俺の話をする。
名前はドロップ・ルイン。
生まれも育ちもガリア王国が主要都市サンパトリシア。
祖父の代から軍に従事し、とにかく父までは優秀な軍人だった、らしい。
つまりその優秀な血をわずか二代で途切れさせたのが俺だ。
両親に叩き込まれた誇りなるものは、俺にはさして強く根付きはしなかったが、もっとシンプルな人に優しく、とそういうことであれば、人並みにはあった。
困っているのが分かれば協力してあげたいが、困っている人を探すほどではない、そんな程度。
俺はそんな風に自分のこともよくわからないままに入隊した。
訓練を受けていく中で思ったより薄情な自分を知った。仲間なんかより微塵の迷いもなく我が身が可愛かった。
それから、操縦技術もなかった。
だから、逃げた。ウェスティニア侵攻。あの時から逃げていた。
こんな俺に対して真摯に向き合い世話してくれた隊長のことも一切気にならなかった。
そのくせ、逃げた後できっとこの人なら、戻ってきた俺のことも許してくれるだろうなんてことも考えていた。
身勝手な自分に嫌気がさす。
逃げることへの抵抗がない自分に嫌気がさす。
みっともない自分。
思えば、誰に強いられたでもないのに軍に入ったのも決断から逃げた結果に思う。
最初から逃げてたわけだ。ずっと逃げてきた。逃げやすい道を作ろうと生きてきた。
そんな俺に「世界を手にしろ」なんて声をかけてくるやつがいた。
少しさかのぼる。
「世界を」なんて戯言を聞く前の話。
とても美しい人と出会った。彼女はやはり、俺が避けるべき対象だった。そういう恐ろしいものを、不幸の概念そのものを背負っていた。
美しい。それ以上にかかわる理由はなかったが、避けるべき理由なら山のようにあった。
最初に罪悪感から彼女を保護しようとしたときは良かった。あわよくば、なんて下心はあったが、それ以上はなにもなかった。
彼女のことを知ったのがよくなかった。興味を示すべきではなかった。おかげで、俺の中で大事に大事にしまわれていた、同情という気持ちが封を解かれてしまった。
俺には彼女がもたらす不幸がありありと見えていたのに、逃げられなかった。
だから、今回も逃げられなかった。
一度は逃げたが、今度はダメだった。世界を手にするための力に頼るほかなかった。カハタレはそれに応えてくれた。
世界を手にするほかなくなった。
逃げられなくなって初めてわかった。ああ俺は、決断から逃げたことなんてなかった。
ずっと決断していた。今ではない、と決断していた。
俺が命を賭けるべきは、運命を賭けるべきは今ではない、未だ見ぬめぐり合わせの果てまで待つんだ。
こんなところで散らしてやる命は持ち合わせていないという、そういう決断。
ここからは賭ける。俺の命も運命も。出会って間もない彼女のために。
「エクレーンの不幸は俺が壊す」宣誓。
彼女は希望の色を目に映す。
――だから。
だから、取り除かねば。
目の前にいる最後の障害を取り除かなければならない。白い、白々しい、正義を冠する障害。清廉を映す姿。
俺は知っている。彼の怒りを。その源を。弁明はしない。俺の力はそういう力で、俺は今後その力を躊躇せず奮う。
だから、それを止める権利があるのはあの人だけだ。あの人の正義は、誇りは、優しさは、すべて俺自身が保証できる。
それを、ドロップ・ワールズマインの恋で蹂躙する。ドロップ・ワールズマインとカハタレのわがままで踏みにじる。
戦いであってはならない。蹂躙でなければならない。
敵であってはならない。障害でなければならない。
ドロップ・ワールズマインの運命はそういうものなのだ。エクレーン・ラヴとカハタレのほかは一つとして自分と同じ次元にあってはいけないのだ。
それが、彼らとの誓い。ドロップ・ワールズマインの誓い。
だが。
「カヌレ・クロイン少佐。不肖ながらこのドロップ・ルイン、貴方を踏み越えねばならない。お手合わせのほどを」
ここに、最後の敵を見上げる。
最終更新:2015年04月25日 13:02