「うおおおおおおおおおおおああああああああああ!!」
空中に飛び上がった鉄塊の中で、青年は凄まじい慣性に耐えていた。
見えない力の奔流が後ろへと流れ、青年の頬をまるで電車のドアに挟まった新聞紙のように震わせた。
「ぐぎぎぎぎ……げ、減速ッ……!!」
身体そのものを支える足の力のベクトルを変えて、青年は必死の思いでなんとか足の裏をアクセルらしきペダルから引き剥がした。
……その瞬間、急な浮遊感と停滞感。
そして次には、バーニア噴射をやめた鉄塊が、中の青年ごと自由落下を開始した。
「ぎゃああああああああああああ!!やっぱ今のナシいいいいいいい!!」
すぐさまアクセル(と既に青年の中ではそうなっていた)を踏み直すのと、「敵」達が肩を変形させ、
追尾する弾丸らしきものを一斉に射出したのは、ほぼ同時。
煙の尾を引いて、弾丸の群れがキテレツな機動を繰り返す鉄塊へと殺到した。
「うおおおおおおお!!」
その状況を知ってか知らずか、
青年の足はとにかくデタラメにアクセルを踏み、腕は操縦桿をがむしゃらに捻った。
それに反応し、上下左右、時々斜め方向に全く予想できない動きを繰り返す鉄塊は、
そのまま全ての弾丸を見事に回避しきってしまった。
「えーとえーと!おおお落ち着け俺!アクセルは解ったから……あとは、ハンドル操作!!」
青年の腕に違う力が入り、操縦桿からぎり、という音がした。
初めての青年の「操作」に、鉄塊がつい先程までとは全く違う動きを見せる。
「……っ」
息と声を無意識に押し殺す青年の操作によって、鉄塊が空中で少し緩慢に軌道を変えた。
そのまま噴射炎の出力が上がり、鉄塊は青年ごと空中でカーブし、「敵」達へ正面を向いた。
そして鉄塊はそのまま、一直線に「敵」達へと突っ込んでいく。
「武器はこれだな……よし、使うぞ!!」
冷静さがわずかに戻ってきた青年の瞳が捉えたのは、モニターの左下。
ライフルのマークに光が灯っているのを確認すると、左側の操縦桿を不慣れながらも動かし、照準を合わせる。
先程までモニター内をのたうち回っていた照準は、「敵」の一体にある程度近づくと、あとは自動にロックオンを行った。
「発射ッ!!」
青年の指に力がこもり、「かちり」と確かにトリガーを引く音が響いた。
……何も発射されなかった。
「……あれー?」
ライフルが装備されているはずの鉄塊は、やはり鉄塊のまま、
されど超噴射による高速突撃はやめることなく、「敵」の一体に高速で接近していく。
「おい!撃て!!撃てってば!!……って、あ」
がちがちがちがちと操縦桿のトリガーを高速で引き続けていた青年が我に帰って見たものは、
「敵」がモニターのほとんどを埋め、今まさに正面衝突する瞬間の光景。
「ぎゃああああああああああ!!ぶつかるううううううう!!」
咄嗟に操縦桿を手放せなかった青年は、そのまま縮こまるような姿勢をとった。
その時、丁度青年の両腕が、左右の操縦桿を同時に手前側に引く形になった。
周囲の世界の全てが高速で流れていく、その刹那。
青年を載せた「鉄塊」は、倒れこんだままの奇妙な姿勢から四肢を伸ばし――
元の人型、「機体」へとその姿を戻した。
「機体」は、操縦桿を通して青年の両腕が命じた「命令」に忠実に従った。
瞬間的に背部のバーニアの出力を限界稼働、十分すぎる程に詰めた距離を更に詰め、
そして、伸びきった左足を、まるでサソリの尾のように後ろ側へと振り上げ――
「――ッ!!」
辺り一帯に響き渡ったのは、かなりの重量のある物同士が勢い良く衝突した、凄まじい衝撃音。
続いて、金属片らしき欠片がそこかしこに派手に散らばる乾いた音。
そして最後に、やはり重量のある物が倒れこむ、地面からも響く轟音だった。
耳を塞ぐこともできなかった青年が、くらくらとする頭を振り、両目を開き直した。
とっさに状況を確認し直す。生きてはいる。では、「機体」は。
「……こりゃあ……!!」
「敵」を通り過ぎたことに気付いた青年が、再びターンして、来た道を見直す。
そこにあったのは、まるで巨大なハンマーで横から思い切り殴り飛ばされたかのような、
胴体と頭部が大きくひしゃげた「敵」が、地面に仰向けに倒れてピクリともしない光景だった。
「……」
我に帰った青年が、とっさに左側操縦桿を動かしてカメラを操作、自身の「機体」を見た。
あちこちに傷や塗装剥げ、破損箇所はあったが、おそらくこれは最初から。
少なくとも青年が覚えている限りでは、「機体」はどこも新しくひしゃげてはいなかった。
……ただひとつ違ったのは、左膝に取り付けられていた分厚い「盾」のような装甲が、わずかに煙を上げていたことだった。
「……け、け」
青年の脳が、理解した。
理解して、それを言葉にした。
「――蹴った……!!」
残った「敵」二体が、再び肩を変形させて追尾する弾丸を射出。
今度はそれだけでなく、両者ともブレードを再び構え、「機体」に向かって突撃してきた。
「――なんだか……なんだか、まだよく解らないけど……」
青年の「機体」がホバリングをやめ、地に足をつける。
そしてバーニアの向きが変更され、地面に対して平行に近くなった。
「いける!!」
青年は気付いていなかった。
彼が操る「機体」の動きは、つい先程とはまるで違うものとなっていた。
向かってくる弾丸の動きをほぼ直感で読み、一旦わざと自身に誘導し、そこから一気に軌道を横にずらして回避。
真正面から向かってくる弾丸は、バーニア出力をいきなり上げ、その下をくぐった。
弾丸の雨を抜けた先。
青年は瞳を逸らさないまま、ブレードを構えて突撃してくる「敵」の一体に狙いを定めた。
距離、およそ200。150。100。
「敵」のブレードが今まさに「機体」の胴部を貫こうとした瞬間、
左右の操縦桿が、青年の迷いのない筋肉質な両腕によって同時に引かれた。
「うっしゃあああああああああああああああああッ!!」
「敵」のブレードは、凄まじい勢いで繰り出された「機体」の左膝の盾によって折られ、流れていく景色の彼方へと消えて。
「敵」の頭部は、そのままの勢いの盾による膝蹴りが直撃して、ひしゃげながら遥か彼方へと吹っ飛んでいった。
「機体」はそのまま地面を滑り、眼前にあった巨木をすれ違いざまに掴むと、
巨木の幹を大きくしならせてそのまま遠心力で強引にUターンし、バーニアを噴射してダッシュすると同時にその太い幹を折った。
後ろから迫ってきていたらしい、最後の「敵」がすぐ目の前にいたのを確認するや否や、
青年は「機体」をジャンプさせ、バーニアを更に噴射させて低空飛行に移り、そのまま操縦桿を引き上げた。
「まず、一発ッ!」
勢いが足りなかった為か、放たれた膝蹴りは「敵」の一部を吹き飛ばすには至らなかった。
大きく装甲がへこんだ「敵」は、腕のブレードを振り上げ、反撃しようとする。
「まだまだああああああああああ!!」
青年が、「機体」に更に操作を入力。
低空飛行の状態だったために「敵」より僅かに高度のある「機体」は、そのまま「敵」を押し進めるように高速で前進。
そして青年の腕が、操縦桿を引いた。
「二発……」
衝撃音。「敵」の装甲が更に変形。
「三発……!!」
操縦桿が更に引かれ、更に衝撃音。「敵」の装甲が粉砕。
「四発……!!」
更に更に衝撃音。「敵」の頭部に直撃、粉砕。
「五発!!
六発!!七発!!
八発!!九発!!十発ッ!!
うおおおおおおおおおおッ!!もう面倒くせえええええええええッ!!」
前向きに引きずられながら放たれた超重量膝蹴りの連撃。
「敵」のブレードは腕ごと吹き飛び、装甲はバラバラに砕け、頭部は飛び散り――
「――だッしゃああああああああああああああああああああッ!!!」
「機体」が一瞬停止し、ボロ雑巾同然になった「敵」が空中に投げ出された瞬間。
宙に浮いた「敵」は、その場で空中横回転した「機体」の超高速回し蹴りをまともに喰らって吹き飛び、
空中分解して無数の欠片をまき散らしながら――
青年の自宅のあった方向へと飛んでいき、そして見事に自宅を押し潰した。
「よっしゃあああああああああああ――あ?」
勝利の雄叫びもつかの間、一気に青ざめた青年が、がっしゃがっしゃと「機体」を走らせる。
そして「機体」から飛び降り、「敵」の残骸の下で同じく残骸になってしまった我が家を見ると、またしてもしくしくと泣きだした。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおん!!ひでえ!!ひでえよ!!俺の可愛いマイハウスがあああああ!!」
轟音を聞きつけて村の住人が駆けつけた時、
そこに広がっていたのは、荒れ地と化した敷地と、無数の残骸と、
内股座りで男泣きをする敷地の主――「ガラクタ・ガッポ」青年と、
静かに佇む一体の鋼鉄の巨人が鎮座しているという、世にも奇妙な光景だった。
「うおおおおおおおおおお――ん……」
青年……ガラクタ・ガッポは、それから三日しないうちに村を出た。
自宅を失ったのは理由ではなかった。帰るべき場所がなくなったのが、決心を助けはしたが。
畑を失ったのは理由ではなかった。生きがいの一つがなくなったのは事実だったが。
ご近所にいろいろと恥を見せたのは理由ではなかった。皆が、彼の出立を止めてくれたから。
帰る場所がないのなら、探せばいい。
どうせならば引っ越しをするのもいいだろう。
生きがいを失ったのなら、見つければいい。
こんなに広い世界なのだから、村の外を見てみるのも悪くない。
止めてくれる皆がいてくれたから、それでいい。
「いつでも帰ってこいよ」という言葉は、旅立ちには後味悪くない。
彼が村を出た理由は、簡単だった。
「日常」は嫌いではなかった。
ただ、味わってしまったのだ。
彼の平凡な人生で初めての、「非日常」の味を。
「あいつらの正体を突き止めてみせるさ。
この俺にあそこまで喧嘩売るたあ、なかなかキモの座った奴らだからな。なあ――」
ガラクタは、そこで気付いた。
……「機体」に、呼びかける名前がない。
「……そうだな、お前には世話になったな。
これからも世話してもらうんだ、名前くらいやらないとな」
ガラクタは、しばし黙りこむ。
「機体」は、まるで待っているかのように、静かに噴射だけ続けていた。
やがて、ガラクタが顔を上げた。
「――ハイエンドジャンク。お前の名前だ。
一度ぶっ壊れてもあんなに頑張れる、お前にピッタリだ」
冷たい装甲に、ガラクタの熱い掌が重ねられる。
「機体」――いや、ハイエンドジャンクは、まるで返事をするかのように、一度だけ大きく駆動音を響かせた。
ガラクタは、滞空するハイエンドジャンクの上で、初めて広い世界を見ていた。
どこまでも広がる空。微妙に湾曲している地平線。目下に広がる、遠い景色。
「さあ、行くぜ」
ハイエンドジャンクの肩から腰を上げ、展開したハッチに乗り込む。
覚えたてのオートモードからマニュアルへの切り替えを行い、ガラクタはモニターに広がる世界を見つめ――
「 "Hello, World!" 」
操縦桿を捻って、地平線の彼方へと消えた。
第二話 終
最終更新:2013年12月09日 08:42