◎The Fifth Day Wonder◎

「か、開発研究所……?ここが?」
セリアさんの話を聞きながら、僕はココアを啜った。
僕が手をつけない意図を察したのか、セリアさんは納得したような表情をすると、
入ったカップを自分で手に取り、一口飲んで見せてくれたのだ。
僕が失礼を詫びると、セリアさんは気にしないで、と言った。

「ええ。ワールド・ナーブというネットワークシステムを耳にしたことはありませんか?」
僕は思考が混乱した。
ここが何かの研究所で、僕は気付いたら寝ていて、ここでワールド・ナーブ?
僕が怪訝な表情をしていると、セリアさんがすぐに回答をくれた。
「あれを開発したのが、私達なのです」

「えっ……じゃあ、ここは……」
「はい。ナーブシステムを提供させて頂いている、ニューエイジテクノロジー社の総合研究所です」
「じゃ、じゃあ、セリアさんはその研究所の、所長……」
「……ええ、恥ずかしながら。力不足なのは承知していますが、それでも全身全霊を以って務めさせて頂いています」

「あの……そんな大企業のそんな立場の人が、僕に一体何の……」
「そんなに謙遜しないでください。私たちはあくまで勝手に貴方をお招きしたのです。不躾極まる方法を取らせて頂いたのも、勝手ながら理由があります」
僕はそこで、目覚める前の記憶を思い出した。
――アリスさんは。

「あの、すいません、アリスさんは……?」
「ええ、貴方とは別室でお休みになっています。そろそろ目覚める頃合いかもしれません」
僕の問に、セリアさんの表情は特に変わらないのを確認して、僕は少し安堵した。
「元々、アリスさんはこの研究所の人間でしたから」

「――えっ?」
僕の思考は、そこで完全にフリーズした。何が何だか解らない。
アリスさんは、僕がワールド・ナーブで出会って、そしてリアルミーティングをしただけの女の子の筈だ。
何がどうして、ニューエイジテクノロジーの研究所の人だというのか。
「……人間、習うより慣れろと言いますし、少し外に出ましょうか」

セリアさんが立ち上がり、手を差し伸べてくる。
僕は他にどうすることもできないまま、導かれるようにセリアさんの手を握って、立ち上がった。
……この期に及んで、情けない。足元がふらついて、転びかけて、セリアさんに受け止めてもらった。

「最初に、私達がどうして貴方をお連れしたのかを話さなければなりませんね。
 それにはまず、ワールド・ナーブがそもそも“どういったものなのか”を理解して頂かなければなりません」
セリアさんはそう言うと、僕の手を引いて、静かに部屋のドアを開けた。
そこに広がっていたのは……複雑な機械が壁面を構成する、薄暗い廊下。

「世界中の誰とでも繋がることのできるコミュニケーションシステム。
 世界中のありとあらゆる情報を閲覧できるインフォメーションシステム。
 世間ではそのように運用されていますし、貴方もきっとそのような認識でしょう。
 ――お見せいたします。ワールド・ナーブの、本当の姿を」

セリアさんはそう言うと、僕の手を離し、左手首に付けていた小さな腕時計のようなものを操作した。
そして僕の左手首をそっと手に取ると、いつの間にか付けられていた、やはり同じような腕時計を、同じように操作した。
「――“Ready to Dive. Section 07: City Area.”」
セリアさんの呟きと同時に、二人の腕時計からピピピピピ、と小気味良い電子音が鳴り出す。
僕が見ている前で、セリアさんは腕時計を口元にまで持って行き、目を瞑った。

「――“Hello, World Nerve.”」

セリアさんの、ネイティブ特有の繋がった発音が空間に広がった直後。
僕の視界は暗転し……混乱する間もなく、またすぐに戻った。
ただし、そこに広がっていたのは――。

「――。」
多くの人でごった返している、ネオンが輝く夜の大都市。
まるで映画でしか見たことのないような、やたら耳に障るクラクションの鳴る車の奔流。
あちこちでポップコーンを零しながら食べ歩きする人々が犇めく、良くも悪くも夢のような、光の渦。
「夢、というのも間違いではありませんし、その逆もまた然りです」
セリアさんの声に我に帰る。それでも呆然としたまま、僕は隣に立つ彼女の顔を見上げた。

そこには、まるで我が子を旅行にでも連れてきたかのような、どこか嬉しそうな微笑みが浮かんでいた。
「――ようこそ、“ワールド・ナーブ”へ。とりあえず、ポップコーンでもいかがですか?」


◎High Fever◎

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最終更新:2015年05月13日 16:20