自壊する金食夜叉。

カハタレの調和能力、夜明けの灯。偶然にもスニグラーチカのマロースと対を成す能力。
ただ、物の動きを促すだけの能力。同じだけ自分の心臓も動かさなくてはならないつまらない能力。
覚悟と行動を促す能力。
だが、出力を失っていたスニグラーチカを動かすためには、これ以上ない能力だった。

「まだだよ」どこからともなく声がする。
空間のひずみが発生する。十は超えている。このひずみはよくない。現れる災厄を予感する。
しかし、今はこの声の主と――。
「隊長」
「行っていい。こちらは問題ない」いつも優しい隊長。
共同戦線がここで終わる。もう次に会う時は、俺はこの人を隊長と呼べない。
「隊長、達者で!」だが、厳かである必要はないと思った。

ひとつだけ誘うようなひずみ。最後に一瞬だけ背中を見た。十を越える金食夜叉と対峙するスニグラーチカ。

ここは自分の存在を疑いたくなるような空間。ここには戦場もない。
しかし、そんなことはいい。今は、話さねばならぬ相手が居て、それは目の前にいてくれている。
「ドロップ・ワールズマインだ」
「縷々姫だよ、よろしくね」

まず何よりも聞かなくてはならないこと。
「エクレーンは無事か」
ふふふっとほほ笑む縷々姫。
「もちろんだよ。彼女ほどの幸運な女の子に、それがつぶれるほどの不幸を投げたんだもの。死ぬなんて優しい選択はまだ生まれない」

そうだ。だから、俺は今ここにいる。彼女が生きていると信じていて、そして。
「単刀直入に言う。エクレーンが、これ以上不幸で苦しまなくていいようにしてほしい」俺からの用なんて、これだけだ。
彼女はまた笑顔になる。満面の笑み。
「うん。いいよ。もうあの子結構擦り切れてきちゃってるから。ただ――」
こちらに顔を近づけてくる。
「呪いなしじゃ、死んじゃうかもよ。誰かが自分の幸運を分け与えて、そのかわりに不幸を肩代わりしてあげるくらいしなきゃ」
目を見開いた彼女の笑顔は俺を試しているようだった。だが、そんなのは。
「俺がやるよ」
縷々姫の笑顔。嘲りを含んでいる。
「はー、すごい。いい子だなあきみ。わかってたけど」また笑う。
「冗談だよ。次はエスカベッシュくんに決めてるから。せっかく、ぼくの力で遊ばせてあげてるんだから」
つまり、エクレーンの代わりにあの老害を不幸の受け皿にすると。

「俺は。俺は、あいつが味わってきた苦痛まで知りたい。それで、あいつが一人で苦しんできたことも、、一緒なら俺はそのすべてが楽しいって言いたい。
不幸も自分の体験だって、胸を張って言ってやるんだ。俺の経験なんだって、それで、あいつを笑わせられたら俺の勝ちだって思う。
だから、不幸の受け皿ってやつは、俺にさせてほしい」
実はちょっとだけ、あんな男でも、覚悟もなしにそんな壮大な不幸を請け負うのはかわいそうだとも思ってしまった。
ただそれはなんだかあの人に影響されてるみたいで恥ずかしくて、だから胸にしまった。やっぱり、似てるのかもしれない。
「ふーん。なんだって、そんなに?」呆れた顔をしている。
「あぁ――顔が好きなんだ」笑顔が好きってのも、恥ずかしかったから胸にしまった。

「ふふふ。青い春だねえ」
ひとしきり笑った後に彼女は少しだけ、切なそうな顔をした。初めてみる顔だった。それからまた笑った。
「じゃあさ、見せてよ、とびきりの、とこしえの恋を!」
それは、願いのように。

現実に戻る。今度は自力で戻る。
今はこの目に縷々姫の世界とこの世界を繋ぐドレスコードを持っているから、自力で。

辺り一帯には多数の金食夜叉が倒れていた。それらすべてをカヌレ・クロインその人が倒した。
もう少し戦うことになると覚悟していたが、もう出番はないようだった。
多分、金食夜叉は縷々姫を喰らってその平行世界を運用する能力を、我が物顔で行使し平行世界の時分を呼び出したのだろう。縷々姫とつながった今ならばわかる。
あれは、敵の能力を喰らい、自分のものにする調和能力を持っている。縷々姫が教えてくれた。
それを、この人は一人で叩き伏せたのか。
数多の能力をかいくぐり、そのすべてを。
なんという強さだろうか。やはり憧れてしまう。

それから、もう一度辺りを見渡す。

いた。目が合う。ドキドキする。相手の顔が赤いのに、またドキドキする。

これから始まるのはドロップ・ワールズマインとエクレーン・ラヴの恋物語。
どうしようもないふたりの恋物語。

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最終更新:2015年04月28日 14:54