。自害の場所を探す旅に、ふたりは連れて行けなかったのだ。
それから、ふたりは手を尽くして、私のことを探して回り、ムスタディオから私たちのことを聞いて飛んで来たのだった。
私に会って、ふたりは泣き崩れて、私の無事を喜んでくれた。そして、私がラムザと結婚したと聞いて、また泣いて祝福してくれた。
こんなだから、私はお前たちを連れて行けなかったのだ……許してくれ。

その後、ふたりはこの村に移り住んだ。今は、ラヴィアンは猟師の真似事などをして、アリシアは代筆の仕事をしながら
生計を立てているようだ。

「それじゃ、アルマちゃんにこれ渡してきますね」
「ああ、アルマは洗濯に行ってるから今はいないぞ。台所に置いておけばいい」
「は~い、了解です!」
ラヴィアンはおどけて私に敬礼をして、家の中に入っていった。

庭を風が通り抜けていく。その風に吹かれていると、ぬっと塀の向こうから出てきた顔がある。
「……よぅ」
眼光鋭く無愛想な、いつもの顔だ。
「どうしたマラーク。入って来い」
「……ラファに言われて薪を持ってきた」
両肩に薪の束をいくつも乗せて、平然と歩いてくる。この力は流石としか言いようがない。
私もこんな身体でなければ出来るのだがな……。
マラークが庭の端の薪置き場にドサドサと薪を下ろしていると、また塀の向こうから顔が出てきた。
「あ、こんにちはアグリアス!」
元気な声が響く。バスケットを下げて駆け寄ってくるのはラファだった。
「ちょうどよかった~。クッキー焼いたんだけど作りすぎちゃったから持ってきたの!アグリアスも一緒にお茶しましょ!」

ラヴィアンたちふたりの次にこの村に現れたのは、ラファとマラークのガルテナーハ兄妹だった。
この兄妹には身寄りがなく、イヴァリース全土を回って、自分たちの住む場所を探していたそうだ。
ただ、南方出身の兄妹は、北方のほうでは顔立ちのせいで目立ってしまうため、
南方での住処を探していたところ、近くの村に、私やラムザによく似た人物がいるという話を聞き、村へやってきたのだった。

マラークは寡黙で無愛想であったが妹のラファには頭が上がらないらしく、いつも用事を言いつけられては我が家にやってくる。
腕力ではラムザよりも強く、力仕事ばかりやらされている。普段はその力を活かして木こりなどの手伝いをしているようだ。
ラファは獅子戦争の時よりもずっと女らしくなった。村の男たちも黙ってはないようだが、マラークが邪魔ばかりしているらしい。
とはいえ、ラファもそのうち、いい人が見つかるだろう。
アルマと仲がよく、よく一緒にいるのを見かける。年も近いし、話が合うのだろう。


「アルマは洗濯に行ってて今はいないぞ。お茶はアルマが帰って来てからにしよう」
「あ、そうなんだ。じゃあ待ってようかな。いい?」
「ああ、構わんぞ。中で待ってるといい」
「うん。そうする。ありがと!」
大人の女になりつつあるが、言葉の端々はまだ幼いものだ。この辺りがラファの魅力でもあるのだろう。
ラファは私の大きなおなかを見て、
「もうすぐだね~。楽しみだな~」
と、にこにこしながら言う。
「そうだな。楽しみに待っててくれ」
私はそう言って、ラファの頭にぽんと手を置いた。
「元気な子を産んでね。私、その為なら何でもするよ」
「ああ、ありがとう」
「もちろん兄さんもね。ね!兄さん!」
ラファはマラークの方へ呼びかけた。マラークはこちらをちらっと見たが、また薪割りに戻った。
ラムザのいない間、マラークには力仕事でずいぶん助けてもらっている。
何も言わないが、マラークも最大限の協力を惜しまないのが見て取れる。本当にありがたいことだ。

「あら!ラファ!」
向こうから洗濯籠を抱えてアルマが戻ってきた。
「あ!アルマー!お帰りー!!」
ラファがアルマに手を振る。

と、ラファがふと家の前の道の向こうへ視線を向けた。
「兄さん!兄さんだわ!お帰り兄さん!」
ラファは洗濯籠を抱えたまま、道の向こうへ走っていく。
私も家の前の道へ出てみた。道の向こうへ、アルマが走っていくその先に、大きな袋を担いだ人が見える。
頭のてっぺんで揺れる癖毛で、誰だか分かる。
いつの間にか、私の隣にラヴィアンとマラーク、ラファがいた。

おかえりなさい、ラムザ……。
最終更新:2012年01月02日 19:16