宇宙人という単語が作られたのは今年の夏であり、
UFOという単語もまた今年の夏に作られたものだ。
そしてその二つの単語が流行り出したのも今年の夏だ。

SF……サイエンスフィクションというジャンルの小説が畏国で大ブームになり、
その中に天空の星々の住人である宇宙人と、
天から大地へ渡る船UFO(未確認飛行物体)というものが考えられた。
幽霊や魔物の存在に慣れている畏国の人々は、
斬新な発想から生み出された未知の存在に魅せられた!

こうして――SF小説『ラッドの空、UFOの夏』は超々大ヒットをし、
もはや働く必要がないほどの印税を作者のムスタディオ・ブナンザは得ていた。

「で、何で俺がモデルなんだ」
勝手に小説の主人公にされたラッドは、
ムスタディオから印税をむしりとりながらそう訊ねてきた。
「いやっはっは。最初はラムザにしようかと思ったんだけど、異端者だからなー。
 さすがに自分の名前はアレだし、語呂がいいのはラッドしかいなかったんだよ」
大金を得て謎の余裕を持ったムスタディオはあっけらかんと語り、
その場に居合わせた人々――ラッド、アリシア、ラヴィアン、アグリアス――に呆れられた。

"あの戦い"が終わって一年。
故郷に帰った者、旅を続ける者、隠居した者、他国へ渡った者など、
仲間達はそれぞれの道を歩み出した。
そして行くあてのないアグリアス達は、実家持ちのムスタディオ宅の世話になっている。
ラッドは旅を続ける者に分類され、フリーの傭兵をやっているが、
月に一度は酒を持ってムスタディオ宅を訪れるのだ。
その理由は、多分、私だろうとアグリアスは思う。
「だいたい何が宇宙人だ、何がUFOだ。どっからこんなネタ仕入れやがった」
「ファイナルファンタジー4っていう機械仕掛けのゲームを発掘してさ、
 そっからアイディアをいただいたんだよ」
「ファイナルファンタジー……4……だと?」
ラッドの顔色が変わったので、おや、とアグリアスは眉根を寄せた。
結局その場はラッドが引き下がったので、
あとになってアグリアスはラッドのための客室を訪れた。
「お前の好きなブランデーを持ってきたぞ。どうだ、一杯やらないか」
アグリアスは大人の女性として酒をたしなみ、ラッドはいい酒飲み仲間だった。
ラヴィアンやムスタディオなどは飲むと騒ぐし、
アリシアは、本人の名誉のために飲むとどうなるかは記さないとして、
物静かに酒を味わうラッドとは、星座抜きにしてもアグリアスと相性がいい。
「月見酒といこうか」
開けられた窓に腰かけていたラッドはニヤリと笑って応えた。
ブランデーを水で割り、さっそく二人はほろ酔い加減になる。
「ああ……やっぱりあんたと飲む酒が一番うまいな」
「フッ……褒めても何も出んぞ」
窓の外のお月様を眺めながら、アグリアスはふと想像をめぐらせた。
「宇宙人とやらが本当にいたら、あの月にもいるのかもな」
そう言って笑うと、ラッドの表情が陰る。
「ラッドよ。先ほど、ムスタディオと話していた時もそうだったが、
 どうやらこの話題が嫌なようだが、何か事情でもあるのか。
 例えば"ファイナルファンタジー4"の発掘に関わっているとか」
「アグリアス。あんたは鈍臭そうに見えて、結構鋭いところがある。
 なあ、俺のつまらない話なんぞやめて、朝まで俺といないか?」
「婚前前の男女が、仮に何もしなかったとしても、ともに夜を明かすなど考えられんな」
「堅物だな……そういう奴が嫌いでたまらなかったはずなんだが。
 酒のせいか、月のせいか……」
一気にグラスをあおると、ラッドは熱っぽい視線を向けてきた。
「あんたは月の女神様みたいだな」
カッと頬に朱が差して、酒のせいだと言わんばかりにアグリアスも酒をあおった。
「私が女神などと……」
「いいや、あんたは俺の知るどんな女より美しい……。
 あんたが持つ志しがそうさせるんだ。肉体だけの美しさには限界がある」
「く、口説いているのか? 冗談なら、酒の席だ、許してやらんでもないが」
「本気って言ったら、その唇に触れさせてくれるかい?」
グラスを握りしめ、ラッドは窓から降りて、真っ直ぐにアグリアスと向かい合った。
本気だ、とアグリアスは感じて、思わず後ろに下がろうとするが、
自分がベッドの上に腰かけていると気づく。
危うい状況だと理解し逃れようと理性が働く、しかし身体は動かない。
まるで金縛りにあってしまったようで、近づいてくるラッドの顔から目が離せない。
「わ、私は、剣にこの身を捧げている……」
「もう戦いは終わったろう……ラムザだって、もうこの国にいやしない」
「ラムザは、関係ないだろう」
「そうか? 俺は気にしていた。あんたがあいつを見つめていたから」
「ラッド――」
吐息がかかるまでラッドの唇が近づいて、
アグリアスは恐怖心からギュッとまぶたを閉じてしまった。
騎士としての強い精神を持つ反面、女性としては未熟なための逃避行動だった。
このまま口付けを受けるのだろうか。
胸がざわめき、相手が誰にしろ、口付けは互いに同意の上で、
想い合っていなければするべきではないと思考がめぐった。

唇に触れる、硬く冷たい感触。
明らかに人の唇ではないと驚いたアグリアスは、
ギョッと丸くなった目を開いて、唇に触れたのはグラスだと気づいた。
「これで我慢しとくよ」
アグリアスの唇からグラスを離したラッドは、
そのアグリアスの触れた部分に自らの唇を当て、
ほんのわずかに残っていたブランデーのしずくを飲み干した。
その光景を呆然と見つめて、少しずつ冷静さが戻ってきたアグリアスは、
グラス越しの間接キスを交わしたのだと気づいた。
多分、自分の唇に触れた部分は、ラッドが口をつけていた箇所なのだろう。
「き、貴様ッ! 親しき仲とはいえ、このような……!」
「俺は帰らなきゃならないんだ」
グラスを置いて、ラッドは窓へと身体を向け、月を見上げた。
「何の話だ。誤魔化す気か、ラッド」
「ファイナルファンタジー4ってのは、かつての同胞の物語を綴ったゲームだ。
 ゴルベーザの野郎が、弟のセシルって奴の活躍を自慢したくて作ったのさ」
「やはり誤魔化す気だな。いかにお前でも許さんぞ」
「宇宙人――なんて品のない名前じゃない。月の民って名前がある。
 UFO――なんて不気味な名前じゃない。魔導船って名前がある」
「こっちを向け、ラッド!」
「長い長い旅の果て――青き星からこの大地へと流れ着いた月は、
 この大地の文明が育まれるのを見つめながら、やはりまだ眠っていた。
 監視員だった俺は、この国が気に入って、けれど戦争になって、
 何とかしたいと思ったが、月の民として関わる事は許されなかった。
 だから地上の人間としてこの大地に降り、
 ガフガリオンの下で武者修行をして、ラムザに出逢い、あんたに出逢った。
 ルカヴィの魔の手から畏国を守れて、本当によかったと思ってる」
誤魔化しているにしては不自然すぎる話は、逆に信憑性を感じさせ、
いったいラッドは何を言おうとしているのだろうとアグリアスを悩ませた。
「ムスタディオの小説で、人々の思惟は天空に向けられるようになった。
 暗黒の空間、またたく星々、それから美しき月へと。
 畏国中に広まった小説はもうどうにもならない。
 だから俺は、過去にこの大地に月の民が残してしまった物、
 ファイナルファンタジー4を持ち帰り、
 そして俺もまたこの大地との関わりを断たなきゃならない。
 アグリアス。空を見たら、俺を思い出してくれ。
 夏が来たら、月へ飛び去っていく巨大な船を思い出してくれ。
 それが俺の最後の望みだ」
ベッドから立ち上がったアグリアスは、ラッドの背中に詰め寄った。
「さっきからいったい、何の話だ!?」
「明日の晩、この窓から真っ直ぐ空を見つめてくれ。じゃあな」
「おい――」
アグリアスが伸ばした手から逃れるように、
ラッドは窓の外へと身を躍らせた。
慌てて窓から身を乗り出すアグリアスだが、ラッドの姿は見つからなかった。

翌朝。ラッドは黙って出て行ったのだとみんなは判断した。
フラリと現れ、フラリと去っていく。いつもの事だ。
また一ヶ月もすれば、酒瓶を持って訪ねてくるだろう。
ムスタディオ達がそう話しているかたわらで、
アグリアスはそっと自身の唇を撫でた。

夜が更けて、窓の向こう、夜空の中、月へと昇っていく光をアグリアスは見た。
もしあの時、ラッドを受け入れていたら、どうなっていただろう?
花開く前の、いや、蕾さえつけていない、
芽が土から頭を出したかどうかというところで、ラッドとの恋は終わった。

けれど多分、空を見るたび、夏が来るたび、彼を思い出すのだろう。

   THE END

オマケ

「ただいまー」
「よく帰って来た。疲れているだろう、ゆっくり休んでくれ」
「いや……久々に故郷の酒が飲みたいな。付き合ってくれよ、ダチ公」
「いいですとも!」

「ムスタディオよ、私も小説を書いたぞ」
「へえ、何て話だ」
「酒取物語。月からやって来た男と酒を酌み交わす話だ」
「何だそりゃ」

1000年後。
長い眠りから覚め、再び大地に降りた一人の青年は、
とある童話の本を手に取り、その物語と、作者の名前を見て、微笑んだ。
最終更新:2010年03月28日 16:46