◎◎◎


 あまり清潔とは言えない古びた病院の前で、僕は彼女を待っていた。
 彼女は今日、戦いで傷ついた人たちのお見舞いに行ったはずで、もうすぐ現れるだろう。
 そして、僕の予想通り、扉が開いて彼女は現れた。
 短い金髪に青い目。肌は白く、顔つきは知性と美しさを兼ね備えている、まるでおとぎ話に出てくる高貴で美しく、弱き者のために戦う騎士のような女性。
「あれ、シャティヨン。めずらしいね。こんなところで会うなんて」
「ぐ、偶然だよ」
 僕が言うと、ジャンヌは微笑んだ。
「迎えに来てくれたの?」
「ぐ、偶然だし!」
 ジャンヌは病院の敷地にある陽の当たるベンチに腰掛けると、隣に僕を座らせる。
「そっかそっか、偶然かぁ」
「そうだよ」
 まどろむような昼下がり。日差しは温かくついうとうとと眠くなるような気がした。
 ふと、隣のジャンヌが僕を見る。
「シャティヨン。もし、私が力を貸してって言ったら、貸してくれる?」
「状況によるね!」
 ふふ、とジャンヌはまた笑った。
 それが、すべてを見透かされているような気分に僕はなる。
「みんな、どんどん疲れて、傷ついてるの」
「……?」
「船団に乗れるとか、乗れないとか。プラットフォームで家や故郷を追われた人。野生化したファントムだって。誰かが、何とかしなくちゃいけないの」
 文字にすれば容易い言葉。いつでも彼女はそれを魔法に変える事を僕は知っていた。
「だからね、私がなんとかしなくちゃって」
「は?」
 素っ頓狂な結論。
「何かが無いなら、作ればいいと思うの」
「それは、たしかにそうだけど……」
「でも、一人じゃできない。力を貸して、シャティヨン」
 見上げると、ジャンヌの青い瞳が僕を見つめていた。
 僕の懐疑心など、一瞬でその瞳に溶かされてしまう。
「しょ、しょうがないなぁ」
 そっぽを向いて、僕は言った。
「ホント?」
「ジャンヌだけだと、すぐとん挫しちゃうだろうしね!」
 にこにこと、彼女は頷きながら笑っている。
「いざとなったら、あなたが駆けつけてね」
「状況によるね!」


   ◎◎◎


 私が目覚めると、世界は何も変わっていなかった。
「……懐かしい夢を見たものだ」
 私の上には、所有するすべてのジャベリンを横たわったままの私に向けるヴィカラーラがいる。
『いい夢見たかしら』
 眠っている間に、彼女に追いつかれたようで、無数のアームヘッドが私を取り囲んでいた。
「どれくらい眠っていたのかな」
『10分くらいよ。エンシューの場所も補足したわ。なんであんなことしたか知らないけど、骨折り損だったわね』
「最期に、テングを食いたかったな」
 ヴィカラーラの中にいるノト・ノアが嗤った。
『最期に、お顔を見せて頂戴』
 彼女はジャベリンで器用に私の顔面を覆うアーマーをはがす。
『あら、結構可愛い顔してるのね。飼ってあげましょうか?』
「お断りだクソ女」
 ノト・ノアのため息が聞こえた。
 一本のジャベリンが動き、私の額に押し当てられる。
『さよなら』
 私にそれが突き刺さろうとした瞬間、なにかがジャベリンを遮った。
『……え?』
 ――それは、巨大な一体の獣。
 口にくわえたジャベリンをへし折ると、獣はヴィカラーラに飛びついた。
 獣の体毛はヴィカラーラのジャベリンを遮り、一直線にヴィカラーラの肩にくらいつき、右腕を噛み千切る。
 体勢を崩したヴィカラーラに獣が飛び乗った。
『っくそ!』
 それは、獣――動物ではない。れっきとしたアームヘッドである。
 獣の爪が残った手足を封じ、さらにそのままぎりぎりとめり込んで切断されていった。
『あ˝ぁぁぁ……!!』
 バイオニクルフレームの切断面から血が噴き出す。
 周囲のアームヘッド達は異様な光景に釘づけになっていた。
『っくそ……!』
 そして、獲物の臓物を食らうように獣はヴィカラーラの胴体を食んでいく。
 コックピットからはノト・ノアの悲鳴が聞こえた。
『あ˝ぁッ! いやだ、やめ――』
 ぶつりとコックピットから聞こえるパイロットの声がなくなる。声を出力するマイクの配線が切断されたのか、それとも――。
 ――ぬらり、と獣はグランジのアームヘッドたちを見た。
 その顔は動物の猿の様な顔つきで、バイオニクルフレームの血で濡れている。これが、ヒリングデーモンの持つ古代の機体、鵺である。
 はっとした立ち向かおうとしたグランジのアームヘッドの背後からさらにもう一体のアームヘッドが現れた。
『ルミナスすいっさァん!』
 そのアームヘッドは、アームヘッドに似つかわしくない徒手空拳で彼らをのしていく。
 ふと気づくと、鵺がじいっと私をみつめていた。
 ――やはり、そう上手くはいくまい。
『……デッドマン、彼は食べちゃだめ』
 そう思った瞬間、鵺から異様な気配が消え、中から澄んだ声が響いた。
 鵺はゆっくりと地面に鎮座し、コックピットハッチから白いシャツを羽織ったエンシューが半身だけを出して言う。
「こんなに早いうちに戦場で会うなんて奇遇ですね」
「そうだな」
 自嘲するようにエンシューは笑った。
「まずはあなたを保護する。それから先はその時考えるわ」
 私の傍らに見知らぬ少女が立つ。
「うっす、私、ルミナスって言います」
 器用に鎧と私を分けると軽々と私の身体を担いだ。
「……よろしく」
 ルミナスはずんずんと歩いて徒手空拳アームヘッドのコックピットの中に私を放り投げる。
 ところどころをどこかにぶつけながら私はため息をついた。
「この扱いは少し不服だ」
「我慢してつかあさい」
 上にルミナスが乗り、そのおしりがちょうど私の喉元から胸の上にくる。
「動きますよ」
 ――まさか巡り巡ってこんなことになるとは、と思った。

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最終更新:2015年02月08日 19:33