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 浅黒い顔に真っ黒な髭を生やし、色鮮やかな布を頭と体にぐるぐる巻いた男達が、
土埃の舞う中をせわしなく行き交う。耳慣れぬ言葉と、聞き慣れぬ動物の声が
飛び交い、通りすがる男達は時折、落ちくぼんだ眼の底で彼ら同士にだけわかる
合図をかわす。
 貿易都市ウォージリス。イヴァリースで最も異国人の多いこの街の、ごったがえす
市場の人混みをかき分けて、四人は進んでいた。
「まだ見つからぬのか。もう半分ほども見て回ったぞ」
「まだ半分だ。こういうものは時間をかけてじっくり探すものさ」
 先頭を行くマラークはもの慣れた様子で、雑踏の中を縫うようにすいすいと人を
かわしながら左右の店先にすばやく目を配っている。ルザリアやライオネルでは
日が落ちてからでないと表通りを歩けないその黒い肌も、この街であれば目に留める
者もない。異国の香料や反物、南方人のもつ独特の体臭がごたまぜになった
エキゾチックな香りに満ちた空気も、あとに続くアグリアスやラムザの顔をしかめさせる
ことはあっても、彼にとっては何の苦にもならないようだった。
 南洋のあらゆる産物を扱うウォージリス中央市場の中でも、とくに人気のある
香辛料を扱う一画。立ち並ぶ店の軒先に赤や黄色の色彩を見かけるたび、マラークは
駆け寄っては指先でそれをつまみ上げ、匂いをかいで子細に検分する。後から来た
ラファにも確かめさせてから、二人で首を振って元へ戻す。そんなことを、もう
半刻ほども四人は続けていた。

 話は半月前、ラムザ一行がフォボハム近辺を通りかかった頃にさかのぼる。

 アグリアスの故郷でもあるこの地域には、昔から伝わるファルシタスと呼ばれる
食べ物がある。
 ファルシタスとは「詰め物」という意味で、この地方特有の丸くふくらんだ
赤唐辛子の中に、ひき肉と様々な香料を詰めて塩と酢で漬けたものである。
おかずにしてよし、酒のつまみによし、携行食にもよしという優れものの保存食で、
唐辛子の品種や、一緒に入れる香料の取り合わせによってさまざまに風味を変える。
この地方の家ならどこでも、自家秘伝の漬け方をもっているほどのものである。
 このファルシタス、辛味が強いほど上等とみなされる。そしてアグリアスの
生まれたグスタハム一帯では、他でもないオークス家の地所のとある畑でとれた
唐辛子を使うのが、一番辛いという定評があった。
 ラムザ達はたまたま、昨冬に漬け込んだファルシタスが甕から出される、一番の
旬の時期にグスタハム近郊を通りかかった。久々に故郷の名物を味わいたくなった
アグリアスはこっそりラヴィアンを走らせ、昔なじみの農家から一瓶買い求めてきて
皆にふるまったものである。
「辛っ! これ辛すぎますよー」
「いやでも、うまいぜ。このショウガの香りがまた」
「これはいい。昔食べたのは、こんなに香料が色々入っていなかった」
「あたし駄目。辛くて駄目、とても食べらんない」
「慣れるとこの辛さがうまいのだがな。無理はするな」
 と、うまいもの好きの面々にも好評で、アグリアスが気をよくしているところへ、
通りかかったのがガルテナーハ兄妹。お前達もどうだ、と勧められるままに
ひょいとつまんで口に入れ、
「へえ、結構塩辛いんだな。確かに、酒に合いそうだ」
「でも、酸っぱくて私は好きだわ」
 大粒のイチゴ程度の大きさのファルシタス一個を三つや四つに切って、その一切れを
つついたり舐めたりして辛いの辛くないのと騒いでいる皆をよそに、ひと粒丸ごと
口に放り込んで、もぐもぐやりながら二人とも平然としている。アグリアスは呆気にとられて、
「お前達、辛くはないのか」
「え? ああ、こっちの食べ物にしては結構辛いな」
 何気なく返しただけのマラークの言葉が、アグリアスにはカチンと来た。
「ほう。では貴公は、もっと辛いものを食べたことがあるか」
「そりゃそうさ。唐辛子といったら南が本場だ。あっちの辛いのはこんなもんじゃない」
「ほう、本場とな」
 すっくとアグリアスが立ち上がる。ラファがしきりに兄の袖をひくが、マラークは
まったく気付かない。
「それは是非、一度味わってみたいものだな。さぞや辛いのだろう」
 静かだが有無を言わさぬ声に、その場にいた皆がいっせいに押し黙って二人の
方を見た。郷土愛が強く、しかも負けず嫌いの彼女のスイッチを入れてしまったことに、
鈍感なマラークもようやく気が付いた。
 だが、彼も負けず嫌いなことでは人後に落ちない。唇の端を不敵にゆがめて、
正面からアグリアスを睨み返し、
「ウォージリスだ。次にウォージリスに行った時、あんたに本物の唐辛子を食わせてやるよ」


 しこうしてウォージリスに着くやいなや、アグリアスとマラークは荷ほどきもそこそこに
市場へ飛び出した。兄につきあってラファが、野次馬兼見届け人としてラムザが
同行し、買い出しも兼ねて雑踏の中をはや一刻近く。
「まだか、マラーク。よもや、出任せの時間稼ぎをしているのではあるまいな」
「まあ待てってば。せっかくだから、飛びきりのを見せてやる」
 アグリアスの苛立ちももっともで、通りの両側には赤や緑の、大きさも形も様々な
唐辛子が山ほど籠に入ったりすのこに並べられたりしているというのに、マラークは
その一々にするどい目を走らせては、ふいと背を向けてしまう。異国の香辛料の
むせ返るような香りの中を延々歩き続けているアグリアスもラムザも、頭痛が
してきそうだった。
「兄さん、変なところで凝り性なんだから……」
 ラファもうんざりした様子で肩をすくめている。ラムザも苦笑いをしようとした時、
前を行くマラークの姿がするりと消えた。露店と露店の隙間にある、細い路地に
入ったのだ。それがあまりにも素早かったので、どの通りを追えばいいのか完全に
見失ってしまい、三人で右往左往していると、
「何してるんだ。こっちだこっち」
 干しタマネギの束と、干しニンニクの束のあいだから首だけ出して、マラークが
手招きしていた。
 そこは薄暗く、埃っぽい匂いのする小さな店だった。店主らしき背中のまがった男が、
何段にも重なった抽斗のひとつを開けて中身を出すと、マラークが会心の笑みを
浮かべた。小皿に盛らせたのを、アグリアスの方へ差し出す。一見すると普通の
干唐辛子に見えたが、ただ表通りにあったような赤や緑の色ではなく、ややくすんだ
黄色の果皮をもっていた。獣脂ランプのにぶい明かりに照らされて、金色に輝いている
ように見える。
「ニア島の金色唐辛子、ジムサの年の三年干し。俺の知ってる限りじゃあ、世界一辛い
食べ物だ」
 店主が揉み手をして、深々とうなずく。すかさずラファが前に出て、値段の交渉に入った。
「こいつの食べ方は、まず…」
 と、マラークが蘊蓄を傾けようとした矢先、アグリアスがひょいと手を伸ばし、その
金色の一片をつまんで、無造作に口に放り込んだ。
「「「「あ」」」」
 マラーク、ラファ、ラムザ、店主の四人の声が重なった。アグリアスはさも「何だ、
この程度」と言わんばかりの顔で、ばりばりと口の中の唐辛子をかみ砕いている。
プチプチ、と種の弾ける音がして、店主が気の毒そうに目を伏せた。
 三秒ほどして、アグリアスの咀嚼が止まった。口だけでなく、全身の動きが止まった。
 顔が青くなった。ついで赤くなり、白くなって、最後にまた赤くなった。
「おい……」
 マラークが声をかける。アグリアスの肩と、膝が小刻みに震えはじめた。だが、
誇り高き騎士はぐっと拳を握ってそれを押し殺した。労働八号が調子を悪くした時の
ような動きでマラークの方へ顔を向ける。
「ら、らからかのものらな。たひかに、言うらけろことはある。たら、ひゅこひばかり、
風味がたりんら」
「あ、あのアグリアスさん……大丈夫?」
「らりがだ。わたひはころとおり、らんともらいぞ」
 耳まで真っ赤になった顔からは汗が滝のように流れ落ち、前髪を額にへばりつかせ、
襟布をじっとりと濡らし、顎からもしたたり落ちて胸元に染みをつくっている。目尻には
涙がにじみ、奥歯を死ぬほど食いしばっているのが頬の上からわかる。だが、
その表情はあくまでも凛然としたたたずまいを崩さず、するどい眼差しには
一筋の乱れもなかった。
「……ラファ。勘定を頼む」
 最初に口を開いたのはラムザだった。ラファが財布を取り出し、唐辛子を天秤で計って
小袋に収める。アグリアスの態度に感じ入ったのか、店主はずいぶんまけてれた
ようだった。
 店を出て大通りに戻ると、ラムザはマラークの肩に手を置いて、
「僕たちはこの後用事があるので、先に帰ります。アグリアスさんはゆっくりしてきて
下さい。ラファ、君も」
 マラークが何か言おうとするのを目で制する。ラファは頷いて、アグリアスの手をとった。
「わかっら」
 アグリアスはそれだけ言うのが精一杯に見えた。握りしめた手のふるえが、だんだん
隠しきれなくなってきている。くるりと背を向けて、大股に歩き出す背中へ、マラークが
たまりかねて声をかけた。
「あのな。辛いものを食べた時は、牛乳を飲むかバターを舐めるといいんだぜ」
 アグリアスはもう頷くことさえせず、背を向けたままかるく手を振った。ラムザと
マラークも、二人に背を向けて反対方向へ歩き出す。
「金色唐辛子は油で炒めて、その油を他の油と合わせて、薄めて使うんだ。
そのまま食べるなんてことをしたら……」
 マラークがぼそりと呟く。最初の角を曲がった時、背後の通りから、

「にぎゃー」

 というような絶叫が聞こえた気がしたが、二人とも決して振り返らず、ただ黙って
宿への道を急いだ。


 マラークの金色唐辛子は、一行に大いなる敬意と熱意をもって受け入れられたが、
それが用いられたいかなる料理にも、アグリアスは決して口を付けず、ファルシタスの
辛さを自慢することも二度となかった。
 ただ後日、一行がルザリア城下に入った時、
「さあ、次はこちらのアプリカ・ド・マープルだ。これはカエデの木の蜜に漬けこんだ
干しアンズをパイでくるみ、たっぷりの粉砂糖を……」
「も、もう勘弁してくれ。わかったよ、イヴァリースの菓子は凄いよ」
「まだまだだ。本場の味を堪能して貰うには、あと三軒は回らねばな。さあ食べるのだ、
紅茶もあるぞ」
 甘い甘いお菓子を山ほど抱えたアグリアスに追い回されるマラークと、ちょっと
羨ましげにそれを見つめるラムザとラファの姿があったという。


End
最終更新:2010年03月30日 20:45