そのままスニグラーチカの背中を蹴る。
飛ばされていく雪娘を追い、尾を光らせる。
だが反撃を誘う隙にしかならないとわかった。代わりに足で切りつける。
判断は正しかった。またも体勢を崩すスニグラーチカ。
かつての敵を弄ぶ。今度は違う。障害を蹂躙するのみ。
障害を蹂躙するだけのこと。そう思えばこんなにも。
目の前の正義を踏みにじるだけのこと。そう思えばこんなにも簡単なことになる。
違う、もっと強かったはずだ。
スニグラーチカは一番理想的な軌道を持ってこちらにチェリポルカを振るう。素直すぎる。
わかった。これにはない。踏みにじらなければならない正義が乗っていない。では、目の前にいるのはなんだ。
俺は、世界の均衡を崩してでも、エクレーンを救い、世界の秩序に唾を吐いて世界を手中に収めなくてはならない者。
だから、だから俺の知りうる限りもっとも気高い正義を踏みにじらなければいけないのだ。それなのに。
「なにしてんだ、あんたは」これでは殺す意味がない。
「お前は、どうして」質問に対して質問で返される。なぜ、と問われた。
ただ一つの問いで全部が分かってしまった。気高い正義は今もあったのだ。それが重すぎて、大鎌に振り回されている。
この人は、気づかなければならない。
忠義なんてもので、この人の正義を濁らせてはならない。
「俺を殺して、俺のを背負う気でいるなんて言わないでくれよ」
スニグラーチカの動きが変わる。怒りから正義が息を吹き返す。だがダメだ。
「悪いが俺はそんなのごめんだ」チェリポルカを持つ腕を蹴り上げる。大鎌が落ちる。正義で重くなりすぎた鎌が落ちる。
「俺が死ぬのは仕方ないが、死んだことまで自分の気持ちいい風に弄ばないでくれ」
スニグラーチカの動きが止まる。両腕がだらりと落ちる。
「しかし、私は、人が軽々と死ぬのを悲しく思う。それを誤魔化すことはできない」
その人は、人が死ぬことは悲しいことだといった。
だから、俺にとって最も敬意を払うべき人。俺の知るもっとも気高い正義の人。
こんな場所でずっとこんなことを考えてきたこの人を、俺は愚かしく思う。間違って思う。
「生きた人間に人の死なんて背負えないから、生きている間、その悲しさを背負ってるんだろう。隊長」
似ていると思った。
俺の、たってひとりの、敵を見つめる。
敵の出方を見る。
「その悲しさを背負えない者の横暴を、一度は許してしまった。だから」
「隊長。もう俺たちの道は交わらない」
尾でチェリポルカを拾い上げ、スニグラーチカに、尊敬すべきカヌレ隊長に差し出す。
「エクレーンを救い出すまでです。そこまであなたを利用させていただく」
最後の休戦協定を結んだ。
最終更新:2015年04月28日 14:51