◎The -2 Day Wonder◎
◎Beside◎

「……」
明らかに施設の壁とは違う素材で作られた冷たい廊下を、僕は無言で歩いた。
横に並んで歩くセリアさんに話しかけることができなかったからだ。
黄金色の瞳は微塵もぶれることなく、廊下の遠く向こうに見える扉を見据えたまま、静かに微笑んでいた。

「――貴方は」
二人分の足音だけが響き渡る廊下に、セリアさんの声が加わった。
思わずびくりとしてセリアさんの顔を見つめ直すと、セリアさんがこっちを向いた。
「“他人”と“自分”の距離というものを、どうお考えですか」
唐突な質問だった。
セリアさんの黄金色の瞳が、僕の瞳と合う。

「……それは、どういう」
「私達がナーブシステムを世に送り出してから、それは爆発的な速度で普及しました。
何処の誰とでも繋がることのできる装置。
それはきっと、人との繋がりを望みながらも恐れ、
ついに手に入れることの出来なかった人達が、ずっと待ち望んでいたものだったことでしょう」

「……」
僕は何も言えなかった。
人に歩み寄りたいのに、何処かでそれを恐れてしまう。
それは紛れも無く、この僕自身だったからだ。
そのことも把握しているであろうセリアさんは、静かな声音で続けた。
「そもそもこのワールド・ナーブの開発を提案したのは、他でもない私自身でした」

「……身の上話になりますが、私もかつてそんな夢を見ていたひとりでした。
誰かの側にいたい。孤独でいたくない。誰かと共に笑いあいたい。
私は思えば、人生の大半を、そのような願いを叫び続けることに費やしていたような気さえします」
僕の胸に、セリアさんの言葉が淡々と突き刺さった。

「この世には、人との信頼など存在しない……なんてことを言うつもりはありません。
むしろ、私は今でも信じ続けています。
人の心には、確かにそれらは存在すると。
……ただこの世界には、それらを“得る”ことに関して、全く才能のない者もいる。それだけの話です。
私のように、貴方のように」

「絵の才能がない人もいるでしょう。
小説の才能がない人もいるでしょう。
野球の才能がない人や、サッカーの才能がない人。
料理の才能がない人に、嘘の才能がない人。
そんな風に、どう足掻いても手に入らないモノというものは、確かに存在します。
そして、そのうちのひとつが、私達です」

「私達は、人との繋がりを享受する才能がない。
そしてそのような者に、人は自らの情愛を分け与える利益(いみ)を見出さない。
至極、当然の結末です。
どれだけ信頼や情愛を見せても、私達は永遠にそれを信用しないのですから。
そのような人間に手を差し伸べる者は、この惑星には存在しません」

……何も、反論が出来なかった。
まるで心臓を抉り出されたような感覚が胸に走った。
ふと足音の反響が狭くなったのを感じて顔を上げると、
もう目の前まで、突き当りの扉は迫っていた。

「――だから、私はワールド・ナーブを作り上げた」

まるで感情の抜け落ちたような響きの言葉と共に。
セリアさんは扉にあるプレートのような装置に、掌をあてた。

――ピピピ、という無機質な電子音声。
僕らの見ている前で、扉の内部から明らかに複数のロックが解除されていく音が聞こえてくる。
セリアさんの黄金の瞳は、ただ扉を見つめていた。

――扉が、開く。
僕は、その向こうに広がる光景を、ただ見つめることしかできなかった。

それは、あまりに異様な世界だった。
まるで巨人が通ることを想定したかのような、非合理的とすらいえるような程の巨大な空間。
その脇には、やはり巨大な大きさのドアが幾つも設えられていて、
“この施設”そのものが、この異様なサイズを標準に造られていることを無言で語っていた。

見ると壁面や天井は、全て何らかの複雑な機械で埋め尽くされている。
機械で構成された超巨大な鍾乳洞のような、異様な光景。
ある部分は金属のパネルラインで覆い尽くされ、
ある部分はその内部構造であろう複雑なディティールの入った金属肌が露出し、
ある部分は結晶のような材質で出来ていた。

結晶部分の内部は液体のようなもので満たされていて、時折気泡が混じる。
更にその中に光が通されているのか、淡く発光して暗闇をぼんやりと照らしている。
ここはまるで、僕が小さくなって、
ナーブ端末の本体の機械の中に入り込んだかのような、非現実的な空間だった。

「ところどころに見える結晶体は、光を情報として扱う為の媒体です。
貴方達の場合は直接、その他多くの者達が間接的に“あの世界”にいる間、
前者は思念と精神が、後者は入力した意思や思考の一部分が、
あの結晶体の中でデータとして処理され、ナーブシステムに反映されるのです」

「――ここが、ワールド・ナーブの物理中枢。
現実世界中に張り巡らされた電子と虚構の集積にして、もうひとつの世界の運営装置。
物理第0セクション――『Otherphobia』です」

……アザーフォビア。
僕は呆然としたまま、ただその言葉を繰り返し呟くことしかできなかった。


◎Hello, Wo erl nd...◎

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最終更新:2015年05月13日 16:37