「……」
「……」
「……っぐ、……」
あまりの気まずさ、息苦しさに、ユメは思わず唾を飲み込んだ。
もうこうして五分にもなる。ちらりと横目にレンチを見ると、眉間にそれはそれは深いシワが走っていた。
前を見ると、そこには白のタンクトップに薄汚い作業用ジャケットを羽織った青年――
ガラクタ・ガッポと名乗った男が、レンチの方からあからさまに顔を背け、生のニンジンを齧っていた。
部屋に響く、シャクシャクというガラクタがニンジンを噛む音が、更に空気を淀ませていく。
「はあ……」
ユメのため息は、虚しいことに、何の発破にもならなかった。


あの直後、ガラクタの操る機体「ハイエンドジャンク」は、真っ直ぐにキル・デヴァイス達の真ん中に突っ込んでいった。
「だっしゃああああああああああ!!成敗だコラ覚悟しろやああああああ!!」
ユメとレンチの見守る先で、ハイエンドジャンクはライフルを乱射しながら間合いを詰め、
キル・デヴァイス達の槍による突きをブーストによって回避。そのまま空中へと飛び上がり――
「ッ、しゃあああああああああああああああッ!!!」
あっという間に二体のキル・デヴァイスを膝蹴りで倒し――
――次の瞬間、他の一体に背中を思い切り槍の腹でシバかれ、地面にめり込んだ。
「あ――」
ユメが思わず声を漏らし、レンチがぽかんと口を開ける。
二人の唖然とした視線の先で、地面にうつ伏せに倒れているハイエンドジャンクは、残り三体のキル・デヴァイス達から寄って集ってげしげしと踏み付けられていた。
その光景は、追い詰められているというより、単なる悪質なイジメに遭っているようにしか見えない。
オマケにどうやらスピーカーのスイッチを切るのを忘れたらしく、やたら大音量で響き渡る「ちょっ、痛い!痛いって!お前ら卑怯だって!いだぁッ!!ごめんごめん、ごめんって!!」というガラクタの声が更なる哀愁を誘った。
もはや先程ガラクタが言った「弱いものイジメ」の被害者は、どう見てもハイエンドジャンクである。キル・デヴァイス達は、手持ちの槍でハイエンドジャンクを小突いていた。
……深々と突き刺してトドメを刺さないのは、果たして慈悲なのか悪意なのか判断がつかない。
「……クソ、素人が!」
ついに見かねたレンチが操縦桿を握り直し、ハイエンドジャンクをリンチするキル・デヴァイス達へと機体を迫らせる。
リンチに夢中になっていたのが幸を奏し、ギガスクラッパーのブレードは容易くキル・デヴァイス二体の背中を両断した。

「ちゃ……チャーンス!」
キル・デヴァイス達がギガスクラッパーに気をとられた瞬間、
高出力ブーストで腹ばい状態から舞い上がったハイエンドジャンクが滞空したまま横回転し――。
「っしゃあああああああああああ!!」
脚部シールドとブレードモードに切り替えたエネルギー照射機の光の刃で、最後ののキル・デヴァイスを薙ぎ払った。

「――よっしゃあ!」

ハイエンドジャンクが空中で姿勢制御を行い、一瞬の滞空のあと地表に着陸。
轟音と共に発生する衝撃を、低出力ブーストと機体の膝の屈伸で受け流して、前を向いた。
――次の瞬間、ブレードを外したギガスクラッパーの腕が、ハイエンドジャンクの胴体を殴りつけた。

「うおおおおおおおあああ!?……テメエ、何しやがる!!」
吹き飛びこそしなかったものの、相当の衝撃でコクピットが大きく揺れるのを、ガラクタの操作が姿勢制御で打ち消す。
「――ド素人の癖に、戦場にでしゃばるな!」
回線を繋いだレンチの声が、スピーカーを通してガラクタのいるコクピットに届いた。
途端にガラクタの眉間にシワが入り、目の前にいるギガスクラッパーを睨みつけたまま、回線を繋いで叫んだ。
「な……なぁんだとテメエ!俺が入ってこなかったら、お前らどう見たってやられてたじゃねえか!テメエの言う"ド素人"に助けてもらっといて、そんな口の利き方ねえだろうが、ああ!?」
「……そんな機体を何処で手に入れたのかは知らないが、お前こそよく生き延びたもんだな。あそこまで大仰に口上垂れ流しといて、結局お前もあっという間に追い込まれてたじゃないか。――警告してやる。お前がヤツらを倒せたのは、単なる運と不意打ちだ。死にたくなかったら、これを機にその機体から降りろ」
声を荒げるガラクタに対して、あくまでレンチは声の抑揚を抑え、相手を押し潰すような口調で言い放った。
"単なる運と不意打ち"――図星でなくもない点を突かれたガラクタは、咄嗟に返す言葉がなかった。
それでも。
それでも、助けたはずの相手に横柄な態度をされている事実が、ガラクタの怒りを退かせなかった。

「テメエ……」
「…………」

先程とは違う意味で空気が張り詰める。
双方の機体は、互いを睨みつけたまま動かなかった。

「……や、やめなよレンチ!危なかったのは事実じゃない!それにこの人は敵じゃないっぽいし、これ以上睨んでても仕方ないでしょう!?」
思わず横から見ていたユメが、回線で止めに入る。
レンチは舌打ちを一度だけすると、ユメにもガラクタにも言葉を返さず回線を切り、
そして手元にあるパネルを操作してどこかに連絡を入れた。
ユメのいるコクピットに、ギガスクラッパーが回収要請をした事実が表示されると、ため息をついて、今度はガラクタに話しかけた。
「……ごめんね、せっかく助けてもらったのに。あいつ、結構面倒くさいヤツでさ。きっと貴方みたいな関係のない人に助けられたのが、変なプライドに障ったんだと思うの。私から礼を言うわ。――ありがと」
ユメの言葉に、シワを通り越して青筋が浮き出ていたガラクタの顔が緩んだ。
そして力なく、回線をユメの機体、ヘビーララバイに繋いだ。
「……別に、気にしなくてもいいさ。姉ちゃんみたいな、礼儀正しい良い子が助かっただけでもよかったぜ」
その内心自体に嘘はなく、口調こそ元通りにして話すガラクタだったが、回線はわざとギガスクラッパーにも繋いだままだった。
レンチからの反応はない。先程と変りなく、ハイエンドジャンクに背を向けて立っていた。


『あと10分で回収用のヘリが到着する』――そう報告を受けたユメは、『あともう一機ヘリをよこして』と追加要請を行うと、
あえてレンチにも聞こえるように回線を開き、ガラクタに言った。

「あと少しで私達の仲間が迎えに来るの。よかったら、一緒に来てくれない?……貴方の話を聞きたいし、お礼もするわ」


「……」
「……」
「……はあ」
そして、この状態である。
結局、何も報告しないレンチに代わってユメが一部始終を「仲間」に報告し、
ガラクタは礼の言葉と謝礼金を受け取ると、重要参考人として、この会議室に連れられたのだ。
しかしレンチはこの通り、一切言葉を発することもなく、
ガラクタはといえば、ユメやその「仲間」達にはフレンドリーな態度で自分が村で「敵」と戦ったことや知っていることを伝えたが、
頑としてレンチの方には顔を向けなかった。
「……ねえレンチ、いい加減にやめなよ。そういう変なところに拘って人の反感買うの、レンチのダメなところだよ」
少し口調を強めるユメの言葉に、レンチの眉根がピクリと動いた。
だがそれだけで、レンチはやはり一言も言葉を返すことなく、無造作に部屋を出て行った。。
……扉をかなり強く閉める音だけが、レンチの感情を表していた。
「レンチったら……もう」
ユメのため息まじりの声に、ガラクタがニンジンを齧るのをやめ、しっかりと飲み込んでから言った。
「なあ、姉ちゃん。あの根性曲がりは知らねえけど、俺が知りたいのは、あのバケモン共が何だってことだ。俺だってアイツらに殺されかけた以上、何も知らないままでいるのはケツの座りが悪い」
ガラクタが、ユメの瞳をまっすぐ見据える。
「……教えてくれ。アイツらは何だ。何が目的なんだ」
「それは――   ――っ」
思わずガラクタの視線と眼があった瞬間。
……ユメの思考が、完全に止まった。

――どこかで会ったような、見覚えのある瞳。
――ここではないどこか。根拠のないはずなのに、自分のどこかに確かにある記憶。

――記憶を探って、掴みかける。
――朧気に浮かんだのは、どこかの平凡な家屋と、暑い日差しと、そして――。

「――」
「――ど、どうした姉ちゃん。具合でも悪いのか?」
突然眼を合わせたまま固まったユメに、ガラクタが怪訝な顔をして問いかける。
「――っ、い、いや。なんでもない。大丈夫」
ガラクタの言葉にさえ間を置いたあと、ユメは我に返り、とっさに眼をそらした。
そして頭をぶんぶんと振ると、今度は自分からガラクタの眼をまっすぐに見つめて言った。


「――いいわ。話す。貴方が村で出会い、あそこで出会い、そして私達が戦い続けてる敵について。長くなるけど、いい?」
「勿論!言い出したのは俺だ、存分に聞かせてくれ!お礼は――俺んちの畑でとれたトウモロコシを分ける!甘くてうまいぞ!」
ユメの言葉に「待ってました!」と言わんばかりに破顔すると、ガラクタはまたしてもニンジンを齧りだした。
シャクシャクからボリボリと変わった咀嚼音とその光景に、力が抜けるような笑みがユメからこぼれた。


『気のせい』
――さっきの感覚を、そう自分の中で結論づけて。




第四話 終

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年03月02日 09:01