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 ふう、とアグリアスがため息をつく。
――私としたことが…。
 憂鬱そうに頭を抱えてテーブルに肘をつくアグリアスは、昼間の出来事を反芻していた。

 相手の陰陽士に混乱させられ、あろうことかラムザに深手を負わせてしまった。
正気を取り戻したときに見たものは、自分の剣で傷ついた、左腕を押さえるラムザの姿。

「くそっ」
 抑えたつもりだったのだが、意志に反して言葉が声に出てしまう。
苛立ちを抑えられないアグリアスに、誰も声をかけられなかったのは、無理のないことであった。
 そんなアグリアスの背後に近づく、一人の女性。
「だーれだ?」
 彼女はそんなアグリアスの両目を手で隠し、声色を変えて話しかけた。
「…メリアドール」
 低く、そしてはっきりした声でアグリアスは答える。そうしてゆっくりと振り向いて、
声の主――メリアドールに向き直った。
「あら、よく私だってわかったわね」
 不機嫌そうなアグリアスに、メリアドールはおどけてみせる。
「…嫌味でも言いに来たのか」
「そうね、よく冷静に答えられたわね、って思ったわ」
「…ッ」
 癪に障ったのか、アグリアスがメリアドールを一瞥して背を向ける。そんな彼女にメリアドールは
意外だったのか、小首をかしげて見せた。
「頭に血が上ってるみたいだし、掴み掛かって来るんじゃないかと身構えてたんだけど」
「…お前を責めるのは筋が違う」
 混乱させられたとはいえ、ラムザに怪我を負わせたのはアグリアスに他ならない。
「でも、自分自身を責め続けても仕方のないことだと思うわ」
「悪いのは私だ」
 先刻と同じようにテーブルに伏せながら淡々と答えるアグリアス。
「そういうの、潔いって言うのかも知れないけど…拍子抜けしちゃうわ」
「それを言うなら、私こそもっと罵声を浴びせられるものだと思っていたんだがな」
「悪いけど、私、弱い者いじめはしない主義なの」
「…ふ、そう…だな。私は弱い者だ」
 強がりを言う普段とは違う自嘲的なアグリアスに、メリアドールもどうしたらいいか、と、
誰ともなしに肩をすくめている。
「アグリアス。解っているんだろうけど、あなたがそんな風に自棄になっててもしょうがないわ」
「…そうだな。すまない」
 素直に謝るアグリアス。言葉ではそう言っていても、彼女の背中は相変わらず重い空気を放っている。
メリアドールも、そんなことはない、とか反論してくると思ったところをまた予想に反した答えが
返ってきたために、次の言葉が思い浮かばない。
 そんなアグリアスの背後に近づく新たな人影が、唇に人差し指をたてて、メリアドールに
喋らないよう促している。
 そうして、先ほどのメリアドールと同じように、『彼女』はアグリアスの両目を手で隠す。
「だーれだ?」
 その声に、アグリアスが覚醒する。
 今、伏せっているはずの、ラムザの声。そして両目に当てられた手袋はおそらく、いや、間違いなく
ラムザのもの。
「ラ、ラムザ!?」
 慌ててアグリアスは後ろを振り向いた。しかし、そこにいたのは…。
「ぶぶーー。私ですよ」
 ラムザの手袋をはめたアリシアだった。その後ろではラムザが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
見ればラムザの左腕には添え木がされていた。ラヴィアンの魔法で治そうとしたものの、治癒の途中で
魔力が切れたらしく、完治とは行かなかったようなのだ。
「ふぅむ。こんな手に引っかかるとは、やはりアグリアス様は本調子ではないようですねえ」
 腕を組んで頬に手を当て考える仕草をするアリシアに、アグリアスは思わず掴み掛かっていた。
「…アリシア! お前はラムザを診ていろと言ったはずだ!」
 ものすごい剣幕で詰め寄るアグリアスに、慌ててラムザが口を挟んだ。
「ああアグリアスさん、アリシアを怒らないでください。僕がやろうって言い出したんですから」
「な、ならばなおのこと、お前は大事をとってじっとしているべきだろうが! それとも、
 そんな怪我を負わせた、私がそんなに嫌いなのか!」
 その言葉に、今度はラムザが口を尖らせる。
「そっ、そんな小さなことでそこまで嫌ったりするつもりはありませんよ!」
「小さいだと! お前は相変わらずお前自身がどれほど大事か理解していない!」
「貴方だってそうじゃないですか!」
 そのラムザの一声に、アグリアスが動けなくなる。
「僕のせいでそんなふうに思い詰めているところを見るのはつらいんです」
「だが…私のせいでお前は…」
「いいじゃないですか、命あっての物種です。この腕だって治らないわけじゃないんですから」
 そう言って、動きがぎこちない左腕をさするラムザ。
「すまない…」
 そうして、アグリアスはまた俯いてしまう。しかし、どこかしら安心したような、そんな
穏やかさも滲ませていた…。

 そんな二人のやりとりを尻目に、アリシアが不意に愚痴をこぼし始める。
「それにしても、アグリアス様って現金ですよねー?」
「む?」
「折角メリアドールさんにお願いしてアグリアス様に元気を出してもらおうと思ったのに、
 あんまり効果がないんですもん」
「そうね、やっぱり殿方のほうがいいのかしらね?」
 同じく二人のやりとりを一部始終眺めていたメリアドールが、さもありなんと言ったふうに
うんうんと頷いている。
「なっ…何を言うかお前たち!」
 勿論そんな色気づいた話を聞き流せるような余裕はアグリアスにない。
「あ、赤くなった。赤くなってますよね!」
「へーぇ、隅に置けないじゃない?」
「べッ、別にそういった意味はない!」
「そうなんですか? ちょっと残念…」
「あ、いや、そう言うことじゃなくてだな…!?」
 慌てて必死になって弁解しているところにラムザに追い打ちをかけられ、なおもアグリアスが
泥沼にのめり込む。
 そんなアグリアスの背後に近づく、一人の女性。
「だーれだっ」

 もにゅ。

「うーん。なかなか…見た目より大っきいわねえ」
 彼女はそんなアグリアスの両目を…ではなく。
「…レーゼ殿…」
「はぁい?」
 レーゼはアグリアスの両胸を、しっかり揉んでいたのだった。
「いったい何をしているんですかぁッ!」
「えええ? だって、アグリアスったらむすっとしちゃって、全然可愛くないんですもの。
 ちょっとお茶目してみただけじゃない?」
「他人の胸を揉むのがお茶目ではないでしょうッ!!」
「そう? やらない?」
「え? …えーと…」
「一般的では…ないかも…」
 いきなりレーゼに話を振られて、戸惑うアリシアとメリアドール。
「ラムザッ! なんだその間抜け面はッ!!」
「えっ? あ、その、すみませんッ!」
 そして矛先は惚けていたラムザにも向けられる。そこで思わず謝ってしまうラムザも
人がいいというか気が小さいというか。
「お前たち…揃いも揃って私をなんだと思ってるんだ! そこに直れッ!」
 いつの間にか、アグリアスの背中からは重い空気が消え、その代わりに紅蓮の炎が見えている。
「あらあ、もしかして立ち直るのを通り越して怒っちゃった?」
「ちょ、ちょっと、どうすんのよッ」
「わ、私は用がありますのでこれでッ!」
「あっ、ずるいわよアリシア! 私もーッ!」
「ええー! 僕を置いていかないでくださいよーッ!」
「待て貴様らーーーッ!」

 * * *

「んむっ」

 なにやら騒々しい。

「んむううっ」

 なにやら怒鳴ってる声が聞こえる。

「ふむむむむぅ~っ、いったい何が起こってるのぉ~?」
 重い両目を無理矢理こじ開け声のする方を確認する。そうして枕を抱えたラヴィアンが、
そのドアを開けてみてみると…。
「レーゼ殿! 貴公は遠慮がなさすぎるッ!」
「はい、ごめんなさい」
「アリシア! お前はラムザを診ていろと言ったな!」
「はい」
 アグリアスが数人の前で大声で説教を繰り広げていた。アリシアやらメリアドールやら、年上のレーゼまで
アグリアスの前に正座させられている。
「ラムザ! 怪我人は大人しく休め!!」
「はい…」
「メリアドール! お前は空気を読め…お、おお、ラヴィアン。起こしてすまな」
「うるさい」

 ゴっ。

 ラヴィアンの手にした枕が、枕とは思えない音をたててアグリアスに直撃する。
「きゅう…」
 あえなくダウンするアグリアスに一同呆然。
「ん、静かになった」
 ラヴィアンが目をこすりながら、
「寝ゆ。おやひゅみ」
 と言って、自室に帰っていくのを、ラムザたちは戦々恐々としながら見送っていったのだった。

 * * *

 そして翌朝。

「おはようございます! ラヴィアンさん!」
「おはようございます!」
「昨晩は治療して頂いてありがとうございました!」
 レーゼやラムザたちがラヴィアンに頭を下げていた。あのアグリアスでさえも、そうである。
「なあ、なんかあったのか?」
「さあ…?」
 男たちは皆不思議そうにそのやりとりを眺めている。
「あの、ラヴィアンさん、なにかしたんですか?」
「…ううん、知らない…っていうか、なんでアグリアス様まで頭を下げてくるんだろう…」
 おそるおそるラファがラヴィアンに声をかけるも、本人も昨晩のことは寝ぼけて覚えていないらしく、
やはり不思議そうに、そして皆の行動に戸惑っていた。
 ラヴィアンがその真相を知ることはきっとないだろう。そして翌晩からうるさく騒ぎ立てる者が減った
理由もまた、知ることはきっとないだろう…。
 ラムザ隊の夜は、どこまでも静かだったそうである………。



おわり
最終更新:2010年03月26日 15:51