その日、ガッポ村の日差しは今日も強く、それでいて湿気もあった。
普通に過ごす分には中々に辛い天候だったが、彼にはかえって好都合だった。
19歳にしては背格好や体格も恵まれていた彼は、少年というより青年の雰囲気が強かった。
水の入ったバケツを、あまり無駄のない筋肉質な腕にぶら下げて、その青年は、自宅のすぐ横にある畑へと歩いて行く。
「良い日差しだ。こりゃあいい」
青年がため息とともにバケツを置いた。零れ出た水が、小さく地面と青年のゴム長靴を濡らす。
目の前に広がっていたのは、青年が育てているトウモロコシ畑だった。
青年は自給自足の生活をしつつ、時折こうして農作物を出荷したり直売したりして生計を伸ばしていた。
昨年まではトマトやナス、ジャガイモなどを育てていたのだが、今年は新しいラインナップとしてトウモロコシを選んだのだ。
青年の畑は土壌もよかったし、何より青年が割りとこまめに世話をしているおかげで、そうして実っている穂はまるまると太り、今すぐにでも食べられそうな程だった。
「あともう少しで食べごろだな」
青年はひしゃくを持ち変えると、バケツに勢い良く突っ込み、そのままの勢いで畑にぶちまけた。
自身の服にも水がかかるのも構わず、むしろ楽しんでいる様子で、青年は水入りひしゃくを振り回した。
そうしている内にバケツの水が尽き、畑の土が水を満遍なく吸ったあたりで、ずぶ濡れになった青年がひしゃくをバケツに放り込んだ。
「よーし、これでもう少ししたら……ん?」
水滴がきらきらと光るトウモロコシの穂たちを眺めながら、青年が腰に両手をあててニヤけている時だった。
どこかから、「ひゅるひゅるひゅる~」という、まるでヘタクソな笛のような音が響いてきたのだ。
息が足りないのか、まるで音程が安定しておらず、不協和音極まるヘンテコな笛の音だった。
「……なんか、ヘッタクソだなぁ。これなら俺の方が……」
青年が眉をひそめ、後ろを振り返った。
その瞬間だった。
「ぎゃあー!!」
急に地面が大きく揺れ、青年が思いっきり転んだ。
次には巨大な衝撃音が響き、あたりに土煙が舞い上がった。
ずぶ濡れだった青年が土にもまみれ、結果泥まみれになった姿で立ち上がった。
「何!?何だ、何なんだ!!」
土煙が薄れ、景色が戻ってくる。
そして完全に晴れた瞬間、青年は絶叫した。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!俺のトウモロコシがああああああああああああ!!!!!!」
そこにあったのは、巨大な「何か」だった。
先ほどまでトウモロコシ畑があった場所に、巨大な鉄塊のようなものが鎮座していたのだ。
当然、先ほどまですくすくと育っていたトウモロコシ達は、見るも無残な姿で座布団になっていた。
「ああああああ!!!俺の!!!!俺のかわいいトウモロコシちゃん!!!ひでえ!!ひでえよ!!!うおおおおおおおおおおおん!!!」
絶叫しつつ、泥まみれの腕で両目を横に覆いながら、青年は男泣きに泣きだした。
膝は崩れ落ちて内股に地面につき、泥まみれで筋肉質な男が大泣きしている様は、傍から見れば不気味極まる光景だった。
「うおおおおおおん!!畜生!!誰だてめえ!!よくも俺のトウモロコシちゃんを!!」
青年がぐずぐずになった顔のまま、巨大な鉄塊に向き直った。
よく見れば、鉄塊は巨大な人型のような形状をしており、うつ伏せのような状態で地面に墜落したようだった。
「……なんだこれ……ぐすっ、ひっく、……ロボットか何か、か……?ひっく。ぐすん」
しゃっくりをしながら、青年は鉄塊の周りをうろつき、あちこちをよく眺め回した。
そうする内に、丁度うなじにあたる部分に、取手のついたハッチのような部分があるのを見つけると、
青年は持ってきていた鍬をその隙間にねじ込み、全力で力を入れた。
「ここが出入口か!!オイコラァ、出てこいテメエ!よくも俺のトウモロコシちゃんを!!」
青年が「ふん!」と力を思い切り入れた瞬間、がこん、という音がして、ハッチが開いた。
ロックが衝撃で外れていたのか、それとも脱出が間に合わなかったのか、あとは手で開ける程度だった。
「おらぁ!」
力任せにハッチをこじ開けた青年は。
次の瞬間、声を失った。
「……お……おい?」
そこにいたのは、腕や首が変な方向に折れ曲がった、血まみれの男だった。
おそらく衝撃に耐え切れなかったのか、あちこちには打撲のあとがあった。
「……」
素人目にも「死んでいる」ということが解るほどの姿に成り果てた男を、青年は黙ってみつめることしかできなかった。
……すぐ側で、更に大きな衝撃音が上がるまでは。
「な……」
振り向いた青年と鉄塊の前に、「何か」が更に降りてきていたのだ。
鉄塊とは異なり動けるようで、背中から噴射炎を出しながら、墜落ではなく静かに着地してきたのだ。
数にして三体。いずれも鋭いブレードを携え、じりじりと鉄塊と青年に迫ってきていた。
「ちょ、ちょ!!ちょっと待て!俺関係ねえだろ!!」
青年の声など意にも介さず、鉄の怪物達は、確実に距離を詰めてくる。
泥まみれの顔に脂汗を加えながら、青年は着ている白シャツを脱いで振り回した。白旗のつもりだった。
「降参!!降参だって!!ヘルプミー!!ヘルプ!!ヘェールプ!!」
言葉が通じているのかも解らなかった。「敵」は、その歩みを止めることはなかった。
……三体が同時にブレードを構え直した瞬間、青年は覚悟を決めた。
「……悪い、許せ!!トウモロコシはチャラにすっから!!」
青年は言うが早いか、コクピットに座っていた男の死体の襟首を掴むと、
そのまま無理やり引きずり出し、乱暴に鉄塊から投げ落とした。
「……っ」
血まみれのシートに一瞬躊躇するも、唾を飲み込み、青年はさっきまで男が座っていた場所に座った。
コクピットが再反応したのか、ハッチが閉まり、がこん、という音と共にロックがされた。
「ど、どうすりゃ動く!?アクセルどこアクセル!?」
とりあえずハンドルだけ握ってはみるが、何も反応しなかった。青年がきょろきょろとあたりを見回す。
まるで見たこともないボタンやスイッチが無数に存在するコクピットの中に、一際大きなレバーがあった。
「こ……これか!?」
青年がとっさにレバーを一番下まで下ろした。
……その瞬間、コクピット内の電源が全て落ちた。
「……え」
カメラアイによる映像供給もなくなり、あたりは真っ暗になった。
何も見えない。
「……ええええええええええええええ!?嘘おおおおおおおおおおおお!!ちょっと待てええええ!!」
静かになった分、外にいる「敵」達の足音がよく聞こえる。
またしても泣きそうになりながら、青年はとにかく手当たり次第にボタンやレバーを叩きまくった。
「動け!!動けって!!ムーブ!!ムーブプリーズ!!ハウス!!」
青年がとにかく絶叫しまくる内に、ついに「敵」の足音がやんだ。つまり。
「ひいいいいいいいい!!お命だけはあああ!!」
その瞬間。
「Awakening...」の電子音声が、コクピット内に響いた。
「え……?」
コクピット内に光が戻り、モニターに外の世界が再び映し出される。
そこに映っていたのは、今にもブレードを振り下ろさんとする「敵」の姿だった。
「……」
青年の涙は止まっていた。
操縦桿を握る腕に力が入り、ぎり、と音がした。
「……うっらああああああああああ!!!」
直感でアクセルのようなペダルを、思い切り踏み抜いた。
その瞬間、青年を載せた鉄塊は、背中から「敵」と同じような噴射炎を放出させ、
振り下ろされたブレードを容易く振りぬいて、空へと躍り出た。
「……こいつは……」
第一話 終
最終更新:2013年12月06日 22:13