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 人通りの少ない、急な斜面と林に挟まれたとある峠道。
 太陽が照りつける急勾配の山道を、一人の竜騎士が甲冑姿で槍を構えていた。長身痩躯、独特の
フォルムを描く兜が、竜騎士の顔を太陽の日差しから覆い隠している。見るからに熱そうだが、
その表情は兜が作る黒い影に遮られ窺い知ることはできない。
 そして、その竜騎士の周囲に屯するのは、無数のゴブリンたちだった。中には竜騎士に討ち取られ、その身を
物言わぬ骸となした者もいる。槍を手に、しかし無形の型にて微動だにせぬ竜騎士の姿からは一部の隙も伺えない。
その一方で仲間をやられたゴブリンは敵意を剥き出しにして、竜騎士を威嚇しながら取り囲んでいる。
見るからに多勢に無勢。しかし竜騎士は動じることなく、半歩間合いに足を踏み入れたゴブリンの額を
寸分たがわず突き破る。そのたびにゴブリン達はわさわさと周囲をうごめき、また先ほどと同じく竜騎士の
周囲に輪を作っていた。
 かくして拮抗すること暫く、しかし数で勝るゴブリンたちが一斉に竜騎士に飛びかからんと
したその瞬間のことである。

「とーーッ!」
 誰のものでもない掛け声は、竜騎士が背にした斜面の上から轟いてきた。思わぬ伏兵に完全に意表を
突かれた竜騎士が振り向いた瞬間、かけ声とともに闖入してきた剣を構えた女が、斜面の上から
飛び降りた勢いのままゴブリンの一匹を力任せに一刀両断する。
 突然の出来事に驚いたのは竜騎士だけではなかった。ゴブリンたちもまた慌てふためき、女騎士の
踊り出た方向から飛び交う矢やら手裏剣やらに右往左往を繰り返す。騎士二人はお互いに背を向けて、
眼前のゴブリンをまさしく舞うが如く切り捨てる。ダンスを終えた二人が足を止めると、ゴブリンの骸が
四つ五つと増えていた。
「キキッ、キキイーッ!」
 かくして竜騎士と女騎士は揃って身構えたまま、身を翻して林の中に消えるゴブリンたちが消えるのを見送った。
「ここは追うべきではないな」
「吾輩も同感だ。彼奴等のテリトリーに押し入って危険を冒す必要はない」
 女騎士の言葉に竜騎士が答える。
「無事か?」
 女騎士が向き直る。
「うむ。…礼を言いたいが、その前にまずはここを離れるとしよう」
 顔を林の中に向けたまま、竜騎士は静かに答えた。

「ここまでくれば安心でしょう」
 小高い岡の上で弓を携えた女性が背伸びをする。
「ラヴィアン、油断は禁物だ。まだここは奴らの縄張りなのだぞ」
「はーい。アグリアス様は相変わらずお厳しい~」
 そのアグリアスにラヴィアンと呼ばれた女性が、ぺろりと舌を出して誤魔化すように笑っている。
「さて」
 仲間達と共に林から離れたアグリアスが、先ほどの竜騎士に向き直る。
「先ほどは危ないところだったな」
「うむ。しかしながら、お仲間がおらるるとはいえその危地に飛び込む貴君もなかなか命知らずと見える」
「…おかしいか?」
「いいや。吾輩と気が合いそうだ」
 相変わらず兜で面が見えない竜騎士だが、実に楽しそうに笑っている。
「それにしても、なぜこのような場所を一人で? その声の調子では、まだお若いのではないか?」
 そう、この竜騎士、口調こそ古風ではあるが男としては高い声の持ち主だった。おそらくは変声前の
男子であろう、察して問いを発するアグリアスに竜騎士は笑うのをやめる。
「いかにも。吾輩は騎士として仕官先を探している。確かに若輩者であるが、あの程度の魔物如きに遅れを
 とるような腕では騎士が勤まると思えぬ。修行もかねての一人旅だ」
「なるほど…」
 随分と殊勝な心がけだ。アグリアスは感心しながら頷いた。
「ふむ、そういえばまだ礼と名を名乗るのがまだであった」
 そう言って、竜騎士が兜を脱ぐ。いびつな竜の頭を模した兜の下から現れたのは――それはそれは美しい、
女性の顔。
「吾輩の名はマチルダ。アグリアス殿の助太刀感謝いたす」
 アグリアスは目を丸くした。無論アグリアスの後ろから彼女の素顔を見ていた仲間たちも、
突然の美女の出現にただ事ではない様相を呈している。
「袖触れ合うも他生の縁でありましょうな。よろしくお頼み申し上げる」
 そんな周囲の意も介さず、マチルダと名乗った竜騎士は胸に手を当て優雅に会釈し、にっこりと
微笑んで見せたのだった。

「すっごい美人だ…こんなことってあるもんだな~」
 単純に美人に会えてはしゃぐのはラッドである。一方隣のアリシアは今ひとつ表情が暗い。
「ラッド…あんた鼻息荒いわよ…。は~ぁ、今までにいない硬派な紳士タイプだと思ってたのに…」
「なんだアリシア、狙ってたのか」
「…別に? そういうムスタディオこそ狙ってるんでしょう?」
「んー? そうかな…ま、そういうことにしとくか」
 のらりくらりとかわすムスタディオ。
「でもよ、ありゃちょっと綺麗過ぎて近づきがたいな。言うだろ、綺麗な薔薇には刺があるとか。
 なんか俺は手を出したくないね」
「刺がありそうには見えないけどなあ~…いて、いててて!! なにすんだよラヴィアン!」
「あ、ごめんね、ラッドの顔に刺がついてたから~」
「こっちにもついてるわ」
「いていていていていてーーー!!!」
「アリシア、モンクのお前の腕力だとラッドの顔が伸びるぞ?」
「いいのよ、どうせ鼻の下が伸びきってるんだから、他のどこが伸びたって同じよ」

 と、仲間たちがマチルダを肴に談笑する一方、そのマチルダとアグリアスはというと。

「口調で間違えてしまったが…いや失礼した。女性だとは驚いた」
 素直に感想を述べるアグリアス。しかしその言葉にマチルダは意外な反応を示していた。
「女性?」
「…どうかしたのか?」
 アグリアスがマチルダの様子に首を傾げた。
「いやさ、女性とはなんと?」
 当を得ないマチルダの問い返しに、アグリアスもマチルダも同じく困った顔をする。
「マチルダ殿? 貴公は女子ではないのか?」
「吾輩は騎士ゆえ、そのようなことを気にしたことがないが」
 逆に返したアグリアスの問いに、マチルダがまたずれた返事をする。
「アグリアスさん、もしかして…」
 返答に窮したアグリアスの横からラムザが口を挟んだ。
「彼女、もしかして自分のことを男だと思ってるんじゃないですか?」
「馬鹿な」
 アグリアスが即座に否定するが、彼女の顔はその可能性を否定しきっていない顔だ。
「では訊いてみましょうか? マチルダさん、失礼ですが、あなたは男性ですか?」
「少なくとも我が家では斯様な話題が上がった覚えがない。察するにそれは、身体の線が細いか太いか、
 それだけの差異のことであろう?」
 と、ラムザの問いに答えるマチルダ。どうやら本当に彼女は自分が女であることに気が付いていないようだ。
「いや…そもそも女性とか男性とか、性別の概念が欠落してるようですね」
 ラムザが困った顔でアグリアスを覗き込む。勿論アグリアスも当惑した顔でラムザに視線を投げ返す。
「…とりあえず…女性ですよね?」
「だと思う…が、自信がない」
 ラムザの呟きにアグリアスも呟くように答える。

 しばし沈黙。とうのマチルダは首を傾げて二人のやり取りを眺めている。

「であれば、確かめる…しかないんじゃ?」
「…どうやって」
 ラムザの発した一言に、あからさまに憮然としたアグリアスが言い返す。
「僕は男ですから…その…ちょっと…問題が…」
 要するにそういうことだ。アグリアスも理解してはいるものの、単に言い渋っているだけのようである。
 実際のところはラムザの発言で結論は出ているはずだが、やはり確信が欲しいのだろう。
「ぐっ…わ、わかっている! ラヴィアン! ちょっと確かめてだな…」
「えー、女性だと思いますよ? 私は確かめる必要ないですし、疑問をもたない私が確かめるのは
 筋が違うと思いまーす」
「なら俺グァッ」
 ラッドがアリシアの秘孔拳に沈む。…はて、秘孔拳のもたらす効果は死の宣告ではなかったか。
「アリシア!!」
「私はどちらでもかまいません。というか興味ないです」
「さっき溜息ついてたゲゥッ」
 今しがたアリシアに蘇生されたラッドが再び彼女の秘孔拳…と思われる一撃に沈む。
「とにかく。疑念が払えないのであれば、私達の手を借りるまでもなくご自身の目で確かめるべきでしょう?」
「うぐ…」
 かつての部下にけんもほろろの返事を返され、ぐうの音も出ないアグリアス。
やむなくアグリアスとマチルダが草むらに消えて…

「…なかった。正真正銘、女だ」
 帰ってきた。アグリアスの顔は真っ赤だ。かたやマチルダはなんのことかわからぬ、といった顔つきである。
「なかったというのは、貴君の言う上のことか? 下のことか?」
「いや、それ以上喋らないでくれ…」
 なぜ私がこんな真似を、と頭を抱えるアグリアスに、マチルダはやはり今ひとつ納得の行かない表情を
浮かべている。そうしてふと何か気が付いたのか、マチルダはおもむろにラムザに近づいた。

 むんず。

「はうッ!?」
「おおなるほど。そういえば父上もここに斯様なでっぱりがあった、これが男か」
 恥ずかしげもなく、むしろ興味津々といったふうでのたまうマチルダに、ラムザもアグリアスも目を見開き、
顔は鍋に煮られてゆであがったかのようにお互い真っ赤にしている。傍から見れば愛を告白したばかりの
奥手なカップルに見えなくもない。そのままラムザとアグリアスが見つめ合うこと暫くして…悲しい異変が起きた。
「む? だんだんと大きくなっておるな」

  ュゴ      ヴ  ァ

 そのときアグリアスの右手は光速の世界を超えたであろうか。彼女のびんたがラムザの頬を直撃し、
周囲に衝撃波を巻き起こす。まさに天国から地獄へと叩き飛ばされたかのようにラムザがきりもみ回転で
吹っ飛んでいき、そのまま土煙と血煙を上げて地表を削り取ること十数メートル。
「う…ッ!? こ、こりゃひでえ…」
 ようやく止まったラムザのその顔を見るなり、ムスタディオがその無残さに目を覆った。
「し、しっかりしろラムザ! ちょっと姐さん、そりゃちょっとばかり大人げな…ッ」
 おろおろしながらケアルジャを詠唱するラッドを、アグリアスがギロリと一睨みする。
「ひ…ラ、ラムザは悪くない! 悪くないぞー!! うわああぁぁん!」
 …ラッドが泣き出してしまった。そばにいたラヴィアンも腰を抜かしてがくがくとおびえている。
どんな鬼の形相だったのだろうか、ムスタディオはそれを見逃したことをちょっとだけ後悔した。
「ふぅむ。アグリアス殿はここが大きいのだな」
「き、きゃあああ!?」
 そしていつの間にかアグリアスの前に回ったマチルダが、今度はアグリアスの胸をわしと掴んでいる。
これにはさしものアグリアスも、普段の彼女らしからぬ悲鳴を上げてマチルダを振りほどく。
「や、や、やめんかッ!!」
「いやしかし、吾輩は男女の見分け方がわからんのだ」
「男女を確かめるのに身体をみだりに触っては駄目だッ!!」
 顔を真っ赤にしてアグリアスがマチルダを怒鳴る。
「さ、然様か…しかしどちらにしても吾輩には無いものゆえ、ちょっと珍しくてだな…」
「珍しくても駄目だ!」
「吾輩としてはもう少し触っていたかったのだが…特にアグリアス殿の胸はやわらかく非常によい揉み心地で」
「詳細を説明するなーッッ!!」
「ぶははは、ムスタディオ、お前なに鼻血出してんだ」
「うるせえ」
 名残惜しそうに手を伸ばすマチルダと半泣き状態のアグリアス、響く銃声、ラッドの悲鳴。
混沌とした一連のやりとりを眺めたラヴィアンが、眉をひそめてため息をつく。
「マチルダさんて、まるで男の人みたいねえ?」
「なんていうか…基本的な性教育が必要みたいね」
 アリシアが冷静に、しかし他人事のように言い放つ。鼻に詰め物をして黙って頷くムスタディオ。

「…それはそんなに重要なことなのか?」

 しかし問題は当事者であるマチルダである。本人は眉根に皺を寄せ、それを全く重要視していないようだ。
「少なくとも、騎士を名乗るのであれば礼儀作法…というか、常識をそれなりに身につけておいたほうが
 いいでしょう。貴族に対しても勿論ですが、特に世の言う『レディー』に対しては尚更。
 粗相があっては家名にも傷がつくと思いますので」
 うずくまってべそをかいているアグリアスをちらりと見ながら、アリシアがもっともらしいことを言う。
ちなみにそのとき、地面に「ムスタ…」と途中まで書いて倒れているラッドの姿が視界に入ったが、
彼女は小さく溜息をついてそれを黙殺した。
「う、うむ…そうか。吾輩は武勲にて身を立てようと思っていたのだが…それだけでは駄目なのか」
 家名に傷がつくの一言が効いたのか、マチルダはひどく気落ちしてがっくりと肩を落とす。
「な、なれば、は…恥を忍んでお頼み申す。吾輩に…その、女性とやらを教えてはくださらんか」
 ゆっくりと顔を上げたマチルダに、顔を見合わせるアリシア、ラヴィアン、そしてムスタディオ。
「まあ、とりあえず自覚がないのは問題だよな」
「教育が騎士道に偏重してたのが原因なんだから、騎士の立場から教えてあげたらいいのかな?」
「とすれば、やはり本職に訊くべきでしょうね」
 そう言ってアリシアはうずくまっている人物に目を向ける。
 ちなみにそのとき、地面に「ムスタ…」と途中まで書いた後に「俺が手取り足取り教えてやるんだああ」と
続けて書いて倒れているラッドの姿が視界に入ったが、彼女は大きく溜息をついてそれを黙殺した。

「というわけでアグリアス様。道中のマチルダさんの教育をお願い致します」
「何故私が」
 そう言わずともわかる露骨な表情をアグリアスがアリシアに投げ返す。
「少なくとも女性に関しての知識が欠けている以上、私、ラヴィアン、そしてアグリアス様のいずれかが
 教育を考えるべきであり、かつ、彼女に近しい観念を持ち、かつて私たちが師事したアグリアス様こそが
 適任だと思います。まして今の私はモンク、ラヴィアンは弓使い。ナイトのアグリアス様を差し置いて
 私たちが出るべき処ではないかと」
 ちなみにラムザは忍者、ラッドは白魔道士、ムスタディオが話術士である。
「い、一般常識というか一般教養だぞ。教えるだけなら誰でも構わないだろう。それに貴族としての
 心得やマナーを教えるならラムザのほうが適任では」
「ラムザさんはまだ意識が戻りません。断っておきますが原因はアグリアス様のびんたです」
 眉一つ動かさず冷徹に言うアリシア。
「ぐ…。一応訊くがムスタディオはどうだ。話術士ならば上手に教えられるんじゃないか」
「マチルダさんの口調から、おそらく彼女はやんごとなき身分の人間と思われます。だとすれば、
 なんらかの身分である彼女が平民に教えを請うのは問題だろうと言っていました」
「た、確かに…となるとラッ」
「論外です」
 名前を言い切る前に斬られてしまったアグリアスの口が『ど』の形のまま硬直している。
「むしろ枠外圏外想定外の上問題外であり女の敵は鉄拳制裁、悪・即・殴! であります」
 言葉が加速するたびに指をばきばき鳴らしながらだんだん凄みを帯びていくアリシア。
「何かあったのか」
「いいえ何も」
 アリシアはそう即答して、何事も無かったように殺気を納めていつもと変わらぬ冷めた彼女に戻っている。
そういえばラッドの姿が見当たらない。まだ倒れているのだろうか。それとも…いや言うまい。
「とにかく…私しかいないわけか」
「はい」
 ふてくされるアグリアスに、アリシアはつとめて冷静に、しかしうっすら笑みを浮かべつつそう答えた。

 さて。問題はこの後である。
「しかしだアグリアス殿。吾輩が思うに、戦場に於いては性別とやらは意味を為さぬのではないか?」
 マチルダの第一声はこうだ。
「そもそも、民を守り主君に仇なす輩を討つのが戦場に於ける戦士の務め。戦士であれば、年齢も
 性別も関係ないものではないか?」
「そういう意味ではない。女性として留意しておかなければならないことがあるということだ」
 彼女の主張が間違ってはいないと思うが、その彼女が知る世界はあまりに狭く、聊か趣旨も食い違っている。
マチルダが知らない世界の話を彼女に理解させるというのは、アグリアスの想像以上に困難なことであった。
「吾輩は諸氏の言う女性という認識を持つ以前に、吾輩は騎士であると認識している。故に吾輩は
 武技にすべてを捧げんとしてきた。そこで今更に騎士である前に女性としての認識を持てというのは、
 吾輩にとっては今までの吾輩そのものを否定された気がしてならぬ」
 マチルダはアグリアスの言葉に頷くことなく、再び主張を繰り返す。
「私は、いずれ武勲を以て戦乱の世を平定させようと思っている。雷神と名高い南天騎士団に居らるる
 オルランドゥ伯爵のように、吾輩の名が知れ渡ることで兵や民の士気が上がるのであれば、これ以上の
 誉れはない。吾輩は吾輩の仰ぐべき主君のもと、騎士として皆を導きたいのだ」
 そして彼女の主張を聞けば聞くほどに自分に似ている、と、アグリアスは思う。騎士に憧れる幼い子供の
ように、意思の強さが視野を狭めている彼女の姿は、かつての自分自身のようだとアグリアスは感じていた。
「アグリアス殿も騎士であるならば、貴君にもまた主君があり、主君のために剣を取るのであろう?
 そう吾輩は推察するのだが、それは違うと仰られるのか?」
「………」
 時折、無垢な子供は理論武装した大人の痛いところをつく。
「貴君とて吾輩と同じ女性なのであろう? なれば吾輩に異を唱える貴君の行為は矛盾しているのではないか」
「…私が考えるに」
 アグリアスがマチルダを制して、一息つく。
「貴公の心が騎士であることは紛れもなく事実であろう。だが、それ以前に我らは女だ。精神論ではなく、
 肉体的な、物理的な事実だ。残念だが、騎士であるかどうかは人が決めること、しかし男女の決定は神の領分。
 その事実を覆すのは到底無理というものだ」
「それでは…不公平ではないか」
 マチルダがぼやく。
「確かにな。私も過去、男であればと思うこともあった。だが、男だからと言って必ずしも騎士になれるとは
 限らないし、女だからと自分を責めてもそれが言い訳にしかならないことも事実だ」
「ならば何故、自らを女と認めなければならんのだ?」
「それが事実だからだ。見苦しいぞマチルダ殿」
 駄々をこねるマチルダを正視してアグリアスが一喝する。
「私たちが生きる場所は戦場だけではない。よもや社交の場においても、貴公は鎧に身を包んで歩く気では
 あるまい?」
「そ、そうかもしれぬ。が、しかし、騎士の正装はやはり」
「貴公の父上がどうかはわからないが、騎士だからと常に剣を帯び鎧を着て生活しているわけでもないだろう?
 そもそも貴公は男女の身体の仕組みを理解しておいでか? 仮に性別を偽るにしても留意する点は
 いくらでもあるし、説得力のある嘘をつかないと簡単に見破られてしまうだろうな。そして嘘をついた理由を
 貴公は胸を張って言うことができるか?」
「む……」
 言われてマチルダの眉間に皺がよる。
「なにも貴公に今すぐ女になれというわけではない。まずは己を知ることが重要だ。兵法にも言うだろう、
 敵を知り己を知れば百戦危うからず、とな」
 アグリアスは笑ってそう締める。
「む、むうう…難しそうだな」
「なに、そう身構えるな。社交マナーのひとつと覚えれば良い」
 そう言って、二人は笑うのをやめた。
「その前に」
「うむ」
 アグリアスが剣を抜き、マチルダが兜を身につける。
 次の瞬間、ぞわり、と周囲の林がざわめき、夥しい数のゴブリンが二人の前に現れた。
「聊かに分が悪いか」
「否、吾輩の槍ならばこれしきを討つは容易い」
 自信に満ち満ちた声でマチルダが答える。
「ほう。それでは、貴公の腕を拝見させて頂こう」
 アグリアスもわずかに笑みを浮かべ、二人は魔物の群れに向かっていったのだった。


  *  *  *


「いったいなんだというのだ、あの、目玉がいっぱいついた、強烈な臭気を伴う醜悪な生き物は…!」
 肩で息をするマチルダが、さも忌々しげに朽ちたモルボルを睨んでいる。
「貴公はモルボルを見たことがなかったのか?」
「うむ…見た目もさることながら特筆すべきは筆舌に尽くしがたい腐敗臭。吐き気はするわ目には染みるわ、
 この世の地獄を味わった気分だ! 世界はあのような生物の跳梁を許していいものなのか? あのモルモル
 などという生物が市街地に蔓延れば、市井の者たちなどひとたまりもあるまい、すぐに討伐せねば脅威となり得るぞ!」
 ぼろぼろになりながら熱弁を振るうマチルダを、手当てするアリシアが冷静に諌める。
「モルモルじゃなくて、モルボルです。モルボル。それに心配は要りません。主に湿地帯に棲息していて、
乾燥した場所では生活できないようですから」
「そ、そうなのか?」
「今回のように人為的に飼育誘導されたりなければ、野生生物が縄張りから出てくることなどそうそうあるまい」
 同じくぼろぼろのアグリアスが、ラヴィアンの手当てを受けながら言う。
「これほどの大群を率いるならまだしも、まさかモルボルを連れてくるなんて、随分知恵をつけたゴブリンが
いたものですね。二人ともよくご無事で」
 周囲を見渡しながらアリシアが感嘆する。見れば一面に無数のゴブリンの屍が転がり、この二人が
どれほどの大群と戦っていたかを物語っている。
「お前たちこそよく助けに来てくれた。二人だけでは流石にもたなかったろう」
「へっ、あれだけ派手に暴れてたら、否応なしに気付くもんだぜ」
 というのは建前で、目を覚ましたラッドがアグリアスたちを追い駆けたところ、戦闘している二人に出くわした、
というのが真相である。ちなみにそのラッドは、マチルダに回復と称して抱きつこうとしたところを
ジャンプでかわされ、アグリアスの聖光爆裂破の巻き添えという名の餌食になって気絶している。
「それにしてもラムザには悪いことをした。ろくに手当てもせず…本当にすまない」
「気にしないでください。それにアグリアスさんはマチルダさんと二人だけでモルボルと戦っていたんですから、
 結果的にだとしても僕達を守ってくれたわけじゃないですか。そんなに萎縮しないでください」
 縮こまるアグリアスにラムザが優しく微笑む…が、その顔にくっきり残る痛々しい真っ赤な手のひら
マークが全てを台無しにしている。
「ラムザ…本当にすまん」
「まあまあ、ラムザさんもそう言ってるんですし、気にしないほうがいいですよ! こうやってアグリアス様が
戦ってくださったおかげで、ラムザさんはゆっくり休めたんですから!」
 うなだれるアグリアスを慰めようとラヴィアンが割って入る。
「そうか…そうだな…悪いなラヴィアン」
「いえいえ、私もいいものが見られましたし!」
「いいもの?」
「はい! 看病ってことであたしが膝枕してあげてたんですけど、ラムザさんの寝顔が可愛かったんですよ~」
「そうか、それは良かったな…?」
「改めてラムザさんの顔を眺めてたんですけど、じっくり見てるといろいろわかるんですよね!
 やっぱり育ちが顔に出てるっていうか!」
「ほう」
「あーんな無防備なラムザさんの顔、そう滅多に見られるもんじゃありません!」
「ちょっとラヴィアン、その辺に…」
 興奮冷めやらぬラヴィアンをアリシアが制している。アグリアスがどんな顔をしているか、言うまでもあるまい。
「猫みたいにあたしの脚に頬を摺り寄せてきたときなんか、もーこのまま連れて帰りたいっていうか!!」

 め゛ご     どぉぉん

 アグリアスの右後ろ回し蹴りに、ラムザが天高く舞い上がる。暫くして巻き起こる土煙、そして地面から
はえた人の脚…一行はいつの間にかイヌガミ家に来ていたようである。
「ちょ、何をなさるんですかアグリアスさ…まッ」
 抗議の声を上げるラヴィアンにアグリアスが睨みをきかせると。
「…う、うぇへええぇん、アリシア~! 暴君よ! 暴君がいるわ~ッ!」
 と、へなへなと腰を抜かしてアリシアに泣きつく始末。おそらく嫉妬に駆られた鬼女のような形相だったの
だろうな、と、アリシアとムスタディオが勝手に納得する。

 この後ラムザの看病をアグリアスが我先にと買って出て、ラムザに対する自身の仕打ちに懺悔の涙で顔を
ぐじゅぐじゅにしながらラッドを呼び出して徹夜でケアルジャを唱えさせていたり、マチルダの勘違い行動に
ラッドが幾度となく興奮状態から戦闘不能に陥ったり、そのとばっちりをラムザが食らっていたりと、
様々なトラブルを繰り返してラムザ一行がマチルダと道行きを共にすること一週間。ようやく一行はマチルダの
目指したライオネルへと到着したのだった。
「実に有意義な一週間であった」
 そう言って、マチルダは満面の笑みを浮かべてラムザたちに向き直る。
「この一週間に賜ったご厚意の数々、吾輩は生涯忘れ得ぬ」
「大げさですねえ」
「否、吾輩が如何に狭い世界で生きてきたか、この旅路で得たものは計り知れぬ」
 ラムザの一言にも、マチルダは感慨深そうに目を閉じる。
「特にアグリアス殿、貴君には本当に世話になった。吾輩はこれまで一人で戦ってきた故、こうして背を預ける
 相手がいるというのは、本当に嬉しいことだった」
「貴公の夢、かなえられると良いな」
「うむ。早く独り立ちして父上に認めてもらえるよう、精進するつもりだ」
 そうして、アグリアスと硬く握手を交わしたマチルダが手を振りながら町の中に消えていく。一行は、
彼女が見えなくなるまでその背中を眺めていたのだった。

「すごい人でしたね」
「ああ…だが、まっすぐな人物だ、良い主に出会えるといいな。それに…私もいろいろ考えさせられたよ」
「…なるほど」
 そう言って複雑な笑顔を浮かべるアグリアスに、ラムザがやはり複雑そうな笑みを返す。
「あああぁぁああ!!!」
 そんな感動のさなか、突然の大声を上げたのはラッドだった。
「大事なことを忘れてた…ッ! お前は見たんだろアグリアス!」
「な、なんだ! なにをだ!?」
「鎧のせいでずっとわからなかったんだ! マチルダちゃんの胸のサイズ!!」


    カ  ッ


 閃光の後には、ぼろ雑巾のように地面に這い蹲るラッドの姿。
 ラッドの戦線復帰はラヴィアンの見立てで2週間後ということである。


END
最終更新:2010年03月28日 16:30