ドロップ・ルインの乗る列車の中には沈黙があった。
実際は騒々しい車内だったが何も聞こえなかった。
景色について話したし、弁当の味も伝え合った。だが結局のところ、それは空っぽで、嘘で、当然何も残らなかった。
ただ、揺られながらサンパトリシアを待つ。
緋に染まる村から逃げて、一週間たっていた。
ゆらゆらと、穏やかで、なんだか死んでしまいそうな心地だった。
奥の車両からどかどかという重い音が聞こえてくる。
まるで小規模な隊列のようだ。連結部の扉が開く。
車両を跨ぎ、こちらに向かってくる屈強な男。この軍服の男のことは知っていた。アイザック中佐、軍にいて彼を知らぬ者は居ない。
彼はやはり、隊列を従えていた。
その屈強な男は俺の隣のか弱い女の子を掴んだ。どうしてか実感がわかない。
「ガリア王国軍である。ついてこい」端的に言い放つと、隣にいた俺のことも拘束するよう指示した。
ここにきて、やっと今起こっている現実と向き合うべきということに気がついた。
車両を移る。最後尾の車両だった。俺とエクレーンは事態を呑み込めないまま背中合わせにつながれ、手足と口を封じられた。
アイザック中佐は青白い光を収めた写真を取り出した。
「知っているな」知らないわけがない。それは、形を成す不幸。震えそうだった。
今はどうすべきか、だと脳裏で光る不幸の青に恐れおののく自分を鞭打つ。
自分も王国軍のものだということを伝えられれば、いや、しかし彼のアイザック中佐が直々に行う作戦、俺のような二等兵は相手にされないのではないか。
この案では弱い。とにもかくにも今は刺激してはならないと考えた。
エクレーンに目を向ける。
また彼女を不幸が襲っている。それに耐えられなくて、エクレーンの手を握る。
俺自身怖かったから、握っただけかもしれない、とも思った。
アイザック中佐はさっきからしきりに連絡を取っている。口調からしてそれよりもまだ上の人間だろう。
嫌に長く感じる。精神がすり減る。摩耗する。
長い沈黙の末、ついに電話を終え、アイザック中佐がこちらへ向かってきた。
腰のものに手を添えているように見える。
目の前の男から発せられるひゅっという音。
目の前の?あれ、目の前ってなんだ?一面の赤。
少し落ち着いたら分かった。目を斬られたらしい。エクレーンの震えが伝わる。きっと結構えぐい。
俺は意外と冷静で、痛いなぁという具合だった。
「ついてこい」アイザックの下卑た声。きっとエクレーンが引っ張られた。握っていた手が外れる。
目はいい。だがそれはダメだ、そいつは、渡せない。
もう一度手を、ダメだ、つかめない。見えない。
多分初めて自分の無力さを嘆いた。
最終更新:2015年04月27日 00:06