あれから数日経つ。
あの場を通りかかった優しい民に拾われたりはしていない。動くこともできなかった。
まず、やはり目が見えなくなっていた。そもそも俺の目は既にあの時死んでいる。そしてカハタレが世界の様子を見せてくれる余裕がない以上、これは仕方のないことだった。
何も見えないまま、服にしまっていたわずかな食糧で生きながらえていた。今、凡俗のおかれている状況はこうだった。
だが、卑しくも生きながらえようとするに足る希望はあった。
心臓が裂けそうなほどに運動している。

敗者は今はただ、後のために生き延びることだけに徹していた。

勝者の方は、そうシンプルにはいかなかった。
エスカベッシュ・グラードに対して少なからず憎悪の念を抱いていた。
だから、その男から部屋に呼び出され、催しのことを聞いた時には我を忘れそうな自分を抑えることのほか何もできなかった。
私が、あの村の人々に誓ったのだ。それなのに、私はあれを殺し切れなかった。あと少しのところで、私の宣誓は守られなかった。
しかし、しかしそれでも、忠義の先にあの黒い蝶を壊せるのであれば良いと言い聞かせた。それなのに。
それが、催し?あれが生きている?あってはならない。あってはならないのだ、そんなことは。

「だから、貴様には今夜の作戦行動中、私の護衛に立ってもらいたいのだ」書類とともに言い放った。上官命令。卑しい顔をしている。ならば。
「今度は私がそれを打ち倒すのを邪魔しないと、そういうことですよね」きっと私も怒りに狂い醜悪な目をしていた。それでも、これだけは認めさせなくてはならなかった。
「当然だ。打ち倒してもよい等と言ってはいない。打ち倒せと言っている。あれは、そのお前を打破して私に刃向わねばならない」
私の信条をして、本当に許せない男だ。だが、今はこの言葉だけでいい。
村の惨状を脳裏に浮かべ、今度こそは黒い蝶を、と誓う。
「では、失礼します」目も見ず、通り抜け様に言い捨てた。後ろではエスカベッシュがそれを笑っていた。

何万通りとシミュレーションを繰り返す。
たしかに黒い蝶に乗るドロップは私の知るのとは技量の桁が違っていたが、しかし腕では劣らない。問題はあの尻尾の手。空間を捻じり切るあれだ。
シミュレーションを繰り返すほど、先日の勝利が奇跡に近かったことを思い知る。圧倒したのだということはわかっている。しかしあれはやはり奇跡だった。
それに、最後の一撃はあの男の剣だ。あの男の剣を受ける前の蝶は少しばかり様子が違った。調和能力だろうか。そう考えればあの一戦も必ず勝てていたかどうか。
だが、あの村に誓って、私の正義に誓って。

私の忠義の在り処はどこだろうか。
この作戦はあの男の意思のみによって成立している。ここに忠義はない。ならば、これは私用である。忠義はない。

私カヌレ・クロインの知るドロップ・ルインは、とても優しい男だった。自分を薄情と罵ることができるほど。
だからどうしても思ってしまうのだ。なんで、お前は私の敵となっているのだ、と。
操縦の腕はまるで駄目だったが、あの優しさには私も襟を正して臨まねばならなかった。

それを、殺す。
理由を聞く気はない。きっとこの未熟な自分では刃が鈍るから、聞けない。
どんな理由があれ、人が死んだ事実さえ消し去るようなことはあってはならないと考えるからだ。
卑しくも人の死で食いつないでいるからこそ、人の死を弄んではならない。
それが、私があれを許せない理由だった。
だから言い訳など、意味など求めない。
有無を言わさずに、殺す。
そのドロップの死も、私が背負うだけだ。

つぶれてしまいそうな自分を奮い立たせる。夜は近い。

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最終更新:2015年04月28日 14:49