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 最近、隊のみんなが日記をつけているらしい。
 理由は人それぞれ。
 いつ死んでしまうか分からないから、という者もいれば、
 戦後に、これをネタに小説を書く、と逞しい考えの人もいる。
 あと、ラヴィアンとアリシアはどうも他人の日記を盗み読みしているようだ。


 士官候補生時代を思い出す。
 同室のディリータが、毎晩欠かさず日記を書いていた。妹に送るのだと言っていた。
 感心して、僕も始めたが、三日で終わってしまった。
 正月に家族で集まった時に、アルマにそのことをからかわれた。
 「私もディリータさんみたいなお兄さんが欲しかったわ」だなんて。


 あれ以来何度か挑戦してみたけれど、日記が三日以上続いたことがなかった。
 いい機会かもしれない。僕は久方ぶりに日記を書き始めることにした。
 アルマに会ったら、見せてやろう。

  • 一日目

 夜。何を日記に書こうかと考えていると、アグリアスさんが部屋にやって来た。
 手に分厚い書類の束を抱えていた。
 薄手の夜着姿が若干目に毒だ。
 努めて目を背けると、アグリアスさんは隊の今後について話し合いたいと言い出した。
 大体のところ、こんなことを言っていた。


「私、アグリアス=オークスは、いつも考えている。
 いかにして、この戦乱を乗り切るか。そして、我らに課せられた使命を全うするそのた
めに、一体何をすべきなのかを。
 そうだ、我々は大きな使命を背負っている。それは人の脆い背にはあまりに重い仕事。
それでも必ずやり遂げなくてはならない。たとえその存在を誰に知られずとも。異端者と
蔑まれようとも。我らが救うべきその人々から憎まれようとも。なぜならば、我々は知っ
ているからだ。それが我々にしか出来ない事だと。
 私も、かつては知らない人間の一人だった。私の世界は狭く、そこにある小さな平和に
必死でしがみついていた。心の中で沸き上がる、数知れない疑念に目を背けながら。けれ
ど私は自分の道を信じていたのだ。それが虚偽というどす汚れた土で敷かれたものだとも
知らずに。
 だが、今は違う。私の全身を、私個人の意志を越えた大きな大義が取り巻き、そうして
私の中で力強く息づいているのだ。
 彼らが気づかせてくれた。今やかけがえの無い存在となった、私の仲間たちが。ゆえに
私は考える。人々を守り、何より我が仲間たちを守るためには、どうすればよいのかを。
そして、考えついたのだ」

「結論から言おう。それは、健康管理に他ならない」

「意外に、というよりは滑稽に思うかもしれない。しかしこれは決して巫山戯た考えでは
ないのだ。そのことを、順を追って説明していきたいと思う。
 まず、戦闘において個々の生死を最も大きく左右するのは何か? これはやはり、何を
おいてもその者の持つ技量が挙げられるだろう。技量は戦いの根底であり、構成物質だ。
いかなる策や細工を用いても、結局最後には技の比べ合いになるものだ」

「これに関して、我々はかなり優れた部隊であると認識している。ルカヴィを始めとする
強大な異形の者たちを相手にする戦い。そのために隊員たちは日々鍛錬を欠かさず、指導
役には将としての経験豊かなオルランドゥ伯やベイオウーフ殿が就いてくださっている。
また少人数の部隊である我々は、必然的に数に不利のある状況を余儀なくされ、その結果
として、皆が仲間との連携を得意とするところとなった。戦場を共にするたびに、私はそ
の顔ぶれに心強い想いを抱くばかりである」

「私自身も彼らを見ながら、まだまだ自身に研鑽すべきところを見い出す毎日だ。然るに
技量に関しては、私が隊に補うような点は無いと考えている」
「しかしながら、その技量が必ずしも発揮されるとは限らない。時には病を患っていたり
疲弊を溜め込んでいたり。人間の肉体というのは、一日として同じ状態であることのない
常ならぬものなのだ。
 この体調さえ万全ならば、身体は十二分の能力を発揮するであろうし、心の平静が保た
れていれば、油断や雑念による失敗も防げるだろう。さあ、そこで健康管理と言う仕事が
重要視を帯びてくるわけだ。その中でも睡眠という行為に関して、私はより深い理解が必
要だと考えた。
 具体的には……(中略)……つまり、人が快眠を得るための温度とは、やはり人肌に他
ならないということだ」




 頭が混乱して来たのでお引き取り願った。

 「馬鹿者!」
 と、怒鳴られた。


  • 二日目

 寝ようと思った矢先、またアグリアスさんが現れた。

 手には昨日よりも大量の書類が抱えられていた。
 まさか今日一日であれを書き上げたのだろうか?

 アグリアスさんはまず昨夜の暴言を詫びるとともに、次のように述べた。 
「昨晩は私の言葉足らずでご理解を得られなかったが、
 今日こそは必ずや納得していただくべく、改めてご説明させていただきたい」
 そう言うアグリアスさんはいつも通りの凛とした彼女だったが、
 気のせいかどこか熱がこもった様子だった。

 正直眠いから勘弁して欲しかったが、そうもいかないそうなのでお話を聞いた。


「昨夜も申し上げたが、このところ私は隊員たちの健康を深く案じている。
 そして健康の二大要素といえば、食事と睡眠。この二つではなかろうか? 他にもある
だろうが、やはりここに準ずるものが大きいと私は考える。
 ところが残念なことに、どうにも私は食事を任せられる機会が少ない。私自身は調理が嫌いではないし、むしろ得意とする分野の一つなのだが、私が料理に参加しようとする度
部下の二人から、「隊長にそんなことはさせられません」と突っぱねられてしまうのだ。
ラムザの隊に加わったときから上下関係は捨てろと何度も言っているのに、やはり騎士の
精神を忘れられないらしい。
 仲間の働きを信頼するのもまた重要なことである。したがって、私は睡眠に関してのみ
焦点を絞り……(中略)……すなわち、人の二の腕こそが最も枕に適しているのだ」




 昨夜以上に意味が分からず、眠くなって来たのでその旨を伝えた。

「薄情者!!」
 と、怒鳴られた。

  • 三日目

 珍しくお酒を飲んだ。
 僕だって酔いたくなるときくらいあるのだ。

 そもそも今日は面白くなかった。
 ここ最近の寝不足で調子が悪いわ、
 なぜかラヴィアンとアリシアに睨まれるわ。
 なぜこんな目に遭うんだ。日記を書くとろくなことがない。

 ワインが空になった頃に、アグリアスさんがやってきた。
 両手に今までで一番大量の書類を抱えている。

「ラムザ、今日話したいのは……」


 いい加減にしろ。
 忍耐って物がある。
 訳の分からないことに付き合うのも、これまでだ。



 僕は無言でアグリアスさんに歩み寄ると、ひょいと抱き上げた。
 彼女は何か言おうとしていたが、酔いに任せて無視してやった。
 そのまま彼女を寝床に押し込むと、僕も一緒に布団を被った。
 テーブルの上のランプを吹き消し、さっさと眠りにかかった。
 誰がなんと言おうと僕は寝るんだ。


 その日は何も言われなかった。
 眠りに落ちる直前になって気づいたけど、
 彼女が持ってきていたのは書類ではなく枕だった。










 ・四日目

 きのうとおなじ。









 終
最終更新:2010年03月30日 20:44