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私とムスタングを載せた電車は、トンネルを抜けて光を浴びた。 一定のリズムで揺れる車内は中々に快適で、少し蒸し暑い外気を完全に遮断した心地良い気温だった。 窓の外に揺れる景色を眺めながら、私は筆を走らせる。 先日確かにこの眼で見たドーナツ聖戦と戦士たちの勇姿を、私は出来る限り詳細に手帳に綴った。 私が予想だにしていなかった人間の可能性。生命の奇跡を、この手に蒐めるために。 「……一応聞いとく。お前は何の為に、可能性を探すんだ?」 向こう側に座ってハンバーガーを食べていたムスタングがふと顔を上げ、素っ頓狂な声音で私にそう問いかけてきた。 口元にソースを付けたままのあどけない顔は、さも当然の疑問というような、きょとんとした表情を浮かべている。 「貴女、それを知ってて私にこの世界のことを話したんじゃないの?」 私の責めかえすような切り返しに対して、ムスタングは特に表情を変えなかった。 ただ静かに、その紅の瞳で私の視線を縫い止めてくるだけだった。 ……無言の反応に、私は答えを促されていることを察した。 「――決まってるじゃない。ヘブンを救う為よ」 私は、そんな当然の答えを口にした。 そも私が『この世界』に辿り着いたのは、私がその奇跡を望んで『追憶の扉』を開けたからだ。 『追憶の扉』は世界の最終延命装置。世界を繋ぐ可能性を持つ存在を、その世界から無尽蔵に取り出せる、奇跡の蔵書だ。 そんな『追憶の扉』が私に見せたのは、『この世界』そのものだ。 だからこそ、私は蒐めなければならないのだ。 かつて私が敗北し、そして私の想像を超えた奇跡を幾度も生み出してきた、人間とアームヘッドの可能性を。 あれ程までに私に苦汁を舐めさせてきた、あの忌々しくも眩しい輝きを。 「――なるほど。今のお前じゃ、確かにその結論が最善だろうな」 そんな、何処か呆れるような、期待するような声音の混じる言葉をムスタングは返してきた。 何事もなかったかのように再びハンバーガーを貪り出すその姿に、少し苛つきを感じた。 「……何かご期待に添えない返答だったかしら」 「相変わらず、見た目程気が長くないな。アイリーン」 ムスタングが小さい体躯いっぱいに「やれやれ」といったジェスチャーをした。 むす、と頬が膨れ上がる抑える私をよそに、ムスタングは続ける。 「勘違いなんだぞ。俺に他意はない。 俺はただ、お前の意思を確かめたかっただけだ」 「どういう意味?」 思わず問い返した私に、ムスタングはもう一つ取り出したハンバーガーを差し出しながら言った。 「いずれ解るんだぞ」 ……ラストヘブン。それが『この世界』の名前。 私自身、ここがどういった世界なのかよく解っている訳ではない。 それでも、ムスタングの説明や、先日見たドーナツ大会のあれこれで、色々解ってきたことはある。 まず第一に、『この世界にはありとあらゆるモノが同時に存在していること』。 広義には元々の世界もそうだが、特にこの世界では、 マキータ・テーリッツと秋那・テーリッツが、互いに『父娘』だと認識している上で、互いのほぼ同年代の姿に違和感を覚えないなど、 冷静に考えればおかしい事態も発生している。 これはムスタングの話曰く、『そういうこととしか言いようがない』らしい。 なんでもこの世界そのものが、私が現実世界で抱いた『可能性への希望』に対して『追憶の扉』が創りあげたものらしく、 それゆえにマキータや秋那達は、互いの記憶や関係性をそのままに、 最も『可能性に満ち溢れていた』頃の姿で再現されているとのことだった。 第二に、『存在していた時代や並行世界が違う者でも、場合によっては同時に存在すること』。 前者は本来ネクストエイジに居るはずだったセリア・ローレライが居たことで証明されている。 だが後者については私もやっぱりムスタングから聞いただけで、どういうことなのか解っていない。 ――第三。それは―― ――思考を断ち切る、強烈なブレーキ音。そして轟音と衝撃。 ムスタングから貰ったハンバーガーが手から吹き飛び、軽い音と共に床に落ちた。 「もももったいない!」と喚くムスタングの声も衝撃で震えている。そんな事態ではあるまいに。 私は進行方向側の車両、自分の後ろ側を振り返った。 ――その瞬間響き渡る、乗客たちの悲鳴! こちらに向かって殺到するように逃げてくる人々の背中越しに僅かに見えたのは……炎! 「ムスタング!」 床に落ちていたハンバーガーをまだ食べられるか確認していたムスタングも、 私の叫びが放たれる直前に、既に炎を認識して立ち上がっていた。 「一体、何が起こってるの……!?」 「言ったはずだぞアイリーン、ここはラストヘブンだ。あらゆる可能性が集った夢の世界。だが――」 乗客を掻き分けながら流れに逆らって進む中で、ムスタングが私の叫びに返答する。 炎がだんだんはっきり見え始め、熱波が近いことを感じる。 「――だが、第三。 『この世界はひたすらに可能性を追求するが故に、それが人々にかつて“危険”と認識されたモノすら再現する』。 ……夢というのは、良い夢だけとも限らないんだぞ」 ――車掌らしき男を最後に、逃げ惑う乗客たちが全て後ろ側へと流れて、その景色が顕になる。 それは、それは。 ――燃え盛る炎。 ――大きくひしゃげて穴の空いた外壁。 ――吹き抜けになったフロントガラスの向こうに視える、巨大な異形。 「あれは――」 ……私はエクジコウだ。かつて存在した「それ」に見覚えはあった。 全身灰色。あつこちに歪な装甲と無数の槍が搭載された異様なシルエット。 機体前面からは小さな炎がいくつも噴き出し、絶えることなく燃え盛る。 無人の二輪車のような形状に座するものは無く。 ……座していたはずの者は。 きっと哀れにも、既にその胃袋の中――。 「……グリディイーター……」 “貪欲なる捕食者”を意味する、「それ」の名前を。 私は燃え盛る炎の中で、数世紀ぶりに呟いた。
私とムスタングを載せた電車は、トンネルを抜けて光を浴びた。 一定のリズムで揺れる車内は中々に快適で、少し蒸し暑い外気を完全に遮断した心地良い気温だった。 窓の外に揺れる景色を眺めながら、私は筆を走らせる。 先日確かにこの眼で見たドーナツ聖戦と戦士たちの勇姿を、私は出来る限り詳細に手帳に綴った。 私が予想だにしていなかった人間の可能性。生命の奇跡を、この手に蒐めるために。 「一応聞いとく。お前は何の為に、可能性を探すんだ?」 向こう側に座ってハンバーガーを食べていたムスタングがふと顔を上げ、素っ頓狂な声音で私にそう問いかけてきた。 口元にソースを付けたままのあどけない顔は、さも当然の疑問というような、きょとんとした表情を浮かべている。 「貴女、それを知ってて私にこの世界のことを話したんじゃないの?」 私の責めかえすような切り返しに対して、ムスタングは特に表情を変えなかった。 ただ静かに、その紅の瞳で私の視線を縫い止めてくるだけだった。 ……無言の反応に、私は答えを促されていることを察した。 「――決まってるじゃない。ヘブンを救う為よ」 私は、そんな当然の答えを口にした。 そも私が『この世界』に辿り着いたのは、私がその奇跡を望んで『追憶の扉』を開けたからだ。 『追憶の扉』は世界の最終延命装置。世界を繋ぐ可能性を持つ存在を、その世界から無尽蔵に取り出せる、奇跡の蔵書だ。 そんな『追憶の扉』が私に見せたのは、『この世界』そのものだ。 だからこそ、私は蒐めなければならないのだ。 かつて私が敗北し、そして私の想像を超えた奇跡を幾度も生み出してきた、人間とアームヘッドの可能性を。 あれ程までに私に苦汁を舐めさせてきた、あの忌々しくも眩しい輝きを。 「なるほど。今のお前じゃ、確かにその結論が最善だろうな」 そんな、何処か呆れるような、期待するような声音の混じる言葉をムスタングは返してきた。 何事もなかったかのように再びハンバーガーを貪り出すその姿に、少し苛つきを感じた。 「……何かご期待に添えない返答だったかしら」 「相変わらず、見た目程気が長くないな。アイリーン」 ムスタングが小さい体躯いっぱいに「やれやれ」といったジェスチャーをした。 むす、と頬が膨れ上がる抑える私をよそに、ムスタングは続ける。 「勘違いなんだぞ。俺に他意はない。 俺はただ、お前の意思を確かめたかっただけだ」 「どういう意味?」 思わず問い返した私に、ムスタングはもう一つ取り出したハンバーガーを差し出しながら言った。 「いずれ解るんだぞ」 ……ラストヘブン。それが『この世界』の名前。 私自身、ここがどういった世界なのかよく解っている訳ではない。 それでも、ムスタングの説明や、先日見たドーナツ大会のあれこれで、色々解ってきたことはある。 まず第一に、『この世界にはありとあらゆるモノが同時に存在していること』。 広義には元々の世界もそうだが、特にこの世界では、 マキータ・テーリッツと秋那・テーリッツが、互いに『父娘』だと認識している上で、互いのほぼ同年代の姿に違和感を覚えないなど、 冷静に考えればおかしい事態も発生している。 これはムスタングの話曰く、『そういうこととしか言いようがない』らしい。 なんでもこの世界そのものが、私が現実世界で抱いた『可能性への希望』に対して『追憶の扉』が創りあげたものらしく、 それゆえにマキータや秋那達は、互いの記憶や関係性をそのままに、 最も『可能性に満ち溢れていた』頃の姿で再現されているとのことだった。 第二に、『存在していた時代や並行世界が違う者でも、場合によっては同時に存在すること』。 前者は本来ネクストエイジに居るはずだったセリア・ローレライが居たことで証明されている。 だが後者については私もやっぱりムスタングから聞いただけで、どういうことなのか解っていない。 ――第三。それは―― ――思考を断ち切る、強烈なブレーキ音。そして轟音と衝撃。 ムスタングから貰ったハンバーガーが手から吹き飛び、軽い音と共に床に落ちた。 「もももったいない!」と喚くムスタングの声も衝撃で震えている。そんな事態ではあるまいに。 私は進行方向側の車両、自分の後ろ側を振り返った。 その瞬間響き渡る、乗客たちの悲鳴! こちらに向かって殺到するように逃げてくる人々の背中越しに僅かに見えたのは……炎! 「ムスタング!」 床に落ちていたハンバーガーをまだ食べられるか確認していたムスタングも、 私の叫びが放たれる直前に、既に炎を認識して立ち上がっていた。 「一体、何が起こってるの……!?」 「言ったはずだぞアイリーン、ここはラストヘブンだ。あらゆる可能性が集った夢の世界。だが――」 乗客を掻き分けながら流れに逆らって進む中で、ムスタングが私の叫びに返答する。 炎がだんだんはっきり見え始め、熱波が近いことを感じる。 「――だが、第三。 『この世界はひたすらに可能性を追求するが故に、それが人々にかつて“危険”と認識されたモノすら再現する』。 ……夢というのは、良い夢だけとも限らないんだぞ」 ――車掌らしき男を最後に、逃げ惑う乗客たちが全て後ろ側へと流れて、その景色が顕になる。 それは、それは。 ――燃え盛る炎。 大きくひしゃげて穴の空いた外壁。 吹き抜けになったフロントガラスの向こうに視える、巨大な異形。 「あれは――」 ……私はエクジコウだ。かつて存在した「それ」に見覚えはあった。 全身灰色。あつこちに歪な装甲と無数の槍が搭載された異様なシルエット。 機体前面からは小さな炎がいくつも噴き出し、絶えることなく燃え盛る。 無人の二輪車のような形状に座するものは無く。 ……座していたはずの者は。 きっと哀れにも、既にその胃袋の中――。 「……グリディイーター……」 “貪欲なる捕食者”を意味する、「それ」の名前を。 私は燃え盛る炎の中で、数世紀ぶりに呟いた。

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