不幸の姫はここに降りた。
木々をなぎ倒し、騒々しく降る光はまるで自分の叫びたい思いを代弁させているよう。
「これを、壊したい」エクレーン・ラヴはそう言った。
それだけ告げると、不幸の姫は再び夜に溶けた。
その光は俺の目に焼き付いて、すぐにいなくなったのだということを理解するのに時間を要した。
あぁ、いない。いなくなった。ならば。
「今のものは、なに」尋ねるほかなかった。
「私の、私を選んだ、アームヘッド」不幸を嘆く色は、今は消えた姫から彼女へと移っていた。酷く弱々しく、美しい。
「あれは、ただのアームヘッドじゃない。私を不幸にするアームヘッド。きっと私はあれに殺される」
俺は正直、あまりアームヘッドを知らない。アームヘッドを動かすのはひどく不得手だったから興味がなかった。
それでも嘘でないとわかった。そういう説得力を持つ光だった。
俯く彼女は儚い。
彼女は美しい、それでも、あれは恐ろしく、関わらずにいたかった。
聞かなければよかったと思う。
俺もまたどうしようもない男で、そのことは知っていた。
でも、そんな俺でなくてもわかる。これはよほどのバカじゃなければわかること。
あんなもの、ヨツアシではダメだ。人が使役する戦争のための機械と、なぜか実態を持つ不幸という概念のそれは、本来同じ括りで話すものですらない。
そんなこと、彼女はわかっているはずなんだ。なんで。
いや、彼女は分かっている。俺やヨツアシでは役者不足なのも、盗人の頼みを聞く被害者がいないことも、分かっている。
だから彼女は俺にそれを壊してくれと頼むわけでもなく、ヨツアシを奪おうとしたのだ。あれが壊せないのを知っていても、無い可能性でも試さなくてはならないのだ。
まあ、あれが俺のものである以上、ヨツアシに壊させるためには俺が必要なのだが、知らないのだろうか。
一息吸う。
自分では手に負えない。
ただ、見捨てるのは罪悪感があった。彼女を助けたいという善意があった。
ここまでの話で本当はきっと盗人になんて身を落とすべき人ではないのだと思った。そんなことしなくても生きられればいいと思った。
自分にできることを考える。ひとつだけ当てがあった。
「そうだ、隊長。隊長は信用のおける人だ。合流したら掛け合ってみよう」
カヌレ・クロイン少佐、自分の隊長は確かに信用のおける人間だ。器量の大きな尊敬すべき人だ。
それでいて戦場で見るその人はまた違っていた。訓練の時の厳しいのとは全く違う。スニグラーチカと呼ばれる白いドレスは敵からすれば揺らめく悪魔にも見えただろう。
自分たちの様な使えない新兵が足を引っ張らなければ、きっと事を成し切れたに違いない。今回の作戦では、美徳ともいえる優しさが裏目に出てしまった。
話はそれたが、つまり彼は強く優しい。あの人なら、してやれるのでは、できるのでは、と思った。
それを聞いた彼女は、やはり不安な顔ではあった。初めて持つ希望でもないのだろう。それでも幾ばくかの期待は持ったようであった。
「その、こんなにもしてくれる貴方のこと、騙してしまった。ごめんなさい」初めて彼女の口から謝罪の言葉を聞いた。
彼女は美しかった。
目を覚ます。荷物もエクレーンもそこにきちんとあった。
美しい寝顔。廉潔を感じた。彼女がそれを冒さなくていいよう願うこれはきっと。
不純な気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
まずい、と地図を広げ、今日中に到着できる村を見つける。まずはそこを目指すことにした。サンパトリシアまでは若干遠くなるが仕方ない。
これからエクレーン・ラヴとドロップ・ルインは同じ道を行くのだ。
朝の空気を吸う。辺りの木々は倒れてしまっているが、その分見晴らしはいい。両目を覆う黒い髪から世界を覗く。ああ、いい世界だ。
腹が減ったし、そうだな、彼女を起こすとしよう。
最終更新:2015年04月25日 12:59