黄色い女は肩をさすりながら、ボイジャーレコードに先を促していた。母親のように。
「あなたは、心を奪われた。だからそれを取り返したい。……そうよね?」
 その優しい声音に包まれながらゆっくりボイジャーレコードは頷いた。子供のよに。
「そう。じゃあ、ついて来てちょうだい」
 ボイジャーレコードは黄色い女に手を引かれ牢屋から出た。
 格子の前には相変わらず黄色い体の男が居た。
 そのまま女に手を引かれて階段を上がり、一つの部屋に来た。ここに来るまでの間に誰とも出会わなかった。
 不思議だ/不自然だ――誰かが思った。
 絨毯のようなものが敷かれた部屋に通されたボイジャーレコードは女と二人きりになると、女がしゃべり始めた。
「まずは、自己紹介。私の名前はわかるかしら?」
 教師/母親のような仕草――『教えてあげる』という感じ。
 ボイジャーレコードはすぐに首を横に振った。単純にわからないから。
「私を見れば視界の右端に名前が出るはずよ」
 ボイジャーレコードの瞳が少し動き、黄色い女をとらえた。右端に名前が点滅しながら現れる。
「〈ゲルブ・ズフ〉……?」
「そう。あだ名はルブよ」
 円盤の二つ付いた小さなネズミの頭/小さなふくらみが二つある幼い上半身/円錐のさきっぽを切り取ったような大腿部を覆う装甲/細い脚――全身から幼さ/狡猾さを感じる。
 ネズミの頭にある細長いバイザーの中にある赤い眼が、今は細長く微笑んでいる。
「よくできました。でも、だからってじろじろ見ないでよ」
 ゲルブ・ズフ――ルブはくねっと体をくねらせた。
「……なにを?」
 ボイジャーレコードは頭を傾げて呟いた。それを聞いたルブは憮然として直立に戻った。
「ボイジャーったら、冗談が通じないのね。もぉ」
「……?」
 いまだによくわからなさそうなボイジャーレコード/ボイジャーにあきれたルブは腰に手を当てて言う。
「じゃあ、自己紹介ね。……私はこの世界を統べる〈七人の特異点〉の一人。黄色き特異点、ゲルブ・ズフ。よろしくね」
 ルブが右手を差し出し、ボイジャーは気づいたようにはっ、と顔を上げた。
「さっき……、樹の前にいた……?」
 記憶――斬りかかる赤/傍観のその他――合計七人/赤、青、黄、白、黒、紫、緑。
 ルブは申し訳なさそうに頷いた。
「そう。私たちはあなたを殺そうとした。でもね、あなたを見ていて気付いたの。産まれたばかりのあなたを殺すなんてできないわ」
 匂い=甘い蜜/毒。
 やめろ――誰かが叫んだ。
「……そうか」
「うん。だから、私は罪滅ぼしに、責任を持ってあなたの旅の面倒を見るわ」
 そう言ったルブの指先がとんとん、とどこかを走る。
 ボイジャーの視界の右下――金色の円盤/数字――増える。
「増えた……」
「そう。あなたのお金。隣にある緑のバーが経験値で、それがいっぱいになると強くなるの」
 まるで――心の中で誰かが言う――まるでゲームだ。
「ゲームみたいだ」
 思ったことを口にするとおかしそうにルブが首をかしげた。
「げーむ? ってなに?」
 自分でもわからず首を横に振るとルブはさして気にした様子もなくボイジャーを手招きした。
 やって来たボイジャーをルブは少ししゃがませると、首に抱き付いた。
「私ができるのはここまで。あとは、自分で、こころを取り戻しなさい」
 優しいささやき/冷たい欲望=見え見え。
「あんたって、まるで母親みたいだな。……親のことは覚えてないけど」
 その感想は間違ってなかった。たしかに、外見以外、ルブは母性的だった。
「ふふ」
 ルブはぴょん、とボイジャーから離れた。
 するとおもむろに彼女は胸の装甲の片方に手を当て、上目づかいで訊く。
「飲む? なんちゃって」
 楽しそう/おかしそうなルブを首をかしげたまま見ていると、急にぷりぷり怒りだしてボイジャーを追い出した。
(なんなんだろう?)
「さっさと行きなさい」


 ボイジャーが出て行った後――部屋――ルブ/一人の男が居た。
「……ばれれば叱責じゃすみませんよ」
 男が呟いた。
「しょうがないじゃない。私は目に映るものすべてが欲しいんだもの」
 ルブは椅子に座って指をくるくる回した。
「……彼を好きにできる者が、この世界を好きにできる……」

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最終更新:2011年11月29日 20:23