輪を食らわば穴まで
灰色の肌をした人物が街をほっつき歩いていた。
”・・・・・・この世界、ニンゲン社会は不可思議なものだ。
支配種族が存在しないが奴隷的社会性、しかし自由がありこの娯楽の多さ・・・”
イヴィレンデシアの第一コアが呟いた。
灰色の中性的人物は、人間型ファントムの遠藤だ。
現在、無人アームヘッド・イヴィレンデシアのコア達は、その意識を遠藤の中に出入りさせ、
その身体を操り、その目を通して外界を見たり、感覚を共有したりする術を習得している。
”そうね、特にグルメが魅力よね、あ~おいしー”
イヴィレンデシア第三コアが言う。
いつの間にか遠藤が大きなクレープをかじっていた。
なおこれは盗んだものではなく、胡散臭い商売やアームヘッドレスリングのファイトマネーで何とか稼いだ、
ごくわずかな銭の残りから絞り出して先ほど買ったものである。
”貴様!また勝手にカネを使う!”
しかし金欠になっても、遠藤を含めた彼らが飢え死にするような状況は殆ど無いと言える。
”まーいんじゃね?なくなったらまた暴れればさぁー”
”何か効率的にカネを稼ぐ良い方法はないかのう・・・・・・”
”・・・・・・いや、そうではない・・・いいか!我々の目的は・・・・・・”
すると遠藤が立ち止まる。
”なんかいいニオイするぜ!!!!”
”・・・・・・世界を終わらせる、って言うんでしょ?このニオイの元を味見してからねっ!!”
「遠藤です」
そして遠藤は何処からか漂う香りに引き寄せられていった。
・・・・・・
「・・・・・・レディーセンジェントルメン!大変お待たせ致しました!
マスタード・ドーナツ主催!『ワンコ・ドーナツ大食いグランプリ』開幕です!」
それはドーナツ型商業施設の真ん中の広場で開催されているイベントだ。
特設ステージには司会者、謎の配給装置とテーブル、そしてファイター達が着席している。
周囲には円形に観客席も設けられていた。
「ワンコ・ドーナツとは!リズのレジェンダリー・フードであるドーナツと、
御蓮の伝統文化であるワンコ・ヌードルをかけあわせた、全く新しい競技です!
オワンに入って流れてくる多種多様なドーナツを、オワンだけを持ちながら如何に早く食べられるかを競います!
つまりあらゆるドーナツをミソスープを飲むように、一口で食べる高等技術が必要になります!
しかし!・・・・・・それは出場選手たるドーナツ・ジャンキーたちには造作もないことなのです!
それでは、予選を勝ち上がり、リング・インしたファイター達をご紹介しましょう!!」
会場にまばらな拍手と歓声が上がる。
「まずは言わずと知れた大会常連優勝者!奴のドーナツ欲はさながらブラックホールか!?
伝説級ドーナツジャンキー!!マキータァァァ、テールルルイィィッツ!!!!」
「三度の飯よりドーナツが好きです。三度の飯もドーナツです」
マキータ・テーリッツが余裕の表情で語る。
「さて次は!前々大会優勝者!マキータ選手との対決はこれが初めてとなります!
食いつぶした我が社の店舗は数知れず!危険なドーナツ・クレイジー・ナイスガイ!
ブゥゥゥールルラァァイアァン、オールルゥドォリッジィィィ!!!!」
「カクテルの隣にドーナツ。いい男の条件だ」
ブライアン・オールドリッジが顎をさする。
「次はファイターの中の紅一点!本命はビスケットと語りますが、ジャンキーとしての実力も未知数!
その本業はピアニスト!今は腹の音奏でるミュージシャン!!ケェェナァァー、ポォォマァルルルェェリィィィ!!!」
「どうして太ってないかって?体力使うのよ!ピアニストって!!」
ケナー・ポマレリが足を組みなおす。
「お次は流星のごとく現れた謎の新人ジャンキー!今大会のダークホース!!
果たしてその食欲に終わりはないのか!?エーーーッ!ンーーーッ!ドオォォォォーー!!!」
「円ドーです」
怪しいコスプレのように肌が灰色の遠藤がファイター席にいた。
・・・・・・
「・・・・・・以上が今大会の参加ジャンキーです!優勝者にはドーナツ一年分とマスタードパーク永久パスポートが進呈されます!
それでは!3・2・ワァァァァンコォォ、ドォォォーーーナッツ!!!」
そして謎のドーナツ配給装置が起動し、ファイター達の前のレールが流れ出す。
次の瞬間、観客席がどよめいた。
流れてくるドンブリは人々の予想よりも遥かに大きかった。
その器には並々ハチミツが注がれ、その上にドーナツが浮かび蓋をしていた。
「まずはマスタードドーナツでも高額と高ボリュームを誇る、特大ハニー・スプリングス!」
それを見つめるマキータの眼光は獣のように光っていた。
近づいてくると、まるで腕が伸びたかのようにオワンを抱え込み、そして飲んだ。
一方ブライアンも、その逞しい腕を駆使し、まるでワイングラスを持つようにドンブリを掲げ余裕を見せた。
そして造作もなくドーナツを平らげる。
ケナーは何やらポケットを叩きまさぐり始める・・・ビスケットだ!!
それをドーナツの穴に・・・はめる!!そして丸ごと食う!!
遠藤も静かにドーナツを飲み込む。
マキータとブライアンがほぼ同時にドーナツ型ボタンを押した。
再び目前のレールが動き出し、次のワンコ・ドーナツを運んでくる。
現れたのは複数のオワンの上につながった異形のドーナツであった。
・・・・・・
「ハッピー太郎サン・・・・・・牧田サン、die jobでしょうか?」
観客席の金髪リズ美人が、御蓮人の男に尋ねる。
「・・・・・・アイツは前に言っていた。
”ドーナツには穴はあるが底が無い、俺自身がドーナツになることだ”と」
村井幸太郎は険しい顔で激戦を見つめていた。
このキャロルという女は旅の途中でマキータがひっかけたのだが、何故か幸太郎に惚れこんだらしく、
それ以降偶然を装って旅先に度々現れては、しつこく同行してくるのである。
「オーウ、ワタシもドーナツ作れます。料理得意でース。そんなおヨメはdo?」
「・・・・・・」
一方別の席。
「け、ケナーさん、かっこいい・・・!!」
メアリーが目を輝かせながら言うと、トマスはボリボリと頭を掻いた。
「あいつ普段どんなピアノの弾き方してんだ・・・・・・」
ボールドが目頭を押さえる。
・・・・・・
各ファイター70椀を突破していた。
しかしそこでケナー選手の表情が曇る。
ビスケット・マガジンの弾切れだ。
ドーナツの油味に飽きかけていたがビスケットのトッピングでここまで食いつないできていた。
だがここでモチベーションが減退し、食事スピードも衰えていく。
・・・160椀。メニュー4周目。戦況は最早マキータとブライアン、遠藤の三つ巴状態だ。
”ううっ・・・・・・”
グルメを語っていたイヴィレンデシア第三コアが呻く。
そしてその意識は、遠藤からそっと抜け出した。
”・・・うぐわーっ!?”
交替して第二コアの意識が入りこむも、その瞬間に凄まじい甘味を感じ眩んだ。
「えええ遠藤です」
無理矢理食わされている状態の遠藤は震えていた。
”・・・・・・全く貴様等、情けない・・・・・・”
満を持して加勢する甘党の第一コア、しかし彼も長くは持たなかった。
・・・200椀。『焼きたてドーナツステーキ』完食。マキータ、そしてブライアンが同時におかわりボタンを押す。
流れてくるプレーンドーナツ。
彼らはただ目前のドーナツだけを見ていた。
そして当然のように食す。
二人の手がボタンに伸びる。
手が――おかわりボタンの上で止まった。
――歯を食いしばっていたのは、ブライアンであった。
その額から汗が流れる。逞しい腕が震える。
――彼は初めて、ドーナツの穴の向こうに、死を見ていた。
それは、彼の生物としての生存本能が起こした現象であった。
ブライアンは、静かに目を瞑り、手を引く。
それから顔の力を抜き、口の中に広がる、甘きドーナツの余韻に、浸った。
その様子は観客からも、輝かしいほどに満足気に見えた。
やがて会場を歓声が包む。
「栄えある優勝はッ!!
伝説のドーナツジャンキー、マキータ・テーリッツ選手ですッッ!!!!」
ゾンビのように歩きながら会場を後にする遠藤。
”・・・・・・”
イヴィレンデシアのコアの間にも最早会話は無かった。
その幾らか後ろでは、荷車を引く男の姿があった。
「おい、どうするんだよこれ」
幸太郎が、荷台に積まれたマスタードドーナツの箱の山を見ながら問う。
「これで当分、旅の食料には困らないだろ?」
ひとまず三割だけ寄越された優勝賞品を、重苦しく引きながらマキータが振り向く。
「お前はそれだけで生きてけるだろうけどさあ」
到底持ち運べる量ではなくアームヘッドに積んでも邪魔だ。
「・・・・・・アノ、牧田サン、スゴいかったでした!」
キャロルはまだついて来ていた。二人の前を遮るようにして歩く。
「・・・・・・ハッピー太郎サンの、カッコイイとこも見たいデス!anywhereついていきます!」
するとマキータはおもむろに、キャロルの口に食べかけのドーナツを突っ込んだ。
「!?」
「こいつにお嫁はまだいいよ。それよりドーナツ持ってくかい?」
キャロルは抱えた十段重ねのドーナツ箱に視界を遮られながら、夕暮れの道に立ち尽くしていた。
「牧田サン・・・・・・///」
END
最終更新:2014年04月23日 22:35