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――世界の終わりを見るのは、二度目だった。 周囲の全てが空間ごと侵食され、喰われ、塗り替えられていく。 倒壊した高層ビルは、見る見るうちに狂気の産物としか呼べないような、奇怪な「何か」に姿を変えていく。 見ているうちに、逃げ惑う人々の恐怖の表情が凍りついた。 そしてそのまま恍惚としているかのような翳りのない笑顔になると、次の瞬間、彼らは巨大な麺類のような「何か」になった。 麺類という表現は自分でもどうかと思うが、そうとしか表現しようがないのだ。 いかにも美味しそうな赤色のソースのような体液を纏って、肉汁がたっぷり詰まってそうな肉団子状の器官を震わせながら、 特に凹凸もない、つるつるで肌色の、無数の細い触手のような身体で地を這っている「ソレ」は、どう見ても意志のあるスパゲティにしか見えない。 隣の人物がいきなりスパゲティモンスターになったのを見て、悲鳴をあげて恐怖する人々も、すぐにスパゲティモンスターになっていく。 最後には皆笑いながら、まるでこの世全ての苦しみから開放されたような表情で。 ――正直私は、ここまで幸せそうな人々の表情を見たことがなかった。 彼らはあまりに安らかで、それでいて楽しそうな表情だった。見ているうちに、若干羨ましく思ってしまったほどだ。 私は昔から悩み事は人一倍達者だったが、その代わり楽しむことは苦手極まるという不器用極まる者だった。 いつも何かにつけて悩んでいて、その悩み事が解決すると、また次の悩みを探して歩くという不毛な人生の送り方をしていたものだ。 当然友人は少なく、その数少ない友人にもぶっきらぼうな態度を見せて呆れられるという、どこまでも捻くれた奴。それが私だった。 ……結局この性格は、多少改善こそすれど、世界がニ周りするまで治らなかったようだ。 「――ん」 ふと、視界の隅に、誰かの姿が見えた。 まだ侵食されてはいないのか、その姿は至って普通の人間だった。 それは、必死でスパゲティモンスターの群れとその侵食から逃げる、少年と少女だった。 彼らの服装は大分みすぼらしかった。着ているのは薄汚れたぼろぼろの白いシャツと短い青のジーンズ。 あちこちが破れてほつれているのは、決してこの混乱のせいだけではない。 「ああっ!」 そうしている内に、少女のほうが転んだ。 見ると、この混乱で飛び散った金属片が、少女の足の腱を切ったようだった。 少年はすぐに足を止めた。状況がすぐに理解できたらしく、少女を担いで走りだした。 ……しかし、これはあまりに絶望的だ。 元々人間の動きをしないスパゲティモンスター達の移動は早い。触手の集合体である以上、いわば全身が足なのだ。 対して二人はただの人間。それも子供だ。おまけに一人を担いでいるせいで、その動きはさらに鈍っている。 二人が足掻く姿を見て、私はかつて自分がいた世界、遠い記憶の彼方の景色を思い出した。 そうだった、こんな感じだった気がした。これこそが世界の終わり。 私がかつて味わった、全ての想いを飲み込み、かき消す絶対の事象。 かつての私達のように、彼らもこうして飲まれていくしかない。 その事実を再び突きつけられて、私は彼らを呆然と見ていることしかできなかった。 「……行って」 少女の悲痛な声が、空間に響いた。 私は、その声に思考が止まった。少年も驚いたような顔をしていた。 「私を置いて、逃げて」 少女は恐怖に震えていた。少年は、黙って彼女を担いだまま走り続けていた。 スパゲティ達との距離が詰まる。残りおよそ100メートル。 「私は大丈夫だから……あなただけでも、逃げて」 ――この光景を、私は見たことがあった。 忘れもしない。先ほど思い出したかつての日々の結末。私自身の人生が平穏だった頃の、最後の記憶。 少女の声に、少年は一瞬足を止めた。 そして奥歯を一度噛みしめると、先程よりも全力で疾走しだした。 「逃げてっていってるでしょ!このままじゃ――」 「――うっせえんだよ! 置いていける訳ねえだろが、このバカ野郎!!」 ――。 少年の言葉に、私はしばらく言葉を失った。 すぐ後ろまで世界の終焉が迫る中で、彼の絶叫は、この世界の死んだ空気に確かに木霊した。 少女は眼を丸くして少年の腕の中で縮こまっていたが、彼を信じるように、その裾をかたく握った。 しかし、限界だった。 麺類の群れは、かつて人間だった頃の声をそのままに、愉快そうに笑いながらすぐ後ろにまで迫っていた。 侵食された地面が、残骸が、空間が、全方位から彼らを飲み込もうとしていた。 「くっそおおおおおおおおお!!」 「――神様っ…!」 ――呼ばれた気がした。 だから行動してみれば案外簡単だった。 考えてみれば、それもそうである。この世界を創ったのは、他でもない私なのだから。 少年と少女を抱え、特異点制御でまだ侵食が届いていない街へと座標を設定、そのまま移動しただけで全て済んでしまった。 ――ああ。なるほど。そういうことか。 私はさも他人事のように、自分の記憶を否定した。これは、私が見た光景ではなかった。 紛れも無く、私が見た光景は。 ――迫り来る終焉に逆らえず、最悪の結末を受け入れてしまった記憶だった。 少年と少女は、神様でも見たかのような表情で私を見ていた。 それもそうだろう、間違ってはいない。私は八つ当たりのために、無責任にこの世界を創った神様なのだから。 「――アンタ、誰だ……?」 少年は礼も言わず、まず先にそう口にした。 この期に及んで『コイツ礼を言わんのか』という思考が先に出る自分に、私は苦笑しかできなかった。 それもそうだろう。なにせ世界を二周しても変わらなかった捻くれっぷりなのだ。救えるはずもない。 「はやくその子の手当をしてあげて」 少年に声をかけたが、彼の疑うような怪訝な顔は変わらなかった。 少女の方はというと、思い出したように足を押さえながら、私の顔をきょとんと見つめていた。 無理もない、と自分の中の捻くれた思考を抑えて、私が踵を返した時だった。 「……おい!答えになってねーぞ!お前は何もんなんだよ!」 少年の言葉に、足が止まった。途端に、捻くれた思考が高速で帰ってきた。 ……なるほど、これではあの麺類どもに決して屈しなかった理屈も解る。 彼は阿呆だ。理屈よりも、自分が何をしたいかという直感で行動するような。 ――そう。 かつての私の友のような、どこまでも救いようのない阿呆。 「……私は――いや、俺は」 ――よろしい。世界に挑んだその根性に免じて「答えてやる」ことにしよう。 当然、神様らしい傲慢な態度で。 「――エクジコウ。この世を創ったカミサマだ」 何を言ってるか解らない、といった表情で少年と少女は俺を見た。なんだか恥ずかしくなった。 ここならまだ侵食が及ぶには時間がある。俺は二人を置いて、歩き出した。 ――仕方ない。やってやろうじゃないか。 この終わりかけの世界に生きる、全ての生命の祈りの声が、俺の名前を叫んでいるのなら。 八つ当たりで創った世界だったが、救ってやるのもまた一興かもしれない。 「あのスパゲティ達は俺がなんとかする。せっかく神の御加護をくれてやったんだ。――それまで死ぬなよ、二人共」 ――あの少年が、抗ってみせたように。 ――最後まで捻くれ者であり続ける為に。 ――今度こそ、世界の流れに、逆らう為に。
――世界の終わりを見るのは、二度目だった。 周囲の全てが空間ごと侵食され、喰われ、塗り替えられていく。 倒壊した高層ビルは、見る見るうちに狂気の産物としか呼べないような、奇怪な「何か」に姿を変えていく。 見ているうちに、逃げ惑う人々の恐怖の表情が凍りついた。 そしてそのまま恍惚としているかのような翳りのない笑顔になると、次の瞬間、彼らは巨大な麺類のような「何か」になった。 麺類という表現は自分でもどうかと思うが、そうとしか表現しようがないのだ。 いかにも美味しそうな赤色のソースのような体液を纏って、肉汁がたっぷり詰まってそうな肉団子状の器官を震わせながら、 特に凹凸もない、つるつるで肌色の、無数の細い触手のような身体で地を這っている「ソレ」は、どう見ても意志のあるスパゲティにしか見えない。 隣の人物がいきなりスパゲティモンスターになったのを見て、悲鳴をあげて恐怖する人々も、すぐにスパゲティモンスターになっていく。 最後には皆笑いながら、まるでこの世全ての苦しみから開放されたような表情で。 ――正直私は、ここまで幸せそうな人々の表情を見たことがなかった。 彼らはあまりに安らかで、それでいて楽しそうな表情だった。見ているうちに、若干羨ましく思ってしまったほどだ。 私は昔から悩み事は人一倍達者だったが、その代わり楽しむことは苦手極まるという不器用極まる者だった。 いつも何かにつけて悩んでいて、その悩み事が解決すると、また次の悩みを探して歩くという不毛な人生の送り方をしていたものだ。 当然友人は少なく、その数少ない友人にもぶっきらぼうな態度を見せて呆れられるという、どこまでも捻くれた奴。それが私だった。 ……結局この性格は、多少改善こそすれど、世界がニ周りするまで治らなかったようだ。 「――ん」 ふと、視界の隅に、誰かの姿が見えた。 まだ侵食されてはいないのか、その姿は至って普通の人間だった。 それは、必死でスパゲティモンスターの群れとその侵食から逃げる、少年と少女だった。 彼らの服装は大分みすぼらしかった。着ているのは薄汚れたぼろぼろの白いシャツと短い青のジーンズ。 あちこちが破れてほつれているのは、決してこの混乱のせいだけではない。 「ああっ!」 そうしている内に、少女のほうが転んだ。 見ると、この混乱で飛び散った金属片が、少女の足の腱を切ったようだった。 少年はすぐに足を止めた。状況がすぐに理解できたらしく、少女を担いで走りだした。 ……しかし、これはあまりに絶望的だ。 元々人間の動きをしないスパゲティモンスター達の移動は早い。触手の集合体である以上、いわば全身が足なのだ。 対して二人はただの人間。それも子供だ。おまけに一人を担いでいるせいで、その動きはさらに鈍っている。 二人が足掻く姿を見て、私はかつて自分がいた世界、遠い記憶の彼方の景色を思い出した。 そうだった、こんな感じだった気がした。これこそが世界の終わり。 私がかつて味わった、全ての想いを飲み込み、かき消す絶対の事象。 かつての私達のように、彼らもこうして飲まれていくしかない。 その事実を再び突きつけられて、私は彼らを呆然と見ていることしかできなかった。 「……行って」 少女の悲痛な声が、空間に響いた。 私は、その声に思考が止まった。少年も驚いたような顔をしていた。 「私を置いて、逃げて」 少女は恐怖に震えていた。少年は、黙って彼女を担いだまま走り続けていた。 スパゲティ達との距離が詰まる。残りおよそ100メートル。 「私は大丈夫だから……あなただけでも、逃げて」 ――この光景を、私は見たことがあった。 忘れもしない。先ほど思い出したかつての日々の結末。私自身の人生が平穏だった頃の、最後の記憶。 少女の声に、少年は一瞬足を止めた。 そして奥歯を一度噛みしめると、先程よりも全力で疾走しだした。 「逃げてっていってるでしょ!このままじゃ――」 「――うっせえんだよ! 置いていける訳ねえだろが、このバカ野郎!!」 ――。 少年の言葉に、私はしばらく言葉を失った。 すぐ後ろまで世界の終焉が迫る中で、彼の絶叫は、この世界の死んだ空気に確かに木霊した。 少女は眼を丸くして少年の腕の中で縮こまっていたが、彼を信じるように、その裾をかたく握った。 しかし、限界だった。 麺類の群れは、かつて人間だった頃の声をそのままに、愉快そうに笑いながらすぐ後ろにまで迫っていた。 侵食された地面が、残骸が、空間が、全方位から彼らを飲み込もうとしていた。 「くっそおおおおおおおおお!!」 「――神様っ…!」 ――呼ばれた気がした。 だから行動してみれば案外簡単だった。 考えてみれば、それもそうである。この世界を創ったのは、他でもない私なのだから。 少年と少女を抱え、特異点制御でまだ侵食が届いていない街へと座標を設定、そのまま移動しただけで全て済んでしまった。 ――ああ。なるほど。そういうことか。 私はさも他人事のように、自分の記憶を否定した。これは、私が見た光景ではなかった。 紛れも無く、私が見た光景は。 ――迫り来る終焉に逆らえず、最悪の結末を受け入れてしまった記憶だった。 少年と少女は、神様でも見たかのような表情で私を見ていた。 それもそうだろう、間違ってはいない。私は八つ当たりのために、無責任にこの世界を創った神様なのだから。 「――アンタ、誰だ……?」 少年は礼も言わず、まず先にそう口にした。 この期に及んで『コイツ礼を言わんのか』という思考が先に出る自分に、私は苦笑しかできなかった。 それもそうだろう。なにせ世界を二周しても変わらなかった捻くれっぷりなのだ。救えるはずもない。 「はやくその子の手当をしてあげて」 少年に声をかけたが、彼の疑うような怪訝な顔は変わらなかった。 少女の方はというと、思い出したように足を押さえながら、私の顔をきょとんと見つめていた。 無理もない、と自分の中の捻くれた思考を抑えて、私が踵を返した時だった。 「……おい!答えになってねーぞ!お前は何もんなんだよ!」 少年の言葉に、足が止まった。途端に、捻くれた思考が高速で帰ってきた。 ……なるほど、これではあの麺類どもに決して屈しなかった理屈も解る。 彼は阿呆だ。理屈よりも、自分が何をしたいかという直感で行動するような。 ――そう。 かつての私の友のような、どこまでも救いようのない阿呆。 「……私は――いや、俺は」 ――よろしい。世界に挑んだその根性に免じて「答えてやる」ことにしよう。 当然、神様らしい傲慢な態度で。 「――エクジコウ。この世を創ったカミサマだ」 何を言ってるか解らない、といった表情で少年と少女は俺を見た。なんだか恥ずかしくなった。 ここならまだ侵食が及ぶには時間がある。俺は二人を置いて、歩き出した。 ――仕方ない。やってやろうじゃないか。 この終わりかけの世界に生きる、全ての生命の祈りの声が、俺の名前を叫んでいる。 八つ当たりで創った世界だったが、救ってやるのもまた一興かもしれない。 「あのスパゲティ達は俺がなんとかする。せっかく神の御加護をくれてやったんだ。――それまで死ぬなよ、二人共」 ――あの少年が、抗ってみせたように。 ――最後まで捻くれ者であり続ける為に。 ――今度こそ、世界の流れに、逆らう為に。

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