るるという少女が居たのは遠い遠い昔の話。
文明が始まった頃のこと。
ぼんやりと、社会じみたものが出来上がり始めた頃で、田畑を耕すということをなんとか覚えた頃。
病いは呪いと呼ばれて、まだ起こる事柄のすべての責任を神が担っていた頃のことで、まぐわいが恋などという戯れに貶められていなかった頃のこと。
みんな、生きることに意味を求める余裕なんてなかった。
ただ生きるために生きて、つなぐために生きていた。
みんな、何にももたなかったから、みんな、何でも欲しがった。
そんな時代にぼくは生まれた。
まだその時は人であったけれども、ある意味でぼくは最初から人ではなかった。
生まれた時から不揃いながら両性の性器を持っていた。
男でもあって女でもあるというぼくの体は、人の仕組みを理解できない未熟な文明には本当に鮮烈だったのだろうと思う。
両性の象徴を持っていたから、人のすべてをもっているといって都合よく崇められた。
今となってはそれが人と体の仕組みが少し違っていただけで、それ以上の意味を持たなかったのだとわかる。
だけど、ぼくがまだ人であった頃はそういうことがわかっていなかったから、ぼくはもう、神様だった。人であった頃なのにね。
当時は雨風を凌ぐため、食料を保存するために建物が人の技術として形になってきていた。
ぼくはその当時の最新の技術を惜しみなく使われた家をあてがわれた。神殿、祠、そんな風に言ってもいい家。
まあ、四方を壁で囲んだだけの檻ともいえるけど。
つまり簡潔に言ってしまえば、両性具有のぼくは、その異常性をいいように捉えられて神様にされてしまった!
雨が降らなくて田畑が枯れたって、ぼくにはどうにもできなかったぞ!
だけどぼくはずっとそうされてきたから、なにもできないのに自分を神様だと思っていた。実際のところ、それだけで人の依り代という役割は果たせていた。
ぼくを奉っていれば彼らは多少穏やかに居られた。神様ってきっとそういう気休めのことを言うんでしょ。
気休めを下賜して貴重な食料を献上されるという仕組みがぼくにとっての世界のすべてだった。。
この知恵遅れの神と俗世を行き来する権利があるのはただのひとりだけだった。そいつが神に食事を運び、神の言葉を皆に伝えた。
これも簡潔に言ってしまうと、ぼくにはたった一人だけお話しできる人がいた。
直接顔を合わせたことはなかったけれど、壁に囲まれた狭い世界に生きるぼくに世間の話をしてくれる彼はとてもありがたかった。
彼の名前はしんと言う。しんはぼくを神だと信じていた。彼はとても信心深かった。
いいことはぼくのおかげに、わるいことはぼくを怒らせた自分たちの責任。そういうことを、みんなに撒いた。彼自身そう思っていたから。
つまりしんのおかげでこんなぼくでも神様足り得たのだった。
しんがしてくれるいろんな話が好きだった。
ぼくはあの時代にあって食べ物に困ったことがなくて余裕があったから、戯れに興味を持った。みんな食べることとつなぐことしか考えていないのに、ぼくは違った。
だから恋という戯れを知ってしまったのだった。
ぼくは、しんを壁の内側へ迎え入れてた。るるというひとりの少女として。少女?
ぼくは、預言者でなくしんを求めていた。
しんが求めたのは、当然るるという人間ではなかった。生きること自体が難しいこの世界を生きるための気休めの偶像だった。
だから神との邂逅に胸を高鳴らせていた少年の目の前に、平凡な人間がいる現実にはついに彼は耐えられなかった。
しんはその場で狂ってしまった。
壊れてしまったしんはぼくを否定して、何度も何度もぶった。
それから、首を絞めた。その体重を腕に乗せた。
意識がもうろうとしていく中で、はじめてぼくは人だった。死を目前にしてはじめてみんなの生きたいという気持ちを知った。
ぼくには、生きることに意味を求める余裕なんてなかった。
ただ生きるために生きた。もはや一秒後のことも考えられなかった。
彼のことを、その場で体を作り上げたぼくのアームヘッドで叩いて遠くに飛ばした。これがしんとの別れ。
それからは児戯にうつつを抜かしたりはせず、生きることだけに執着するようになった。ぼくのアームヘッドもそういう子だったから、なんだかいつのまにか何百年とか経っていた。
絶対に死なないという調和能力のおかげでなにが起こってもあんまり問題じゃなかった。どうしようもなくなったら平行世界のぼくの体をもってきて貰えばいいだけだし。
この能力はいつのまにか死の可能性のすべてを否定して、自分だけの空間まで作ってしまって、もう本当に生きることしかやることがなくなってしまった。
それに飽きてしまって、ずっと生きることを咎に感じるようになってしまった。だから、そういう死が近づいてくるような想いや可能性を全部おしつけるための器を作った。
ぼくは自分の感情すら自分だけでは処理できなくなってしまったけれど、そうしたら、もう辛いこともなくなった。
だけど相変わらず暇だった。暇だったけど、力の果てに自分自身では自分の世界から出られなくなってしまったから、平行世界から持ってきたぼくの目をいくらか世界に撒いた。
その目はみんなアームヘッドモドキになった。
最初に生まれたのは人の言うことを聞かないやつで、ぼくに自分が見てる世界を見せるっていう役割すら果たさない散々なやつだった。だからむかついてバカタレとしか呼ばなかった。
他の子は、とりあえず好き放題してはいたけど、その役目はちゃんと守ってくれたから良かった。
とにかくぼくは永遠の時の中でそれを覗き込んでは、世界に思いを馳せた。
そういう日々だった。
恋はただの戯れと、生きることの前に切り捨てたぼくは、結局こんな風だった。
だからドロップ・ワールズマインの誓いを聞き入れた。
とこしえにエクレーンを愛するというから、ぼくは人のままでは耐えられなかったとこしえの生という咎を与えた。
彼はエクレーンをなくしてもずっと笑っていた。彼女が死ぬ瞬間以外のすべてを笑っていた。死ぬ前も、死んだ後も、彼女のことばかり思って笑っている。
彼はぼくが耐えられなかったとこしえの不幸を、これからは彼女と過ごした思い出だけで笑って過ごすのだろう。
それはぼくにはできないこと。ぼくはとこしえの自己のために他者との関わりを断ってしまったから。
だから羨ましくも妬ましくもあったけど、なにより嬉しかった。
それで、彼に注ぐべき不幸の大半はアプルーエ大陸全体に垂れ流すようになった。彼はそのことにあまり気づいていないようだけど。
まあ国や支配体制なんてぼくにはもう関係のないことだし、そういうのがダメになっていくのは何度も見ている。
ぼくはそんなことより、いい戯れを見つけた。あのきかんぼうが運んできた大きな収穫だ。
この縷々姫は、彼らのとこしえの恋を応援するのだ。
最終更新:2015年04月30日 19:44