◎◎◎


 オークの森をまっすぐ貫く街道を一台の車が進んでいく。
 サーフグリーンだったボディは色褪せ、ところどころ錆び、その閉まりきらない扉の隙間から車内の音が少しもれていた


 朝露で濡れた太陽を一瞬だけ反射するフロントガラスに覆われた運転席には、金色のボブカットにティアドロップ型のサ

ングラスをかけた端正な顔立ちの女性がいる。
 その隣の助手席には、そっぽを向いて茫々と空を眺める少年が居た。
 無垢な黒髪。夜色の瞳には靄のはった青空が映る。
「なにか見つかったの」
「竜がいる」
 女の問いかけに、少年は澄んだ声で応えた。
「……竜?」
「うまそうだ」
 訝しげな顔をする女をよそに、少年は空を見つめ続ける。
「アウルは、もし空を飛べたらなにをしたい?」
「えぇ?」
「おれは……」
 少年の目が細くなる。
 車はオークの森を抜けて少しさびれた街に辿り着いた。
「ついたのか」
「そうね」
 アウルと呼ばれた女は少しほっとした顔で平凡な喫茶店の路肩に車を留めると鍵をかけて少年と二人でその喫茶店へ入っ

ていく。
 乾いた鈴の音が響くと、アウルはサングラスを外しながら喫茶店の中をぐるりと見渡し、一人の女を見つけた。
「いたいた」
 喫茶店の中にある一番端の席に座り、彼女は紅茶を飲んでいる。
 金色の髪を頭の後ろで結い、伏し目がちにしていた蒼い瞳。その目が二人をとらえると、遠慮がちに笑った。
 アウルはその女のもとへ歩いていき、目の前の席に座る。
「久しぶり」
「……そうだね」
 少年は女とアウルを交互に見て、一瞬悩んだあと知らない女の隣に座った。
 その行動にアウルは頭を抱える。
「すまん」
 アウルが言うと、女は笑いながら首を横に振った。
「きみ、名前は?」
「空条霙茲」
「……空条?」
 ちらりと女がアウルを見る。
「空条彼方のいとこだそうだ」
 納得したように女は頷いた。
「私は、エマ・チャーチ」
 自己紹介しあう二人をよそにアウルはウエイターを止めてドリンクを二つ注文する。
「霙茲くんは、ヒリングデーモン?」
「そう。パイロットだ」
 エマは目を見開き驚いた様子だったがすぐに元に戻り会話が続いた。
「いくつから――」
 言いかけたエマを、霙茲が手で制し止める。
「アウル、竜だ」
 急にそう言われたアウルがいぶかしげな顔をした瞬間、彼女のもつ携帯電話がけたたましく鳴った。
「エマさん、霙茲。ついてきて」
 アウルはテーブルの上に代金として何枚か紙幣を置くと喫茶店を飛び出し、車に乗り込む。
 三人の乗り込んだ車を一瞬で発進させながらアウルは片手に連絡装置を持った。
『アウル!』
 連絡装置から声。
「敵襲だな? プランB。霙茲、森の中に輸送車がある。サン=タムールで迎撃しろ」
 霙茲の言う竜とは敵の事だったらしい。アウルはあらためて彼に作戦を告げる。
「わかってる」
 車は森の入り口で停まると霙茲はエマの手をつかみ、ドアを開けて一緒に降りると森の中へとかけていった。
「ど、どういうこと?」
「政府の攻撃だ」
 エマとアウルが会うことを見越して政府は攻撃を仕掛けてきたらしい。
「え、エンシューさんは!?」
「囮だ」
 数十秒ほど走ったところで、巧妙に隠された輸送車を二人は見つけた。
「空条さん! いつでも出撃できます」
 輸送車の周囲にいる数人の技術者が霙茲に言う。
「わかった」
 霙茲はエマの手を掴んだまま、輸送車の中にはいった。
 簡易的な灰色のキャットウォーク。そこには、純白のヴァンデミエールが寝かせられている。
「ヴァンデミエール……?」
「エマ。アウルから一緒に入るよう言われてる」
 きょとんとするエマに霙茲は声をかけた。
「もしかして、逃亡用?」
「敵にかなわなかったときはそうなる」
 二人はヴァンデミエールに乗り込むと、霙茲は慣れた手つきでアームヘッドを起動させる。
 エマはコックピットのシートの後ろで少年を不安そうな目で見ていた。
「アウェイクニング・パスコード。『Love』」
 コックピットが明るくなって輸送車の屋根が開き、ゆっくりとアームヘッドの寝かせられている台座が立てられる。
「ミシェル、パトリシア。時間だよ」
 霙茲は呟く。
 ヴァンデミエールはふわりと宙へ浮き、飛び立つとすぐにアウルの乗った車を見つけた。
 4体の飛行戦用アームヘッドからの爆撃をすべて予測していたかのように器用に避けながら車はなんとか持ちこたえてい

る。
 1980年代ごろに作られたアームヘッド。それがヴァンデミエールだ。つまり、すでに60年以上前の機体だ。
 そんな機体は最新式の飛行アームヘッドの背後に一瞬でとりつき、反撃の隙も与えずニーブレードで切り裂く。
「空なら誰にも負けないよ」
 3体のアームヘッドが新たに出てくると、2体はヴァンデミエールの行く手を阻み残り1体がアウルの車を追った。
 とんぼのような動きで2体の脇をすり抜けたかと思うと、すでにその2体は撃墜されている。
 残りの1体もほかのアームヘッドが撃墜されたことを知ると翻って逃亡した。
 全て、ものの数分のできごとである。
「ただのヴァンデミエールで戦うと思った?」
 霙茲が振り向きながらエマを見た。
「……少しだけ」
『霙茲、輸送車に戻って機体を置いたあと集合。エマもつれてきて』
 アウルからヴァンデミエールへ無線が届く。
「わかった。……そうだエマ」
 振り返って霙茲はエマを見て右手を差し出した。
「これからよろしく」


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最終更新:2015年01月21日 21:45