私は複数人の男性から拘束されていた。地面に這いつくばって眺めるダイニングは夕日をうけ朱色だった。
先ほどの銃声で緊張の走る屋敷の中、仕事着を夕日ではない赤に染めて死者に仕える使用人は疑わしきことこの上なかったのだろう。
事実私が殺しているのだからその判断は正しい、と他人事のように思った。
まあいい。殺せる距離ではなくとも話すことはできる距離まで迫ることはできた。
「話だけでもできませんか、ご当主」
「グラードの当主が卑しい身分の者と話す必要があると」長テーブルを隔てて虚栄の声が返される。
当主の椅子は普段とは逆の位置だった。さきの銃声からこの事態を想定してのことだったのだろう。
「だがいいぞ、聞いてやる。もうこのようなことが起こらないよう、下等な身分の者も多少理解した方がいいのだとわかったのでな」
「そうですか、よかった。では、旦那様はなぜ殺されたのですか」
「あれはグラードの意思を持たんのに、当主を継ぐ権利のみを持っていたのでな」
「そうですか。ご立派なお子様でしたのに」
「グラードの意思も理解できないような愚者を我が子と思ったことはない」
「そうですか。グラードの誇りのため、などという理由で死んだということでよろしいですか」
「前向きな捉え方だが違う。誇りのために居てはならなかったのだ。そうだ、お前も私の質問にもひとつ答えてみないか」
「なんでしょうか」

「お前はあれの使用人なのか?それともめかけか?」随分と汚い笑い方をするのだな、と思った。旦那様の笑顔とは違っていた。
それが酷く面白くて、笑ってしまった。
「旦那様の使用人で、めかけですけれど」ダメだ、笑いがこらえられずここから先が言葉にならない。当主は冷めた目でこちらを見ている。
「ねえご当主。めかけって、女のことを指す言葉ですよ」当主はなにを言いたいんだ、という顔をしていた。
「あれ、まさかご当主は私を女だと思っていたのですか」そこでやっと驚いた顔になった。一瞬男たちの私を拘束する腕がゆるくなったような気がした。
「ご当主、恥ずかしいですよ。そんなことにも気づかれていなかったのですか。旦那様は最初にお会いした時にはもうわかっておられましたのに」
更にまくしたてる。
「あの、ご当主、人の上に立つものがこの程度の嘘も見破れないのですか?それでグリークの侵略など夢のまた夢ではありませんでしょうか」
更にまくしたてる。
「卑しい身分の者を理解するまで、随分お時間を要しそうですね。その頭の中の、入園料まで取れそうなほどに立派なお花畑を残さず枯らすのは至難の業でしょう」
更にまくしたてる。
「まあでも仕方がないですよ。私の嘘を見抜けた人なんて愛する旦那様しかおられないのですから。凡庸で凡俗の凡才に見抜かれたことはありません」
とどめにまくしたてる。
「ただ、それでは所詮は人の上に立つほどの器ではありませんよ、ご当主。この程度の嘘も見抜けないのでは使用人から寝首をかかれます」
興奮してしまって、喋り終えると少し息が上がっていた。
そういえば拘束の力が強くなっていた。骨でも折ろうというのだろうか。
当主は何も答えない。しかしその顔は間違いなく怒りの一言で説明しつくせる顔だった。
その顔を見ていて思った。影が一層暗くなっている。なるほど、日も落ち、夜となったか。
正直、危機感の様なものはなかった。
「なにかお答えにならないのですか」
「それを殺せ」なるほど、つまらない答え。しかしそれはよくない。
「まって、最期に一つ聞きたいのです」およそ聞いてはくれないだろうから相手の返事は待たない。

「旦那様、生き返らせてもらえますよね?」

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最終更新:2015年05月14日 18:15