当主に当然旦那様を生き返らせられるな、という質問をした。
「は?」
そしてハトが豆鉄砲を喰らったような顔をした。なんて顔をしているんだ、ご当主は。どうして、そんなバカげたことを、というような顔をしているのだ。
まったく、自分が仕える人間がそんなあほ面を晒していたら私は切なくて死んでしまうかもしれない。
「は?ではないでしょう。イエスかはい、どちらなんですか」
「あ、あぁ――そうか。そうか。そうだ、その知恵遅れを殺してやれ」

なるほど、この人は生き返らせられないのか、まあいいか。別で探そう。
そう思い、拘束していた数人の男を掴み投げた。闇に浮かぶ大きな手で。私のものだけれど、私のものではない手で。
壁に激突したあとにこちらを向いて、初めて投げられた人間は状況を理解したらしかった。
当主は、もう少し早く理解したようだ。

私はあえて見たりしないけれども、私の背中に何があるのかはわかる。あるのは夜。闇。
夜は時に形をなし、私の思うがままにそれを奮う。定まらない実体。
「あぁ、これも嘘ですね。私、ただの使用人って言ってたのに。ただの使用人って、アームヘッド持ちませんよね」
エスカベッシュの一件以降、グラードにはアームヘッドの所有権がなかったために偽ったのだった。
「ね、使用人の性別も見抜けないような人だからこういうことも起こるでしょう」
私のアームヘッドは実体の有無を私が決定できる。だから正直、見抜くことなどできないのはわかっているのだけれど。

ひとしきり彼らの怯える様子を楽しんで、それから「あ」と言った。思い出した。
ごとん、と夜の大きな手からはみ出してきたものがテーブルに落ちる。なるほど、痩せていてもやはり人はそういう音になるのか、などと感心した。
「私はその辛さを知っていますから、せめて一緒に死なせてあげます。」
さっき拵えた女の死体とこれから死体になる当主。一緒にしてあげるなんてなんて慈悲深いのだろう。
私もそれならばこんなことせずに死んでよかったのに。
あぁ旦那様。
やっぱり旦那様は優しすぎです。だから、ごめんなさい。私が旦那様の分まで非情になります。
旦那様のために私、旦那様を殺した家を殺します。旦那様が優しすぎるのを厭った家には消えてもらいます。
ごめんなさい、家のことまで愛してらっしゃったのに。しかしその愛はもうそんなものに分けてはいけません。全部私に下さい。
旦那様のためにそこまで頑張ったら、全部の愛を私に下さいますよね、と自分のおなかを撫でた。自分の男の部分が固くなっていて興奮していることに気づいた。

「さあ、ヒドゥン・マインドボウ、やりましょう、旦那様のために」
聞きたいことは聞きつくした。もういい、とアームヘッドを完全に実体化させ、乗り込む。
闇を固めて鎌を成すとまずは当主を殺した。器用に手首を切り落とし、足首を切り落とし、それからあえて空ぶりをしたり、とにかくその生を弄んだ。
そしてさっきまで私を拘束していた、旦那様から頂いたお召し物を汚した人間たちはひとりひとりゆっくりと首を引きちぎってあげた。
それを終えて今度は屋敷を壊す。これはもうねちねちとせず、豪快に行った。
ガリア王国から出されている警備のヨツアシが今更何を守るのか私に襲い掛かってくるが、それらもすべて切り刻んだ。
結局、屋敷は物の数分で塵芥と化した。その理念こそが塵芥と呼ぶべきものだったのだからあるべき姿に戻ったといってもいいだろう。

最期に残ったのがこの子だった。
「――フレンラ・グラード」旦那様の代わりに当主となる運命だった子。けれど、彼女に特別な憎しみを抱いたりはしない。それは筋違いというものだ。
それにまだなにもわかっていないはず。だから、何もわからぬまま殺してあげるべきだ、と足元に落ちる闇からヒドゥン・マインドボウの腕を出した。
「あ、あの、ありがとうございます!」予想していなかった答えに狼狽えた。
「わたし、わたし、力の探求なんて、怖くって、それに、パパやご当主様はみんなああいうけど、グリークの民のみんなは、今幸せなのにって」
「つまり、グラードの家のその理念が理解できなかったと仰るのでしょうか」
「う、うん」

なるほど、と腕を闇に戻した。
「では、私と一緒に来てくれますか。グラードの人間として、グラードを否定してほしいのです」
「え、あっ、はい」

こうして、私の復讐にフレンラ・グラードが追加された。

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最終更新:2015年05月14日 18:13