※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

機工都市ゴーグは異端者たちをその懐に迎える



機械の町、工業の町というイメージが強いゴーグは、海が近いということを案外知られていない。
ブナンザ親子をはじめ住民たちの多くは潮風にやられた色あいの髪をもっている。
ねんがら年中地下坑道にこもっているはずの機工士たちが日に焼けていることを疑問に思ったよそ者は、
町を散策するうち偶然に海を見つけ、時にはそこで珍妙な機械を操って遊ぶ機工士たちと遭遇し、はじめて合点がいく。
海側の窓を開ければ潮のかおりが入り込んでくる家も多い。屋上がある家のテラスともなれば尚更だ。

今晩彼らが、寒いのにわざわざテラスで飲み食いするのには理由があった。

ゴーグ職人の遊び心の結晶ともいえる、火薬と金属粉を混合した玉を打ち上げる花火が夜を派手に飾る。
ブナンザ親子の恩人であるラムザたちが死地から全員無事で帰ってこれたことを祝う花火だった。
ムスタディオは手伝いに駆り出されている。
異端者として指名手配されたラムザは目立つ事を嫌っていたが、新しい花火の品評会だとでも言えばどうにでもなると、
要はお祭り好きな気性の機工士たちに押し切られてしまった。
ブナンザ親子や住み込みの徒弟たちも不在のなか、
どおんどおんと耳をつんざく轟音と光以上にテラスはうるさく盛り上がっている。

「ぎゃはははは!!全員生還めでてえなあ、オイ!」
ラッドは笑い上戸だ。鼻につまみの豆を詰めてスポンスポンと飛ばし始めた。たまに出なくなって大騒ぎする。
いつもある程度の冷静さを失わないラヴィアンに泣きつくこともある。
ほどよく酒のおかげで人格が壊れるまでの酒量は多いから酒豪の部類といってもいい。
いい塩梅に壊れて大騒ぎの大暴れをした挙句、翌朝はすっきりさわやかな笑顔で朝の挨拶を率先して励行する。
要は、記憶が残っていない。本人いわく楽しかったことだけは覚えているからまあいいやとばかりにまた酒を呑む。
他人に絡む酔いかたではないので皆も放っている。たまに裸に靴下だけになって上機嫌で踊りだす。

「ひゃはははは!!おら、酒じゃ酒じゃあ!」
マラークも笑い上戸だ。こちらも裸に靴下だけがお気に入りである。
畏国人とは人種の違う彼らの故郷では下戸という言葉に相当する表現がない。
一族総じて酒豪だったらしく故郷の酒はみんな火がつくものばかりだったという。
調子にのって強い酒で火吹きショーを敢行して大事な髪を燃やしてしまったこともある。
どんなことをしたにしろ、翌日に激しく落ち込んで部屋の隅でいじけている。
要は、記憶にしっかり残っている。それでもどういう理屈かまた酒を呑む。たまに泣く。妹に絡む。
「ラファ~、兄ちゃんは悲しいぞぉ~」
「もう、何がよ、兄さん!」
「はいはい、兄妹愛もほどほどにね」
「お前が突っ込むな~」
メリアドールは隅で遠慮がちにちびちびやっていたが、見るに見かねて妹から酒臭い兄を引っぺがしてやる。
ベイオウーフとレーゼは、こうなることを予感していたのかさっさとどこかに消えている。

「さんばん!マティアス・フンケです!名も無き唄を全員集合おめでたアレンジで謡います!!」
普段は口数が少ないくせ、酔うとやたら元気になって芸をはじめたがる人間もいる。
テーブルの上に勢いよく飛び乗った仲間を見るや否や、彼と付き合いの長いラムザとリリベットは素早く目配せを交わす。
「ボエ~……!オッレ~ハ・・・・・・・・・・・・・・・!ガ!キ!だ…」
ラムザの足払いとリリベットの顔面めり込みスペシャル連続拳が的確にヒットする。
素面では無口な美青年だった酔っ払いはすごい顔の無口な人に成り果てる。
「はいさ、チャクラ!」
無残な顔面はたちどころに修復され、ラムザが担ぎ上げて部屋に連れて行く。
翌朝の記憶は、当然のごとくない。

ラッド同様本人は、まあ楽しかったみたいだしいいやと思ってまた酒に手を出す。
呑む分にはいいが何かの拍子に歌を謡われるといけない。
本人を中心とした半径数里の円内に効果を発動する彼の唄が、、
敵味方問わず生きとし生けるものならびに建造物に壊滅的なダメージを与える事実は士官学校時代から発覚していた。
間違っても、魔法が得意なこの男を吟遊詩人にだけはしてはいけないと、
彼の級友達のあいだでは一年生のうちから暗黙の了解が出来上がっていた。

「ぎゃはははは!バカでえ!!」
ラッドとマラークがひっくり返って大喜びする。
理由をよく知らずにとまどうオルランドゥやメリアドールに、実際に被害に遭った者たちが半泣きで解説している。
テラスの中央はさらに騒がしさを増す.。
アグリアスのところまで逃げてきたラファは、年齢が年齢だけに舐める程度で済ませている。
「あれ、アグリアスさんはお酒いらないんですか?」
アグリアスは酒を断っている。正確には、断っていた。
「ん…。しばらく呑まないほうが普通になっていたから。呑まないほうが習慣になっているんだわ」
「願掛け、ですよね。オヴェリア様と…その、再会できるまでって…」
長い睫毛が伏目がちなその瞳の悲しげな色を覆い隠す。

信仰を棄てたアグリアスはオヴェリアのもとへは戻らない決断を下した。
彼女自身は元老院からは死んだものとみなされ、騎士アグリアスが異端者の烙印をおされることもなかった。
ライオネルでオヴェリアを逃し、単身異変に立ち向かって命を落とした。
「忠臣アグリアス」の噂は彼女自身の耳にも届いた。
ディリータの口利きさえあればどうにでもなったに違いないし、
暗に勧められもしたがその道は断った。
修道院で信仰に全てを捧げる以外の生き方を赦されなかったあるじの魂は、
グレバドスの教えが大きな支え、核となっているといっても過言ではない。

「申し出には感謝する。だが、残念ながら辞退させていただきたい。
 私はもう神に祈ることはできない身だ。
 信仰に生きていらっしゃるあの方をお側で支えることもできないだろう」
彼女はそう言い切り、ディリータの前を去った。
テラスの中央でバカ騒ぎを繰り広げる連中を尻目に、黙りこくったまま縁にもたれかかる。
潮風を頬に受ける。
きりりと編み込みにまとめられていない部分の髪がそよぎ、ますますアグリアスの表情を隠す。
無言の彼女たちの頬や額が、花火の色で赤に緑に青に染まる。

「流石にああいうこと堂々とされるとなんだか呑む気なくなっちゃわない?
 メリアドール特製ブレンドのハーブ茶はいかが?」
立ち入った事情を聞きだすのは遠慮していたメリアドールが、
湯気とすがすがしい香気の立ち上るカップを差し出す。
彼女とて弟を亡くし、ルカヴィに乗っ取られてしまったとはいっても最後の肉親となった父とは永遠に決別したうえ、
もとは人一倍信心深い聖職者だった。
ランベリーの攻防で信仰と父を同時に失った。弟の死の真相に近づいた。二度弟を失ったといってもいい。
いまはつとめて明るく振舞っているが、どこか無理をしているような陰りもアグリアスは感じている。
自分とて。
オヴェリアの無事な様子を自分で確かめたい気持ちも強いが、
敬虔な心優しい修道女以外のなにものにもなれないように育てられたかつてのあるじに、
神を信じなくなったことを隠して何事もない顔でまた仕官できるのか。
そんな器用な真似は決してやってのけられない。
アグリアス自身が知っている。

「あはははは!まだ暴れ足りないもんね!次は誰だっ」
遅れて酒が回り、脳味噌が変色しだしたリリベットが今度は無差別に関節技の餌食を求めだす。
後衛の魔法ジョブにつくことが多くなってからもその悪癖はおさまらない。
柔軟な足首から生まれる変幻自在のフットワークにかく乱されたマラークが、
あっという間にヒザを固められ、ひっくり返された挙句にキャメルクラッチを極められ、
カエルの潰される声を上げる。
体が柔らかくて関節技をかけられても痛くもかゆくもない人間は、
体の硬い人間相手に楽しんで関節をかける傾向があるらしい。
パーティで最も体の硬いムスタディオが犠牲になってくれるときは犠牲者が最小で済むが、残念ながら今晩は不在だ。

「そろそろ頃合だな」
今まで黙々と呑んでいたオルランドゥの手刀が首筋に炸裂、アリシアによってやはり部屋まで連行される。
当然のごとく翌朝記憶は残っていない。
ただし実に自分に都合よく、理性が勝っていたときまでの記憶のみがしっかり残っている。
あとは忘却の彼方という最も幸せな忘れ方といってもいい。
以前アグリアスに酒を呑ませてしまったラムザとムスタディオは、
アグリアスの忘れ方は彼女と近いものだったとふんでいる。
「ぎゃはは、撃沈撃沈!!」
解放されたマラークが脱ぎだす。ラッドもつられる。
「オヴェリア様から会いたいって言ってくれたそうだし、そろそろいいんじゃないですか?
 って、兄さん!」
ラファなりに気遣っての発言は男どものせいで台無しになる。
(みんながアホみたいに騒ぐからゆっくりできないじゃない、特に兄さん!)

いつの間にやら今度はアリシアがラムザにからみだす。
さっきまではキャアキャアと甲高かった声が一転してドスの効いた重低音と化す。
「おうラの字、いささか昔の話となるが、
 アリシアたちが不在であった期間について少々問い糺したいことがあるッ!」
「ハハハハハイッ、アリシアサンッ。ナンノ ゴヨウデショウカッ」
「きさま、ライオネルから脱出してゴーグにいた時期、アリシアのアグリアスおねえさまに何をしたッ!?」
「ナナナナナニモイタシテオリマセヌッ。ミニオボエノナイコトデ ゴザイマスッ」
「ん?ん?あの潜伏期間は相当だったが、果たして何もしなかったといえるのかッ?
 おねえさまが聖剣技をおつかいになると素性がはっきりしてしまうからいかんだ何だ申して、
 アリシアたちと儲け話に行くのをしつこく妨害しておったな、ラの字は」
いつの間にやらアサシンダガーがその手に握られ、ラムザの首筋をピタピタ叩く。
「ねーねーラヴィアンちゃ~ん、ケードーミャクってここですか~?」
いきなりアリシアの声がいつもの高さに戻るが誰もそれには突っ込みをいれない。
自分のペースで呑んでいるラヴィアンはいつでも比較的冷静さを保っている。
本日二度目でラッドの鼻づまりを治してやった彼女がラムザに同情的な目をしている。
「最初は!アリシアたちがサルベージツアーから戻ってきたときのことじゃ!!」
「ワワワワワ、ハイ、ライオネルカラ ダッシュツシテ フタツキクライ アトノコトデスネッ!
 エエト、イマカラ イチネント スコシクライ マエ デスネッ!」
カタカタ震えっぱなしのラムザだが「その時点に限っていえば」全く身に覚えは「なかった」。

「アリシアたちが帰ってきたらおねえさまが急にお綺麗になっていたとラッドが指摘したのじゃ!
 残念ながらアリシアはのちのちまで気付かなかったが、よもやあのときからおねえさまに手を出していたのか?!」
外食に連れ出したまではラムザの意志だが、彼女が酒を口にしたのは偶然なのでラムザとしても何もいえない。
「アアアアア、アリシアサンッ。ボウリョク、ハンターイ!
 アリシアサンフクメ、ジョセイハ スコシミナケレバ キレイニナルモノデハ ナイデスカッ」
「抜かせケダモノが」
アリシアの刃が峰側からラムザの頬をペチンとひっぱたく。もはや冷や汗すら乾ききっている。
「しかしアリシアとて鬼悪魔のたぐいではない……。いまのも峰打ちじゃ。
 きさまはいずれおねえさまの夫となる男、実に不愉快だがアリシアもすでにそう認めてしまった。
 正直に話せば赦してやらんこともないぞ」

普段はおよそ騎士とは思えない軽くてのんきな雰囲気のアリシアなりに、
野営のときや教会権力の強い町で宿をとる晩は絶対に酒を口にしない。
たいがいはすぐ眠ってしまう彼女にとって今晩はいつもの適量を大幅に超えている。
これも一種の抑圧の解放なのかもしれない。
「おねえさまはあまりお酒をたしなまれないが、慣れぬ酒で酔わせたところを押し倒して
 (ピーッ)だの(ピピピピピーッ)だのと不埒なことをしてはいまいな?
 あの潜伏期間はとっぷり三月もあったのう、ラの字」
蒼白な顔のかわいそうな異端者はどうにか首を振ろうとしてみる。
「それでは…」
ニタリ、と舌なめずりしたアリシアの尋問は続く。
「きさまとおねえさまが結ばれた時期として真っ先に挙げられるのは、リオファネス城攻略直後だとアリシアは推測している…。
 そも、きさま一人が気負って四連戦などするからいかんのじゃ。
 普段のきさまの技量ならせんで済む怪我までしおって。
 アリシアも疲れたからずっと横になっていてあの時は知らなんだが、
 おねえさまに看病させた挙句いい雰囲気になったところ云々と聞き及ぶが…。
 あれとて、おねえさまの意識がはっきりしている時でなおかつ
 おねえさまご自身の同意があった時らとしんりれもよいのらなッ」
凶悪な光を宿した明るい緑の瞳がだんだん眠たげにまばたきを繰り返す。

ころあいを見計らったラヴィアンが注意をそらし、苦笑しながらオルランドゥがラムザを解放してやる。
「はいはい信じるしんじる私がかわりに信じときます。
 それにアグリアス様はラムザ隊長を信じてるんですよー。
 アリシアもいい加減それしまいましょうねー」
「ラムザも大変だな…。アリシア、きみが悪い子でいるとアグリアスが悲しむぞ」
「は!御意に、伯」

溜飲を下げたのか満足したのか、アリシアは獲物を放り出して自分にあてがわれた部屋に引っ込んでいく。
翌朝彼女が何を思ったか知るものはない。
アホな年長者たちの大騒ぎに大きくため息をついたラファは
兄のせいで花火のハイライトを見逃したことに盛大なため息ひとつ。
素面のアグリアスと最後まで冷静だったメリアドール、ラヴィアンがテラスを簡単に片付けた。
愚かな酔っ払いたちはラムザとオルランドゥが脇に抱えて各自の部屋に搬送する。
心配げについてくるラファに向かい、ラムザが穏やかな口調で言葉をかける。
「あしたまで花火はあるってムスタディオが言ってたからそう残念がらないで」
兄の愚行で眉間にしわが寄りっぱなしだったラファはようやく表情を和らげる。
「まだ片付けが済んでないかもしれないから僕はテラスに戻るよ」
「私も行くわ」
長身でおまけに早足の彼なりに、一緒に歩くときは何度も振り返ってはラファを待ってくれる。
たいがいの場合は。

テラスへの戸口を開け放ったラムザは少しの間立ちつくし、
それから後ろを振り向かずにテラスへ出て行く。
理由はわざわざ聞くまでもない。
彼は自分と出会ったときにはとっくに彼女と心を通わせていた。
パーティの面々を紹介したあとラムザがこそりと耳打ちしてきた言葉が忘れられない。
「アグリアスさん、凄く綺麗なひとだろう?僕の恋人なんだ。
 もうほとんど皆にもバレちゃってるんだけど、
 彼女はまだ秘密にしてるつもりでいるから気付かないふりをしてくれる?」
異端者と呼ばれた男と彼に剣を捧げた女を、年上なのになんだか可愛い、そう感じた。
邪魔しては悪いと思いながらもラファの足はひとりでに動き出す。少し呑んで火照っていたラファの体を潮風が冷やす。

花火の狂騒もおさまった静かな夜、ここからは見えない海の波音だけが響く。
アグリアスはひとり静かに祈りの姿勢をとったまま動かない。
音もなく近づいたラムザも彼女に寄り添い、目を閉じて祈る。
初めてこの光景に出くわした夜、ラファにとってそれはたいそう奇異な光景に思えた。
ラファが同行するより前に彼らはかのゲルモニーク聖典を手にいれている。
それ以前にも幾多の裏切りにルカヴィの顕現と、信仰を失うには充分な経験を経ている。
にもかかわらず彼らが魔法の類を使いこなせるのは、人の知識で説明のつかない広義の信仰心に拠る。
他ならぬ人智を超えたルカヴィと対峙したゆえでしかないだろう。
そのような積み重ねの上でグレバドスの教えに隠されたものを知り、信仰を棄てている。
それでいて彼らは何を思い、何のために祈るのか。その祈りは誰に捧げているのか。

もとから違う信仰をもっていたラファには知る由もなかったが、ゼルテニアの一件でようやく謎は解けた。
道を分かった友のため、主君のために彼らは祈るのだ。
正体を隠しその身を危険に晒してまでゼルテニアに赴いた理由のひとつでもあろう。
今やまみえることも叶わないあるじのために、道を分かった友のためただ彼らは祈る。

「ラファ、もう遅いからきみも休みなさい」
いつの間にか後ろにいたオルランドゥが彼女の肩にそっと手を添える。
この人もきっと、義理の息子の無事を願い、グレバドスの祈りのかたちをかりて祈るのだろう。
ラファはこくりとうなずき、音を立てないように気をつけながら扉を閉める。
自分も兄も、あの人たちのように神へ捧げるためではなくただ、誰かのために祈る日が来るだろうと思うと、
なんだかとても暖かい気持ちになる。
最終更新:2010年03月26日 15:41