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 寒い朝だった。
 私は御蓮の首都から北西に向かう特急列車に乗るため駅にいた。外は今にも雪が降りそうな曇天で列車が入ってくるため外気の吹き抜ける構内はだれもが暖かそうな洋服に身を包み、それでも震えながら電車を待っていた。
 ――北御蓮の……
 ――驚異的な……
 ――こわいねえ……
 人々の会話はこの間の戦闘のことでもちきりだった。北御蓮で起きたアームヘッドの暴走とそれを食い止める謎の組織という構図は大いに世間をにぎわせている。
(だれも、私みたいなのが、あんな戦闘に参加したなんて思わないだろうな)
 私だって戦った。敵の近くで戦ってアームヘッド自体は有名になったけれど、中にいる生きた人間は取り上げられない。
 私の正体なんて誰も知りっこない。同じ戦闘に参加したものでなければ。
(そもそも、私は、はたから見ればただの子供だし……)
 思えば思うほど、私という存在がちっぽけな気がしてくる。
 私はいつの間にかうつむいた顔を上げた。私は何か役に立っているはずだという根拠のない自信で心を満たそうとした。
 ふと、顔を上げたとき、その視界に、一人のベンチに座る男が入った。
 金色の瞳に黄金の髪。その美しさに反して肌は浅黒くくすんだように見える。白くかすむような冬の寒さの中、彼だけそこに染まることなくただ存在していた。
 私は一瞬だけ立ち止まり、またすぐに歩みを始めた。なんとなく、足が重い気がする。
「……」
 無言で男の隣に座った。頭の中で、男が嫌そうな顔をした時のための言葉を数十思い浮かべる。
 よし、これで完璧だ。なにを言われても負けない自信がある。
 どぎまぎしながら男の方を見るが、男は何も反応を起こさない。かと思えばふと微笑み、こちらの方を見て私の眉間を指差した。
 私がわけもわからず戸惑っていると、彼は無言で手を伸ばしてくる。初めて感じる、へんに息苦しい緊張のようなものがあった。彼は私の左ほおを押さえ、もう片方の手で眉間の少し前をつまむようなしぐさをした。手が離れると、その手には一匹の蛾が捕まっていた。何が何だかわからない。
「最近は眉間に生きてる蛾を止めるのが流行りなのかい」
 男は嘲るように笑った。
「ろ、ロバート……」
 わけがわからない。わかっていることは私が眉間に蛾を止めていたということくらいだ。いや、つまりはそういうことか?
「虫にはモテるみたいだな」
 男は、ロバートはつまんだままの蛾に何事かを囁きかけてから離した。蛾はひらひらと空を飛び、曇天の中に消えていった。
「に、人間にもモテるよっ」
「あぁはいはい」
 ロバートは嗤いながら長い足を組んだ。
「くそう……」
 そもそも口でロバートに敵うわけがないじゃないか。
 そういえば、とロバートは遠くを見つめた。
「怪我は?」
「えっ?」
 怪我なんて身に覚えのない私が言うと、ロバートは苦そうに右の二の腕を叩いた。その動作で思い出したが戦闘時は怪我をしていた。怪我なんてあっという間に治るしいちいち気にしていてはキリがない。
「あ、もう、治ったし……。ほら、私、傷の治りは早いからさ」
 私が右腕を差し出して見せるとロバートは薄く笑う。なんとなくそれが嫌だった
「そうかい」
「そうそう。ほら、化け物だから、私」
 こういう時にこの話は冗談としては最適だった。何としてでもロバートには笑ってほしかった。しかし、帰ってきたのは広漠の表情だった。
「化け物ね」
 一瞬だけロバートに自重の色が浮かび、私があわてて取り繕う前に彼は言う。
「そういえば、お前を無理やりこの電車に詰め込んで帰らせたことがあったな」
「あっ……」
 ホームの向こうに見覚えのある少女が二人あらわれた。たしか、ヒリングデーモンのアニーと火乃である。アニーの方は大量の弁当と思われる箱を抱えている。前は見えているのだろうか。
「あのバカが……」
 ロバートは立ち上がりながら呟いた。その表情はこの数分間私には見せたことのない表情だった。
(あぁ……)
 ふと、
「お前、どうして戦ってるんだ?」
 ロバートが聞いてきた。金色の真っ直ぐな瞳で。
「わ、私は……。……ろ、ロバートはどうなの? あるの? 戦う理由」
 返ってきたのは沈黙だった。その沈黙が短いか長いかも私にはわからない。
 そして、ぽつりと言った。
「自分の正体が、まだ、わからないんだ」
 金色の瞳が純粋に、透明に輝いた。私はどきりとする。
「小娘相手に喋りすぎたな。じゃあ、またいつかな」
 ロバートはアニーたちの方へ向かおうとする。
「あ、ろ、ロバート。リズのアモールって街にブライアンがバーをやってるんだけど、今度来てくれないかな?」
「はあ……?」
 ロバートは嫌そうな顔をしたがすぐにばつが悪そうに頭を掻き、面倒くさそうに頷いた。
「アモールの街だな? よし、お前の上司殴りに行ってやる」
 私は頷いた。
「約束だからねっ」
 ロバートは無言でベンチを後にした。すぐにその背中は小さくなっていった。
「あーあぁ……」
 私は路線の方を見ながら呟いた。家に帰ってもローズマリーはもういないし、どうも暇だった。
「帰ったら、ブライアンとあそぼーかなぁ……」
 来るかな、ロバート。
 いつの間にか、私はそのことだけ考えていた。
最終更新:2011年06月12日 00:06