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 暖炉の燃えるエルの部屋でコートを脱いだ私がコートの下に紺色の競泳水着を着ている事を知った彼が少し顔を赤くして不思議そうにしながら訊いた。
「どうして水着きてるの?」
 私は二人分の紅茶を持って彼の隣に座る。
「今年は泳ぎに行けなかったから」
「ポーリー……、いま、冬だよ」
「だから今こうしてあたたかいお茶を飲んでるのよ」
 エルは憮然としながらもわかった風に頷いた。
 絶対にわかってないわ、この人。
 エルは不思議な人だった。
 ちょっとした反抗心で家を脱げだし、テロリストのいっぱいいるスラムに迷い込んだ私を助けるほどの勇敢な性格なのに、美しく、優しく、知恵深い魔法使いだった。人には言えないようなことを生業としているそうだけど。
「あ、じゃあ、来年暖かくなったら一緒に海にでも行こうよ」
 いま思いついたようにエルは言った。
「その言葉が聞きたかった……」
 私が言うとエルが苦笑する。
「だったら最初からそう言えばいいのに。回りくどいなぁ」
「でもね、エル。私思うのよ。水着を常に着ていれば雨に濡れても大丈夫なんじゃないかって」
「じゃあなんでコートを着てるの? 濡れてもいいの?」
 エルは当然と言うように訊いた。
「寒いからよ……」
 自分でも驚くほどの冷たい声が出た。いや、本当に今日は寒い。まじで。
「だ、だよねぇ……」
 エルがははは、とかわいた笑いをこぼしながら紅茶を音を立ててすする。
「……砂糖ないの?」
「ん、ちょっとまってて。取ってきてあげる」
 私はエルの家の台所にある戸棚から角砂糖の入った白い小さな壺を持ってきた。
「ありがとう」
 エルがその壺を取ろうとした瞬間に私はさっと横にそれをずらした。彼の手が空を切る
「えー……」
「欲しい?」
「……うん」
 欲しいおもちゃをねだる子供のようにエルが伏し目がちに頷いた。
 私は壺の蓋を取って訊く。
「何個?」
「……三つ」
「わかった」
 私は手のひらに三つ角砂糖を取ると、ひょいっと口に入れた。
「えっ」
 彼が目を瞠って口を軽く開けた瞬間、私はエルの右頬にそっと手を添えて動けなくさせてから口づけした。
 久遠に匹敵する一瞬の静寂ののちに私は彼から離れ、微笑んだ。
「どう?」
 私が訊くと、エルが顔を真っ赤にさせて答えた。
「あ、甘い……、です」


「っていう事が私が若かった頃あったのよぉ」
 何万年かののちに私は白い円卓を三人で囲んで昔話に花を咲かせていた。
「……あんまオカンの昔何やってたかとか聞きたくねーんだけど」
 くいっと銀縁のメガネの位置を調整した息子のディエゴがむすっと呟く。
「ポーリーあまあまだのう」
 おもに茶菓子をつまんでばかりの春暁が言った。
 たぶんこの子は意味がわかってない。
「美味しいでしょ?」
「基本的には」
「うふふ」
「えへへ」
 そして私は勢いよく立ち上がるとぐっと伸びをして言った。
「じゃあ春暁ちゃんのお洋服を選びましょ」
「うむ」
「やっと本題来たな! このためにおよそ一時間!」
 ディエゴがたん、と机を手のひらでたたいた。
「あら? ディエゴったら春暁ちゃんが服を着てないのがそんなに気になってたの? いいのよ、若い情熱をぶつけても。あなたもそうやって産まれたんですから」
 私が頬に手を当てて言うとディエゴが頭をかけて叫んだ
「もうやだこの親!」
最終更新:2011年10月16日 22:36