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「聖光爆裂波ッ!」
 セイブザクイーンが一閃し、衝撃波が男を地面に叩きつける。
「く、くそぉ――!」
 断末魔のうめきと共に、最後の一人も地に伏した。アグリアスは、ふっと息を
吐くと、おもむろに辺りを見回した。
「終わったか」
 彼女はひとりごちた。
「隊長、お怪我は?」
 アリシアがよって来る。
「無い。それより、こやつらの残党や、逃げのびた奴はいないか?」
「いないようです。全滅と考えていいかと」
「そうか」
 ベルベニア山脈の南端、グレアド高地というのが、今アグリアスのいる場所
である。戦乱に乗じて付近を荒らす山賊を退治してくれ、という儲け話を請け、
こんな山奥までやってきたのだ。
(寂しいところだな)
 アグリアスは周囲を見まわした。満目蕭条とはこのことか。目に付くものは
倒された山賊の亡骸と、鬱蒼とした森しかない。
(日が落ちるまでに引き上げんとな。モンスターも出るだろうし――ん?)
 アグリアスは目を細めた。
(なんだあれは……小屋?)
 視力の良い彼女でも辛うじて見えるほどの遠くに、一軒の小屋があったのだ。
(山賊どものアジトか? 後顧のために調べておくか)
 アグリアスはそばにいた部下たちに声をかけた。
「ついて来い、アリシア、ラッド、ラヴィアン。あの小屋を調べる!」
「農機具なんかが見当たりませんね。農家って感じじゃないな……」
 ラヴィアンはその小屋を見まわした。藁葺きの、かなり古い建物であった。
アグリアスは剣の柄に手をかけ、
「人の気配は無いが……油断するなよ」
 と、ラヴィアンたちに釘を刺し、扉に手を添える。
「鍵もかかっていないようだ。剣を構えて飛び込むぞ」
「はい」
 アグリアスが扉を引くと同時に、三人は小屋の中へ踊りこんだ。
 が、中はもぬけの空であった。
「……誰もいないのか?」
 アグリアスは剣を構えたまま、油断無く室内を見回す。あたりには剣や鎧、
酒や肉などが無造作に散らかっており、堅気の家には見えない。
(やはりここが連中のアジトか)
 と、アグリアスが考えたそのとき、
「お、おい、アグ姐、ちょっと!」
 ラッドが部屋の隅で頓狂な声を上げた。
「どうした。敵がいたか!」
「そうじゃねぇ――これ!」
 ラッドの指差した先には、床に横たわる若い女がいた。ほぼ全裸で、その
手首からは血が流れており、反対の手にはナイフが握られていた。
「な、なんですか、この人?」アリシアが絶叫する。
「おそらく、自害だ。――が、それより、まだ息はある。止血しないと!」
 言うが早いか、アグリアスは隠しから包帯を取り出した。
「う……」
 女が目を開けたのは、それから数分ほど後であった。
「あ……私……?」
「気が付いたか」
 アグリアスがその顔を覗き込む。ありあう布を体にかけてやったその女は、
まだせいぜい十代後半というところだった。なかなか整った顔だちだったが、
顔も体も、暴行を示す傷や腫れがいたるところに見られた。
「私、死んだはずじゃ――」
「血は止めた」
「私……わたし……」
 アグリアスは痛ましそうに少女を見つめた。何があったかは一目瞭然である。
山賊にかどわかされ、慰みものにされたのだ。
「あああああ!」
 少女が悲鳴を上げる。
「死なせてください! 私、汚されてしまった、死なせて――!」
「しかし、せっかく……」
 だが、少女は狂ったように、
「もう、こんな形で汚されてしまっては、天なる神はお許しになりません!
死んでこの罪をあがなうよりは!」
「馬鹿な!」
 アグリアスは叫んだ。
「生きてこそ希望もあろうに。生きることを許さぬ神がどこにいる!」
「いいえ、いいえ、――聖ヴーレは必ず、このような身を許されません!」
「聖ヴーレ?」
 アグリアスの目が見開かれた。
「ヴーレ派、ですか」
 ラムザは首をかしげた。
 ベルベニア山脈南端の小さな町ウィストックの、宿屋の彼の部屋である。
「話には聞いていたが、確かに極端だな、あれは」
 嘆息して、アグリアスはかぶりを振った。
 ラムザが口にしたヴーレ派とは、聖アジョラの弟子とされる、聖ヴーレの
教えを至上のものとする、グレバドス教の一派である。
 その教えは極端なまでの清貧、貞潔、禁欲を旨とし、これを犯せばかならず
地獄に堕ちるとされた。当時のグレバドス教では、異端とまではされないが
少数派であり、その徹底ぶりゆえに変わり者と見られる宗派であった。
 アグリアスが助けた少女は、ヴーレ派の熱心な信者だったのである。
「しかし驚きました。説得して連れ帰ってくるとは」
 ラムザが言うと、アグリアスは口をへの字に曲げ、
「見殺しにするわけにもいくまい。ローラ――彼女の名前だが――は死なせて
くれと何度も嘆願していたが……」
「……」
「聞けば、ルザリアから疎開する途中、山賊に襲われ拉されたそうだ。家族は
ドーターの親族を頼って行ったらしい。追えば再会できぬものでもないしな」
「そうですね……」
「確かに陵辱されたことはショックだろうが、それですぐ自害とは……。生きて
こそ、傷が癒されることもあろうに」
「あの宗派は、酒も肉もご法度でしたっけ」
「そうらしいな。別に何を法度にしようが構わんが、簡単に命を絶つことを是と
する教えというのは……私は、あまり好かないな」
 アグリアスはもう一度、首を振った。
「あ、隊長」
 ラヴィアンは顔を上げた。
「様子はどうだ?」
 ローラにあてがった部屋に入り、アグリアスはまず小声で聞いた。
「眠ってます。生きてられない、とか弱々しくくり返してて……いつ舌噛むか
と思うと、ヒヤヒヤでしたよ」
「すまんな。あとは私が見るから」
「大丈夫ですか。死なないように見張るんなら徹夜になりますよ」
「しょうがないさ。私の独断で連れて来たんだし、私が見ねばな」
「はぁ。そんじゃ、あたし部屋に戻りますね」
「ああ」
 一人になったアグリアスは寝息を立てるローラの顔を覗き込んだ。
(……よく寝ているな)
 ほっ、と吐息をつく。
(身を汚された口惜しさは分かるが……何も好き好んで男に身を任せたわけ
ではないし、教えに背いたというほどでもないのだろうに……)
 アグリアスにはどうも納得がいかなかった。
(それに、貞潔よりもおのれの命を軽んずるほうが私には罪に思えるが……)
 その時。
「――ん」
 小さな声を立て、ローラは目を開けた。
「目が覚めたか?」
 なるべく優しく、アグリアスは声をかけた。
「……ここ……は?」
 ローラは不安そうに辺りを見回す。
「ウィストックという町の宿屋だよ。大丈夫、ここは安全だ」
 アグリアスはまず安全を強調した。
「そういえばまだ名乗ってもいなかったな。私はアグリアス。なりわいは……
まぁ見れば分かるだろうが、騎士をやっている」
「……」
「さっき聞いたが、ドーターに家族が疎開したそうだな。貴公が望むなら送り
届けてやってもいい。どうせ通り道だしな」
「私……私は……」
 ローラは弱々しく、
「汚されてしまって……生きて……いるわけには……」
「気持ちは分かるよ……だけどなローラ、命を軽んじることも、聖ヴーレは
許さないのではないか? それに、家族も悲しむだろう」
「……」
「生きていれば良いこともあるだろうし、聖ヴーレに感謝できる日も来よう。
早まらずに、もう少しだけ……頑張ってみないか?」
「聖ヴーレは……いかがわしき行為を……お許しには……」
「貴公は何も進んで姦淫をしたわけではあるまい。いわば事故だ。そのような
ことまで責めるほど、神も料簡が狭くはないと思うぞ」
「……」
 少し乱暴だったかな、とアグリアスは後悔したが、ローラは反論しない。
「な、ローラ、少しだけ――勇気を出さないか?」
「すまないラムザ。馬車まで都合してもらうとは」
 翌朝、ラムザの一隊は、小型だが安定した馬車にローラを乗せて、ドーター
方面に出発した。
「大した手間じゃないですよ。で、彼女は?」
「とりあえず落ち着いてるが……納得したわけでもないのだろうな。迷っている
ように見える」
「迷っている?」
「今のままでは、ちょっとしたはずみで良いほうにも悪いほうにも傾くだろう。
ラヴィアンとアリシアに、交代で見てくれと頼んではいるが」
「それよりアグリアスさんも寝てないんでしょう、大丈夫ですか」
「少し仮眠は取った。なに、一晩くらい眠りが浅くともどうってことはないさ」
 ドーターへの道は平穏であった。
 ディリータの暗躍により、戦乱は終息に向かっている。戦後のイニシアティヴを
握りたい教会も、異端者狩りよりは政治工作に忙しく、今に限ればラムザたちに
危険は少ないといえた。
「――そういえば彼女、僕らの素性は知っているんですか?」
「いや、話していないし、気付いてもいまい。知ったところでよけい混乱するだけ
だろう」
「ですね。……うまく家族が見つかるといいけど」
「親戚は、わりと大きな穀物商だという。聞けば分かるのではないか」
「ドーターも混乱してますから、そこからさらに疎開していないといいんですが」
「そうだな……」
 アグリアスは宙空を見上げた。地上の人間たちのおろかな戦いを嘲るかのように、
空は澄んで蒼い。
 一行がドーターの北に到達したのは、二日後の夕暮れだった。
「事前にムスタとラッドにドーターへの斥候を頼んでおいたんですが――」
 とラムザは報告の紙をひろげ、
「戦争が終息に向かってるせいか、それほど混乱してはいないようです。物騒な
ところは物騒なようですけどね。ローラの親戚はまだ見つからないようです」
「そうか。――皆にも苦労をかけるな。彼女を助けたのは私の私情にすぎんのだが」
「でも、アグリアスさんじゃなくたって、あの場で彼女を見捨てるなんて出来な
かったと思いますよ。みんなだって分かってくれていますよ」
「そう言ってくれると助かるが……どれ、ローラの様子を見てくるか」
 アグリアスはラムザの天幕からローラを寝かせている天幕へ向かった。
「――ローラ、大事ないか」
 一番大きな天幕で、簡易ベッドに横たわるローラは、長旅の疲れは見えるが、
二日前ほど弱々しくもなさそうであった。消え入るような声だが、返事をする。
「……はい」
「ええとな……」
 さしものアグリアスも、言葉を選ぶ。
「その……そろそろドーターだ。まだ、貴公の家族は見つからないが……」
「そう……ですか」
 ローラの表情にはあまり変化がない。
(考えることをやめているのかな?)
 アグリアスはそんなふうに感じた。
「そういえば貴公の、家族構成というのか? 詳しく聞いてなかったな。父御と
兄上がいるのだったな?」
 話題もなく、アグリアスは無理にそんなことを訊いてみた。
「はい。母は……もう亡くなっています」
 ローラはよどみなく答える。
「ふむ。で、みな、ヴーレ派なのか?」
「はい」
 その返事だけは、ローラは少し力を込めた。矜持であろうか。
「父も兄も、聖ヴーレの教えを守って、つつましく生きております」
「ふむ……」
 ヴーレ派の教えについてはアグリアスも思うところはあるが、こんなところで
宗論をしてみても始まらない。
「父御と兄上……それで、一緒に疎開したものは全部か?」
「もうひとり……一緒にドーターへ向かいましたのが……」
「ん?」
「私の……その……許婚……です」
 先ほどとはまるで違う、消え入るような声でそう言った。
「ははあ。その彼も……?」
「はい……やはり聖ヴーレの教えを奉じております」
「そうか……」
 ひょっとしたら、ローラは汚れてしまったことで、神よりも許婚に合わす顔が
ないと思っているのではないか。
(そのほうが私としてもまだ納得できるんだが……)
 しかし下手なことを聞いて、動じやすいローラを困惑させては何にもならない。
アグリアスが嘆息した、その時。
「――隊長! 隊長!」
 天幕に飛び込んできたのはラヴィアンだった。
「なんだ、もう少し静かに入ってこられんのか、病人がいるんだぞ」
「――すんません、でも、見つかったんです。ローラちゃんの家族!」
「何ッ!」
 アグリアスも大声を上げた。
「本当か!」
「ラッドから報告がありました。ローラちゃんの言ってた『ハミルトン穀物』に、
ルザリアから避難してきた、ヴーレ派一家がいるそうです!」
「――ローラ、間違いないか?」
 あまり興奮させてもいけないのだが、さすがにアグリアスも勢い込んでローラに
訊ねた。ローラは少し青ざめていたが、頷く。
「はい……間違いありません」
「そうか。良かったな! ――生きていた甲斐があったじゃないか!」
「はい……」
 ローラはまだ青ざめていたが、うっすらと微笑んだ。
「しかし、そろそろ日が落ちるな。夜に無理にローラを動かして、興奮して熱でも
出されたらことだし……ラヴィアン、明朝早く会うよう取り計らってくれるか?」
「分かりました。ラッドが向こうにいますから、そう伝えますよ」
「すまんな。頼むぞ」
 ラヴィアンが出て行くとアグリアスはベッドに向き直り、
「もう大丈夫だ。家族が貴公をの傷を癒してくれよう。あんなことは忘れてしまうに
限る。明日はドーターだ、ローラ」
 アグリアスが力強く言い、ローラのか細い手を握ると、少しだけ、彼女も愁眉を
開いた――ように、見えた。
 さすがに二日も寝ないとこたえるので、その晩のローラの見張りはラヴィアンと
アリシアに任せ、アグリアスはぐっすりと眠った。
 翌日も、やはり好い天気であった。
 日の出と同時に起き出したアグリアスは、うがい手水のため川のほうへと降りて
いった。
「おお、アリシア、ご苦労さん」
 川端にアリシアもいた。
「あ、お早うございます」
「どうしたんだ……ローラは?」
「さっき目を覚ましました。喉が乾いたと言うんで、お水をね」
「そうか。どんな様子だ?」
「『今日はご家族に会えるわよ』と言ったんですけど、ちょっとまだ虚ろな表情でし
たね。――不安なのかもしれません」
「無理もないな。……どれ、水は私が持っていこう。お前も昨日は寝ずの番だったん
だろう。少し仮眠を取るといい」
「じゃ、お任せします」
 水を湛えたフラゴンをアリシアから受け取ると、アグリアスはローラの天幕へと
向かった。
「ローラ、入るぞ」
 返事はない。
(また寝てしまったのか?)
 大きな音を立てぬように、アグリアスは注意して天幕に滑り込んだ。
「ローラ、水を持ってきたぞ――ローラ?」
 返事がない。
 ローラは確かにベッドにいる。彼女の亜麻色の髪も見える。
 だが、それとは別に――。
「――!?」
 アグリアスはフラゴンを放り出してベッドに駆け寄った。
「これは!」
 ベッド周りの床一面が、朱に染まっていた。血である。
 ローラは、絶命していた。
 アグリアスは乱暴に掛け布を捲った。ローラの胸に鋭利なナイフが突き刺さって
いた。いや、彼女が自分で突き刺していたのだ。
(ナイフ!? 馬鹿な。どこに持って――いや、これは、確かアリシアの……)
 それは間違いなくアリシアが愛用していたナイフだった。
 彼女が置き忘れたものを、ローラが我が胸に向けたのだろう。
(だが、何故――!)
 もう指呼の間に、彼女の家族がいる。再会は目の前だった。
(だのに、何故だ! 何故なんだ! ――ローラ!)
 紙のように蒼白な顔で横たわるローラから、むろんいらえはない。
 アグリアスは呆然とローラを見下ろした。
 その頬を白いものが伝う。
 それが、剛毅なアグリアスが十数年ぶりに流した涙だと、彼女自身も気付かない
まま、そこに立ち尽くしていた。
「私は、間違っていたのか……?」
 ローラの亡骸を遺族に渡し、ドーター泊まりとなったその日の夜、アグリアスは
宿のラムザの部屋で、そうこぼした。
「分からないのは、彼女の家族達も、彼女の死を奇としなかったことだ。彼女の許婚
でさえ、淡々と『ローラは聖ヴーレの元に召されたのです』と言っていたが……」
 弱々しい声を、アグリアスはしぼり出す。
「死ぬことはなかったはずなのに……私が彼女を追い詰めてしまったんだろうか。
彼らは、私を詰りもせず、かといって悲しみもせず……どうしてああも、彼らは
こんな残酷なことを受け入れられるのだ? 私には分からん」
「そうですね……」
 ラムザは慎重に言葉を選んだ。
「おそらくアグリアスさんは間違ってもいないし、ローラにも遺族にも、気持ちは
伝わったと思いますよ、ただ」
「ただ?」
「彼女達と僕らでは、決定的に価値観が違ったんでしょう。ローラはいずれ耐えられ
なかったと思います。アグリアスさんがここまで連れて来なくても、アリシアさんの
一言がなくても、またナイフが置き忘れられなくても……」
「アリシアも、私の考え無しの一言がなければと自分を責めていた。彼女にも気の毒な
ことをしたな。しかし、それではやはりヴーレの教えが彼女を追い詰めたのか……?」
「僕は、必ずしもそれだけだとは思いませんけどね」
「――というと?」
「なるほどヴーレ派は教条的であるかもしれない。けれどそれはこんな乱世が拍車を
かけている――そうは思いませんか?」
「乱世か……」
「生きづらい世になるほど、人は何かに縋るものです。まして、ローラたちのような
弱く、慎み深い人たちならなおさら、教えしか縋るものがなかったかもしれない」
「ああ……」
「アグリアスさんは彼女たちに出来るだけのことをしてあげた……それで十分だと
思いますよ」
「――坑道のカナリア」
 アグリアスは静かに呟いた。ラムザは怪訝な顔をした。
「え?」
「坑道のカナリア、と言ったんだ。カナリアは敏感な生き物だ。鉱山では、毒ガスが
発生していないかどうか、カナリアで試すという。カナリアが死ねば、そこは危険と
いうわけだ」
「へぇ……」
「ローラは、カナリアのようなものだったのだな。乱世と言う坑道の毒ガスに耐え
られぬ、か弱いヴーレ派の小鳥。――しかしそれは彼女の責任と言うわけでもない」
 アグリアスは眼を閉じ――
 そして、目を開けたとき、何かを振り払ったようだった。
「ならば簡単なことさ。ヴーレ派であれ誰であれ、死ななくても済むような世の中に
するだけだ。そのために戦っているのだからな」
「――そうですね」
「大きくはないが、我々にも力がある。そうである以上、戦うのが務めというものだ。
これ以上、力ないものが踏みにじられないためにもな」
 アグリアスは昂然と、顔を上げた。
「――お呼びでございますか、陛下」
 ゴーグ郊外の共同墓地を視察――獅子戦争終結五年を機に、復興具合を見るのが
目的であった――する新王ディリータの前に、側近ゼンデン卿が召し出された。
「ゼンデン。卿は草花の知識が豊富と聞くが、この花に見覚えはあるか?」
 ディリータは白く美しい花をゼンデンに差し出した。ゼンデンはそれをしばらく
眺めていたが、目を丸くした。
「存じません。――驚きました。憚りながら臣は畏国のみならず呂国、鴎国の植物も
知悉せしものと心得ておりましたが、その臣にして知らぬ花があろうとは……」
「卿が知らぬとなれば、これは新種か?」
「間違いないと存じます。――して、その花、いずれで」
「ここな、墓の脇に咲いていたのだがな」
 ディリータが指し示した場所には、小さいが美しい墓石があった。
「『ローラ・ハミルトン』とある。庶民の墓であろうが、見たことのない花が咲いて
いたので、目に付いた」
「お持ち帰りになりますので?」
「ああ、美しい花だ。――栽培してみるのも悪くなかろう。そうだな……ローラ……
ローリア、とでも名付けるか」
 王はそれをかざし、目を細めた。その可憐さに、あるいは先年喪った王妃をでも
思い浮かべたのであろうか。
「墓から生えた花など、不吉ではありますまいか」と懸念するゼンデンに
「我、怪力乱心を語らず」
 とのみ王は答え、笑った。

 のちハイラル朝の国花となった新花ローリアについての悲しい物語は、あまり
知られていない。その花言葉は「平和」だそうである。

                          FIN
最終更新:2010年03月26日 15:59