「そろそろ焼けてきたぞ」
いいにおいが立ち込める室内、ヒレーと俺のマンションだ。
カッパのデフォルメアートが描かれたLサイズのエプロンもヒレーのような屈強な大男が着ると子供用めいて小さく感じられる。
お盆にいいにおいが漂う。
「出来たぞドーナツだ」
「ドーナツ?」
「美味いぞ」
俺はひとつを手に取りかじる。

そして俺の人生がこの瞬間変わったのだ。
この味、俺の知っていることばでは言い表せない、この世界の希望、そう俺はいままでこの世界には絶望に充ちていて過酷だと信じていた。
だが!この神聖なる食べ物はどうだ!俺の間違いを言葉など使わずに正してくれた。

「美味い」
ああなんて素晴らしいのだ、この神聖なる食べ物は。美味いなんてものではない。
素晴らしいのだ。素晴らしいどころではない、ああもっと食べねばもっと厳かに。
おお気づくと俺は涙を流していた、枯れたはずの涙を。
感動とはこういう感情なのだな。
二口目、おお甘さのなかにあるもっと奥ゆかしい味が。

素晴らしい素晴らしいああ。
なんて幸せなんだこのこの「ドーナツ」は!
「まだまだあるぞ」
え?
「もっと食べていいのか?」
「ああ、どんどん食え」


俺はその日、その言葉を聞いて喜びのあまり失神したらしい。


第三話 終

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最終更新:2014年07月16日 08:26