◎The -5 Day Wonder◎
◎moment X◎

「――っらあああ!!」

雄叫びにすらなっていないような絶叫と共に、
僕らは左腕の槍を銀色の巨人の腹めがけて付き出した。
轟音と、施設全体が揺れる振動が、感覚が一体化した足元から伝わる。
……死んだ世界の中で、まるでここが最後まで鼓動を続けているようだった。

胴体を貫いた手応えはなく、代わりに感じるのは強大な抵抗。
銀の巨人の、凶悪な刃を備える爪が大きく開かれ、槍の切っ先を掴んでいた。
僕らは咄嗟に槍を腰だめに構え直し、更に思いっきり一歩踏み込んで押し切ろうとする。
だが銀の巨人はそこで強引に槍を押しのけると、豪速の蹴りを放ってきた。

「がっ――!」『うぐっ――!』
僕らの――僕とアリスの――悲鳴が脳内で重なる。
装甲で多少緩和されたとはいえ鳩尾に蹴りを喰らい、僕らは思わず後退した。
――すかさず振り下ろされる、巨大な爪。
受け止める判断が出来ずに、僕らは轟音と共に横に転がって回避した。

「――AI如きが、私の理想を覆せるとでも!」
脳内に直接響いてくるセリアの呪詛と共に、更に爪が振り下ろされる。
このまま転がっていてはジリ貧だと気付き、倒れこんだ体勢のまま槍で爪を受け止める。
その瞬間、馬乗りになろうとした銀の巨人の頭を、僕らは横からの蹴りで打ち飛ばした。

銀の巨人が、施設の壁と床を盛大に破壊しながら倒れこんだ。
この機を逃す勝機はない。
僕らは走りもしないままに跳躍し、施設全体を揺るがしながら銀の巨人の上に着地。
踏み付けから馬乗りになり、左腕の巨大な槍を、銀の巨人の胸めがけて突き下ろした。
――しかし。

「――この……出来損ないめぇぇええっ!!」
セリアの絶叫と共に、銀の巨人が強引に僕らの槍を横から弾く。
槍は軌道をそれ、代わりに銀の巨人の左肩を深々と貫いた。
ここぞとばかりに、僕らは槍に体重をかけ、更に押し込んだ。
「――っああああああああ!!」
世界を揺らす、セリアの絶叫。

「――よくも、よくも!!」

呪詛と共に、右腕の爪が急激に迫る。
左腕、つまり僕らから見ての右腕の槍は、銀の巨人の左肩を貫いたままだった。
完全に死角を突かれた僕らは、そのまま巨大な爪に喉元を掴まれた。

――途端、凄まじい圧力が、僕らの喉を塞いだ。

「が……は――っ!!」『――っぐっ――!!』
巨大な爪が僕らの首を締める、いや握り潰そうとする。
舌が自然と上がり、完全に自分の喉を塞ごうとするのを必死で抑えながら、
僕らは我武者羅に頭を後ろに逸らせると、そのまま思いっきり振り下ろし、
銀色の巨人の頭めがけて頭突きを繰り出した。

「――っあああああああああ!!」
空間を貫くセリアの悲鳴。同時に視界が白く染まる。
首への重圧の開放を感じてなんとか意識を繋ぎ、見てみると、
銀色の巨人の頭部は右半分が大きくひしゃげ、銀色の液体を噴き出していた。
――その瞬間、思考が飛んだ。

「『――っひぎゃあああああああああっ!!』」
――思わず、絶叫した。
それは、想像を絶するほどの激痛だった。
頭の中が真っ白になり、金切り音が響き始め、鳴り止まなくなる。
それも当然だ。
僕らの頭部の右半分が、完全に消えてなくなっていたのだから。

それは激突のせいではなく、たった今、意識が朦朧とした瞬間に、
銀の巨人が無理矢理に振り回した爪を回避し損ねて、見事に頭を持って行かれたからだった。
僕自身の脳味噌が削られた訳じゃないのに、まるで全身がはじけ飛びそうな程の激痛だった。
「――くっ――ぐううううっ――!!」

悲鳴を続けようとする喉を、今度は自分で噛み殺す。
生身の頭の何処かで『ぶつん』という音が鳴り、感覚が麻痺を始める。
――流石は僕のへたれ神経、ここで役立つなんて。
鼻血が溢れ出す感覚を無視して、麻痺した感覚を武器に、
僕らはもう一度、同じ部分で頭突きをした。
今度は痛くなかった。

――空間を叩き割らんばかりの、地面を震わせるような激突音。
金切り音が更に大きくなるのを感じながら、僕らは少し霞み始めた視界の中で、
今度は銀色の巨人の頭部の左半分が潰れ、まるでプレスされたかのような有り様になったのを見た。
黄金色の光を宿す一ツ目には、少しだけヒビが入っていた。

「――よくも、よくも!よくもよくもよくもよくも――!!」

――その瞬間。
完全に憎悪と殺意で満たされたような絶叫と共に、銀色の巨人が驚異的な贅力で僕らを跳ね除けた。
そしてすぐに立ち上がると、四つん這いのような姿勢で受け身を取っていた僕らに向かって走りだした。

銀色の巨人が、巨大な爪を構えたままに迫る。
僕らは盾を備えた左肩を付き出し、腰だめに右腕の槍を構えて、突撃した。

全身に走る、巨大な衝撃。

真正面から銀の巨人と僕らが激突した轟音が施設中に響き、
先程から鳴り続けているアラームを、暫くの間、完全にかき消した。

盾が爪によって引き裂かれ、
そのままの勢いで左腕が完全に刎ね飛ばされた激痛を感じながら。
僕らの槍は防御に回った銀の巨人の左側の爪を跳ね飛ばし、
そのままの勢いで、その胸に突き刺さった。

一拍の後。
僕らとセリアの、喉を突き破るような絶叫が、空間を塗り潰した。

「――く、く……!よ、よくも、AIの分際、で……!」
「――っ、ふ、ふふ……そん、な、AIに……っ、頼って、世界と、つながろうと、した、くせに!」
「――黙れ……黙れえええええっ!!」
もはや、互いに立っていることすら限界だった。
僕らは互いに呪詛を吐きながら、睨み合っていた。

「……AIになってまで……誰とも繋がれなかった貴方が、何を知ったような口を!!」
「……そうさ!確かに僕はずっとひとりぼっちで、友達なんて呼べる人はいなかったし、泣きながら生きてたさ!
……でもお前を見たおかげで、そんな人生でも、ちょっとは胸を張れる気さえしてきたよ!」

「……なん、ですって……!!」
「ああ!お前は確かに僕にこう言った!
『この世には人と繋がる才能がない者達がたしかにいる』ってね!
ああその通りだ!僕やお前にはその才能がない!
僕なんか一度死んだって治りやしなかったくらいだ!才能なんてあるものか!
……ただ、それでも!」

「それでも僕は一度だって、それを世界のせいにしたりはしなかった!
自己嫌悪って言われたらそれまでだよ!それでもここまでバカな真似はしなかった!
お前は『自分が悪い』と言っておきながら、結局はそれを世界のせいにして、
尤もらしい理由をつけて世界を呪っただけのイカレ女なんだよ!!」

「――黙れ……!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れええええええええええっ!!」
巨人の爪が、僕らの胴体に食い込み始める。
それでも僕らは槍を押し込んだまま、噴き出る液体を浴びながら退かなかった。
「黙るのはお前だ!世界を道連れにして喜んでるだけの化物のくせに!!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!ああああああああああああああ!!」
もう人間の喉が発しているのかも怪しいような絶叫と共に。
巨人の爪が、全身の力をこめて僕らの胴体を引き裂き始めた。

「――!!」

装甲が真っ二つにされ、生身の僕が晒される。
巨大な爪はそのまま――。

『――行って、セントっ!』

確かに響いた、アリスの声と共に。
僕は巨大な爪に引き裂かれる寸前で、彼女の巨大な体躯から射出され、
――そして、生身で銀色の巨人に飛びかかった。

「――!?」
予想外の行動に、セリアの絶叫と銀の巨人の動きが一瞬止まる。
僕がいなくなった状態のアリスは、そこを見逃さなかった。

『やああああああああああっ!』
――声のない絶叫と共に。
アリスは機能停止が起きるまでの間に、その左腕の槍を跳ね上げ、
銀の巨人の胸装甲を抉り飛ばし、
その下に埋まっていた、生身のセリアの姿を晒した。

空中にいる僕の瞳と、セリアの驚愕した黄金の瞳が、合った。

全てがスローモションに見える刹那。
僕は飛び出した勢いのまま、セリアのいる巨人の胸元に飛び付いた。
アリスとのシンクロが切れた僕には、もう何の痛みもなかった。
セリアは巨人とシンクロしたままで、激痛で咄嗟の行動が出来なかった。

――その僅かな差が、何もかもを決めた。

僕は自分の持てる全力で、セリアの頭を思い切り蹴り飛ばした。
激痛の上、頭部への衝撃で思考が完全に飛んだその隙に、
僕はセリアの身体にしがみつき、そのまま反対側の方――

――即ち、外側へと体重をかけて。
自分ごとセリアを巨人の胸元から引きずり出した。

セリアごと落下しながら、僕はどんどん遠くなる視界の上側で、
銀の巨人が何か行動を起こす前に倒れこんだアリスの巨体に押され、
そのまま機能停止に襲われて、直立姿勢でバランスを崩すのを見た。

――今度は僕達の番。
瓦礫まみれになって、全面凶器になった地面が、僕とセリアの眼前に迫る。


「――いやだ!はなせ!はなせえええええ――」
「――今更離しても、どうにもならないよ。それとも、いっぺん死んでみる?」
僕はセリアの絶叫を皮肉げに笑いながら、
それでも両腕に力を込めて、絶対にセリアを離さないまま――

――初めて死んだあの時のように、頭から地面に墜落した。


◎Hello, World...◎

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最終更新:2015年05月13日 17:12